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豊穣祭、一日目・Ⅳ

 ハトによるランドール式エステを受けた後、姉妹は特別に設けられた化粧室へとローブのまま向かった。


 扉を開けると、暖の焚かれた部屋の熱気が、扉の外側にいた二人をすぐに包んだ。

 化粧室にはエステの時とは違うハトが四名待ち構えていた。 

 シスネ、フォルテの順で中へと入る。

 二人と入れ替わる様に、部屋の扉が固く閉ざされた。

 部屋は、人の匂いが薄く、代わりに、香木の匂いかぐわしくある。

 小道具の乗ったいくつかのテーブルと椅子。その椅子の正面には、壁の半分を占めるひとつの大鏡。


 ハトに促されるまま、姉妹は揃って鏡の前へ。

 湯浴みを終えて、肌を整えて、そうして裸で大鏡に向かう。

 

「今日は朝からトラブルがあったせいか、今更ながらちょっと不安になって来ました」


 背中に練り白粉をすりこまれながら、フォルテは鏡の中の自分の姿を見つめつつシスネに話し掛けた。


「そういう日もあります」


 ハトのアデライトに同じ事をされながら、シスネが同じようにして返した。


「当主になって初めての豊穣祭です」


「変わりませんよ。やる事は。気を張りすぎないよう」


「分かってはいるのですが、どうも変に意識してしまって」


 背中を終えたハトが前へと回り込んで来る。


「次はお胸です」


「立場が変わると、見え方や感じた方が少し違ってみえて来るものです」


「姉さんにも何か覚えが?」


「あなたと同じです。二年前、当主になって、少しだけ、モノの見え方が変わりました。けれど、それだけです。既に決められた事をこなすだけでやる事は何も変わりません」


「御手をお上げします」


「そういうものですか?」


「そういうものです」


 手先から脇下にかけて白粉を付けられ、少しそれがこそばゆく、フォルテはそこで一旦会話を止めて、身動ぎしない事に集中する。

 しばらくそのまま終わるまで待った。


御御足(おみあし)に移ります。少しお開きに」


 ハトの言葉に、フォルテは心の中でだけホッと胸を撫で下ろして、それから会話を再開させた。 


「そういえば、前から聞いてみようと思っていたのですが……」


「なんです?」


「姉さんでも、人前で緊張したりするんですか? その……恥ずかしいというか……」


「……そうですね。子供の頃は、少し、ありました。今はあまり」


「少し――ですか……」


 シスネの方へと僅かに顔を向けてフォルテは尋ねた。

 依然として正面を向いたまま、シスネは応じる。


「少し、です。――ただ、その少しも、恥ずかしくてというよりは、不安で、という意味合いが強いです。私は大人の、特におばあ様の顔色ばかり伺っていましたから。そういう意味の緊張です。おばあ様と話す時は、常に緊張していたと思います」


 そこまで言ってから、シスネはフォルテへと顔を向けた。


「おばあちゃんっ子だったフォルテには、分かりにくい感覚かも知れませんね」


 それだけ言って、シスネはまた顔を正面へと向け直した。

 その横顔は、少し笑っている様だった。


「そうですね……。私には、優しい人でしたから」


 ――そう。私には。

 と、フォルテが少し複雑そうな顔を作る。


 フォルテに対しては、とにかく甘く――甘過ぎる祖母だったが、反面、シスネに対しては非常に厳しい人だった。

 あまりにも厳しいその祖母の態度に、フォルテは子供ながら何度か姉様を叱らないでと頼んだ覚えがあるが、祖母は曖昧に頷くだけで、結局は態度に変化などはなく、妹には甘く、姉には厳しい祖母のままだった。


 だからだろうか。

 姉に反旗を翻され、屋敷に監禁され、そうして一度も会う事のないまま亡くなったと聞いた時も、本当におばあちゃんっ子だったのかと疑いたくなる位、冷静だった。あまり悲しくなかった。仕方ない、自業自得だったのだと、心の端っこでチラリと思った。


