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豊穣祭、一日目・ⅩⅩⅡ


 シスネに呼び出された場所へと向かったシンジュとミキサンは、祭祀のせいかいつもより静かな通りを抜け、目的地へと辿り着いた。

 そこはランドールの街の外れにあたる場所。


 (まば)らな街路樹が並ぶ見通しの良い街道。

 整備された真っ直ぐの道が続いていて、この街道を進むと、ランドールに二つしかない出入口、そのひとつへと行く事が出来る。

 門を抜け、更に進んでいくと、街道の終わりにランドールの街と同程度の広さを持つ湖が広がっている。


 現在、このランドール湖は街と同様、空に浮かぶ島の上に鎮座している。

 山脈から流れ出た水が、川を結んで湖へと流れ込んではいるものの、しかし川を通じて海には繋がっておらず、地下の水脈を通ってランドールの街や森の方々へと迷路の様に広がる。

 ランドールの街中にいくつかある井戸は、この地下水脈の上に設けられている。

 天空領となった際も、この水の流れは変わらず。井戸は今も枯れる事なくランドール住民達の生活用水として活用され続けている。


 地表の街や森だけでなく、地下の水脈ごと空に浮かせてしまったというそれを見れば、この天空領がどれだけの規模で、どれだけの大きさなのかを窺い知る事が出来た。


 二人が街外れに到着した頃には、既に陽は完全に落ちて、辺りは夜の帳が降りていた。

 明かりらしい明かりも無い、暗く、寂しげな街道。二人の前後に人はいない。


「この辺だよね?」


 暗い中、キョロキョロと周囲を見回しながらシンジュがやや不安げに尋ねた。

 見渡せど、やはり人の姿はない。


「合っていますわ」


 ミキサンが応じる。

 しかし、明示された待ち合わせ場所に人影が無い事に、シンジュが怪訝そうに小さく首を傾げた。


「でも誰もいないよ?」


「居ないのではなく、見えないのでしょう」


 ――見えない?

 と、シンジュが小首を傾げるのと同時、シンジュの周囲に広がっていた暗闇が動いた。

 シンジュが小さく体を震わせる。

 一見すると暗闇にしか見えないそれらは、音も無く左右に広がった。

 意思を持った影達が順に捌けていき、そうして暗闇の奥から出て来たのは、薄青色のドレスを着たシスネであった。


「い、いつから……」


 そこだけポッカリ別空間にでもなっているのかと錯覚しそうになる。

 まるで亡霊か何かにでもなってしまったように、闇の中に朧気に浮かび上がるシスネの姿を目にし、シンジュが顔を僅かにひきつらせてポツリと溢した。


「ずっと居ましたわ。全身黒ずくめの悪趣味なカラス共で隠れて見えてなかっただけで」


「そ、そう」


 小さく返し、目玉を左右に動かして周囲を観察するが、あるのは暗闇だけで、とても人がいるようには見えなかった。

 どうやら完全に闇に溶け込んでしまっているらしい。

 カラスが黒服を正装としているのは知っていたが、暗闇だとこんなに分からないモノなのかと、シンジュは僅かな感嘆と恐怖を覚えた。


「それで? 下手人は何処かしら?」


 シンジュとは対照的に、シスネやカラスの悪趣味の様な登場にも眉ひとつ動かさなかったミキサンが、淡々とした様子で問うた。

 シスネは小さく頷くと、ゆっくりと踵を返し、街道の先、奥へと体を向けた。

 そうして無言のまま歩き始める。

 シスネの動きに合わせて、周囲の黒も歩を進めた。

 月明かりに照らせれる街路樹の幹が、暗闇の中で時折見え隠れする。それでどうにか――ああ、あそこを今カラスが通ったなと視認出来た。

 シスネ達から僅かに遅れてミキサンが動き出し、最後に少し慌ててシンジュがミキサンの後ろを追い掛けた。


 時間にして十分程の距離を歩いた。

 夜風に揺れる枝葉の擦れ音と、ジャリジャリと砂を踏みしめる音のふたつだけを耳にしながら歩いていると、僅かな明かりに照らされる一軒の小屋が、街道の先に臼ぼんやりと見え始めた。

 小屋は拓けた空間の真ん中にポツンと寂しげに建っていて、周囲には木々どころか草すら生えていなかった。

 広いだけの荒れ地に建っている。

 

