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炎と氷・Ⅳ

「この話を聞いて、私とカナリアの処分をどうするかは――フォルテ、あなたが決める事です」


 無表情にシスネが告げる。

 それにすぐさま反論の意を唱えたのはカナリアであった。


「お待ちください。カナリアめが罰を受けるのは致しかたない事。望むならばこの場で腹を裂いてもみせましょう。ですが、シスネ様には関係ない事です」


「それを決めるのはフォルテだと言っているのです。知っていたかどうかに関わらず、あなたが私の部下である以上、あなたの仕出かした事は私の責任でもあります。――フォルテ、何もこの場で直ぐに答えを出して欲しいわけではありません。あなたの姉は、あなたがそうしろと言うならそれに従います」


 シスネがそう言った時だった。


 部屋の扉がバンと音を立てて勢いよく開け放たれた。

 ピリッとした空気の中に突然上がった大きな音。

 その音に驚いたシンジュがビクッと体を大きく震わせ、ガツンと膝をテーブルの下にぶつけた。

 自分以外の誰も、隣でキョトンと話を聞いていたヨビでさえ驚かず、いたって冷静な様子を見せていた事に、若干の気恥ずかしさを覚えたシンジュであったが、それを恥ずかしいと思う間もなく部屋に快活な声が響き渡った。


「たっだいまぁー!」


 甲高い子供特有のキンキンとした声。

 ひと仕事終え、ニコニコと笑顔を貼り付けて部屋に飛び込んで来たのはプヨプヨであった。


「空気の読めないヘタレですこと」


 非常に大きな溜め息と共にミキサンが吐き出した。

 全員からの妙な視線が集中する事にプヨプヨが「ん?」と首を傾げる中、部屋の外からプヨプヨを呼ぶ声が聞こえて来た。

 その声を耳にし、シンジュが小さく渋面を作る。


「ちょっと! 待ちなさいって言ったでしょ!」


 怒った顔をして、背後からプヨプヨの首もとをグイッと引いたリナが部屋に顔を見せた。

 父親がランドールギルドの長であるレンフィールドと同じパーティーだったと知り、彼女はちょくちょくギルドを訪れていた。

 そうしてレンフィールドを始め、父親を良く知る冒険者達から冒険者時代の父親の話を聞く――というのが、最近のリナの日課になっている。

 粗野な冒険者ばかり――というのが、どの街のギルドでも一般的ではあるが、ランドールギルドは職員であるシンジュやミキサンが通い詰める様になってから、その辺りが他のギルドとは少し様相が異なる。

 今更「なんでこんなところに子供が?」なんて事を言う輩はいないばかりか、レンフィールドやリコフといったリナの父親を良く知る古株達が、小生意気なリナをからかいながらもなんだかんだと可愛がっている姿を見る事が出来る。


