聖剣イプシロン
(Bランク冒険者がソロで勝てるって事は何とかトカゲはレベル30前後ってところなのかな?)
手に持った箒で床を掃きながらシンジュはそんな事を考えていた。
まだ冒険者になれていない事は残念なのだが、職場がギルドというのは実にお有り難い事であった。
異世界生活五日目の私に足りないもの。それは異世界の知識なんじゃないかと思う。
その知識を得るのに、ギルドはある意味うってつけではなかろうか。
知識を得る相手が冒険者ゆえ、やや偏りがあるものの、冒険者として身を立てるつもりであるので、その他の異世界常識についてはゆっくりでもいい。
必要なのは、冒険者とやっていく為の知識。具体的に言うと、モンスターのレベルとか、戦い方とか、そういうの。
さて、その冒険者としての知識を得る環境であるが、聞けばすぐ応えてくれる優しい冒険者達ばかりで非常に嬉しい環境だ。
私の知る冒険者(フィクションの中)は、性格が荒く、少女と見れば小馬鹿にする様な脳筋ばかりであるが、ここの冒険者達は優しい人が多い。
特に、ちょっと人見知りな私ではあるが、向こうから声を掛けてくれるのが素晴らしい。理由は分からないが、初日の冒険者からの印象として私は悪くない様だ。みな、自己紹介から始まり「頑張って」とか「分からない事があれば聞いてね」と言ってくれる。愛嬌が無くて申し訳ないくらい。
中には、やる事もないのかずっとギルドで雑談に興じる冒険者もいて、しかも頻繁に声を掛けてくるので、1日目にして結構会話を交わす様になれた。
人見知りな私には、こういう風に話掛けてくれる人材は貴重で有能だ。
ただ、その人達は他の冒険者から「万年D」と呼ばれているので、ギルド的には無能かもしれないけれど……。
そうして、色んな冒険者を観察し、時に会話して、分かった事がいくつかある。
そのひとつが、まずレベルについて。
朝、ギルドの長であるレンフィールドさんに質問して分かった事なんだけど、この異世界においてもレベルという概念は無いという事だ。
私の現在のレベルは106である。
一晩寝たらまた下がるんじゃないかと変な心配をしてみたが、今日の朝、起きてから即確認してみてもレベルはそのままであった。スキルや加護にも変化はない。
当たり前だと思うかもしれないけれど、女神様にチートを貰ってレベルまで100にしてもらったのに、いざ異世界に降り立ったらレベルが1になっていて、そこから更に寝て起きたらレベルが1から106に上がった身としては、寝て起きたらレベルが下がる可能性というのも排除出来ない。まぁ、杞憂だったけど。
自分のレベルに安心したところで、気になり出すのは他人のレベルである。
昨日獲得したスキルの中に神眼というモノがあったので、朝、私の泊まる宿へとやって来たブラッドさん達に試して見たところ、バッチリと相手のステータスを見る事が出来た。
魔力は相変わらず0なので使えるか不安だったが、人技は魔力を必要としないらしい。
同様に人技の気配探知も問題なく使えた。
使った瞬間に、周囲にいる人の気配、位置が分かる様になって、それはなんとも言えない不思議な感覚であった。達人にでもなった気分。
次に、気配探知に良く似た効果がありそうな魔技・魔力感知というものを試したが、こちらはうんともすんとも反応が無かった。魔力が無いので当然の結果だろうとは思うけど、とても落胆した。心の底から魔力を渇望する。
魔力が無い事を嘆いても仕方ないので、憂さ晴らし気味に目につく人々のステータスを片っ端から神眼で覗き見た。
そのお陰か、冒険者のレベルとランクが少しだけ理解出来た。
任されたギルドの受付をしながら冒険者と依頼を見比べて、大体ではあるが、Dランク冒険者でレベル10~20、Cランクの冒険者だとレベル20~30といったところである。
Bランクについては、今のところオリオンの三人しか見ていないのであの三人を見た判断しか出来ないのだが、ブラッドさんが39、トエルさんが31、イーリーさんが33あった。
流石Bランクといった感じである。他の冒険者よりも10近く高い。中でもブラッドさんは突出している。
ブラッドさんが一番高いなぁと感心していたら、ギルド長は50もあった。恐るべしギルド長。
怪我で冒険者は引退したそうなので、レベル同様に戦えるという訳では無いのかもしれないが、それだもレベルだけで見たなら彼が一番だ。
ブラッドさんやレンフィールドさんのレベルの高さにも感嘆したが、それ以上に私が驚かされた冒険者がいた。冒険者は奥が深いというべきか。
暇そうにしている冒険者四人。パーティー名を「ランドールウォール」というそうだけど、そのランドールウォールの面々はそれぞれレベルが30を越えていた。Bランクのトエルさんやイーリーさんと互角。
あれで万年D? 何かの間違いなんじゃ?
