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【幕間】100の儀式・2

「ヒロさん、これを」


 雷徒の皿。その森に入る直前に、アビが懐から取り出した棒状の物をヒロへと手渡した。


「これは?」


 それを受け取り、一度表と裏を簡単に眺めたヒロが尋ねた。


「見てて下さいね。これに少しだけ魔力を込めて」


 ヒロと同じ形の棒を手にしたアビが、それに魔力を込め始めた。

 棒がうっすらと光を発し始めた。


「こうやって、自分の真上。上空に浮かせて下さい」


 そのアビの言葉を合図に、光る棒は空中にプカプカと浮き始めた。


「これは、雷徒の皿では必須とも言える魔道具でして……。まぁ、有り体に言えば避雷針です。自分、或いは周囲に落ちる雷を全て肩代わりしてくれる、というアイテムなんですよ」


 なるほど――と、ヒロも真似て自身の魔道具へと魔力を送る。

 魔力が植えられた避雷針は、アビの時と同様に、淡く輝くとふわふわとヒロの頭の上。三,四メートル上空で泳ぎ始めた。


「ここはとにかく落雷が多い、というのはすぐにご理解出来たと思います。危険な場所です。道案内もそうですが、このアイテムを渡す事も含め、マスターが私をここに使いとして出したのも、あの雷の事があったからだと思います」


 森の入り口から少し顔を上げてアビが遠くを見る。

 言葉は返さず、ヒロも同じように視線を上空へと向けた。

 刹那の瞬きと、少し遅れてやっくる雷鳴。

 それらがひっきりなしに雷徒の皿を覆う。

 その頻度と二つの現象のタイムラグのせいか、どの閃光がどの轟きなのか区別がつかない。


 ヒロはぼんやりと眺めながら逡巡する。

 雷というのは、光速と音速の違いによって、光ってから音が届くまでの時間で放電が何処で起きているのか大雑把に分かるらしい。知識が無いので詳しくは分からないが、閃光と雷鳴がほぼ同時なら自身のすぐ上に雷雲があって、その両者の間隔が長い程遠くにあるらしい。


 もっとも、それが分かったからなんだというのがヒロの感想であった。

 元の世界、テレビのニュースでは様々な災害情報が発信されていて、それは大雨だったり、地震だったり、台風だったりだ。

 とかくバリエーションは豊富である。そうして、それらの情報や注意喚起と共に、被害の状況なども伝えられたりする。

 しかし、雷への注意喚起はあれど、それが直撃したという話はあまり聞かない。

 まぁ、雷は高いところに落ちるというし、ビルであったり、電柱であったりと、人の背丈よりも高い物が溢れる場所ではあまり無いのかもしれないな。

 それでも直撃するというのは、もう運が悪かったと言う他ない気がする。そう思う程に、ヒロの中での雷の立ち位置は低い。


 それを踏まえて。地震、雷、火事、親父。なんていう怖い物順を表した言葉があるが、現在はそれが揺ぎつつある。と、ヒロは思わずにはいられなかった。

 海外では、落雷による山火事なんてニュースが時々聞こえてくるが、それでもヒロ的に雷が二番手なのには違和感があった。良くて三番手。

 ついでに言うなら、少なくともヒロの家では親父よりも母親の方が余程怖かった。


 アレ(母親)は怖い。

 ゲームでいうスキルレベルに換算すれば、本家にこそ敵わないが、家を震わせ、地鳴りが轟き、怒りで顔を燃え上がらせて、雷を落とすのだ。地、火、雷の三元素を操るマルチエレメンタラー。

 水場をテリトリーとし、家計を握るという役割を含めると、地火雷水金の五元素。

 無敵だ。

 家でゴロゴロと寝そべって根を生やすだけの木属性でしかない親父などが勝てる道理がない。

 つまりは、地震、雷、火事、お袋こそがヒロの中での正しく怖い物順である。


 そんな四天王では最弱(だが怖い)の母親の存在も、喉元過ぎれば何とやら。異世界に来て以来会っていないせいか、ハロという固有名詞にその座を脅かされつつある。怖いというかハロにたいし頭が上がらないという意味合いが強いが……。


