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剣と槍



 大きく内側に湾曲した鉄の門扉は、それだけ強い力が加わったのだという事が一目で分かる。


 そのせいで上手く開閉出来なくなった頑強な門扉をやや遠巻きに眺めながら、将軍イデアはひとつ小さな溜め息をついた。


 イデアによる情報収集のためのランドール地方への遠征。

 夥しいまでの悪魔の発現を中央に報告したまでは良かった。

 更なる調査のために忍んでいたら、見付かり、多くのモンスター達との戦闘に陥り、数時間の戦いの末、それをなんとか乗り切った。

 そうやって、もうひと踏ん張りだと疲労困憊の部下達を叱咤激励して、ランドール消失地点にあった不自然に建つ屋敷の調査を行おうとした矢先、中央からの即時帰還命令。

 それにより屋敷の調査は断念せざるを得なかった。


 不満であった。

 なんのためにモンスターとの数時間にも及ぶ切った張ったの大立ち回りを演じたのか分からない。

 しかし、軍人である以上、上からの命令は絶対である。

 将軍であるイデアに上官はいない。軍の中では最高位。

 あくまでも軍の中では。


 王政である王国の最高権力者である国王。

 それに次ぐのが王の取り巻き達。

 その上層部からの命令は将軍とて従わねばならない。

 軍は、王から権限を得た彼らの持ち物なのだから。




「そこで止まれ」


 数人の部下だけを引き連れてランドールから最も近い中央門に陣取っていたイデアは、たった今入って来た一台の馬車の前に進み出て、そう告げた。 


 進路方向に突然現れたイデアに、少し慌てて馬車が止まる。

 馬車が完全に停止した事を認めたのち、イデアは眼光鋭く睨み付けた。


「貴様は中央に入れるなとのお達しだ。そのまま回れ右してランドールに引き返せ」


 苛烈が服を着て歩くとまで言われる猛将の威圧に、手綱を握っていた男の背中に冷たい汗が流れた。

 しかしその隣。

 御者と並んで座っていた若い男は、涼しい顔で――むしろ少し愉快そうに笑みを浮かべて馬車から降りた。


「これはこれは将軍閣下。わざわざお迎えですかな?」


 不敵に笑った浅黒い肌の男が、挑発するようにイデアと対峙する。


「カジカ。このコウモリ野郎。貴様一体どのツラ下げて中央に足を踏み入れるつもりだ?」


「コウモリ野郎はなかなか良いな。韻を踏んでる」


 言葉の意味がイマイチ分からずやや眉をひそめたイデアとは対照的に、カジカは愉快そうに口元を弛めた。


「韻も皮肉もどうでもいい。貴様を中央に入れるなとの命令だ。上は、裏切り者が我が物顔で中央を歩き回るのが大層ご不満だそうだ」


 イデアの言葉に、カジカが大仰に肩を竦めて返す。


「別に悪さなんかしやしない。むしろ人助けのために働いてるんだ。褒めて欲しいくらいだな」


「知るかっ。上からの命令だ」


「ああ、ご立派」


「たとえ命令が無くとも、貴様の世話にはならん」


「ランドールの――だろ? あのイデア将軍ともあろう者が、俺以外の悪魔領の連中は受け入れるのか? ちょっとばかり会わなかった間に、随分丸くなったなぁ」


「……そういう命令は受けていない。あくまで貴様らだけで、そして貴様を押さえるのが私の役目だ。貴様をここから先へは通さんぞ、カジカ」


 言って、刺すような視線を更に研ぎ澄まし、イデアが凄む。


「もう一度だけ言ってやる。――回れ右してランドールに帰れ」


「はっ! あいにく、俺はもう王国軍人じゃないんでね。将軍閣下の命令は聞けないなぁ」


 鼻で笑って告げたカジカは、踵を返すと馬車へと向けて一歩を踏み出した。

 御者台の上から二人のやり取りを見ていた部下に「ほっといて行くぞ」と、声を掛ける。

 そうして、カジカが馬車に乗り込もうとした時、


「そうか。なら力づくで排除してやる」


 自身のすぐ傍から聞こえたイデアの声に、カジカがハッとする。

 十メートル程の距離があったにも関わらず、一足飛びでカジカの懐に潜り込んだイデアは、言うが早いかカジカの頬を右ストレートで殴りつけた。