とは思ったが、レベルについてはまだ私も良く分かっていないので、私の知らない何かがあったりするのかもしれない。要勉強。
唐突に与えられた上に他と比べる知識も無いので、そう思うだけかもしれないけれど、この神眼というスキルは中々便利で凄い。
神眼で見れるのはレベルだけでなく、相手の本名や年齢、所持しているスキルや武器なんかまで見る事が出来る。
冒険者達が剣技能や魔法のスキルを持っているのは職業上当然として、気になるのは冒険者がそれぞれ持つ初めて見るスキルの数々。
ようするに、私が所持していないスキルである。初めて見たのに初めて見た気なしないのはフィクションの中に出て来そうな名前だからだろう。硬化とか乗馬とか色々だ。
また、冒険者の武器を見ると、ロングソードとか普通の武器が大半なのだが、そんな中でも何本かはレアそうな武器や防具が混じっていたりする。
ブラッドさんの持つ「岩斬りの剛剣」やレンフィールドさんの「疾風の太刀」「魔視の腕輪」なんかがそれである。
やっぱりあるんだレア装備!
と、喜びのあまり思わず凝視していたら不思議そうな顔をされた。レア装備を狙うがめつい奴、とか思われたのかもしれない。2つ持ってるなら1つ私に……と、頭をよぎった考えが読まれたとか……。
譲って貰うかは別にして、いつか私もそういうレア装備が欲しい。流石に丸腰はちょっと……。
そんなレア装備であるが、数十人は居るだろう冒険者の中に、やっぱり私を驚かせる物を持っている人がいた。
神眼で見た結果には「聖剣イプシロン・レプリカ」とある。
聖剣!? 聖剣だと!?
レプリカというのが気になるが、偽物って事なんだろうか?
いや、偽物かどうかはこの際置いておこう。重要なのはレプリカという事は本物も何処かに存在する、という事である。
めっちゃ欲しい。この際レプリカでも良いから欲しい。
という訳で、別に譲ってくれと言うつもりはないが、聖剣の情報が聞けないかと、その聖剣イプシロン・レプリカの持ち主へと声を掛ける事にした。
ちょっと話を聞く位は大丈夫だろう。なんせ暇そうだしこの人。
「リコフさん、ちょっと気になったんですけど、何だか立派そうな剣ですね」
仲間と雑談していたリコフさんにそう話しかける。
リコフさんだけでなく、その場の四人全員がちょっと意外そうな顔をして私を見た。
「この剣の良さが分かるとは、中々見所がある嬢ちゃんだな」
「嬢ちゃんが初めてじゃないか? この剣の事を尋ねて来たの?」
「だな」
愉快そうにリコフさん達が笑う。
察するに、今まで誰も気に掛けなかったのは、万年Dの彼らの武器なんかには他の冒険者も関心が無かったからでは無いだろうか?
