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パールハーブ・Ⅳ

 首都ハイヒッツの大門は、私が初めて訪れた時と比べると、ひどく損傷していた。

 鉄製の大きな両開きの左側は、大型トラックでも突っ込んだのかと言うほどに大きく変形していて、そのせいで上手く開閉出来ないのか、開いているのは右側の大扉だけであった。


 片方開いているだけでも馬車が三台は横に並んで入れそうな程の幅であるが、往来が激しいのか今はとても混雑していた。

 行く先が完全に立ち往生していて、私達の乗る馬車も門を潜る手前で止まってしまった。


 馬車がしっかり止まるのを確認してから、荷台を飛び降りて御者台へと回り込む。


「いつもこんな調子なんですか?」


 ロンベルさんを馬車の下から見上げて尋ねた。

 前方に顔を向けたまま、ロンベルさんはおヒゲをひと撫でして、むぅと唸った。


「混雑はしてるが、いつもは入れないってほどじゃない」


「何かあったんですかね?」


 ロンベルさんの言葉に秘書さんが重ねる。


「かもしれん。おめぇちょっと様子見てこい」


 そう言うと秘書さんが頷き、ロンベルさんへと手綱を渡した。

 御者台から降り、ごった返す馬車の隙間から先へと行こうと足を動かした秘書さんの背中に向け、「私も行きます」と声を掛け、小走り気味についていく。

 秘書さんは一度こちらを振り返り、「足を踏まれないようにね」と声を掛けてくれた。

 私の頷きを認めた後、秘書さんは馬車と馬車との間を進み始めた。

 私もすぐ後ろにくっついていく。

 前を歩く秘書さんとの距離が近すぎて、歩く秘書さんのかかとをちょこっと踏んづけてしまった。

 何も言われなかったのを良い事に、気付かなかったふりをしておいた。



 数台の馬車の横を通り過ぎると、その先は馬車と人混みでぎゅうぎゅう詰めで、まともに進むのが難しい状況だった。

 通勤ラッシュ並の人混みをなんとか掻き分けて進もうと秘書さんが頑張る。

 けれど、スペースなんて全く無くて、ほんのしばらく頑張っていたが、結局それ以上は進めそうになかった。

 ここからでは人混みの向こうは見えない。


「シンジュさん、私の背中に登って良いのでこの先の様子を確認出来ないか試してもらえますか?」


 ぎゅうぎゅうの押し合いの中、秘書さんが顔だけを目一杯こちらに向けて、そう提案してきた。


 分かりました――と、私が了承すると、秘書さんが両手を後ろに回して腰の辺りで組んだ。

 どうやらここに乗れという事らしかった。


 靴のまんまだけどどうしよう――と躊躇する。

 脱ごうにも身動きが取れないし、その辺の地面に適当に脱ぐと無くしそう。


「靴のままで良いですよ」


 背中越しでも私の戸惑いが分かったのか、秘書さんが言った。


「じゃあ……、失礼して……」


 と、靴のまんま秘書さんの手の上に乗る。

 沢山の人達の背丈を越えて、人混みの中で私の上半身がピョコンと飛び出る。

 ズラリと並ぶ頭を飛び越え、視線をその先へと向ける。


「どうですか?」と、下から秘書さん。


「ずっと渋滞が続いてて、これでもまだ見えないです」


 二メートルを軽く越える背丈になった私でも、渋滞の原因を確認する事は出来なかった。


「そうですか。仕方ないですね」


 秘書さんがそう返した。いつまでも秘書さんに乗っていてもこの人が疲れてしまうだけなので降りようと、手から足を外し――かけた時、急に下から力が加わって、私の体が更に上へと押し上げられた。


