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【幕間】100の儀式・12

 ヒロの放ったアテナからの残響が、黒雲に吸い込ませる様に消えていく。

 小瓶の一欠片さえ残らず消失した上空を、ヒロはなんの感情も伺い取れない無機質な表情で眺めていた。


 しかし、そんなヒロの様子が一瞬のち、劇的に変化した。


「あっ……あ、ハロ……」


 驚愕に満ちた表情。

 みるみる顔が青ざめ、絞り出す様に自身がたった今消し飛ばしてしまった相棒の名を呟く。

 ヒロの様子が変わったのを認めたリドルは、腹を抱えて転げ回るのを止めてヒロの傍まで来ると、優しく微笑みかけた。


「どうしたヒロ? 何かあったのか?」


「リドル……。ハロ……ハロが」


「そうだな。ハロが死んじまったなぁ。本当に残念だよ。良い奴だったのに……。今日、初めて会ったけど」


 慰めでも掛けるように、ヒロの肩に手を置いたリドルが囁く。

 分かるよ、同情するよ、悲しいよとでも言いたげに同調してみせる。


「アイツは天国に行っちまったのさ。――ああ、見ろよ。そうさ。あの光差す輝く雲を」


 上を見上げ、リドルは遠くを見るように天国に行ったと告げる。


「天国……」


 言われた事を反芻し、ヒロはリドルと同じように自身も上を見上げた。

 光差すどころか真っ黒い影をした黒雲があるだけであった。


「…………ック」


 一瞬だけ妙な顔をしたヒロだったが、それを隠すように俯き、手でその表情を覆う。

 リドルが尋ねた。


「……泣いてるのか?」


「…………ああ」


「会いたいか?」


「ああ」


「だったら――」


 囁くように言うと、リドルはソッと垂れ下げたアテナを握るヒロの手に自身の手を添えた。

 そうしてゆっくりとヒロの腕ごとアテナを正面にまで掲げ上げるとクルリとアテナの銃身を反転させ、その銃口をヒロの方へと向けた。


「ハロのいる天国に行くには、死ぬしかない。やり方は分かるか? 俺様が手伝ってやろうか?」


「……いい」


 ヒロは短く返すと、アテナの銃口を口に咥え混んだ。

 リドルがソッと添えて手を離し、ヒロから一歩だけ距離を取った。

 そうしてリドルが離れたのを横目で見届けると、ヒロはなんの躊躇いもなく銃口を咥えたままのアテナの引き金を引いた。


 森の中に甲高い発砲音。

 それと同時に放たれたアテナからの銃弾は、零距離にあったヒロの頭を消し飛ばした。

 頭を失くしたヒロの手からアテナが零れ落ちた。

 少し遅れてドサリと地面に仰向けに倒れるヒロの体をしたナニか。


 それを冷たい目で一瞥すると、リドルはソレの右足を無造作に掴み、そのままズルズルと引き摺り始めた。

 湖の傍まで来ると、ゴミでも放るかの様にリドルは握ったソレを湖に投げ捨てた。


 ボチャと水面を揺らして沈んでいく様子をリドルが眺めていると、背後からパチパチと手を打ち鳴らす音が耳に届けられた。

 リドルがそちらを向く。


 自身に拍手を送って来た相手に目を向けたまま、無機質で表情の無い顔でリドルは口を開いた。


「言われた事はやったぞ。これで良いんだろ?」


「ええ。上出来です」


 返したのは、ニコニコと微笑みを浮かべるアビであった。

 上機嫌らしいアビの様子に、リドルが小さく肩をすくめた。


「禁術研究を邪魔された仕返し――だったか? 知ってるか? 悪い事して叱られて、それにムカついたからやり返すのは、逆恨みって言うんだぜ?」


 リドルの言葉にやや気分を害したのか、微笑むのを止めたアビが「なんとでも」と、小さく鼻を鳴らす。


「まぁそれは良いや。俺様には関係ない事だしな。それより、約束だぞ。俺を自由にしてやる。お前さん、確かにそう言ったよな?」


「ええ。言いました。大犯罪者ヒロを殺す事が出来たら自由にしてやる――そういう約束でしたね」


「ああ、そうだとも。勿論、あんたの事だから忘れてないって俺は分かってたぜぇ。あんたが約束を守るヤツだって事も。――だろ?」


「勿論、約束は守りますよ」


 ニコリと微笑んだ後、アビはおもむろに手を懐へと差し込んだ。

 そうして期待に目を輝かせるリドルの前で、アビは巻物状に丸められた一枚の紙を取り出した。

 紐を手解き、拡げてリドルへと向ける。


「ああ、間違いない。そいつだ」


 破顔し、リドルが何度も頷く。


 それは契約書。

 人が悪魔と交わした契約、その内容とリドルの印が捺された物。

 たかが紙一枚。

 されど二百年以上もの間、リドルを雷徒の皿に縛り付けた一枚。


「じゃあ早速頼むぜ。俺じゃそいつは破壊できない。あんたが燃やすか破くかしてくれ。それで俺様は自由だ。……そう、ようやくだ。どれだけ待っただろうこの時を。どれだけ夢見ただろうこの瞬間を。ようやくこの薄気味悪く寂しいところからおさらば出来る。自由になれる。今日は最高の日だ!」


