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豊穣祭、一日目

九章です

伏線多めなので一気読み推奨

「一緒に湯浴みをするのは一年ぶりですね」


 真水のポプリ木から削り出された白木の湯舟に、スラリと長い手足を伸ばしながら、天空領ランドール現当主、フォルテ・ランドールは言った。

 彼女自慢の燃えるような赤毛は、湯に漬からぬよう頭の上でひとつに纏められ、ちょこんと頭に乗っかっている。


 そんなフォルテの視線は、自身の真正面に向けられていた。

 同じように甘い薫りを漂わせる花びらの浮いた湯舟に足を漬けるのは、姉のシスネ・ランドール。

 シスネもまた、同じように髪をまとめ上げ頭に乗せているが、フォルテと違い、こちらは薄い青色の髪をしている。


「あなたが変に気を遣うから、一緒に入る習慣が無くなってしまいましたね」


 無表情のシスネにそう言われ、白濁色の湯に手を泳がせていたフォルテが、ややバツが悪そうに小さく頬をかいた。波立つ白色の水面。

 シスネは別に怒っているから無表情なのではなく、彼女は「鉄の姫君」或いは「氷の姫君」とあざ名が付けられる程、表情を表に出さない。彼女は常にこうなのだ。事務的で、淡々としている。


「姉さんは、姉である前に当主でしたから。そこは線引きするべきだと思ったんですよ」


「当主である前に、姉です」


 変わらぬ口調で、シスネは静かにそう言った。


 互いに互いを真正面に置くような位置で湯浴みをする姉妹であるが、父親が違うというせいもあるのか、共に誰もが息を飲むほどの整った顔立ちながら、あまり顔は似ていない。

 性格も真逆で、陰と陽。月と太陽のようにまるで違う。

 それは湯舟の中ひとつにも現れていて、フォルテが胸元まで湯に漬かり、手足を伸ばしてやや開放的な居住いなのに対し、シスネは湯舟の中に体は沈めず、階段状になった湯舟の一段下、ヘソの辺りまで湯が張る浅い層に腰かけ、椅子にでも座るように深い層に足だけを出している。


 上半身をさらけ出すシスネの肌は、透き通るような白肌。擦り傷のひとつもない。

 吹けば飛んでいってしまいそうな華奢な体は、全体的に重みが足りていない。どことは言わないが、これもフォルテとは真逆で、――なにもそこまで真逆にしなくても――と、ちょっとだけシスネはその事に疑問を呈した事もある。同じ母から生まれ、同じ環境で育ち、同じ物を食べて、何故こうも違うのかと。

 と言っても、見せる相手はフォルテしか居ないので、まぁいいかとも思っている。



「今はあなたが当主なわけですし、あなたが作ったその決まりは無効になったのでしょうか? それとも、私もご当主様に遠慮して、一緒に入るのを控えた方が良いのでしょうか?」


