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【幕間】100の儀式・13

「簡単だと言うわりに吹き出してたじゃないか。バレるかと思ってヒヤヒヤしたぜ」


「お前が光差す雲とか変な事を言うからだろ」


「あの場面のあの台詞を変な事だと? 感動的な良い場面じゃないか」


 二人がそんなやり取りをしていると足元から怒った声。


「リドル! お前、私を裏切ったなっ!」


 リドルによって体を押さえ付けられたまま、怒りを顕にしたアビが憤る。


「約束を破っておいて良く言うぜアビ。――ああ、たしかに俺はお前さんを裏切った。結果としてそうなっちまった。けど俺様は無慈悲な悪魔じゃない。長い付き合いだ。それはお前さんがよ~く知ってるだろ?

 俺は最後までお前さんを信じてた。嘘じゃない。お前さんが約束を破らなきゃ、少なくともこうやってお前さんを踏みつけたりなんかしなかった。

 俺が自由になったら、お前さんと二人で肩でも組んで、お祝いのパーティーなんか開いちゃったりしてさぁ。

 お前さんが言うんだ、『おめでとうリドル。君は自由だ』。

 そしたら俺が、『ありがとうアビ。お前は最高の友達だ』ってな。

 それで、気持ち良くさよなら出来たはずだった」


「戯言を……ッ!」


「ああ、その通りだ。戯言だった。長い付き合いのせいかなぁ、そんな夢を見ちまったのさ」


 緊張感無さげに遠い目をしてリドルが言い終わった直後、足下から突然と炎が吹き上がった。


「あっつぃ!!」


 熱いと叫び飛び上がったリドルが、炎に巻かれながらその場を転がる様に逃げ出した。

 ゴロゴロと数度地面をのたうち回ったリドルは、そのままヒロの方へと転がる。

 ヒロの数歩手前まで来ると、リドルは出来損ないの側転から流れる様に、シュタッと(口で言った)倒立し、両手を広げてピシッとポーズを決めた。

 しかし、いまだリドルの体から焦げ臭い煙が僅かに立ち上っており、全力ダブルピースを決めていたリドルは、気付き、慌てて体をはたいて火をおとした。


 リドルの体に火を点けたのは、のしかかりによって体を拘束されていたアビの魔法によるモノであった。


「おい、リドル。しっかり押さえておけよ」


 あっさりとアビの拘束を解いたリドルに、ヒロが憮然とした表情で告げた。

 返すリドルも納得がいかないと云う風な顔をしてみせた。


「俺様に焼け死ねってのか!? ローストチキンみたいに皮がパリパリなったらどうする!?」


「精々トカゲの丸焼けだろ」


 良い風に言うなと返した後、ヒロは抗議するリドルの脇を抜けて前へと出る。

 爬虫類はあんまりじゃないか――と、どうでもいい事に本気で反論するリドルの声を背中で聞いて、ヒロはアビと対峙する様な位置で足を止めた。

 その時には既にアテナからローザに武器を持ち替えていた。普段からの使い慣れているのと、陰でこっそり練習している成果もあって、ヒロの武器の切り替えは驚く程スムーズに行われる。


 右手に握った短銃ローザをダラリと下げたまま、ヒロはやや上向き加減の挑発する様な態度でアビに話し掛けた。


「で? アビ。俺に恨みがあるんだったか? 正直言えば、さっきのあんたとリドルのやり取りを見るまで半信半疑な部分もあったんだが……。あんたが素直に本性を曝け出してくれたお陰で、どっちに付くか迷わなくて済みそうだ」