 奇声にも叫び声を上げてリドルが全身で喜びを爆発させる。

 その場で小粋なステップを踏んでクルリと回ってみせる。


「ひとつ確認なのですが」


 リドルの喜びダンスを少しだけ眺めたあと、アビが口を開いた。


「ああ、なんだ? 自由になったら何処に行くかって? そりゃあ決まってる。ここじゃない何処かだ! 自由になったら何処へだって行ける! そうだろ!? それが自由って事だっ!」


「ええ、そうですね。ただ、自由にした途端、あなたが私に危害を加えないという保証がない」


「おいおい、そんなの余計な心配だ。知ってるだろ、俺様が何者かって。そんな悪魔みたいな事はしない。約束する」


 信じてくれと懇願でもする様に、リドルは真面目な顔をして言った。

 アビが笑い――嗤う。


()()()


 契約書をまるで印籠の様にリドルへと向けると、途端にリドルの体が硬直し動かなくなった。

 薄く、脆く、されどリドルの自由を縛る鋼鉄の鎖(紙切れ)の前に、リドルはどうしようもない程に無力であった。

 立ち尽くしたまま金縛りの様に動かないリドルに、薄く笑うアビがゆっくりと近づく。


「なぁ、アビ、待ってくれ。話が違うじゃないか。俺はあんたに言われた通りにやった。あんたの復讐とやらに協力して、あの二人を殺した。それで俺は自由のはずだ。これじゃあ約束が違う」


「ああ、リドル。()()()()()、君の協力には感謝するよ。――けれど、リドル」


 諭す口調で言ったアビはリドルの目の前に立つと、その手に持った契約書をリドルの顔のすぐ前に掲げて見せた。


「その約束とやらは、一体何処にそう書いてある?」


 詰問する様な強い口調のアビ。

 リドルは一瞬悲しげな表情をした後、目を吊り上げた怒りに満ちた表情を作った。

 そうして忌々しそうに目の前に掲げられた契約書を睨むと、それに向かって唾を吐きかけた。


「アビ、お前なんて絶交だ。このクソ野郎っ!」


 悪態をつくリドル。

 しかし、アビは薄く笑った顔を崩さず、馬鹿にでもする様に鼻で笑った。


「これからも私のために働いてもらいますよ、リドル」


 そう告げたアビに、リドルは直ぐに返事をしなかった。

 二呼吸ほど間を空け、アビがリドルから一歩距離を取る。

 それを合図にリドルが口を開いた。


「アビ、そういえばお前に言ってなかった事がある」


 アビが僅かに眉根を寄せ、「なんです?」と尋ねた。


「ふたつだ。ひとつはさっき言った。こんなクソ野郎は俺様の友達として不合格ってなァ! 残念でしたァー!」


 舌をチロチロと上下させ愉快そうに言ったリドルは、そこで一旦言葉を止めた。

 挑発した自分がどういう反応をするのか見ているのか――と、アビは眉根を寄せたままリドルの思惑を考え、そうして直ぐに――小さな抵抗だ、と鼻で一笑した。

 アビのその表情を目にし、リドルがにやけ気味だった表情をガラリと変えて、真面目な口調で二つ目を口にした。


「ああ、そうだ。アビ、お前のその余裕ぶった顔が見たかった。その顔がどうなるのかが見たかった。――吠え面かきやがれ」


 ニヤリとリドルが言い終わるのと、ほぼ同時。


 突然の発砲音。

 アビが何事かと状況の理解を済ますより早く、森に響き渡った発砲音と共に放たれた弾丸が、アビの掲げていた硬く、強い鋼鉄の――紙切れを、いとも容易く貫いた。


「――なッ!」


 契約書が破壊された事にアビが驚愕する。

 紙のど真ん中を貫き風穴を空けた弾丸は、紙をぶち抜くには過剰過ぎた力の余波で、アビの背後にあった枯れた木々の何本かをへし折り、密集して生えていた森の中に一本の真っ直ぐな道を作り出した。


 慌てた様子で弾丸が放たれたとおぼしき方向――リドルの後方へと視線を向けた。

 そうしてアビは、その先に居たとんがり帽子と紺色のローブを纏い、愛用するアテナを構えるヒロの姿を見た。


「お前っ! 生きて――ッ!」


 驚きを隠せない様子で叫ぶアビ。

 そうやって死んだと思っていたヒロの登場にアビの意識が向いている隙をつき、素早くアビの頭上に影移動したリドルが、全身で踏みつける様にアビの体を拘束した。

 地面とリドルにサンドイッチにされたアビが苦悶の表情で倒れ伏す。

 アビを拘束した後、リドルはアビの手から零れハラハラと傍に落ちた穴の空いた紙切れに視線を向け、ニヤリと笑った。

 笑ったまま顔を上――正面へと上げ、離れた位置にいたヒロに向かって告げた。


「真ん中どストライク! 流石は俺様の友達。良い腕だ! 花丸上げちゃう!」


「任せろ。簡単だ。余裕だ」


 銃口から煙が燻るアテナを気だるげに肩にもたれさせ、ヒロは何でもない事の様にフッと鼻を鳴らした。 

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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