表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
184/321

灯火の子・Ⅲ



 草木も眠る深夜の事。

 春夜の冷たい空気が漂う中、主の寝静まったとある部屋にカチャっと小さな音が響いた。

 ゆっくりとドアノブが回り、音もなく扉が開いていく。

 三割程が開いたところでドアは動きを止め、代わりにその細い隙間を縫う様に小さな影が暗い部屋の中にスルリと入り込んだ。

 ひとつ――ふたつ、と影が並んだところで、影は部屋の主を起こさぬよう、ゆっくりとした動作で部屋の奥へと足を伸ばし始めた。

 


 そろそろと進んだふたつの影は、部屋の中央に置かれていた円卓の近くに来た時に、ピタリとその歩みを止めた。

 先頭にいた影が円卓を指差す。

 後ろの影が数度小さく頷く。


 そんな無言のやり取りの後、ふたつの影は円卓の前、手の届くところまで歩み寄り、そうして、ひとりが円卓にその手を伸ばした。

 

 影の手は、円卓の真ん中にまで伸びると、そこにあったひとつのペンダントを掴まえた。

 ジャラッと金属特有の重たげな音が響く。

 それはひどく小さな音であったが、静かな部屋で一際大きく聞こえた。

 しっー、と後ろの影が指を立てる。暗い部屋の中で、影の顔と指の輪郭が重なり、それはまるでひとつの塊の様であった。


 ペンダントを手にした影が、後ずさる様に円卓を離れ始めた。

 暗闇の中、そろりそろりと離れていく。そのまま今しがた入って来たばかりの扉まで進んでいく。


 影は気付かない。

 暗い闇の中で、それは非常に見えづらい。


 ゆっくりと時間を掛けて三メートルほど離れた時であった。


 ペンダントに括り付けられた絹の様に細く透明な糸がピンと張って、寝ていた部屋の主の腕をクイと引っ張った。

 影がその糸の存在に気付いた時には、既に後の祭り。

 寝ていたはずの部屋の主――シスネが毛布を押し退けムクリと上半身を起こした後であった。


「火を」


 シスネが呟くと、円卓にあった蝋燭にひとりでにポッと小さな火が灯った。

 暗闇に突然生まれた明かりが、ペンダントを握ったまま硬直するふたつの影、その姿を顕にする。


 起き抜けのせいか、やや眩しく感じる明かりに眼を細め、シスネが二人を見る。

 一人は、相変わらずフードを被ってはいるものの、それでも昼間見た顔だとすぐに分かった。黒髪の少年。

 その後ろ、同じ様にフードを被った少年がいる。

 昼間見たのは小生意気そうな少女であった。どうやら別の人物であるらしい。

 二人の顔を確認したのち、いまだ驚きで固まる二人にシスネは声を掛けた。


「いつか来るだろうとは思っていましたが、まさかその日の夜にやって来るのは少々予想外でした。余程時間が無いと見えます」


 ゆっくりとした動作でベッドから降りつつ、シスネは二人を見据えたまま告げた。

 それでも二人の反応が無かったため、シスネは更に言葉を重ねる。


「けれどまぁ、急いでトラップを仕掛けたのは正解でした」


 言い、シスネが片足で床を小さくトンと叩いた。

 途端、少年二人の足下に淡い赤色の光を放つ魔方陣が浮かび上がった。