柄頭から握り、鍔にかけては装飾こそ丁寧に作られている様に見えるが、見た目も薄汚れていて、骨董品、と言って差し支えない品である。刀身が収まっているであろう鞘に至っては、黒く汚れた布をただぐるぐると巻き付けてあるだけだ。
話しかける口上として「立派そうな」と言ったのは失敗だったかもしれない。
そんな心配をしていると、リコフさんが楽しそうに口を開く。私の口から出た言葉はあんまり気にしてない様子。
「こいつは、ずっと昔に手に入れた聖剣イプシロン! ――の偽物だ」
そう言ってリコフが歯をニカッと見せて得意気に笑う。
リコフさんはあっさりと聖剣の偽物と認めてしまった。
まぁ偽物なのは知っていたけど、何かしら事情があるのかも……と少しばかり危惧していた私として、リコフさんがやすやすと口を開いた事に拍子抜けしてしまう。
「まぁ、本物がこんなところに、まして俺が持ってる訳は無いから分かってた話ではあるんだろうが」
「それは……まぁ」至極もっともな話だ。
「でも偽物って事は何処かに本物もあったりするんですよね?」
「そりゃな。聞いた話じゃ首都ハイヒッツの英雄が持ってるって話だ。名前は……なんだったかな?」
「イリア? イデア? なんかそんな名前じゃなかったか?」
「どうだったかな? 忘れちまったな」
わっはっはっ、とリコフさんが笑う。
イリアかイデアか。とにかくそんな名前の首都の英雄らしい。覚えておこう。
「にしても、中々目敏いじゃないか。ギルド職員も悪かないけど、それよりそっちの勉強して身を立てる才能の方があるんじゃないのか?」
「どう……でしょう? 私、冒険者になりたいんですよね」
言うと、キョトンとした顔をされた。何故みんな私が冒険者になりたいと言うとそんな顔をするのか。そんなに変な事を言っているだろうか?
知識が足りない自覚はあるけど、レベル的には十分だと思うんだけど……。
「やめとけやめとけ冒険者なんて。まだ若いんだからよぉ」
「そうそう。冒険者なんて危険な仕事は俺らみたいなろくでなしに任せときゃいいのよ」
「あら~? 万年Dランクのランドールウォールとは思えない殊勝なお言葉ですね~。ようやく仕事する気になってくれたんですか~?」
私達の会話の横から、ニコニコと、されど目の笑っていない笑顔を張り付けたアイさんの声が介入してきた。
「んもう! 暇なら薬草のひとつでも摘んで来て頂戴! 昨日の騒動で、街には怪我人が大勢いるんだからっ!」
次いで、リコフ達の囲むテーブルの上に一枚の依頼書をバシッと叩きつけた。
「わ~った! わ~ったからそんなカリカリすんなよアイちゃん!」
「受けます! いえ、慎んでお受け致します!」
はは~、とわざとらしく依頼書を両の手に取るリコフ。
「気が変わらない内に、頑張って来て頂戴!」
アイさんはリコフさんの持つ依頼書を引ったくると、素早く受注処理を済ませ、リコフさんへ依頼書を突き返す。
苦笑いのリコフさんがそれを受け取り、受注のサインをして――
「あれ?」と疑問の声をあげた。
「これ……、回復薬用の薬草100束ってあるけど……」
「ええ、100束よ。今から行って夜までに帰って来れると良いわね~」
アイさんの顔を恐る恐るといった様子で見上げたリコフさんに対して、してやったりとばかりに満面の笑みを浮かべたアイさんが言葉を届ける。
「ひっでぇ! そりゃあんまりだぜアイちゃん!」
「もう受注したんだからつべこべ言わずさっさと行く! それとも違約金払って取り止める? 受け付けないけどね」
唖然とするリコフさん達に向け、パチリとアイさんがウインクして見せた。
畳み掛ける様に行われた四人の非難の声に、全く動じる様子もない。
そうして、かなり強引な受注によって仕事をする羽目になったリコフさん達は、ぶつくさと文句を垂れ流しながら(アイさんのひと睨みで静かになった)、重い足取りでギルドを出ていったのだった。
「さて、お仕事♪お仕事♪」
リコフさん達が居なくなったギルドの中で、一仕事終えたとばかりにアイさんが微笑み、業務を再開させた。
こわっ。
アイさんとリコフさん達とのやり取りが始まってから、退散するタイミングを失って、なんとなくその場に居着いてしまっていた私だけでなく、周囲で見ていた冒険者さん達全員がそう思っている様な顔付きであった。それくらいアイさんの迫力は凄かった。
血の気の多い冒険者さん相手に、何年もギルド職員として働いているだけの事はある、といったところなんだろう。
――やっぱり、異世界とはいえ世の中レベルが全てじゃないよね。
アイさんのレベル3というステータスを神眼によって頭の中で開示させながら、私はそんな事を思ったのだった。




