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剣と槍・Ⅱ

「ハッ……偉そうに何を言ってやがるイデア。分からせるも何も、こっちはお前のぬるさに落胆しているところだ」


「ぬるい?」


「俺を追い返したかったのなら、今の不意打ちからの追撃で、さっさと畳み掛けて置くべきだったな。今みたいなチャンスは二度とないぞ」


 イデアを指差し、カジカがニヤリと笑う。


「猛将が聞いて呆れる。詰めが甘いんだよ」


 カジカの挑発に、イデアは何も言葉を返さず、ただ無言のまま睨む。

 しかし、それもふた呼吸ほどの間だけであった。


「詰めが甘い?」


 そう口にし、イデアがその場で構えを作った。


「ッ!」


 ――徒手空拳!?


「これは余裕というんだよ、野蛮人」


 剣士であるはずのイデアが見せた構えに、慌てて自身も構えるカジカ。

 しかし、カジカの体勢が整うよりも早く、イデアの繰り出した掌底がカジカの腹部に突き刺さる。


「ガッ!?」


 腹を大きく仰け反らせ、カジカの体が僅かに浮く。

 腹を突き抜けた衝撃は、そのまま体を通り過ぎる事なく破壊のベクトルを全てカジカの体の中で爆発させた。


 丸太にでも殴られた様な、鈍く、重い衝撃。

 その衝撃で一瞬呼吸の止まったカジカの顔が苦痛に歪む。

 その顔に、間髪入れずに容赦なく叩き込まれたイデアのハイキック。


 顔面にクリーンヒットした右足は、カジカの顔を楽器代わりに派手な音を鳴らす。

 上半身をくの字に曲げて、カジカが大きくよろめく。


「カジカ様!」


 部下が悲痛な叫びを上げる。

 勝負の決着は一瞬だった。


 見ていた誰もがそう思った。


 強烈な蹴りを浴び、そのまま地面に倒れると思われていたカジカが右足を横に踏み出し、堪えた。

 それと同時ににゅっと伸びた左腕が、蹴りを放ったばかりのイデアの足首を強く掴んだ。


「シッッ!」


 掴んだイデアの足首を強引に引き寄せ、ぐんっと近付いたイデアの体をカジカが力いっぱい蹴り上げた。

 意趣返しとばかりにイデアの腹に突き刺さった蹴りで、イデアの体が大きく後ろに飛んでいく。


 数メートルほど飛んだイデアだったが、描く弧の途中で器用に体を捻らせ、そのまま軽やかな足取りで地面に着地した。 

 イデアの両腕が、腹部にしっかりと添えられていて、カジカの蹴りは両手に阻まれ彼女の腹にまでは届かなかった。

 

「なかなか頑丈じゃないか。流石、野蛮人だけの事はある」


 自分の言葉にクックッとおかしそうにイデアが笑う。

 そうして、右足を大きく前に出し、両の手のひらを鷲開きにした先程と同じ構えを作った。


「……てめぇの軽い蹴りなんざ、いくら受けても効きゃしないんだよ」


 口の中の血をペッと吐き出し、悪態をついたカジカがねめつけるようにイデアを注視する。

 

 ――まさかこの女が素手での戦いに慣れているとは思わなかった。

 ――それも予想外だが、それよりなんだこのみょうちきりんな構えは?

 大陸に武術はいくつかあるが、こいつの構えはそのどれでもない。


「見た事ないだろう? 私を含めて、大陸に使い手は二人しかいないからなぁ」


 言ったイデアと、カジカは目が合った。

 イデアは躊躇う事なく、やや馬鹿にでもするように小さく微笑んだ。

 その笑顔が、ひどく慣れた様子だった。


 余裕か――と、カジカは思う。


 なるほど。

 怒りを正面からぶつけてくる敵を前にして、動じずに微笑むだけの胆力。

 こいつはどこまでも『将軍』なのだな……。

 年はそう変わらないはずだが、俺とは違って上に立つ者としての立ち振舞いがきちんと出来ている。


 カジカがふぅーと大きく息を吐く。

 一度深くまで出しきり、同じだけ深く息を吸い込む。

 それから、静かに構え直した。

 