 突然自身の足下に現れた魔方陣に、ペンダントを持った少年の顔がひきつる。

 一方で、後ろの少年は驚きよりも、呆れた様な顔をしていて、呆れ顔のまま小さな溜め息を溢した。


「だから慎重に行きましょうと言ったんです」


「……最終的に同意したくせに」


 そんな悪態を付き合う二人の少年。

 その隙をついて、シスネは自身の手首に括ってあった糸を掴み、グイと強引に引っ張った。


「あっ」


 少年が間抜けな声を出した時には、ペンダントは少年の手から離れ、カチャンと音を立てて床に落ち、そのままズルズルとシスネの足元まで引き寄せられていった。


「魔方陣から出ないでくださいね。痛いではすみませんよ」


 そう脅しを掛けた後、シスネはここで始めて二人から視線を外し、足元のペンダントを拾い上げた。

 シスネの手の中で、鳳凰石ランドールに繋がれた鎖がジャラと鳴る。


「返せよ」


 ややふてくされた様な顔をして黒髪の少年が言った。


「返せ? おかしな事を言いますね。これは、世界に二つとない我がランドール家の所有物です。あなたの物ではありません」


 少し強い口調でシスネが言うと、黒髪の少年はばつが悪そうに小さく眉をひそめた。


 ランドール家の所有物だと、そう口にしたシスネであるが、実はそうではない事を既に調べて知っている。

 昼間、シスネはこれを拾ってすぐに、これが本物の鳳凰石なのかを確かめるために行動を起こした。

 拾った鳳凰石を懐に隠したまま部屋を出て、その足で現在の所有者の元へと向かった。

 自身の祖母のところへ。


 とはいえ、シスネが馬鹿正直に「見せてほしい」と告げたところで、祖母は素直に見せる様な人物でない事は、シスネは十二分に理解している。

 逆に、「何故見たがるのか?」と詰問されてしまうだろう。


 それゆえシスネは、自分では祖母の元へと向かわず、妹であるフォルテを祖母の元へと向かわせた。

 可愛い妹を利用する事に、少なからず罪悪感はあったが、それをぐっと飲み込んだ。

 自分では駄目なのだ。祖母が溺愛するフォルテだからこそ出来る事がある。


 シスネからのお願いを、素直なフォルテは疑う事なく二つ返事で了承し、そうして、お気に入りの「カエルさんのお腹」を肩から提げて祖母の元へと向かった。

 その間、シスネは屋敷の庭で妹の報告を静かに待った。


 祖母の元へと向かったフォルテは、ニコニコと祖母の前に立つと、肩に提げた「カエルさんのお腹」から赤がうっすらと滲む親指ほどの石を取り出した。

 それを大事そうに両の手の平に乗せ、祖母に見せびらかす様に掲げた。


 シスネはフォルテに、「お婆様も赤い宝石のペンダントを持っているはずです。フォルテの宝物とお婆様のペンダント。どちらが綺麗なのか見比べてみてはどうです?」と、それだけを告げた。

 それで十分だと思った。

 案の定、フォルテに甘い祖母は、肌身離さずいつも首元に提げている鳳凰石ランドールを、いとも簡単にフォルテに見せた。

 フォルテの掲げる綺麗なだけで何の価値も無い石とそれを見比べ、――綺麗な石ねぇ――なんて事を言ってフォルテの機嫌を取りながら。シスネには一度だって向けた事の無い顔をして。