 それなのに、カナリアの起こした行動を知った時には、とても怒りが沸いて来た。

 フォルテは、自分で自分が良く分からなくなった。


 鏡に映る自分とにらめっこをしながらフォルテが考え込んでいると、少し軽い調子の声色でシスネが話し掛けた。


「ああ、でも、さっきは少しだけ恥ずかしかったです」


「さっき?」


 と言ってから、フォルテは先程あったトラブルをすぐに思い出した。

 シスネと入浴していたら屋根を突き破ったヒロが瓦礫と共に降って来たアレである。


「今もこうしてハト達に裸を見られていますが、特に恥ずかしいとは思いません。しかし、やはり相手が異性となると、見られるモノは同じであるのに、恥ずかしくなるものですね」


「慣れ……でしょうか?」


「それもあるかもしれません。物心ついた時からの習慣ゆえ、平気なのでしょう」


「まぁ、だからと言って、カナリアの様に目的も無く覗きに来る者に見せても良いというわけではないでしょうけどね。隙あらば入浴中にやって来るし、今日なんてどさくさに紛れて短時間の内に二回ですよ?」


 全くアイツは――と、呆れ、溜め息をつくフォルテ。

 それとは違い、シスネは顔を無表情に――神妙な面持ちで鏡の中の自身の顔を見、――相変わらず愛嬌の欠片も無い――と、自身の顔を評価して、それから鏡越しにフォルテの顔へと視線を向けた。

 フォルテは鏡に反射したその視線に気付くと、少し不思議そうな顔をした。

 不思議そうにするフォルテの顔をじっと見た後、シスネが口を開く。


「一度目は、まぁ単なる覗きだと思いますが、二度目の覗きは、ついで、だと思います」


「ついで?」と、フォルテがシスネに顔を向けて問うた。


「ついで、です。カナリアの性格は知っていると思いますが、彼女はなにかと隠したがります」


「そうですね。以前に、その隠したがる性格についてを尋ねたら、『ミステリアスな女性ほど魅力的だ』とかなんとか、笑っていました」


「ミステリアスかどうかは知りません。年齢は頑なに教えようとしませんから、それをミステリアスと呼ぶならば、そうでしょうけど」


「姉さんも知らないんですか? 姉さんは知っているものとばかり」


「私にも、年齢は教えてくれません。まぁ、女性に年齢をしつこく聞くのも失礼だろうと、それを追及しようと思った事もありませんので」


「それはそうなんですが……。――なぁ、ポエニー、凄く気になるよな?」


 フォルテが、自身の体の手入れ中だったハトに軽い口調で尋ねると、――それは永遠の謎ですから――と、手を止めずにポエニーは答えた。

 それからポエニーは間髪入れず、「右をお上げに」と告げた。

 背後にいたハトが音も無くフォルテの隣に寄り、手を差し出して来たので、その手を支えに右足を僅かに上げる。

 足の裏、指の間までしっかり白粉がすり込まれていく。


 フォルテが、少しこそばゆいなと思っていると、同じく片足立ちのシスネが話しを切り出した。


「年齢の話はともかくとして、陽気な彼女は良くおふざけをします」


「全然隠れられてない隠れんぼとかですね。この間は、頭にキノコをくっ付けてました」


「キノコ?」


 思わず素になって、フォルテに顔を向け、シスネは尋ねた。

 キノコを頭に乗せるカナリアを想像しながら。


「はい、キノコ」


 シスネに真顔を向けて、フォルテが深く頷いた。

 少し沈黙があった。

 あと、シスネは気を取り直す様に正面を向いた。


「キノコがどういう意図かは分かりませんが、先程の隠れられていない隠れんぼには、彼女なりの意図があってそうしていると思います」


「反対を」


 姉妹が、二人仲良く浮かせた足の左右を入れ換える。


「意図? 小ボケではなく?」


「小ボケには違いないでしょうが、そう思わせた時点で、彼女の意図にまんまと乗せられていると思った方が良いです。例えばフォルテ。あなたはあの小ボケを見て、どう思いましたか?」


「どう……」


 少し考え、

 思考の途中で「下げて結構です」とポエニーが告げたので足を下ろす。

 それからフォルテは答えた。


「本気で隠れる気が無いな、と。あとセオリーに喧嘩を売ってるなとも」


 シスネは静かに「そうでしょうね」と、同意して頷いた。


「カナリアの突飛な行動を目にした人は、まずその突拍子もない姿や行動に意識が向きます。なぜそんな小ボケをかましているのかと……。本来なら、それよりももっと考えなくてはいけない事があるはずなのに、どうしてもそちらに意識が行ってしまう。あなたは、僅かにでも考えたでしょうか?

