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古き祭祀・Ⅱ

「(それで、話の続きなんだけど、豊穣祭はどういった事をするの? 祭りって良く分からなくて……)」


 異世界の祭りが――との注釈が付くが、言わなくて良い事は言わないでおく。別に嘘ではないし。


「(大まかな流れとして三つの行程で進んでいきます)」


「(うん)」


「(それらは日毎に行われ、それぞれで祭りの色が違います。初日――つまり1日目は種。大地に種を撒き、始まりを告げる春の訪れを模した催しが行われます)」


「(みんなで種撒きするの?)」


「(いえ。あくまで比喩的なものです。細かな内容までは把握していませんが、雰囲気として、1日目は厳かに進行していきます)」


「(笑っちゃいけないタイプのやつだな?)」


「(事務的に粛々と行われますが、基本的に何かをするのはランドール家で、それ以外はただ遠巻きに眺めているだけだったかと……)」


 そこで一旦ミキサンは間を置き、ややして――次に、――と口にした。


「(豊穣祭二日目。色は花。前日とは打って変わって騒がしいモノになります。人を種に見立て、種に向かって水を撒くのです)」


「(ん? どういう事?)」


「(雑な言い方をすれば、水掛け合戦です)」


「(…………この時期に?)」


 尋ねつつ、通りを歩くこちらに視線を向けて来る人々を見返す。

 幽霊になって以降、気温などとは無縁な俺とは違って、秋に足を踏み入れた現在の大陸の気候は、涼しいを少し通り越してやや肌寒い――といったところだろう事が、通りを行く人達の服装から判断出来る。

 昼間こそまだ温かいのか完全防寒という程に厚着をしている人は見えないが、それでも水を被るには適していないだろう。


 それを口には出さなかった俺だが、ミキサンには俺の考えている事が分かったのだろう。

 補足か、或いは答え合わせでもする様に言葉を重ねてきた。


「(今年はゴタゴタもあって時期が後ろにズレていますし、さぞかし愉快な阿鼻叫喚の地獄絵図が観れる事でしょう)」


 そう言って幼女がヒッヒッと悪魔的に笑った。


「(絶対風邪引くやつだな)」


「(まぁ、本人達が好きでやっている事でありますから。それに、馬鹿は風邪を引かないと言います)」


 ミキサンがそうニヤニヤ笑う。

 丁度この時、ランドールのどこかしこで小さなくしゃみがいくつか上がったが、そんな事など知る由もなかった。


「(楽しんでやるなら良いんだけど、ランドールの人はともかく、外の人には嫌がらせにしか思えないんじゃないか?)」


「(十中八九嫌がらせだと思うでしょうが、おそらく外の連中はそれには参加しないと思います。小娘のいう『外の人々も参加』というのは3日目の話ではないかと)」


「(ああ、そうなのか。3日目は何をするんだ?)」


「(最終日。3日目は、実りの色。水を与え、花を咲かせた植物達が実をつけ、それを収穫し、感謝と共にみなで食べる。それが3日目に行われるものです。おそらく、我が君がご想像されている祭りに一番近いモノかと)」


「(出店とか出るの?)」


「(はい。普段食べ慣れたモノからそうでないモノまで。どちらにせよ、祭りという雰囲気の中で食べる物は、いつもより数段美味しく感じる――と、シンジュが言っていましたわ)」


「(言ってたね)」


 いつだったか、話題が祭りの話になった時にシンジュがそんな事を熱く語っていた覚えがある。

 シンジュは昔から祭りが好きで、夏ともなればかなりの頻度で良く一緒に行ったものだ。

 シンジュのそれは血筋らしく、俺も祭りにはワクワクしちゃうクチなので偉そうな事など言えないのだが、財布の紐がすぐ緩くなるのは考えものである。


「(先の二日間はその性質上、余所者が楽しむにはやや不向きです。厳粛に行われる祭祀は興味の無い者にはとことん興味の無いものですし、水の掛け合いなど、頭を冷やすどころか喧嘩の原因にしかなりませんわ。ですので、もしも外の連中を招くのであれば、純粋に食を楽しむ3日目ではないかと)」


「(となると、ランドールの見廻りはその1日だけで済むって事か)」


「(そういう事になります。しかしながら、一体それがどれだけの規模になるのかが未知数でありますゆえ)」


「(人手は多い方が良いよね)」


「(はい)」


「(カラスにハトのランドールの使用人に、たぶんヒロも出張ってくるだろ……。ああ、あとコウモリか。それで三百人くらいか)」


「(ハト連中は小娘二人の祭祀の準備もありますゆえ、省いた方がよろしいかと)」


「(ああ、そうなのか? じゃあ270か。冒険者はどうするのかな? それにプラスして俺と、スライム達だな。ただ、スライムはいっぱいいるけど監視くらいにしか使えないなぁ)」


「(我が君が直接動く必要などありません。わたくしにお任せください)」


「(いや、そういうわけにはいかないでしょ)」


「(ですが、折角の祭りでありますから、シンジュと一緒に回ってください)」


「(それならミキサンと一緒の方がシンジュは喜ぶよ)」


 祭りにぬいぐるみなんか持ち歩いてても邪魔なだけだし、魔力が無いシンジュとは会話も出来ず、まともに意思の疎通も図れない。

 そんなの居ても居なくても一緒だろ?