 庭でフォルテから話を聞いたシスネは、祖母が持っているなら拾ったコレは贋作なのかと、部屋に戻ったあとで手に持って観察してみた。

 やっぱり、目利きの出来ないシスネには見ただけでは良く分からなかった。


 ただ、祖母が落としたわけではない以上、落とした持ち主は何処かにいるはずである。

 ゆえに、シスネは罠を張った。

 落としたのならば、必ず取りに戻るだろう。

 そこを押さえてやろうと考えた。

 祖母に知られてはいけないとも思った。

 贋作とはいえ、これをシスネが持っていると知れたら、どんな難癖をつけられるか分かったものではない。

 祖母に知られてはいけない以上、罠を張るにもシスネが一人で準備しなければいけない。誰にも気付かれぬ様に、ひっそりと。静かに。


 外にも中にも、シスネには圧倒的に敵が多かった。

 今の自分には到底太刀打ち出来ない強大な敵である。


 そうやって敵の目を掻い潜り、何とか夜の内に形にはなった。

 見掛けだけ。


 自分にふてくされた表情を向けて立つ少年の足下に視線を向ける。

 淡い赤色の光を放つ魔方陣が視界に入る。

 シスネが用意した物だ。

 光るだけで、実は何の効果もない魔方陣。

 シスネが短時間で用意出来るのはそれが限界であった。


 ちょっとした賭けだったが、上手く足止め出来た事にシスネは内心でホッとする。

 あとは、それがイミテーションだとバレぬ様に上手く誤魔化しながら事を運ぶ。


 手に持っていた鳳凰石をシスネは顔の高さまで持ち上げ、これ見よがしに手からじゃらじゃらと垂れ下げた。


「コレをどうやって掠め取ったのですか?」


 何処で、とは聞かない。実際は違うと知りつつ、祖母の所有物という体を崩さない。

 あえて掠め取ったと口にし、盗んだと決め付け、それを強調する。


「盗んでない。それは俺のだ」


 早い返答。


「いいえ。違います。これは我がランドール家に伝わる世界に一つだけの秘宝です。ひとつしかないんです。あなたの物であるはずがない。それとも、これは鳳凰石を真似て作った偽物だとでも言うつもりですか? この輝き……。とても偽物には見えませんが?」


 嘘と本当を混ぜて問う。

 偽物には見えない。それは事実。本当。

 ただ、本物なのか偽物なのか、シスネにその判断は出来ない。この輝き――の、違いなんかシスネには分からない。目利きなど出来やしない。

 しかし、目利きが出来ないとは明かさない。出来る様に装う。嘘。はったり。


「本物だ。それは正真正銘、本物の鳳凰石だ」


「ならば、あなたの物ではありません。あなたにこれは渡せません」


 そうハッキリと言い切ったシスネに、ジト目を向けて、むぅと黒髪の少年が唸る。

 それから黒髪の少年は振り返り、後ろに助けを求めた。


「無理。ギブアップ」


「諦めるのが早過ぎます」


「昔から苦手なんだよ。だから交替」


「だからと言って、僕に振られても困るのですが」


 困ったと口にした言葉とは裏腹に、後ろにいた少年は無表情に、淡々とした様子で返した。


 小さな明かりに照らされるその顔を見て、シスネが少しばかり不審な顔付きになる。


 ――何処か見覚えがある……。

 けれど、何処で見たのかを思い出せない。

 僅かに揺れる影を見ながら考えていると、その顔が何かを諦めたように小さく息をついた。


「仕方ありません。実力行使です」


 少年から吐き出された言葉に、ビクリと肩を震わせ、思わずシスネが半歩下がった。


「お前ってそういうキャラだっけ?」


 黒髪が言う。


「違いますけど、それが一番手っ取り早いです」


「いや、でもなぁ……」


「怪我をさせなきゃ良いんです」


「そうじゃなくて……」


 黒髪の少年が言い終わるより早く、後ろの少年は今にも飛び掛からんとばかりに一歩を踏み出し、僅かに腰を屈めた。

 慌てて、されどそれを表には出さず、シスネが牽制する。


「動かないでください。先程言ったはずです。その魔方陣から出ないでください。怪我ではすみませんよ」

 