「……なるほど。全部芝居だったわけですか……。私を、騙すための」


「まぁな」


「目的はリドルの解放――ですかね?」


「まぁ、結果的にはそうなる。そんな予定で此処に来たわけじゃないんだが、流れでな」


 そんなやり取りをしていると、二人の険悪な空気などお構い無しに自身の感じた違和感を引っ提げてリドルが話に割って入ってきた。


「おい、ヒロ。半信半疑だったのか? 俺様を信じてくれてたんじゃなかったのか?」


「初対面の奴の何処に信用を置く部分があるんだよ」


「そりゃよぅ、分かるぜ? 今日が初めて会うもんなぁ。でもよぅ」


「どうでもいいだろ? 今はお前の――」


「ワァッ! あっつぃ! ヒロ!?」


 リドルへと顔を向けて返事をしていたヒロの体が突然業火に包まれた。

 油断しまくりのヒロに向けて放ったアビの上級火属性魔法。

 抵抗する間もなく、ヒロは高温の炎に焼かれた。


「ヒロ!? なんてこった!? トカゲの丸焼きになっちまった!?」


 慌てているのかいないのか。辺りに高温の熱気を撒き散らす火柱に向かってリドルが叫んだ。

 そうやって火柱の傍で嘆くリドルに向けて、アビが広げた手の平を翳す。


「役立たずのリドル。お前なぞに頼らず最初からこうしていれば良かったよ」


 言って、アビはリドルの背後――足下に伸びる影を見た。

 炎によって生まれた明かりがリドルの影、その輪郭をクッキリと描いている。森の上空に鎮座する黒雲の存在があったため今の今まで不在だった影。何処とも繋がっていない影。


 炎に気を取られるリドルはそれにも気付かない。

 そんなリドルに向けて、アビは自信の持つ攻撃魔法で最も威力の高い炎熱渦霧(ウルファイア)を放った。

 今しがたヒロに放ったモノと同じ魔法で、火の精霊の力を借りて放つ上級の火属性魔法。


 高速でリドルに真っ直ぐ突き進んだ炎熱渦霧ウルファイア

 流石のリドルも放たれた瞬間の魔力の高まりでそれに気付いたが、影を分断されたリドルは影移動による回避も出来なかった。

 まして炎に包まれると影も何もあったモノではなくなる。


 ヤバイと慌てて逃げたリドルだが、影移動の無いリドルのただの身体能力便りの回避では、とても避けられる代物では無かった。

 数メートル走り、走ったままの体勢のリドルに魔法が直撃する。

 途端、リドルの体を中心に炎の渦が巻き起こる。


「うぎゃああぁ!」


 魔法の直撃にリドルが叫び声を上げ、アビがニヤリと笑う。


「ああぁぁぁ……――あれ? 熱くないな」


 轟々とうねる炎渦の中心に居ながら、リドルがはてなと小首を傾げた。

「……は?」とアビがすっとんきょうな声を漏らした。


 そんな二人の疑問ごと吸い込む様に、渦を巻きながら上へと登った炎は、空間に穴でも空いているかの様に、点の場所を起点にして、その全てが穴に吸い込まれていった。

 後には、焼け付き、何かの焦げた様な臭いが僅かに残っただけであった。


「リドル! お前何をしたっ!?」


「いや……、俺様は別に何も……」


 事の意味が分からず、されど二人がそれぞれ対照的な反応を見せる。

 そんな中。


「俺に向かって火の魔法なんて使うのが、そもそもの間違いなんだよ」


 横から聞こえて来た声に、アビがハッとし、顔を向けた。

 炎の渦に呑み込まれたはずのヒロが、被るとんがり帽子の位置を片手で正しながら何でもない顔をして立っていた。


「お前……。防御魔法を行使した様子も無かったのに一体何故生きてるっ!?」


 忌々しそうに睨むアビの視線を真正面から受け止め、ヒロは呟く様に何者かの名を呼んだ。

 ウル――と。


 ヒロがその名を口にした瞬間、まばたきの様に一瞬だけ炎の幕がヒロの背後に広がった。

 広がった炎の幕は燃え広がったと思う間もなく、小さな火種に変化し、ヒロの真横の空中にポゥと灯りを灯した。

 その小さな火種がもう一度燃え上がった時。炎は揺れる輪郭の人型を形作り、ついで声を発した。


「呼ばれて飛び出て、オイラ参上っ!」


 子供の背丈をしたソレは、プカリと宙に浮いたまま両腕を組んでそう言った。

 アラビア風の衣装を纏った子供は、容姿こそ何処にもいる子供の様だったが、その髪だけが紅く、燃え上がっていた。


「ウル! ウルじゃないか! 久しぶりだなっ! 何百年ぶりだ!?」


 その紅い子供の姿を目にしたリドルが、嬉しそうな顔をして話し掛けた。


「よーぅ、リドル。久しぶり」


「本当に久しぶりだなぁ。ああ、とっても、懐かしいよ。どうしてこんな所にいるんだっ? もしかして、俺様を助けに来てくれたりなんかしちゃった!?」


「うんにゃ。大精霊のくせに人間に取っ捕まった闇の精霊がいるって聞いて笑いに来たんだ」


 ニヤッとウルが笑う。

 途端、リドルがバツが悪そうな顔をした。


「いや、まぁ、なんだ……。そう、長生きしてると色々あるんだよ……ほんと。あ~、それより、ほら! ウルはどうだ? 元気にしてた? 他の奴らは?」


「さぁ? オイラもずっと住み処に籠ってて人里に出て来たのは最近だからなぁ。あっ、でもチェリージャンの奴には会ったぞ」


「チェリージャンかっ。懐かしいなぁ。相変わらず無愛想なんだろうな」


「お前ら、感動の再開なら後でやれ」


 二人のやり取りにヒロが割って入る。

 少しだけ呆れた顔をしていた。

 ヒロは二人の会話を止めた後、呆れ顔だった表情を真面目なものに正し、アビに意識を向け直した。


「たしか賢者ってのは、大精霊に認められた奴の事――だったよな?」


「……そうでしたね。まさか火の大精霊ウルを従えていたとは……。道理で私の炎熱渦霧ウルファイアが効かないわけです」


炎熱渦霧ウルファイアは、オイラの力を借りて放つ魔法だからな。ウルと名の付く火魔法は、オイラの加護を持つヒロには効かなくて当然だ」


 ウルが悪戯そうに頭の後ろで腕を組んで言った。

 その言葉にアビが苦々しげに顔を歪ませた。

 しかし、次の瞬間にはその顔が驚いた表情へと変わった。

 何処からともなく伸びて来た銀色の糸が、シュルシュルとアビの体に巻き付き、見る間にきつく縛り上げた。

 抵抗しようとアビが暴れたが、細く柔らかいながらも鉄の硬度を持った糸はビクともせず、暴れた拍子にバランスを崩したアビが地面に倒れた。


 ヒロは、簀巻きになって倒れるアビの傍まで寄ると、ゆっくりと屈み、無理矢理に顔を上げたアビの額にゴツとローザを突き付けた。


「俺に勝つには十年早かったな」


「まっ、待ってくれ!」


 アビの懇願を聞かず、ヒロは麻酔弾が込められた銃の引き金を静かに引いた。 

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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