 鈍い打撃音のあと、馬車の後方に大きく吹き飛んだカジカは後続の馬車の荷台に勢い良く突っ込んだ。

 派手な音を鳴らして荷がバラけ、通りに木材がガラガラと崩れ落ちるのと、遠巻きに見ていた群衆から小さな悲鳴が上がったのはほとんど同時であった。


「カジカ様!」


 御者とは別に、荷台に乗っていた部下が名を叫び、馬車の後ろから、ひとり――ふたりと降りて来る。

 一人が急ぎカジカの元へ。

 そうして残った一人は、吹き飛んだカジカの元へとゆっくりとした足取りで向かい始めたイデアに立ちはだかるように、彼女の前で陣取った。


 イデアが足を止める。


「不意打ちとは……。将軍が聞いて呆れる!」


「私は帰れと言った。通さんともな」


 涼しい表情をしてイデアは言った。

 しかし、次の瞬間にはその無機質な表情を一変させ、威圧を声に乗せて続けた。


「忠告はした。貴様らの排除が私の仕事だ」


 圧倒的強者であるイデアの威圧に、対峙していた部下の表情が強張る。

 ブルリと、怯えから来る寒気が肩から足先まで伝わる。

 数々の危険な任務をカジカと共にこなして来た肉体的にも精神的にも屈強な男に恐怖を抱かせるイデアを前に――これが王国の二枚看板の一対。最強の剣か――と、対峙する男は無意識にごくりと唾を飲み込んだ。


 蛇に睨まれた蛙。

 身動ぎひとつ出来ずにいた。


 だが、その時にはイデアは既に目の前の男を見ていなかった。

 イデアの視線は男の顔を通り越して、その後ろ。散乱した荷へと注がれていた。


 突然、ドンと鈍い音がして、太い材木の何本かが塊から弾ける様に地面にゴロンと転がった。


「いきなり実力行使かよ。騒ぎは遠慮したいと下手に出れば調子に乗りやがって」


 殴られた頬を赤くし、口元に僅かに血を滲ませたカジカが悪態をつきながら身を起こす。


「カジカ様、大丈夫ですか?」


「大丈夫に見えるかよ?」


 駆け寄った部下からの心配の声に、――ってぇなクソ――と独り言をぼやき、口元を気にしながら指で軽く血を拭う。

 指についた血を一瞥し、指で擦り消すと、カジカはキッとイデアを睨んだ。


「流石に頑丈だな、野蛮人」


 その視線を、腰に片手を当てた横柄な態度でイデアが迎え撃つ。


「野蛮人はお前だろうが……。イェジンと云い、なんで俺の周りの女は気の強い奴ばっかりなんだ? なぁ?」


 愚痴でも溢す様なカジカからの問い掛けに、傍の部下が「はぁ……」と、曖昧に返した。

 こんな時に女運の心配かと、呆れを含んだ返事であった。


 冗談で口にしただけで、カジカは本当に女運の悪さを心配しているわけでは無かったので、気の抜けた様な部下の返事も特に気にせず、材木を掻き分ける様に足を進め、イデアへと近付いた。


 カジカは、イデアの数メートル手前で立ち止まると、手を組み、コキコキと拳を鳴らした。

 それを見た部下が少し慌ててカジカを諌めに入る。


「カジカ様、これ以上の騒ぎを起こしてはシスネ様に……」


「向こうが先に手を出して来たんだ。正当防衛だろ?」


「そうですけど……」


「だいいち、ここで尻尾巻いて逃げてみろ。『コウモリの初戦は黒星ですか?』――と、イェジンに鼻で笑われる」


 顔真似のつもりなのか、小馬鹿にするような憎たらしい顔を作ってカジカが言う。

 似てない上、ただの陰口に近い言葉に部下はただ苦笑するしかなかった。


 そんな部下の肩を掴み、カジカが前方を押し開ける。


「俺は女だからって手加減はしねぇ――が、サービスくらいはしてやる」


 カジカが不敵に笑い、――打って来い――と、立てた指を小刻みに動かし挑発する。


「まだ自分が上のつもりか、カジカ。良い機会だ。異国の坊っちゃんに、剣と槍――どちらが上かハッキリと分からせてやろう」


 鋭く尖らせた眼光をカジカに向けて、イデアが応じる。


 こうして、王国の誇る最強の剣と最強の槍は対峙した。 

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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