 話の続きを口にしたシスネは、珍しく無表情ではなく、何処か悪戯そうな顔を作って小さく笑っていた。


 あ~、と、若干目を泳がせながは間延びした長い声を出したあと、


「無効という事で」


 フォルテがそう答えると、シスネがクスクスと笑い始めた。可笑しそうに。

 そんなシスネの様子に、気恥ずかしそうにフォルテも笑う。

 そうして、気恥ずかしさを誤魔化すように、フォルテは湯舟の中で勢い良く立ち上がった。

 波立つ水面、揺れる花びら。


「と言うわけで、背中でも流しましょうか? 姉として」


 その言葉に、シスネはまた小さくクスリと笑ったあと、自身もその場で立ち上がった。ただし、こちらはゆっくり。花びらの揺れも大人しい。


「それならば、私が流しますよ。当主として」


「いや、それは……。やはりここは私が先に」


「当主は立てるモノなのでしょう?」


「前に、たしかにそうは言いましたけど」


「では、やはり私が先に」


「ちょーっと待ってください。そこは無効になったのですから、やっぱり私が先に姉さんの背中を流すべきだと思うのです」


「前は、先にあなたの背中を私が洗っていたじゃないですか。なんなら髪も私が梳かしますよ」


「それは小さい頃の話じゃないですか」


「いくつだって良いじゃありませんか。何年経とうと、あなたは私の妹で、私はあなたの姉なのですから」


「あっ、じゃあこうしましょう。当主命令という事で」


 名案だとばかりにフォルテが言い、躊躇わずに頷いた。


「それはズルいと思います。だいいち、風呂の中はそういった物は全部脱ぎ捨てて入るモノです。裸の付き合いというのは、そういうものです」


 悪戯そうにシスネが言うと、うぅっとフォルテが小さく呻く。



 その時、突然と広いランドール家の大浴場の扉が勢い良く開いた。

 扉の鳴らす音に、姉妹が同時にそちらに顔を向けた。


「お任せください! その様な些事はこのカナリアめがっ!」


 扉を開け放つなり大声でそう宣ったのは、派手で奇抜なメイド服に身を包んだ女性。ランドール家のハウスキーパー、カナリアであった。

 とっても良い笑顔で素っ裸の姉妹がいる大浴場に入って来たカナリアの姿に、二人は困惑し、呆然とした様子でカナリアを見ていた。

 しかし、それは僅かな時間で、珍入者カナリアの登場に、フォルテの肩が小刻みに震え出した。

 一方で、フォルテとの子供のようなやり取りで見せていた表情をあっという間にいつもの無表情に戻したシスネは、静かに湯舟の中に身を沈めた。先ほどまでの浅湯ではなく、肩まで全身を隠すようにしっかりと。


「勝手に入って来るなっていつも言ってるだろっ! だいたい、お前は今謹慎中だろう――がっ!」


 叫びながらフォルテが湯舟の縁に置いてあった濡れ布を、カナリアに力いっぱい投げつけた。

 それは見事にカナリアの顔のど真ん中に直撃し、布とはいえ、水を含んで重さを増した布の一撃に、カナリアが盛大にすっ転ぶ。


「またですか……」


 その様子をシスネは嘆息混じりに眺めたあと、湯舟に漬かったままキョロキョロと顔を動かし、探るように周囲を見渡した。

 しかし、直ぐには見付けられず、何処かにあるであろう水晶の発見をほどなくして諦めた。あとで鼻の利く使用人でも頼んで見付け出してもらえば良い。

 盗み見のための物であるならば、一目で分かるような場所には隠していまい。見付かっては意味がないのだから。


 そうこうしている間に、鼻っ柱をやや赤くしたカナリアが立ち上がった。

 その手には今しがたフォルテが投げた布がしっかりと握られている。

 立ち上がったカナリアは、手に持った布を鼻に当てた。

 てっきり痛めた鼻でも濡れたそれで冷やすのかと見ていたフォルテだったが、そんなフォルテの予想に反し、布をあてがったカナリアはひと欠片も逃すまいといった勢いで布の匂いを嗅ぎ始めた。

 湯舟に漬かるまでフォルテの体を包んでいたモノである。

 恍惚の表情で布の香りを堪能するカナリアの様子に、わりと本気でフォルテが引いた。嫌悪感を隠そうともせず渋面を作った。



「カナリア……それやるから出ていけ」


 後々の布の行方を思うと、多少嫌ではあったが、目の前で恍惚の表情を見せられるよりマシだろうと、フォルテはその場で屈み、シスネに倣って湯舟で体を隠したまま告げた。

 それでようやくカナリアは嗅ぐのを止めて、二人に顔を向けた。


「お背中は~?」


 濡れている事などちっとも構わず、布を懐へと仕舞い込んだカナリアが妙に間延びした口調で尋ねた。


「いらん」


 しっしっと片手を振ってフォルテが返すと、カナリアは頭を下げて了承の意を示し、それから頭を上げ、踵を返して大浴場から去っていった。


 甘い匂いの立ち上る大浴場が、また元の平穏を取り戻す。


「まったく……」


 小さな嘆息を混ぜて、フォルテがぼやく。

 その表情は、やや呆れてはいるものの、怒っている様子ではなかった。


 そんなフォルテの様子に、風呂と云う事もあって機嫌は良さそうだと思ったシスネは、少し話題にしづらかった事を尋ねる事にした。


「カナリアの謹慎はいつまで続けるつもりでしょうか?」


「……特に決めていませんが」


「あなたには不本意かもしれませんが、私としては三日目までには解いてもらえると、多少は安心して豊穣祭を過ごせます」


 小さく唸ったフォルテが浴槽の壁にもたれかかる。


「アレさえ目を瞑れば、カナリアは優秀ですからね。言いたい事は分かります」


 言って、ひとつ小さな溜め息をつく。

 フォルテも、シスネも、しばらく何も言わなかった。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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