「槍か……」


 カジカの取った拳を槍に見立てたような構えに、イデアがボソリと呟く。


「シィッ!」


 足を大きく踏み込み、イデアまで急接近したカジカが拳を振るう。


 ――素直だな。


 なんの捻りもなく真っ直ぐに放たれた拳を、手の甲でいなし、伸びきったカジカの腕を軸に、一本背負いの要領で勢いを殺す事なく後方へと投げ飛ばす。


 そのまま地面に叩きつけられるかと思われたカジカだったが、体を強引に捻ると、両足で地面に着地。バンと弾けるような衝突音が鳴る。


 そうして、着地の際の低くなった体勢のまま、素早く反撃。イデアの脚に地面スレスレの水平蹴りを放つ。

 それをイデアが半歩下がって避ける。


 低い蹴りを放った勢いのまま、カジカは軸である左足を起こすと、そのまま一周。中段の回し蹴りで追撃をかけた。


 イデアは冷静に構えを正す。

 自身の腹部目掛けて放たれたカジカの足を手で受け流した。

 イデアの受け流しで体勢がやや崩れたカジカであったが、放った右足を強引に引き寄せると、勢いのまま地面を蹴った。

 そうして小さく跳ね跳び、前宙から左のかかと落とし。


 カジカの息もつかせぬ連脚。

 しかし、イデアはあくまで冷静に、半歩体を横にスライドさせた。

 ゴゥと力強く風を切る音と共に、イデアのすぐ横をカジカの左足が通り過ぎる。


 カジカの左足はそのまま止まる事なく、大地に突き刺さり、地面に亀裂を走らせた。


 大地を割る破壊の音。

 同時に、舞い上がる大量の砂埃。

 二人の体が埃に包まれる。

 互いに目視出来ない状況下。

 それでもカジカは攻撃の手を止めず、イデアがいた辺りに向けて拳を突き出した。

 しかし、そこにはなんの感触もない。


 空を切ったカジカの拳。

 それに一瞬遅れた拳圧がカジカを中心に吹き荒れ、周囲の埃を霧散させた。

 

 ――いない。どこに――


「パワーはえげつないが、私に当てるには速さが足りないな」


「っ!?」


 ――後ろっ!?


