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豊穣祭、一日目・ⅩⅩⅢ


 シンジュとミキサンがシスネとの合流を果たした頃。

 ハジメは自宅のリビングにてトテトテと雑談なぞをしながら過ごしていた。

 トテトテの用意した菓子にパクついていたハジメは、咀嚼もほどほどに飲み込んでから、耳にした名前を復唱する様に尋ね返した。


「レディパンプキン?」


「へぃ。そういう名前のお話があるんでやんすよ」


 ハジメは、ふ~んと興味があるのだかないのだか分からない曖昧な返事を溢して、一口サイズの菓子が乗った皿に手を伸ばした。

 少なくとも、皿に乗った甘い菓子の方が優先度が高そうではあった。


「ランドール家の母から子に伝わる伽話でやす」


「それがレディパンプキン?」


 そうだとトテトテが頷く。


「それもひとつでやんすね。どうやら話はいくつかあるみたいで、他には屋根裏ネズミの引っ越しとかでやんす」


「屋根裏ネズミなぁ。どんな話?」


「あっしの話でやんす」


「……ん?」


「か~な~り脚色されてやすが、かいつまんで言いやすと、ランドールの屋敷の屋根裏にはネズミが住んでるんでやんす。そのネズミは、家人が寝静まった頃に屋根裏から降りて来て、屋敷の事を色々と手伝ってくれるネズミなんでやんす」


 ふむふむと頷きながらハジメがはむはむと菓子を口に放り込む。


「そのネズミはとにかく何でもしてくれるネズミなんでやすが、その代わり、月に一度だけ、屋敷にある食べ物の半分を要求しやす」


 そこまで聞いて、ハジメが「ん?」と皿に伸ばしかけた手を止める。


「それってさぁ」


「そうでやんす。この屋敷に掛かった魔法、時々の住み処(ザ・ベストハウス)をネズミに例えたモノでやんす。食べ物をあげないと、スタコラトテトテと屋根裏ネズミが逃げちゃうぞー、って話でさぁ」


「スタコラトテトテ、ねぇ……」


「いつ頃、誰が作った話なのかは分かりやせんが、このランドール家の伽話は長いことランドール一族に語り継がれているみたいでやんす」


「あれかな? 話を通して時々の住み処(ザ・ベストハウス)の存在を知ってもらうためかな? 後世に残す的な」


「あっしもたぶんそうだと思ってやす。どうして普通に伝えず伽話なのかは不思議でやんすが」


「そうだな。変に夢物語っぽくしたせいで、トテトテや屋敷の魔法の事が忘れ去られちゃってるもんな」


「まぁ、何かそうしないといけない理由があったんだとは思いやすが、あっしとしては寂しい話でやんす」


 少し肩を落とし冗談っぽく言ったトテトテに、ハジメが小さく笑って返す。


「さっき言ったレディパンプキンってのも、その話を作った誰かが後世に残したモノのひとつって事なのか?」


 トテトテが頷く。


「どんな話なの?」


「あっしも最後に聞いたのは随分昔の事なんで朧気でやんすが、レディパンプキンというのは祭りの日に現れる悪魔の名前でやんす」


「悪魔?」


「へぃ。ただ悪魔と云ってもランドールの外にいる様なおっかない奴じゃなくて、悪戯好きの悪魔の物語でやんすね。レディパンプキンは、毎年一回、祭りの時に現れて、食べ物を要求して来るんでやんす。食べ物くれなきゃ悪さをするぞ、と」


「ああ、だからパンプキンか」


「何か心当たりでも?」


 トテトテが軽い調子で尋ねると、「ああ、いや。ちょっとね……」と、ハジメは曖昧に首を振った。

 悪戯、そしてパンプキンと云えばお馴染みのハロウィンがすぐにハジメの頭に浮かんだ。異世界版のトリック・オア・トリートか――と。

 しかしそれは元いた世界の話。

 無論、その事をトテトテに告げるつもりなど無かったので、ハジメはすぐに話を逸らした。


「でも、祭りの日に現れる悪魔か……。今日から三日間は豊穣祭だろ? 屋根裏ネズミ同様にそれがランドール家に伝わる伽話って言うなら、案外ほんとにいるのかもね。レディパンプキン」


「かもでやんすね。ただあっし、三百年はランドールに住んでやすが、一度も見た事はないでやんす」


「そうなのか? もし居るなら今日とかまさに出そうなのにな」


「でやんすね」


「どんな悪さするんだろ? 家燃やしたり?」


 ハジメが冗談めかして言うと、おっかねぇとトテトテが笑う。


「悪さの内容までは忘れてしまったでやんすが、どれも悪さというより悪戯って感じだったはずでやんす。もっとも、子供に聴かせる話でやすから、その辺りはだいぶ薄味に仕上がってるかもしれやせんが」


