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パールハーブ・Ⅱ

 ランドール邸にある大きな正面扉を潜り抜け、広く、高いエントランス空間に辿り着いた。

 入ってすぐ、屋敷の内側には扉の左右にカラスさんが二人立っている。軽く会釈すると、会釈が返ってきた。

 それから、扉から正面の大階段にまで真っ直ぐ床に敷き詰められた上等そうな絨毯に沿って歩き、階段を登って二階へと向かう。

 階段の途中でまた使用人さん、ただし今度はメイド服に身を包んだハトさんとすれ違う。邪魔にならない様に階段の端に避けたハトさんが、カラスさん同様、しかしカラスさんより少し深めの会釈をしてきたので、会釈で返す。

 

 大階段を上りきると、すぐ目の前にまた扉が現れる。

 両開きになっている頑丈そうな扉。

 その扉には取っ手が無く、代わりに本来取っ手がある場所に拳ほどの赤い水晶が埋め込まれている。

 先行していたミナさんがその水晶に手を触れつつ、扉を押し開ける。


 防犯のための特殊な扉になっているらしく、水晶に記憶させている魔力の持ち主じゃないと扉が開かない仕掛けであるらしい。指紋認証みたいな感じ。

 ランドールの屋敷はこんな風にして同じ様な仕掛けが施されている扉がいくつかあって、奥に進むほど厳重になっていく。


 一階は応接間だったり広いホールだったりと基本的には来客用で、他の部屋に比べたら比較的オープンだけれど、シスネさんやフォルテちゃんの居住スペースである二階以上、特に屋敷の三階は厳しく立ち入りが制限されているらしく、許可無き者が入れない様になっているそうだ。


 何度か通った事のある通路を進み、来る度にいつも案内される部屋の前まで辿り着いた。

 ミナさんがまた扉の水晶に手を触れて扉を開く。


「ここでお待ちください」


 ぺこりと小さく頭を下げて、ミナさんに促されるまま部屋へと入る。

 当たり前の様な顔でヨビが私の後ろに続いて部屋へと入って来た。


 案内された部屋は応接室で、同じ応接室でも一階のものと比べるとこぢんまりしている。と言っても三十畳くらいは余裕である。

 この部屋はいわゆるVIPルームで、同じ来客用の応接室でも一階とは違い一部の人しか案内されない部屋。

 そんなところに案内される私はランドール家にとってどういう扱いなのか悩むところである。

 当主であるフォルテちゃんとはお友達だけど、別に私は偉い人でもなんでもない。なんなら、ランドールでは嫌われる仕事ぶっちぎりの第一位を飾るギルド職員である。

 そんな事もあって、この待遇には少し緊張してしまう。


 とりあえず座って待っていようと、部屋の真ん中に置かれたソファーに腰を落とす。流石に何度も来ているので、初日の時のようにボケッと突っ立って待ったりはしない。部屋の雰囲気のせいでやっぱり少し緊張はするけど……。

 私が申し訳なさげにちょこんと座った左隣に、バフッと倒れ込む様にヨビが座った。


「なんにもない部屋だね」


 部屋の中をキョロキョロと見渡しながらヨビが言った。たぶんヨビは初めて入るのだろう。屋敷の住人ではあるが、今のヨビにはあまり用のない部屋だし。


 一度チラッと周囲に視線を這わせる。


「そうだね。この部屋はシンプルだよね」


 屋敷の一階は、応接間を含めて「金持ちです」と主張して止まない内装をしていて、並ぶ物も金銀頻く頻くと言った感じ。

 それにたいし、内装こそ綺麗であるが二階より上は殺風景な印象を受ける。

 そのご多分に漏れず、この部屋もお高そうなテーブルとソファー以外は、部屋の隅に引き出しのいっぱいある横長の棚が置かれているだけである。

 そのため、部屋の広さも相まって余計に殺風景に感じる。

 

 ヨビが走り回っても特に壊れる物が飾ってあるわけではないのだが、「大人しく待ってようね」と、自身にも言い聞かせるように言って、ソファーに二人仲良く並び座って大人しく待つ。元気良く二つ返事で応じたヨビの声が、静かな部屋でやけに大きく聞こえた気がした。


