表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
188/321

時代の構築・Ⅲ

 問題なくランドールにてヨビの教育係になったニーナであるが、この事で何も問題が起きなかったわけではない。 

 しかしそれはニーナに関する事ではなかった。


 問題があったのは、勝手に軍を辞めた上に、あまつさえ敵対視するランドールに加わったカジカの方であった。

 ランドールの新たな鳥、【コウモリ】として活動し始めたカジカ達元琉星騎士団であるが、どうやら軍に一言の断りもしていなかったらしい。

 その事で何やら中央が――特に軍の上層部が大変お怒りらしいのだが、当のカジカは知った事かと一笑した。


 カジカ達が新たにランドール家の鳥として入った時点で、王国の反発は予想していたシスネだが、まさか何の連絡もせずに勝手に辞めていたなどとは思ってもいなかった。

 思っていなかったからこそ、中央を良く知っているカジカをニーナ勧誘の使者として行かせたのだ。

 しかしどうやらそれが不味かったようで、中央に戻ったカジカの姿が軍の偉いさんの目に付き、そこで一悶着あったらしい。

 どういう事態が起きたのかは、カジカが黙して語らなかったが、軍上層部の逆鱗に触れる何かしらがあったのは、パッセルからの報告を受けて理解した。

 勝手に辞めたカジカの行動は問題である。

 問題ではあるが、ランドールとて同じ王国の一領地。

 同じ王国内での出来事ゆえ、なにも他国に亡命だとか寝返ったなどという話ではないはずであるのだが、フォルテがなんの裏も取らずにカジカのランドール入りを了承してしまった事で、事態はシスネが予想していたよりもずっと大事になっていた。

 まだまだ勉強不足の新米領主フォルテを支えるカナリア、その謹慎の余波が、思わぬところで波及したとも云える。


 それを笑って話すカジカとは対照的に、シスネは久しぶりに頭が痛くなる思いであった。

 しかしながらシスネは、「大丈夫です。それについてはちゃんと考えてます」と返したフォルテの言葉を信じ、余計な事はしないでおこうと決めた。

 フォルテにはフォルテのやり方がある。相談もされていないのに、いつまでも私がでしゃばるのは良くないだろう――と。

 やや楽観視が過ぎるとも思ったシスネだが、今のランドールは王国を昔ほどに恐れていない。


 少し前なら些細な不和も起きぬように神経を尖らせていたが、それは圧倒的にランドールが力で負けていたから。

 女神の加護が無ければ、ランドールなど簡単に潰されてしまうと知っていたから。


 しかし、フォルテが領主となり、天空領となったランドールは、以前よりもその力が格段に強くなった。

 流石に王国全てを相手に出来るなどと過信はしていないが、中央単独ならば今のランドールならば勝てるだろう。それだけの力をこの短期間でランドールは得た。


 ランドールの得た力。

 それは魔王という矛であり、天空領を空飛ぶ要塞へと変えた魔導の申し子という盾である。

 それだけでも十分に中央と肩を並べられるのだが、なにより、中央の民の信用を少なからず得たのが大きい。


 ――私には出来なかった。処刑台の上で無様に足掻こうと得られなかった――


 パッセルはそれをタイミングの問題であったと口にした。

 中央の危機というタイミング。

 そのタイミングで助けに入れば、助けた相手の信用を得るのはそう難しい事ではないのではないかと。


 勿論それはあるだろう――そう思いつつも、やはり自分では駄目だっただろうとシスネは思う。


 ――仮に、いまだ自分が領主であったとしたら、おそらく私は中央を助けなどしなかった。

 ヨビだけを助け、きっと他は見殺しにしていた。

 中央が悪魔によって潰れるのだ。いい気味だとさえ思ったかも知れない。


 ――性格の悪い嫌なヤツ――


 そんな事を考える自分に悪態をつきながらも、きっと自分は中央を見捨てていただろうとシスネは思う。

 おそらく、自分だけでなく祖母も、そして歴代の当主達も、同じ立場にあったなら中央を見捨てただろう。

 ランドールが何をしなくとも勝手に中央が潰れてくれるのだ。朗報以外の何物でもない。


 けれど、フォルテは違った。

 彼女は中央の危機に手を差し伸べた。

 きっとそれが人としては正しい選択なのだろう。

 しかし、それが正しいと理解しながらも、それを選べぬ程に私も、過去の当主達も、ランドールという家に毒され過ぎている。


 フォルテも、中央を――外をあまり好きではない。

 ただ、私ほどに嫌悪を抱いているわけではない。

 嫌いだから見殺しにするなんて選択肢は、彼女には無いのだ。

 フォルテだったからこそ、その選択を手に取った。

 長く続く大陸の歴史において、一度あるかどうかという中央の危機が、フォルテという領主を頂きに置いていたタイミングで起きたからこそ得られた信用だとシスネは考えている。