 小屋までは二十メートル程の距離があった。

 そこでシスネは足を止めた。

 ミキサンはシスネの隣にまで足を伸ばして立ち止まり、シンジュはミキサンの少し後ろで歩みを止めた。


「既に袋のネズミではありませんか」


 つまらなさそうにミキサンが言った。

 目立たない黒服が暗闇に溶け込み判りにくいが、小屋はカラス達に取り囲まれている様な状況で、中の者がこの場から逃げ出す事は難しい。


 しばらくの間、動きがなく、静寂の中で小屋を見守る。

 しかし、動きがない事に焦れたミキサンが軽く舌を打つ。


「わたくし、さっさと終わらせて帰りたいのです! いい加減諦めて出てらっしゃい!」


 苛ついた表情を隠そうともせず、ミキサンが告げた。

 僅かな間があった。

 夜風に揺れる木々のささめきの中、カチャリと小さな音がして、小屋の扉がゆっくりと開いた。

 開いた扉から、ゆっくりと人影が姿を現す。輪郭こそ朧気に確認する事は出来たが、光源の無いその場ではハッキリと顔は見えなかった。


 出てきた誰かの姿を知ろうと、シンジュが目を僅かに細めていると、急に周囲が明るくなった。

 流石に真昼の様にとはいかないが、灯りが四方から小屋に向けられていた。

 明るくなって、ようやくシンジュには周囲の状況が分かる様になった。


 小屋を中心に、何十人ものカラスが立っていた。

 ミキサンの言動からカラス達がいるのは分かっていたシンジュだが、まさかこんなにいるとは思っておらず、少し驚く。

 カラスの人数も予想外ではあったが、それ以上に予想外だったのは、輪の中心にいた人物の正体。


「あらあらあら~、こんな遅くにどうしましたぁ?」


 歯に衣着せぬ飄々とした物言い。

 ニコニコと微笑みを浮かべたまま奇抜なメイド服に身を包んだカナリアが立っていた。


「えっ? どうしてカナリアさんが? どういう事ですか?」


「どうしても何も、今回の騒動を引き起こしたのがカナリアだからです」


 カナリアに顔を向けたままシスネが答えると、シンジュは驚いた様子を見せた。

 周囲を一瞥したカナリアが、クスクスと笑う。


「一体何の話をされているのでしょう? カナリアめにはとんと心当たりが」


 顎に指を当てたカナリアが、わざとらしく小首を傾げた。

 周囲に聞き取れぬ小さな声で、雑だと魔王が笑う。


「この状況で、言い逃れが出来るとでも?」


 シスネが静かに告げ、真っ直ぐカナリアの顔を見る。

 無表情ながらやけに冷たく見えるシスネの視線を受け、カナリアはニコニコと微笑むのを止めて真面目な顔を作った。

 更にシスネが言葉を重ねる。


「カナリア――いえ、カナリアの姿をした誰か。あなたが――敵です」


 シスネがそう言い切ると同時、周囲を取り囲んでいたカラスの数人が素早く動いた。


「カナリアめは本当に――ッ!?」


 言い終わるより早く、カラス達によってカナリアの体が押さえつけられた。

 両腕を拘束されたまま、頬を擦る様に地べたに縫い付けられ、カナリアが僅かに苦悶の表情を見せる。


「お待ちください! カナリアめは本当に何もしてはおりません!」


 カラスに取り押さえられつつも、カナリアが懇願の声を上げる。

 しかし、黙れとばかりに腕を締め上げられ、小さな呻きと共にその声は止んだ。


「あ、あのっ、ほんとにカナリアさんが敵なんですか?」


 慌てた様にシンジュが問うた。


「そうです」


 シスネの返答は早かった。

 それが、――カナリアが敵だと確信している――という意思表示のようにも聞こえた。


「でも、あのっ……」


「なんです?」


 言い淀むようにシンジュが何かを告げようとして、しかし、向けられたシスネの目がひどく冷たく見えて、それで言葉が一瞬止まってしまう。

 その目を怖いと感じながらも、どうにかシンジュが口を開く。


「間違いって事もありますし……」


「そうですね」


 感情が微塵も乗らない同意。


「何か……、カナリアさんが今回の騒ぎの犯人だっていう証拠みたいなものは……」


 間が合った。

 シスネは決して睨んでいるわけではない。

 しかし、シスネの視線には睨む以上に恐怖を感じる何かが確かに合った。

 そのせいか、シンジュはやけに口の中が渇いている気がした。


「どうして、そんな事を聞くのです?」


 シスネからの問い掛けに、シンジュは答えず視線を僅かに逸らした。

 その横顔を少し眺めてから、シスネは小さく息を吐いた。


「状況証拠こそありますが、敵だと明確に分かる証拠はありません。それは、これからです」


「これから?」


「そうです。だから、あなた方を呼んだのです」


 どういう事かとシンジュが尋ねるより先に、ああ――とミキサンが口元に小さく笑みを浮かべた。


「あいにく、そういう事はわたくしには出来ませんわ。その手の解析はどちらと言えばシンジュの十八番かしら」


「え? え? どういう事?」


「ようするに、確めろ、そして暴け、という事ですわ。ランドールに掛けられている魔法が、名前を暴くと変化が解けるというのは知っていますわね?」


「う、うん」


「そうであるならば、そこで転がっているペテン師の姿をした者の本当の名前を言い当てれば、変化が解けて、それが目に見える確たる証拠になるという事ですわ。名前を暴かれ、変化が解ければ偽物。変わらねば本物ですわ」


「な、なるほど」


「そして、それが出来るのがシンジュ――あなたの持つ能力というわけです」


「あ……。あ~……、そういう感じ……」


 あまり納得はしていなそうに、しかし、なるほどとシンジュが頷く。

 そんなシンジュの手を取り、ミキサンが自身の前へとシンジュを促す。


「さぁさぁ、どうぞ。あなたのその眼で、あれの名前を暴いて差し上げなさいな」


 グイグイとシンジュの体をカナリアの方へと押しながら、ミキサンが笑みを浮かべる。


「わ、分かったよっ。分かったから、そんなに押さないでっ」


 体を強引に押してくるのを止めさせた後、シンジュは少し困ったような顔をして、先程よりも距離がやや近くなったカナリアへと目を向けた。

 黒い瞳をじっとカナリアに向け、観察でもする様に見つめる。

 隣ではミキサンが静かにその様子を見守っていた。


 少しそうした後、シンジュがウンと小さく頷いた。


「分かったのかしら?」


 ミキサンが尋ねると、シンジュは目だけをミキサンに向けてまた頷く。

 それから、やや緊張した面持ちでカナリアに指を差した。


「あなたの名前はレディパンプキンだ」

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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