「どうかした?」


 森の上空から視線を外し、いつの間にか妙な顔つきで自身を見ていたヒロに気付いたハロが尋ねた。


「……いや、別に」


 そう言ってから、ヒロは内心でしまったと思いアビを見た。

 案の定、アビは怪訝そうな顔をしてこちらを見ていた。

 しかし、そんなアビとヒロの視線が交差する事はなかった。何故なら、アビの視線はヒロから少しズレて、ヒロの肩の辺りを漂うハロへと向けられていたからだ。


「見えるの?」


 ハロがやや驚きを口調に含ませる。


「あっ、すいません。妖精を見るのは初めてだったものですから、ついジロジロと。申し訳ありません」


 ハロは単純に見えるのかと問うたつもりであったが、アビは違う捉え方をしたらしく、気不味そうに頭を下げた。


「ううん、違うの。私って今は魔法で姿を隠してるんだけど、アビさんが隠してる筈の私の姿を見えてた事にちょっと驚いちゃって」


「姿を? ――自分はいま、特にそういった解析系の魔法を使っている訳ではないですが……。妖精さんの姿は最初から見えていましたし……」


「え~っとね~。本気で隠そうと思えば隠せるんだけど、それだと疲れちゃうから普段は簡単に隠してるだけなの。だからね、今の私は見える人には見えちゃうの」


「そうなんですか。見える人とは?」


「うん。具体的に言うと、魔力が私よりも高い人。アビさん優秀なんだね」


 腕を組んでハロがうんうんと頷きアビを誉めた。アビは少しだけ照れくさそうに頬をかいた。


「妖精であるハロより魔力が高い奴はそうそう居ない。誇っていい。お前のマスターは見えなかったからな」


 ヒロが少し口の端を持ち上げて言うと、アビも小さく笑って「あの方は魔法の才能がありませんからね」と応えた。


「ごめんね。見えてると思わなかったからろくに挨拶もしないで」


「いえ、お気になさらず。妖精は警戒心が強いと知識にありましたので、てっきり警戒されているものかと」


「まぁ、妖精の警戒心が強いってのは間違いないんだけど……。ほら、私って特にか弱いし、可愛いし」


 両手を頬に当てたハロが体をくねくねとよじりつつか弱いと可愛いを同時にアピールすると、「言ってろよ」という何とも無愛想なヒロの言葉が飛んできた。


「なにさっ。ちょっとくらい誉めてもバチ当たんないわよ」


「いつも誉めてるだろ」


「役に立つところをじゃなくて、可愛いってところをよっ!」


「あー、可愛い可愛い」


 ひらひらと軽く手を振って、ややぞんざいにヒロが言うと、ハロのムッと不満顔を作る。


「あの子に夢中なのは分かるけど、女の子にそんなんじゃ愛想尽かされちゃうわよっ!」


「なっ……ッ! アイツは関係ないだろっ!」


「ん~? アイツって誰を想像したのかな~?」


 したり顔でハロが言うと、顔を真っ赤にしたヒロが、被るとんがり帽子の鍔を乱暴に引っ張って表情を隠してしまう。


「わっかりっやす~い」


 ハロがニヤニヤと笑う。


「うるせぇな、ほっとけよ」


 強めの口調で言うと、案内役のアビすらも追い越して、ヒロはズンズンと先へと進んでいってしまった。

 離れて行くその背中を眺めつつ、ハロが肩を竦める。


「ヘソ曲げちゃった。ほんとっ、子供なんだから」


「ははっ。妖精さんは、ヒロさんのお姉さんみたいですね」


 アビが笑う。


「ん~、そうかな?」


「ええ。私にも姉が居ますが、この歳になってもいまだに良くからかわれます。普段はしっかり者なんですが、私の時だけどうも子供っぽくなるというか。感覚が小さい頃のままなのでしょうね」


 不思議そうな顔で聞いていたハロだったが、前を歩くヒロの背中に顔を向けたあと、何か思う事でもあったのかニンマリと笑う。


「弟か……。悪くないわねぇ」


 ハロがポツリと溢す様に言う。

 それから、ヒロの元まで飛んで行った。

 ヒロの隣まで来ると速度を合わせて並んで進む。そうしながら、ハロがヒロへと話し掛けた。


「ねぇ、ヒロ」


「あ?」


「この森危険みたいだし、もし危なくなったらちゃんと言うのよ? お姉ちゃんが助けてあげるから」


「……は?」


 突然お姉ちゃんなどと言い出したハロに、ヒロが不可解なものを見る様な顔をした。

 そのやり取りを後ろから眺めていたアビが、口元に手をあて、ははっと愉快そうに声を出して笑った。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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