 互いに子供とはいえ、シスネに二人を制圧出来るだけの力は無い。

 ハッタリでその場に縫い付ける。

 しかし、それを嘲笑うかの様に、少年が更に一歩を踏み出した。

 片足が魔方陣の外に出た。

 シスネが更に下がり、すぐ後ろにあった椅子にぶつかった。

 静かな部屋にガタッと小さな音が響く。


「やっぱりブラフでしたね。偽物(イミテーション)は昔、一度やられましたから、たぶんそうだろうとは思いましたけど。この人に魔法の才が無いのは良く知っています」


 あくまで淡々とした表情で言った少年が、ゆっくりとした足取りでシスネへと近付き始めた。


「シスネ様は動くなと言いましたぁ」


 突然、間延びした声が三人の耳に届けられた。

 それは、まるで影から音も無く湧いたかの様に、突如して現れたカナリアの声。

 背後から腕を回し、テーブルナイフを少年の首にピタリと当てて、カナリアがニコニコと微笑んだ。


「げっ。カナリア」


「この人を忘れてました。そういえば、この頃はまだ屋敷に居ましたね」


 カナリアの突然の登場に、少年達から今まであった余裕の様な空気が消えた。

 それでも会話を交わすだけの余裕があるのが気に食わなかったのか、カナリアが突き付けられたナイフを更に強く押し当てる。


「お喋りは結構ですわぁ。子供とはいえ、この屋敷に押し入る賊に――」


「撤収!」


 カナリアが最後まで言い終わるより早く、黒髪がそう口にした。

 途端、二人の少年がシスネ達の目の前で瞬きする間に消え失せた。


 二人が消えた空間の中。

 カナリアがナイフを器用にクルリと逆手に持ち替え、周囲を警戒する。

 耳が痛くなる程の静寂。

 蝋燭の火が身動ぎひとつせず佇む。


 数秒ほどそうしたあと、カナリアはフッと警戒を解いて、飄々とした微笑みを浮かべた。


「カナリア……」


「なんでもお一人でしようとする姿勢は良い事ですが、限度というモノがございますわぁ。時には頼るという事も必要な事だと、カナリアめは思うのですぅ」


「はい……」


「まあぁ、そうは言ってもこの家ではそういう考え方になってしまっても仕方がないとも思っておりますぅ」


 ニコニコと微笑みながらナイフを懐に仕舞い込むと、カナリアはシスネの傍まで歩み寄った。

 そうしてシスネの手を取り、無表情に、しかし怪訝そうに見詰めてくるその視線を正面から受け止める。


 相手は子供。されど賊。

 二人の賊を前に一人で立ち向かったシスネだが、決して怖くなかったわけではない。

 怖かった。

 とても。


 表情こそ代わり映えなく落ち着いた様子で二人と対峙していたが、内心では殺されるんじゃないかとすら思い、怯えていた。

 それでも、彼女は大人に頼らなかった。

 シスネは屋敷の大人を信用していない。何かに期待もしていない。

 生まれてからこれまで生きてきた環境のせいか、彼女は自分から誰かを頼るという事をしない。

 何でも一人でこなそうとする。

 一人で出来ない自分には、価値が無いとすら思っている。

 そういう教育を受けて来た。

 愚直なまでに素直で真っ直ぐなシスネは、

 祖母に認められるような孫であろうとする。

 母の期待に応えられる娘であろうとする。

 妹に頼られる姉であろうとする。

 ランドールを守れる当主であろうとする。

 

 物心ついた頃から刷り込まれた価値観と、背負いに背負ったその重責は、まるで呪いの様にシスネを苦しめ、枷のようにシスネの行動を縛り付けている。


 今後、仮に今回と同じ事態に陥っても、彼女は周りに頼らず1人で立ち向かうだろう。

 人ひとりで出来る事には限界がある。

 頭の良い彼女はそれを理解しながら、それでも一人でやろうとする。

 その時、誰も助けが来なければ、彼女はきっと一人で死ぬのだろう。

 死の間際、――助けを呼べば良かった。誰かを頼れば良かった――そんな事など彼女はきっと微塵にも思わない。自分の力が足りなかったと嘆き、そして後悔のまま死ぬ。

 擦れた大人ならいざ知らず、それをたかだか8つの少女が選択するという事が、カナリアは涙が出そうになるくらい悲しかった。



 カナリアが、賊が居なくなった今も僅かに震えるシスネの手を愛おしそうに撫でる。


「ですがぁ、これだけは覚えておいてください。カナリアめはぁ、いつでも、どんな時でもシスネ様のお味方です」


「はい。ありがとう、カナリア」


「いいえぇ。勿体無きお言葉」


「本当に感謝しているのです。誰の助けも期待はしていませんでしが、良く助けに来てくれました。――どうして私が危ないと分かったのです?」


 そう礼を述べたシスネに向け、クスクスとカナリアが笑う。


「カナリアめは、いつでもシスネ様を見守っておりますゆえ」


 シスネはそれを比喩的な言葉だと思った。


 それが間違いだと気付くのは、まだ少し先の話。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on小説家になろう 勝手にランキングに登録しています

ミキサン
面白いと思ったら、ブクマor評価をお願いします。

素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