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【幕間】100の儀式・6

 おいかけっこ開始直後からヒロは自身の乗った箒を巧みに動かして、追ってくるリドルから逃げ回っていた。

 ハロと一年以上の旅をして来たヒロの移動手段は、もっぱら箒での移動。

 使い始めた当初こそ、高いし速いしバランスが難しいしで、おっかなびっくり悪戦苦闘していたが、今は自身の体の一部のように操作する事が出来る。

 そんなヒロゆえ、繁る雷徒の皿の木々とてたいした障害物にはならなかった。

 半分障害物レースのような感覚で、時々笑みを浮かべて楽しそうにヒロはおいかけっこに興じていたのである。


 一方で、追い掛けるリドルも、スピードこそヒロに全く敵わなかったが、勝手知ったる森ゆえか、普通に追いかけるのではなく、知恵を搾り、様々な工夫を凝らしてヒロを捕まえようとしていた。


 ヒロの進む先に障害物を置いてみたり、トリモチトラップを仕掛けてみたり、分身して待ち伏せしてみたり、甘い匂いのお菓子で釣ったり――とにかくバリエーション豊かな手口でヒロを攻めていた。


 そんなリドルは、今もまた、先回りした先でヒロにたいして罠を仕掛けて待っていた。


 ヒロが枯れた木々の隙間を飛んでいると、進む先にひとつの建物が建っていた。

 普通に考えて、雷がひっきりなしに落ちるこの森に、建物が建っているなど有り得ない。

 誰がどう考えたってリドルの罠である。


 しかし、ヒロは引き寄せられる様に建物に向かうと、建物の前で止まり、当然のように箒から降りた。

 怪しさ満点で佇む建物を前に、ヒロは何処か楽しげに微笑みを浮かべていた。


 なにも、ヒロは罠だと気付かず建物に近付いたのではない。

 むしろ逆。

 罠だと分かっているから、わざわざ自分から罠に掛かりに来たのだ。


 ――罠がある?

 だったら乗らなきゃ駄目だろ――


 今のヒロの思考はそういう状態。

 その場のノリが全て。

 その場のノリが、疑念や危機感、羞恥心に冷静さなど、それら全てを放棄させる。

 熱湯があるなら嫌だ止めろと言いながら半ば自分から入り、クイズを出されたら正解が分かっていてもわざと面白回答で間違え、激辛たこ焼きロシアンルーレットに挑戦すれば辛いの来いと祈る。