 大人しく座ったまま、静けさの中で眼を瞑る。

 そうして意識する。

 ドクンと脈うつ心臓の音。

 それが二つ。


 無意識に、右手でこめかみに触れる。

 中央で無理をした際に、激痛に苛まれた。その元となるものが私の頭の中にある。

 今はまったく痛みは無い。

 けれど、時々、疼く。

 疼きと心音がシンクロしていた。

 どくんと心臓の音がする度、奇妙な感覚がある。


 ――これはどっちの鼓動なのだろう。


 そんな事を考えていると、ドアが開く音がした。


 眼を開け、そちらに顔を向けると、女性が佇んでいた。


「お待たせしました」


「いえ」


「いえ!」


 入って来た女性、シスネさんに私が返すと、真似をしてヨビが言う。

 からかってはいないだろうけど面白がってはいるヨビの右頬を指で摘まむ。


「真似しないの」


「はえひはいほ」


 真似して、でも私に頬を摘ままれているためヨビが何と言ったのか分からない。

 それが面白かったのか、ヨビがケラケラと笑う。


「それで今日はどうしました?」


 ヨビと軽くじゃれていると、じゃれ合いの間にテーブルを挟んだ正面に座ったシスネさんが尋ねてきた。

 じゃれるのを止めて、そちらに体ごと向ける。


「えっと、ランドールの外に行くので……」


 ちょっとおっかなびっくりにそう告げた。

 ランドールから出る時は、行き先を告げてから行く――というルールが、私とシスネさんとの約束。

 なので、こうしてその報告にやって来た。


「そうですか」と、シスネさん。


 私の知る限り、ランドールで一番穏やかな人がシスネさん。

 穏やかだけど表情が柔らかいというわけではなく、シスネさんは鉄の姫君との異名を取る程に顔の変化が少ない人。

 そんなシスネさんゆえか、私の言葉にも特に変化はなく、いつもの無表情だった。

 しかし穏やかな中にある無表情だからこそ、怖く見える時がある。

 今がそう。


 少し考えているようで、シスネさんはすぐに続きを口にしなかった。

 ちょっとだけ間を空け、


「何処に行くのですか?」


「その…………中央に……」


 言うと、また少し間があった。


「連絡用にと渡しておいた水晶はどうしました?」


「……あります。ちゃんと」


 わざわざ数十分かけて屋敷まで歩いて、お出掛けを伝えに来るのは大変だろうと譲り受けた水晶玉。

 持ち運ぶにはちょっと大きいので自宅に保管してあり、無くしても壊してもいないので今もちゃんと家にある。

 ただこの水晶、魔力を使って動かすので魔力の全く無い私には使えない代物。使う時は誰か――我が家であればミキサンかトテトテさんに頼んで動かしてもらわないと連絡出来ない。


 私がやや言葉に詰まっていると、

 

「つまり、こっそり行きたいのですね?」


 シスネさんにそう言われ、我が意を得たりとばかりにコクコクと頷く。


 シスネさんに水晶で連絡を取ろうとすると、誰かに起動をお願いしないといけなくなる。

 それをしなかったというのは、こっそり行きたいからだ。


 ひとつの言葉で3つも4つも察してくるシスネさんの頭の中は一体どうなっているんだろう?

 この人に嘘をつくとすぐにバレそう。


「面倒を起こさないと約束するなら行くのは別に構いませんが、何をしに行くのです?」


「荷物を宿屋に預けたまんまになってるので、それを取りに行ってきます」


 目的を告げる。

 中央に居た際に借りていた宿に、私のカバンやら流れ星一号が預けられたままになっていて、ぼちぼち取りに行きたいなぁと思っていた。

 それは本当。

 ただ――


 シスネさんに、じっと顔を見詰められた。

 この人は見つめ合えば、ある意味無敵。

 妹のフォルテちゃんのように大きく表情を作らない。カナリアさんのように微笑を振る舞わない。ミキサンのように見通したような眼差しをぶつけない。

 ただ真っ直ぐ見詰めて来る。

 けれど視線で百を知る。


 逸らしたら負けかな――と思い、見抜かれまいと頑張ってその視線を正面から受け止めた。

 少し胸の底が深くなる。


「それと?」


 あぅ。

 頑張ったのに無駄だったみたい。

 分かっていた事である。私ごときではシスネさんに隠し事なんて出来ないのだ。


「ちょっと野暮用を頼まれまして……」


「誰に?」


「ひ、秘密です。でもランドールに迷惑はかけません。それは約束します」


 最大限の努力であった。

 下手に誤魔化そうとすると絶対ボロが出る。自信がある。

 これ以上の追及は止めてつかぁさいと祈りながら言葉を待つ。

有罪か無罪か、判決を待つ容疑者もきっとこんな気持ちなのだろう。


 

「分かりました。あなたの強運ならば悪い様にはならないでしょう」


 了承の言葉にホッと胸を撫で下ろす。

 

「ですが、騒ぎには気を付けてくださいね? あなたはどうも目立ちたい願望があるようなので」


「はい、気をつけます」


 まさか異世界小説の主人公ばりに目立ちたいと常々思っている事までバレているなんて……。


 自分の思考が筒抜けな事に若干の気恥ずかしさを覚えていると、ヨビがズズズイとテーブルに身を乗り出し、シスネさんに顔を近付けた。


「ねぇ、シスネ。ぼくも行っていい?」


「駄目です」


 私の時と違い、即答だった。


「さわぎにはしない。やくそくする」


「駄目です」


「わ~ん! シスネがいじわるする~!」


 ちょっと眼をうるうるさせてヨビが私に泣きつく。

 ごめん、ヨビ。私もシスネさんと同意見。


「意地悪ではありません。あなたは目立つから駄目です」


「かくれんぼは上手だよ」


「そういう事ではありません。

 ――ヨビ、中央にはあなたを捕まえようとする人達がいます。万一、その人達に捕まれば、あなたはまた、暗い檻の中です。そうなったら、シンジュとはもう会えないかもしれません。遊べないかもしれません。それでも本当に行きますか?」


 表情を変えず、されど子供を脅すような口調でシスネさんが言うと、ヨビが私にしがみついたまま大きく首を振った。


「やだ!」


「なら、ランドールで大人しくしていてください。もうすぐ楽しいお祭りです。シンジュは、あなたと一緒に回るのを楽しみにしているそうですよ?」


「そうなの?」


 こちらに振り返りヨビが私に確認してくる――


 が、


 言ってない。私そんな事言ってない。

 お祭りは楽しみだと言ったけど、誰と回るかなんて言ってない。

 言ってないけど、仕方がない。別にヨビと一緒が嫌というわけではないので、ここはヨビ説得のため、シスネさんに便乗しておく。


「そうだね。お祭りは私と一緒に楽しもうね、ヨビ」


「うん!」


 満面の笑みを浮かべたヨビの元気良い返事。

 約束がふたつになった。

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ミキサン
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