 カナリアが一体いつから其処に居たのか。

 一体なんのために其処に居るのか。

 其処に居る目的はなんなのか?」


「目的って……、それは当然、」


 覗きでは――と、答えようとしたフォルテの言葉を、シスネが遮った。


「覗きだろう――そう思った時点で、カナリアの隠し事はまんまと成功です」


 そう言って、シスネは鏡の中のフォルテと目を合わせた。

 少しだけ鏡越しに見つめ合った後、また視線を自分へと戻し、続けた。


「覗きが目的だろうという、それらしい答えを手に入れた時点で、おそらくあなたは、あの事について「何か裏がある」とは、二度と考えない。そうやって、彼女は本当の目的を隠してしまいます。

 彼女は知られても良い隠し事と、知られたくない隠し事を使い分けます。知られても良い方の隠し事――覗き見という行為を上手くバラして、そうする事で追及する側に『相手の隠し事を知った』と満足させ、知られたくない隠し事の隠れ簑にしてしまいます。アレは、そういう面倒臭い事に手を尽くし、周到に準備する厄介な性格なのです」


 まさかあの小ボケにそんな意味があったのかと呆けた様に驚くフォルテを、シスネは鏡越しに一瞥した。

 言う。


「勿論、小ボケの全部が全部に裏があるわけではないと思いますが、そういう事もある――というのは、カナリアという人物を扱う上で覚えておいて損は無いと思います」


「わ、わかりました」


「本人には内緒ですよ? 言うと、その小ボケを利用した上で、更に裏をかいて来るでしょうから」


「はい………心得ました。――四人もそのつもりで」


 フォルテが言うと、一旦手を止めたハトの四人が、分かりましたと了承の意を示した。

 それからまたすぐに手の働きを再開させる。


「それでその、カナリアはあの時に何を隠そうとしたのでしょう?」


「……残念ながら、まだそこまでは」


 そう答え、シスネは少しだけ間を置いてから「ただ、」と続けた。


「カナリアが二度目にあそこに来たのは、ヒロが落ちて来る直前の事でした。あのゴタゴタに紛れ込んで来たのでは無いのです。であれば、ヒロが事故を装って覗きに来たわけでも無い限り、ヒロが落ちて来た事と何かしらの繋がりがあるのでしょう。謹慎中ゆえ、尋ねても、当然何もないと隠すでしょうが」


「また悪巧みですか?」


「どうでしょう? 単に、本当に偶然ヒロが落ちて来て、それに託つけた覗きだったのかもしれません。ああ、でもそうすると、何事も無かった事になってしまうので、ヒロも事故を装った覗きの可能性が残ってしまいますね。これは困りました」


 自分で言った事に、シスネが口元に手をあてがいクスクスと小さく笑う。

 その愉しそうなシスネの顔に、ヒロが事故に見せ掛け覗きをしに来たなんて事は露程にも思っていないのだろうし、全く困ってもいないのだろうと、フォルテは思った。


 そんな事を思いながら、何かが琴線にでも触れたのかクスクスと笑い続けるシスネを鏡越しにフォルテは眺めていて――

 ん? と頭の中に引っ掛かりを覚えた。


「あの、姉さん。もしかして」


「御肌、綺麗になりました。着付けに移ります」


「ん? ああ……」


 遮る様にハトから声が掛かり、そちらに意識を取られたフォルテは続きを口にしなかった。

 代わりに、違う事が気になったので、すぐ傍で祭事用の衣装を準備し始めたポエニーに尋ねた。


「なぁ、足だけやけに時間かからなかった?」


 一瞬キョトンとした後、ほんのり頬を紅く染め、妙に艶やかな肌をしたポエニーは、とびっきりの笑顔で答えた。

 「気のせいです」、と。

 シスネを担当していたアデライトは、割りと前に手入れが終わっていた。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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