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豊穣祭、一日目・Ⅴ

 着付けに入ると、手入れのハトと待機していたハトとが入れ替わった。

 慣れた手付きのハトによって、姉妹は視る間に着飾れていく。

 姉妹が着るのは、豊穣祭初日の今日――種の色に行われる祭祀用の古式装束。

 シスネは薄青を基調とした裾が広長の、着物とドレスを足して二で割った様な装束。

 同じ作りの、しかしこちらは薄紅をした装束をフォルテが着る。


 白く薄い羽織を二人揃って肩から流したところで、ようやく形になる。


 真っ直ぐに梳かされた髪に付けられた宝石のついた髪飾りは、鳥の尾羽の様に長く垂れ、頭の先から頬を通り胸元まで伸びていた。

 

 共に腰まである長い髪が暴れぬ様、金と銀の紐で留められ、その毛先の束の先端に真白い羽がちょこんとくっ付けられる。


 髪を弄られている間、椅子に座って目を瞑り、化粧をする。

 長くそうしてされるがまま。

 作業の音だけが響く部屋は、とても静かだった。



「お顔、綺麗になりました」


 そう告げられ、シスネが長く閉じていた目を開けた。

 正面にある鏡を見る。

 薄青色をした、誰もが息を呑む程の神聖さを纏った姫君が、鏡の中にいた。


 氷の姫君――ランドールに住まう誰もが彼女をそう呼ぶ。


 これらを外すと氷が鉄になるのだから、おかしなものだと、シスネが鏡の自分を見ながら心の中で自嘲気味に笑う。


「終わりました」


 無表情で鏡の自分とにらめっこをしていたシスネの耳に、横からそんな声が飛んで来た。

 目だけを動かし、鏡越しに隣にいるだろう妹へと視線を移す。

 薄紅色をしたフォルテの姿に、シスネは思わず、ほぅと息を呑む。

 炎の姫君は、鏡の中の自分をしばし眺めた後、自分を見ているシスネと目が合って、少し気恥ずかしそうにはにかんだ。


「なんかやる前からドッと疲れた気がします」


 言って、お腹空いた――とフォルテが溢すと、シスネはクスリと小さく笑った。

 いつもよりずっと早い朝食を取ってから二時間ほどが経ったとはいえ、シスネは特に空腹を感じない。

 しかし、食欲があるなら、先程吐露した心境とは違い、さほどに緊張もしていなのだろう。



「何か汚れずに食べられる物をお持ちしますか?」


 アデライトが尋ねると、フォルテが小さく頷いた。

 了承し、アデライトが部屋を出る。

 それとほぼ入れ違いで、クローリとカナリアの両名が揃って部屋へとやって来た。扉のすぐ外で終わるのを待っていたのだろう。


「まあまあまあ! こんなところに女神が二人も!」


 部屋に入って来るなりカナリアが大仰な仕草と共に言い放った。


「毎年言ってるわね、それ」


 呟くようにクローリが応じた。


「毎年思っているのです」


「まぁ、綺麗なのは否定しないけれど……。二人共、とても素敵よ。良く似合ってるわ」


 クローリがそう褒めると、シスネは特に反応は見せず無表情。フォルテは少し照れ臭そうに頬を小さくかいた。

 それから、姉妹の周りをキャアキャア言いながらはしゃぐカナリアの声が部屋に響いた。


 カナリアは記録玉による思い出作りに余念が無く、フォルテはアデライトの持って来た軽食を、装束を汚さぬ様に気を遣いながら食べる。

 穏やかな時間が流れた。



「そういえば、ヒロはどうしました?」


 至近距離からフォルテを記録玉に収め、そのせいでフォルテに鬱陶しがられているカナリアに向けて、シスネは尋ねた。


「ヒロ様ならばぁ、少し前に捕まえたとイェジンから報告がぁ」


「良く捕まえられましたね」


「ハロ様がノリノリで協力してくださったとかで」


「ああ……。では、すいませんが連れて来てください」