 その場のノリに、果てしなく従順となる。


 普段のヒロなら、わざわざ罠に掛かったり、どうでも良い事の空気を読んで周囲に合わせると云った事など絶対にしない事である。

 ハロが『効率厨』と評する程に、ヒロはとかく面倒を避け、さっさと物事を終わらせたがる性格をしている。

 こういう場面であれば、罠があるなら有り余る魔力を使って力ずくで破壊し、攻略するのがヒロ流だ。


 しかし、今のヒロはそれをしない。

 そんな空気の読めない事などしたくない。

 罠があれば、全ての罠に悉く嵌まる。

 実に楽しそうに。

 このヒロの行動こそが、悪魔リドルの恐るべき魔法・常識破壊(ファンキーワールド)の効果なのである。



 ヒロが建物の前に降り立つと、それに合わせたように建物がきらびやかにライトアップされ、何処からともなく音楽が流れ始めた。

 その変化に、ヒロが驚く。

 ただ光って音楽が流れただけのそれに、「わっ!」と声を上げ、過剰とも云えるリアクションを見せる。

 しかし、ヒロはそれをオーバーだとは思わない。

 思えない。


 ヒロがやり過ぎなくらいに驚いていると、建物の扉がゆっくりと開かれた。


「ほほう」


 そうして中から現れた人物を目にし、ヒロは満足げな顔をして唸った。


「こんにちはぁ、お兄さん」


 甘ったるい女の声。

 建物の中から出て来たのは、やけに露出の多い服を着たナイスバディなお姉ちゃんであった。

 女性はニコニコと微笑みを浮かべてヒロの傍まで来ると、無遠慮にヒロの手を取り、自身の豊満な胸を押し付けるようにヒロと腕を組んだ。


「ねぇ、どう? 良かったら、うちのお店に寄って行かない? サービスするわよ?」


 ヒロの鼻の下がだらしなく伸びる。


「そう? じゃあ、折角だしちょっとだけ寄って行こうかな?」


 そう応じ、女性に腕を抱かれたまま、ヒロは引かれるように建物の中へと入っていった。

 建物に入った途端に漂って来る甘いコロンの香り。

 そして目に飛び込んで来る見目麗しい美女の群れ。


「いらっしゃ~い」


 その場にいた女性達が微笑みを浮かべ、声を揃えて歓迎する。


「いらっしゃっちゃいました~」


 満面の笑みを浮かべたヒロが、少し気恥ずかしいそうに頭をかいた。

 促されて席につく。

 席に着くなり、ヒロはあっという間に美女達に囲まれた。

 途端、ヒロが人生薔薇色といった様子の表情になった。至福の刻。

 硬派を気取る普段の彼は、もはや何処にもいなかった。


「お兄さん、お名前は?」


 赤毛のお姉さんに、耳元で囁やくように尋ねられると、「ヒロだ」と、キメ顔を作ってヒロは答えた。

 男ならば、綺麗な女性を前にしたらまぁだいたいどれも似たり寄ったりではあるが、そのご多分に漏れず、ヒロも変なところだけクールに決めたいという考え方が残っているらしかった。


「ヒロくんか~。素敵な名前~」


「ああ、良く言われる」と、良い顔でヒロ。


「ヒロくん」


「なにかな?」


「ふふっ、呼んでみただけ」


 言って、悪戯そうに笑ってヒロの頬をつつく金髪のお姉さん。


「ヒロくんは、そんな格好してるけどもしかして魔法使い?」


「ああ。魔導の申し子って二つ名で呼ばれてる。こう見えて、三賢者の一人だ」


「えー!? 聞いた事ある~。ヒロくんすごーい」


「まぁ、そんな大したことは――あるかな」


「私ぃ、賢者さんって初めて会ったかも~。ねぇ、賢者さん。触ってみてもいい?」


 こてんと可愛らしく小首を傾げて、黒髪ショートなお姉さんが尋ねた。


「ヒロで良いぞ。ああ、好きだけ触ってくれ」


「じゃあ、遠慮なく」


 微笑みながらヒロの頬をチョンと指でつつく。


「ズル~い! 私も」


「私も触る~」


「次は私よぅ」


 お姉ちゃんによる取り合いに鼻の下を伸ばしたあと、ヒロがキリッと良い顔を作る。


「ははっ、俺は逃げないから順番な」


「じゃあ、次は私の番。チョン」


 頬ではなく、胸をつつかれたヒロの顔が、キメ顔から一瞬でだらしないものに変わる。


「それじゃあ次は、俺様の番」


「のわッ!!?」


 伸びて来た指を大慌てで避けるヒロ。

 テーブルをひっくり返して飛び退いたヒロの目の前には、露出過多なドレスを着て化粧をしたリドルの姿があった。


「逃げちゃヤダヤダ。俺様も触りたい」


 くねくねと体をくねらせ、リドルが可愛くお願いする。

 

「っざけんな!」


 叫び、体当たりでドアを破壊したヒロが建物の外に転がり出る。

 それから直ぐに箒を取り出し、その上に乗った。

 一度チラリと名残惜しそうに、とっても名残惜しそうに建物へと目を向けて、断腸の思いでヒロは再び逃げ始めた。


 あっという間にヒロが見えなくなった後、悔しそうに顔を歪めてリドルが建物から出て来た。


「チクショウッ! もう少しだったぜ! だが、まだ時間はある。たっぷり楽しもうぜ賢者様」


 ニヤリと笑ったリドルが、パチンと指を鳴らした。

 すると、リドルから化粧とドレスが消え、再び派手な服とシルクハットのリドルに姿が変わった。

 それと同時に、森の中に不自然にあった建物も幻のごとく消え去り、あとには枯れた木々だけが残った。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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