「流石にあんまり怖い話だと眠れなくなるわな。でも悪戯をする悪魔か……。どんな姿をしてるんだろうな」


「そうでやんすね。悪さだろうが戯れだろうが、悪魔には違いありやせんからね~。あっしみたいな感じでやんすかね?」


 どんな姿を想像したのか、トテトテがケヒケヒ笑う。

 ハジメは、そんなトテトテの顔を見ながら想像してみる。

 真黒の肌で痩せぎすの猫背、尖った耳と赤い瞳の悪魔。

 レディと言うくらいだから女の子だろうと、長めのカツラを頭に被せ、リボンを付けて見る。

 出来上がったのは女装しただけのトテトテであった。


「ないわぁ」


 ハジメはポツリと溢した後。

 気分を変える様に紅茶の入ったカップを傾け、口に残る菓子の甘さと共に頭に描いた姿を喉の奥へと洗い流した。


 



「なるほど。それがあなたの本来の姿というわけですわねカナリア――いえ、レディパンプキン」


 両腕を組んだまま、ミキサンは僅かに笑みを浮かべてそう言った。

 ミキサンを含め、その場に居た全員の視線が注がれているのは、カラスに組伏せられた若い女性。年の頃や背格好はフォルテと同じくらい。大人だとしても、かなり若い。

 その瞳は赤く、耳は長い。

 カナリアだったモノは、シンジュに名前を告げられた直後にその姿を変えて、今や一体の悪魔へと姿を変質させていた。

 地面に縫い付けられたまま、レディパンプキンは視線だけを左右に這わせ、何かを確かめるように周囲を見渡した。

 それから小さく息を吐いた。


「あ~あ、バレちゃったか。もう少し上手くやれると思ったのに」


 悪びれた様子など欠片も見せず、レディパンプキンがコロコロ笑う。


「あなたには聞きたい事が沢山あります。大人しく同行して頂けますか?」


 淡々とした様子でシスネが言うと、レディパンプキンは組み敷かれたままの体でやや無理矢理に顔を上げシスネの顔を見た。

 向けた笑顔と眼差しは気安かった。


「それってお願い? それとも命令?」


「……強制です」


 おぉ怖い、とレディパンプキンが歯を見せて笑う。

 あざ笑う様な笑みと口調が何を意味するのか理解出来ず、氷の姫が冷たい表情で迎え打った。


「連れていってください」


 告げた姫の(げん)に、カラス達が一斉に動き始めた。

 後ろ手を堅く締め上げたまま、レディパンプキンを強引に立たせ、周囲を武器を手にした者達が固める。

 そうしてカラスの数名に連れられ、レディパンプキンはほぼ強制でその場を後にした。


 離れていく背中を見送り、それから、シスネは小さく嘆息を溢した。

 そこに、声が掛かる。


「レディパンプキンという名は何処かで聞いた覚えがありますわね」


 ぽつりと口にしたミキサンの言葉に、シスネはそちらを見る事なく応じた。

 その視線は既に姿が見えなくなった暗闇へと向けられたままであった。


「お婆様の記憶にあるのでしょう。レディパンプキンというのは、ランドール家に口伝でのみ残るお伽噺です」


「ああ」


 耳にした疑問の答えに、途端、ミキサンは興味を失くしたのかつまらなさそうな顔をした。

 以前に「雑音」と評した通り、シスネやフォルテの祖母の記憶など興味もないのか――或いは意図的に避けているのだろう。


「私もこの名を耳にするのは随分久しぶりです。母が何度か話してくれた事がありますが、私はあまりお伽噺には興味もありませんでしたし、そんな悪魔の話がある事すら今まで忘れていました」


「可愛げないあなたはそうでしょうね」


 そこでシスネはようやくミキサンへと顔を向けた。


「皮肉ですね」


「ええ、勿論。あなたがもっとしっかりしていれば、すぐに思い出していれば、こんな大事にせずとも簡単に解決出来たはずですわ」


「否定はしませんが、しかし、感謝はされど、怒られる謂れはなかったはずですが?」


「ハジメに関しては感謝していますが、それはそれですわ。まっ、あっさりとした終幕を迎えられるのです。文句はこれくらいにしておきますわ」


 そこで一旦言葉を止めて、ミキサンはニッと口角を上げた。


「こうなった以上、レディパンプキンは既に詰んだも同然。何も出来ませんわ」


「そうですね……。――それで、街に掛けられた魔法の方なのですが……」


「無論、続行ですわ。魔法が解除されてはあの方が消えてしまうではありませんか」


「そうなのですが、条件次第ではそれもやむを得ないと思っています」


「現状維持――わたくし、それ以外の答えを持ち合わせておりませんの。街や住民の事など知ったこっちゃありませんわ」


 主を頂きに置きこそすれ孤高を旨とする魔王が、不遜と鷹揚を交ぜた態度と言葉で意思を示せば、民草を率いて生きてきた姫君が強い口調で言い返す。

 ミキサンとシスネが、レディパンプキンの魔法――想像したモノへと姿が変わってしまう街の状況を、維持するか破棄するかで軽く口論となる。


 ミキサンは維持を望む。

 ハジメという存在が魔法という力で成り立つ以上、そうしなければ、敬愛する主人が消えてしまう。


 シスネは、破棄を望む。

 ゴタゴタこそあったが、街に大きな被害を出す前に終わらせるのがシスネにとっては一番良い形。


 そうして、二人が互いに主張を展開する中。

 言い合う二人の姿を眺めながら、彼女は密かにニヤリと笑った。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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