「今ですか~?」


「今です」


「畏まりました~」


 頭を下げ、カナリアは部屋を後にした。

 一人で騒がしかったカナリアが居なくなり、急に部屋が静かになった。


「何かあったの?」


 事情を知らないらしいクローリが尋ねた。


「……まぁ――少し」


 シスネは曖昧に返したが、間髪いれず「お二人の入浴に乱入して堂々と覗きを敢行したそうです」と、ポエニーが少し怒った顔をして告げた。


「あら、ヒロちゃんにしては随分大胆の事を仕出かしたわね」


「事故の様なモノですから」


「わざとですよ、わざと。そうに決まっています!」


 憤慨した様にポエニーが言うと、シスネは少しだけ不思議そうな顔をポエニーに向けた。


「……ポエニー、あなたはヒロに何か恨みでも?」


「そういうわけではないですが……」


「偶然、手と手が少し触れただけで赤面してそっぽを向いてしまう様な彼に、覗きをする度胸はないと思いますよ」


 告げて、シスネがクスリと笑った。

 そんなシスネとは違い、フォルテやポエニー達が怪訝そうに小さく眉をひそめた。

 怪訝な顔付きのまま、フォルテがすぐ隣に居たポエニーに内緒話でもする様に問うた。


「硬派気取りなのは気付いてたが――ヒロってそこまで女に免疫無かったか?」


「いえ……、そういう印象は無いですけど……。ヒロ様の事をからかったミナにアイアンクローをかましてましたし」


「という事は、姉さん限定か」


「その様で」


「なんです?」


 こそこそと時折シスネに視線を向けながら耳打ちしあっているフォルテとポエニーの様子に、シスネが無表情のまま問い質す。


「ああ、いえ。ヒロも大変だなぁと。――でもそうか~、ヒロがな~。これは案外――」


 フォルテが言い終わる前に、部屋にノックの音が響いた。

 その音に、フォルテが続きを言う事なく、入れと返す。

 カチャリと扉が開いて、イェジンが顔を見せた。


「失礼します。大罪人を連れて来ました」


「恩人から大罪人か~」


 フォルテが面白がって笑う。


「もともと大犯罪者でしたし、収まるところに収まったと言ったところでしょう。――ほらっ、早く入れ」


 強めの口調で促したイェジンに引っ張られて部屋に入って来たのは、鉄の鎖に繋がれた首輪を付けられ、紺色のローブに身を包み、とんがり帽子を被った――

 ――猿だった。


「……なんの冗談です?」


 ヒロそっくりの格好をした猿を一瞥し、無表情にシスネは言った。


「はい?」


 問われたイェジンは咄嗟になんの事か分からなかった。


「えっ!? あれっ、なんで猿!? ヒロは!?」


 背後から届いたハロの驚いた様子の声。ここでようやくイェジンは振り返り、自身の握る鎖の先を見た。

 猿と目が合った。


「……へっ?」


 イェジンは、自身の見たモノが信じられず、すっとんきょうな声を溢した。

 そこにシスネからの問い掛けが飛んで来る。


「イェジン、なぜ猿にヒロの格好をさせているのですか?」


「あっ、いえ! させているわけではなくて――あれ!?」


 問い詰める様なシスネの口調にイェジンは慌てて否定するものの、イェジン自身、なぜ猿なのかワケが分からなかった。

 ひどく狼狽するイェジンが、助けを求める様にハロへと目をやった。


 そんなハロも、困惑顔で首を振った。

 それから口元に手を当て、口を開いた。


「さっきまでは確かにヒロだったわ。間違いなく」


「そ、そうですよね! 私の頭がおかしくなったわけではないですよね!?」


「どういう事だ?」と、フォルテ。


「はい……。あのっ、カナリア様にヒロ様を化粧部屋に連れて行く様にと言われまして……。そのっ、さっきまでは確かにヒロ様で……。なぜ猿なのか、私も意味が分からなくて」