 そんな事を思い返しながら、シスネが拙いながらも本を読むヨビを眺めていると、急にパッとヨビがシスネへと顔を向けた。


「お勉強が終わったらシンジュのところに遊びに行ってもいーい?」


 シスネは少し考えてから、


「構いませんよ。冒険者が中央に駆り出されている上に、それに合わせてギルドは建て替え中で、彼女は休みのはずですから」


「やった!」


「ただし、今日のお勉強が終わってからですよ」


「うん。シスネも一緒に行く?」


「私は昼過ぎから予定が入っているので一緒にはいけません」


「えぇー。僕、道分からないんだけど」


「護衛がてらカラスを付けます。案内してもらってください」


「分かった」


 元気良く頷くと、ヨビはまた本読みに戻った。

 どこまで読んだか分からなくなってしまったらしく、開いたページの最初から読み始めたヨビが、シスネは少しおかしくて口元を綻ばせた。

 それから少し間を空け、隣のニーナに話し掛けた。


「良ければニーナもヨビと一緒に行ってみてはどうです?」


「宜しいのですか?」


「勿論です。そもそも街を歩くのに許可など必要ありません。来たばかりで街の様子も分からないでしょうし、良い機会です」


「……では、お言葉に甘えまして」


「はい。――まあ、とは言っても、これと云って見る物もなく、娯楽も少ない街なので、中央住まいだったあなたには少し退屈かもしれません。ですが、あなたと行けば街に行くのもヨビにとっては授業の一環になるでしょう」


「そのように。――来る時の馬車の中から通りを眺めて見たのですが、ここは中央にも引けを取らない程に整った街並みをしておりますね」


「そうですね。ですが、街並みなどは見慣れてしまうと刺激にはなりません。なんとかしたいと思ってはいるのですが……」


 そう言い、シスネは少しだけ憂いげに目を細めた。


「私はこの歳ですからさほどに刺激は求めませんよ。――そう言えば、豊穣祭というのが近々あるとお聞きしましたが? フォルテ様は、ヨビ様の正式な御披露目はその時にと」


「豊穣祭でですか?」


「はい。そう聞いております」


「中央の現状の手前、お祭り騒ぎは顰蹙を買いかねないという理由で豊穣祭は中止になったはずですが……。いつ頃聞いた話でしょうか?」


「はい。その話は今朝に」


「そうですか……。では、やる事になったのかもしれませんね。フォルテは私と違い決断が早いのですが、気分屋なところがあるもので」


 フォルテ自ら中止にしたはずの豊穣祭を、今日にはやると言い出したらしい。

 何か心境の変化があったのだろうか?


 短い思考ののち、


「私はここらで失礼します」


「はい」


「ヨビに至らぬところがあれば、遠慮なく叱ってくださいね」


「分かりました」


 ニーナを返事を聞いた後、一拍置いてからシスネは踵を返した。

 そうして背を向けたまま、顔だけを僅かに背後に傾けて言った。


「私からしてみれば、中央でのあなたの授業もまだまだヌルいです」


 まるで捨て台詞の様にそう吐き出し、シスネは振り返る事なくパッセルを伴って部屋を後にした。


 シスネが去った後。

 シスネの出て入った扉を見詰めながらニーナは思う。


 ――()()でまだヌルい?


 悪魔を追い出そうと躍起になって、授業と称してニーナがシスネに行った悪辣なイビりの数々。

 あんな授業を受けたら、どんな生徒だって確実に逃げ出す。それだけ酷いモノであった。


 ――しかし、あれでもまだヌルいと……。


 彼女の祖母というのはどれだけ厳しかったのかと、ニーナは心の中で苦笑した。

 しかし、道理であれ程のイビりでも眉ひとつ動かさず涼しい顔をしていたわけだと、今更ながらニーナはシスネの忍耐力の根源を垣間見た気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on小説家になろう 勝手にランキングに登録しています

ミキサン
面白いと思ったら、ブクマor評価をお願いします。

素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