「わっ!」


 二メートル超えから三メートル越えへと急成長した私が驚きの声を上げる。

 周囲の人々のほぼ頭の位置まで浮き上がった私は、ふらふらと揺れる体で何とかバランスを取って、なにが起きたのかと自身の足元を見る。


 私の足首と足裏を掴む数人の見知った顔があった。


「あ、ランドールの……」


 名前までは知らないが、ランドールの街で見掛けた事のある顔ぶれであった。

 ランドールの住民さんが、まるで御輿か何かのように私を持ち上げている。

 よくよく見れば、その人達だけじゃなく、御輿になった私を見上げる周りの人はどれもランドールの街で見た事ある人ばかりであった。


 当然だとも思った。

 中央の支援に来ているのはランドールの人達なのだからここで立ち往生しているのもほとんどランドールの人達なのだ。

 名前までは知らないけれど。


「嬢ちゃん、どうだ?」


 その内の一人に問われ、――ああ、確認しろということか――と、視線を渋滞の先に向け直す。


「え~っと……、たぶん誰かが喧嘩してるっぽいです」


「喧嘩だぁ?」


 誰かが言った。


「喧嘩っていうか……、なんでしょう? 剣を抜いてるみたいです」


「おいおい、そりゃ随分と物騒な奴がいるなぁ」


「抜いてるのはどっちの奴だい? ランドールか? それとも中央の奴かい?」


「中央の人です。前に一度見た事あるんですが、たしか中央の将軍さんです。女の人」


 見た事を周囲の人達に伝える。

 私の視線が捉えたのは、中央に入る少し手前の平原で、虫の大群に追い掛けられている私を助けてくれたあの女将軍さんが武器を片手に誰かと揉めている光景であった。

 流石に距離があるのでハッキリと表情までは見えないし、声も聞こえないが、剣を相手に突き付けている時点で結構な大事なんだろうというのが分かった。

 ただ、あの女将軍さんには身分証作製のための高い費用にごねている時にも助けて貰ったし、少なくとも私の印象としては怖いという感じでは無かった。



「女将軍っていや、イデア将軍しかいねぇな」


「噂通りおっかない将軍みたいだね」


 周囲の人達がそんな会話を始めた。


 イデア?

 どこかで聞いた事がある名前……。

 どこだっけ?


 しばらくうんうんと小さく唸って考える。



「ああぁー!」


 頭の上で突然叫び声をあげた私に、周囲の人達の視線が集中した。


「何かありましたか?」


 秘書さんが怪訝そうな口調で尋ねてきた。


「あ、いえ。ちょっと用事を思い出したというか……」


 適当に笑って誤魔化すと、秘書さんはちょっとだけ不思議そうな顔をした。けれど納得はしてくれたのか、それ以上尋ねては来なかった。


 周囲の人達が、私の伝えた事について自分達なりの答えを見付けようとガヤガヤと好き勝手な推論を始めた。

 それで、私に向けられていた視線が外れた。

 私を担ぎ上げていた人々に合図して降ろしてもらう。またギュウギュウの人詰めの中に放り込まれたが、心なしかさっきよりはスペースに余裕がある。

 私の存在に気付いたランドールの人達が、子供な私を気遣ってスペースを強引に開けてくれているようだった。

 こういうところが、ランドールの人達の優しいところ。

 決して、私のバックについている魔王が怖いからしているわけではないのだ。


 たぶん……。


 足を踏まれなくなって、ちょっと考える余裕が出来たので、先ほど棚から引っ張り出した心のメモ帳をまた開く。別に本当にそういう物があるわけではない。ステータスとは違うんです。


 開いた心のメモ帳には、しっかりと【聖剣イプシロン。イリアかイデア】と書かれてあった。汚い字。別に本当にそういう物があって、汚い字が書かれているわけではない。たしかに私の書く字は汚いけども、日本語ではなく異世界文字だからとか適当に取り繕っておきたい。


 私の字の汚さはともかく、今はそれより聖剣である。

 いつだかリコフさんに教えて貰った聖剣の所有者。

 それが、あの虫嫌いの女将軍さんの事だったようだ。

 前に会った時は神眼を使わなかったから気付かなかった。つまらないからという理由で神眼の使用を控えた結果の好奇心の弊害といえる。

 

 好奇心を全開にして、私がその話を尋ねたリコフさんは聖剣イプシロンのレプリカなる物を持っている。

 本人曰く、「様になるから」だそうだ。

 昼間っからギルドで呑んだくれている人が、世間体や外見を気にするのもどうかと思った。


 折角、すぐ近くに聖剣の所有者がいて、しかも今まさに抜いている真っ最中。

 是非とも拝んでみたい――好奇心がむくむくと湧いて来た。


 しかし、ランドールのおじさん達のお陰で周囲にスペースこそ出来たが、前に進めるわけではない。


 どうしようかと迷う。


 私がその気になれば、進んで行く事は出来る。

 それこそ、私の前に立ち塞がっている人達を掴んでは投げ掴んでは投げと強制排除である。スペース確保に奮闘してくれた皆様方の優しさを踏みにじる悪魔の所業。

 仮に悪魔の心を宿したとしても、騒ぎになるからやらない。

 騒ぎにはしない――というのが約束。


 でも間近でも見たい。

 しばらく約束と欲求の狭間で揺れて、それは前方から挙がった「おおぉ」という感嘆の声で決着した。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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