 しどろもどろで答えたイェジンの話はあまり要領を得なかった。

 誰もが意味が分からず首を傾げる。

 そんな中。


「イェジン」


「は、はいっ」


 シスネに名を呼ばれたイェジンが慌てて居住いを正す。

 少しの間があった。

 シスネは無表情ゆえ、怒っているのかどうかが非常に判りづらい。ただ、今の状況もあって、イェジンにはその無表情が少し怒っている様に見えた。

 緊張した面持ちで次の言葉を待つイェジンに向けて、シスネは口を開いた。


「私はあなた方カラスに、ヒロの確保をお願いしました」


「はい……」


「間違っても、猿を捕まえて来いなどと、私は口にしません」


「存じております……」


「その上で訊きますが、あなたは確かにヒロを捕まえたのですか?」


 シスネの質問に、イェジンが「はい。確かに彼を捕らえました」と、深く頷く。

 嘘ではない。イェジンはハロの助力を得た上で、確実にヒロを捕まえた。

 捕まえ、シスネの声が掛かるまで、数名のカラスと共にヒロが逃げ出さぬ様に見張って待機していた。

 その際に、いくつものやり取りをヒロと交わしている。猿であるわけはがない。

 しかし、いま実際に目の前にいるのは、猿。

 ご丁寧にヒロと同じローブとトレードマークのとんがり帽子まで被っている猿である。


 イェジンの頷きを認めた後、シスネはハロへと目をやった。

 説明しろと、その目が問うていた。

 ハロは少し逡巡してから、


「うん。確かに私達はヒロを捕まえた。ヒロの行動パターンは知り尽くしてるし、それはそこまで難しい事じゃないんだけど……」


 ハロはそこまで言ってから、また考え込んだ。

 そうして、猿を注視しながらブツブツと呟き始める。


「――変化魔法? いや、ヒロは持ってない。――でもこの魔力波長と所持魔法はどう考えても……。――――うん、この猿は、極めて猿に良く似たヒロよ」


 ハロは、そうハッキリ口にした。

 あまりに堂々と言うもので、険しい顔をさせた全員の視線が猿に集中する。

 しばらく、全員でジッと猿を眺めた。

 その異様な視線の中、迫力負けした猿が怯えて縮こまった。


「ヒロは、猿だったのですか?」


 言ったシスネの肩が僅かに揺れた。

 その顔は、無表情――よりは、ちょっと笑いを我慢している様であった。


「いや~、私も初耳だわ~。でもこの猿は間違いなくヒロよ。魔力の波長も同じだし、妖精心眼(ルビーアイ)で見た感じ、ヒロと全く同じ魔法を持ってる」


「体を変化させる魔法じゃないの?」


 クローリが問うと、ハロが首を振った。


「ヒロはその手の魔法は持ってないの。今も持ってないの確認したし。そういう変化系や隠匿系寄りのモノは私がいるからって覚えようとしないのよ。簡単な儀式でも面倒だと思うタイプだから、ヒロは」


「では、その手の魔具では?」と、アデライト。


「持ってない――と、思う。使ってるところを見た事がないし」


「何か変な物でも食べたんじゃないか?」


 まるで他人事だとでも云う様な態度でフォルテが思った事を口にする。


「う~ん、どうかな~。基本的に私も同じ物を食べるから、それだと私も猿になってると思うけど……」


「私が知る限り、捕えて以降は何も口にしていません。そもそも、ここに連れて来るまでは簀巻きにして床に転がしていましたから」


「じゃあなんでヒロは猿になったんだ?」


「さ、さあ。――あのっ、フォルテ様。シスネ様に誓って私は何もしておりません」


「分かってるよ」


 身の潔白を訴えるイェジンに、カラカラとフォルテが笑って応じる。

 

 場の者のやり取りを静かに聞きながら何事かを考え込んでいたシスネが、ここで口を開いた。

 その時には、先ほどまでの少し笑いを堪えている様な雰囲気は微塵も残っていなかった。


「ヒロが自分で魔法を使ったのでも、魔具でも食べ物でも無い。まして偶然とも考えにくい。であるならば、これは意図的なモノなのでしょう」


 シスネは一度周囲を一瞥し、それから猿――になったヒロへと視線を向けた。

 無表情からなるシスネの視線に何を感じ取ったのか、猿が怯えた様に体を小さくした。

 その怯えた弱々しい様子を見詰めながら、シスネは答えを口にした。


「歴史上でも類を見ない大きな力を持った魔導の申し子を、猿にする事によって無力化した、()()()()()()()()です」

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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