「(いえ、そうは参りません。わたくしが、我が君に代わり街の警護を)」


「(大丈夫だよ。俺だけで)」


 言うと、少し慌てた様子でミキサンが食い下がってきた。


「(あのっ、我が君なれば勿論大丈夫だと理解しております。ですが、あの……、――そう! 通訳! 他の者達と連携するにしても意志疎通を図るための道具としてわたくしは必要だと思うのですっ! 無論それだけでなく、当日は我が君の足として、今の様に肌身離さずずっと抱き抱えております! たとえ火の中、水の中、どこへなりともお運び致します! お任せください!)」


「(屋敷で動き回るの見られちゃってるから、別にそれは――)」


 そこまで言って、泣きそうな顔をしたミキサンが視界に入って言葉を止めた。

 満面の笑みから一転して、この世の終わりみたいな顔をしていた。


「(と、思ったけど、やっぱり手伝って貰おうかな)」


「(はいっ! 喜んで!)」


 凄く良い笑顔のミキサンが大きく頷いた。

 そのあまりの食い付きっぷりに、思わず苦笑いする。


「(喜んで、か。ミキサンがいたら楽勝って感じがして来たね)」


「(そうであれば良いのですが……)」


 そう呟くように応じたミキサンに、おやっ? と不思議なモノでも見た気になる。

 いつも自信満々といった態度の彼女にしては珍しく、あまり自信が無さげであった。


「(なにか気になる事でもあった?)」


「(いえ。何の問題も。――というのは、お任せくださいと言った手前の強がりでして……)」


「(ん?)」


「(今のわたくしは、以前の様に魔法は使えません。そこが少し……。あ、いえ! ですがお役には立ちます! 必ず!)」


「(別にミキサンが役立たずだなんて思った事ないよ。でも、そういう心配か)」


 そこまで口にしたところで、聞こうと思っていた自身の変化についてを思い出した。


「(そういえばさ、言うタイミングが無かったから忘れない内に言っておこうと思うんだけど)」


「(はい、なんでしょう?)」


「(ミキサン、このあいだ魔法を破棄したでしょ?)」


「(はい)」


「(その時に棄てた魔法なんだけど)」


「(はい)」


「(なんか俺が全部覚えたらしいんだよね)」


「………………はい?」


 ミキサンが訳が分からないと云った表情になり、素が出たのか念話ではなく直接口から怪訝な声を出した。


「(俺の持ってる『遺産継承』って力の効果だと思うんだけど――あ、見る?)』


 尋ね、返事を待たずに頭の中でオープン(どやぁ)する。

 そうして展開されたステータス欄から魔技スキルの項目を開き、念話の要領でミキサンへと送る。


《異界渡り》

《輪廻調伏》

《遺産継承》

《拒絶の壁》

《大沼蛙の腹袋》

《世界樹の蜜》

《クリミアの葉巻》

《眷族召喚》

《水操作》

《魔力探知・強》

《分裂体創造》

《麻痺毒生成》

《猛毒生成》

《暴視・解》

《マカの五色鳥》

《ヘカト》

絶対魔王主義(サタンルール)

《空間転移》

《魔具創造》

《ミラージュ》


 おそらくミキサンの頭の中には、こんな感じの一覧が表示されているはずである。

 その証拠に、完全に素になってしまったミキサンが、目を泳がせて辺りをキョロキョロと見回しながら、「はっ? えっ!?」と、えらく狼狽していた。


 わかる。

 今でこそ慣れたが、頭の中にステータス欄とかいう摩訶不思議なモノが展開されるという未知の感覚は、体験した者にしか分からない異様な光景なのである。

 今のミキサンの反応が普通の反応。初っぱなからすんなり受け入れたシンジュの感性がズレているのだ。


「(見えてる?)」


 反応から見えているだろうと思いつつも、一応の確認をしておく。


「(み、見えております)」


 キョロキョロを止め、少し慌ててミキサンが答えた。


「(もともと持っていた暴視や魔力探知が重複効果でパワーアップしてるのには笑ったけど、まぁそこは置いといて。後半の魔法はミキサンが棄てたモノで間違いないよね?)」


「(……そのようです。――あの、)」


「(うん?)」


「(これはあの、我が君が使える魔法の一覧という事でしょうか?)」


「(うん、そうだよ。中央でミキサンが魔法を破棄してるタイミングで、なんかピコーンって覚えたんだよね)」


「(はぁ……。ピコーンと……)」


「(ピコーンと。――なもんで、これどうなってんのかなーって聞こうと思ってて)」


「(どうなってると聞かれましても……。そ、そもそも、他者が破棄した魔法を継承するという事自体、聞いた事もありません)」


 予想していた言葉が返って来る。

 以前に、シンジュが寝たのを良いことに、備えあれば憂いなしと屋敷にある魔法関連の本を読み漁ったが、そういう記述はチラッとも書かれていなかった。


「(そうだよね。――まぁ、聞きたい事の半分はそれで、本命はさ、いま俺が持っている魔法で、シンジュを治せるかってのが聞きたかったの)」

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
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