 自分の背後から届いた声に、カジカがすぐに反応。

 イデアの方へと振り返り――


 きる前に、イデアの放った右の拳がカジカの頬にぶち当たった。


 錐揉みしながら飛び、カジカが地面を僅かに擦って止まった。

 地面にうつ伏せになって倒れるカジカ。

 そこから数メートル離れた位置で、イデアは片手を気だるげに腰に当ててカジカを見ていた。

 カジカに視線を向けながら、小さく息をつく。


「最強の槍が聞いて呆れる。貴様、そんなに――」


 イデアが言い終わるより早く、地面に倒れ伏していたカジカがムクリと立ち上がった。

 何事も無かったかの様に立ち上がったカジカの姿に、イデアの表情が少しだけ怪訝なものになる。


 立ち上がったカジカは、しばらくイデアに背を向けた後、小さく首を捻ってコキリと小気味良い音を鳴らした。


 振り返る。

 最初に殴った箇所と寸分違わず同じ場所を殴ったため、傷こそ左の頬が赤くなっているだけだが、口の端から僅かに血が流れていた。


「呆れるくらい頑丈な奴だ」


「はっ。お前の拳が軽過ぎるのだと言っただろ」


 その言葉に、イデアは無言で返した。


 最初の不意打ちはともかく、イデアは少なくとも二発目は手加減などしなかった。

 これで終わらせる――そういう気概を持って殴りつけた。


 にも関わらず、ピンピンしているカジカを目にし、――これは思ったよりも長引きそうだ――という感想を抱く。



「だがまあ、そうだな。てっきり、お前は聖剣が無ければ大した事はないと思っていたが……。これは将軍閣下に対する評価のし直しだな」


「……それはどうも」


 あくまで対等――或いは自身が上であるという態度を崩す事なく言い放ったカジカに、イデアも腰に手を当てたスタイルを崩さず、どうでもいいと言いたげな様子で返した。

 実際、どうでもいい。

 将軍としての評価などイデアには必要ない。

 必要なのは将軍という地位であり、面目が保て、その地位が揺るぎさえしなければ、評判が良かろうが悪かろうがイデアは然して興味もなかった。


 そんなイデアの胸中など知らず、カジカは何処か愉快そうに口元を綻ばせる。


「最強の剣にして、最強の拳か。――なるほど。韻を踏んでる」


「口の多い奴だ。そんなにお喋りがしたいなら、家に帰って好きなだけ喋ってろ」


 挑発のつもりか――そんな事を思いながら返すイデアの口調は、冷静なものであった。

 カジカの言葉など軽く流す。


 イデアは冷静だったのだ。

 次にカジカが発した一言までは。


「だが、やはり気が強過ぎる。それだけの器量だが、お前の事だ。どうせ恋人の1人も居ないのだろう?」


 イデアがピシリと固まった。

 それは、見た目にはごく小さな変化であったが、目敏いカジカはそんなイデアの様子を目にし、ニヤリと口角を上げた。


「もしかして、いまだ生娘か? まぁそうだろうな。お前のような女、俺ならいらん」


 ブチッと何かが切れる音がした。

 ワナワナと肩を震わせる将軍を前に、十分距離があったにも関わらず、イデアの部下達が――一歩――二歩と更に距離を取った。

 その様子に、遠巻きに見ていた野次馬達も鳳凰騎士団に倣って距離を取り始める。ただでさえぎゅうぎゅうだった広場は、内側からの圧力に押され、外輪を広げた。


「誰が、行き遅れだ……ッ!」


 歯を食いしばり、ノドの奥底から吐き出されたイデアの言葉には、明らかな殺気が込められていた。

 カジカの軽い挑発を涼しい顔で受け流していたはずのイデアが見せた豹変に、カジカがうぐっとノドを鳴らす。

 硬い鱗に覆われたドラゴン、その体表にたった一枚だけあると言われる逆さに生えた鱗。そこはドラゴンの弱点であり、ドラゴンはそこに触れらる事を極端に嫌う。激怒する。


 カジカはイデアの逆鱗に触れたのだ。


 憤怒の(ちょっと涙目の)顔をしたイデアが、流れる様な仕草で腰に差していた剣を抜いた。


「まっ、待てっ! こっちは丸腰だぞっ!? 恥ずかしくないのか!?」


「恥ずかしくないかだと? 行き遅れが、そんなにおかしいか?」


「違う! そっちじゃねぇ!」


「生娘で悪いかくそったれ!!!」


 叫ぶと、剣を両手でしっかり握りしめたイデアが大きく跳躍し、カジカに向かって飛び掛かった。


「そっちでもねぇ!!」


 片手で待ったのポーズを作ったカジカが叫んだ。

 が、既に跳躍し、剣を大きく振りかぶったイデアは止まらない。

 カジカを妖しく睨みつけたまま、イデアは体重に落下の速度を上乗せした渾身の一撃を叩き出した。


 そうしてイデアが力いっぱい振り下ろした剣が、必死の思いでそれを避けたカジカを切る事なく地面に突き刺さり、その衝撃によって爆風と爆音からなる爆発が起きた。


 それとほぼ同じタイミングであった。


 イデアやカジカ達のいる広場。

 そこに、ハイヒッツの玄関口である大門の方角から、腹の底に響く程の、低く、大きな、ドコンッという轟音が届いた。


 同時に広場を駆けた二つの音。

 しかし、間近で起きたイデアの爆発よりも、離れた大門からの衝撃音がそれを上回った。

 そのため、広場に居た野次馬達は、目の前の出来事よりも遠くで起きたその事象に、何事かと顔を向けた。

 それは野次馬達だけでなく、騒ぎの渦中にいたイデア、そしてカジカも同様であった。


 そうやって皆が大門へと視線を向ける中、ふと何かが視界の中を駆け抜けていった。

 広場の大門側にいた人々が、自身の視界に入ったその何かに気が付いた。

 なんだ?

 と、不思議に思った次の瞬間――


 広場の中心にいたイデアとカジカのすぐ真横に、大きな塊が降ってきた。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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