「あ、邪魔してごめんなさい。すぐ出て行きますから。――ほら! 来なさいってば!」


 離せ離せと喚くプヨプヨを引き摺って、リナがパタンと扉を閉めて出ていった。 


 その動きにあわせるように、シスネが音もなく立ち上がった。


「先に屋敷に戻っています。やり残した事もありますから……。本題については、フォルテ、あなたから話しておいてください。――それから」


 そこで一旦言葉を止め、シスネがシンジュへと顔を向けた。


「シンジュ」


「はい……」


「図々しいお願いだとは思いますが、リナにはまだ黙っていてください。ただ、これはあくまでお願いです。あなたが話すべきだと思うのなら、そうしてあげてください」


 そう言うと、シスネは踵を返し、出入口に向かってゆっくりとした足取りで歩を進めた。


「シスネ様」


 部屋を出て行こうとするシスネの背中に向け、カナリアが引き留める様に名を呼び、椅子から立ち上がった。

 シスネが足を止め、振り返る事なく口を開いた。


「カナリア、フォルテを怒らせないでくださいね」


 そうして、それだけ言い残すとシスネは静かに部屋を出ていった。


 シスネと入れ替わる様に、その場には沈黙が割って入った。


 しばらく居心地の悪い空気を全員で堪能した後、フゥと小さな息をつく音が響き、フォルテが口を開く。


「この件は、一旦保留にさせて欲しい。その間、カナリアは謹慎だ。一歩も、屋敷の外へ出る事は許さない。――いいな?」


 語尾を強い口調で言ったフォルテが、厳しい目をカナリアへと向ける。

 シスネが引き上げて以降、立ちっぱなしだったカナリアが深く頭を下げ、それを了承の意として返した。

 それを認めたのち、フォルテはカナリアから顔を外し、今度はチェリージャンへと向け直した。

 チェリージャンは腕を組み、何事かを考えている様で難しい顔をしていた。


「チェリージャンも、それで構わないか?」


「……構わない。ただ、ひとつ聞きたい」


「ああ、なんだろう?」


「シスネと云ったか? 彼女は何故、隠していた事をこの場で話した? そこの女の仕出かした事を話すのは分かる。だが、話を聞いた限り彼女に落ち度はない。彼女は利用したと言ったが、何かをした訳じゃない。ただ流れに身を任せ、気付いていながら知らない振りを装った――それだけだ。しかし、まるで自分にも非があったとばかりの態度だった。監督不行き届き、というのは言われればそうなるのかも知れないが、気付かなかったと押し通す事も出来たはずだ。何故そうしなかった?」


 問われたフォルテが、んーと唸って頭を小さく掻いた。


「そうだなぁ……。私達がここに来た用件とも関係あるのだが……」


「さっき言っていた本題というやつだな?」


「ああ。そもそも私達がここに来たのは、目を覚ましたヨビへの挨拶と、ヨビの今後の身の振り方についてを、シンジュに相談しようと思ってここに来た」


「身の振り方?」と、シンジュ。


「うん。カラスからの報告書は読んだ。シンジュがヨビを凄く気にかけている事も知っているし、今の様子を見るに、ヨビの方もシンジュに懐いている。それを重々承知した上での話なんだが、ヨビをランドール家に預けてくれないか?」


「ランドール家に?」


 シンジュがヨビへと顔を向ける。

 話に自分の名前が出て来ているので、自分の事を話しているのだろうというのは分かっているが、それがどういう意味合いを持つのかは分かっていないらしく、ヨビはキョトンとした顔をしていた。


「うん、そうだ。ランドール家で引き取って養子にしよう、という話を姉さんと相談して決めた。その上でチェリージャンの質問に戻るが、この話はこちらからのお願いだ。ワガママだ。お願いをするのに隠し事をしたままなのは不誠実だからな。姉さんの性格上、先の話を隠したままヨビを引き取るというのは、相手の信頼を裏切る行為――不誠実だ、とでも思っているのだろう」


 そこで一拍置き、フォルテが溜め息をつく。


「加えて――というか、これに全て集約されるのだが、ランドール家というのは外の評判がすこぶる悪い。信用という言葉から一番遠いところにいるのがランドール家だ。悪魔は嘘つきだからな。外の者から信用を得るというのが、凄く難しいのがランドール家という家で、だから姉さんはそこに重きを置いたのだろう。話の前に何度も信用という言葉を口にしたから、それは間違いないと思う」


 ってとこだな――と、フォルテが肩を小さく竦めた。


「信用出来るのかと尋ねたのは俺からだし、理解は出来るが……。その話をした方が印象が悪くなるとは考えないのか?」


「勿論考えるだろうさ。それでも、必要だと考えるから話すのが姉さんなんだ」


「何故だ?」


「必要だから」


「…………わからん」


「だろうな。私もわからん。姉さんの考えてる事は。――まあ、どうしても知りたければ姉さんに直接聞くといい。話してくれるかは分からないけど」


「ふむ……」


 一応は納得したらしいチェリージャンが小さく頷く。

 そんなチェリージャンから視線を横に向ければ、難しい顔をするシンジュの姿が目についた。


「養子……。養子かぁ」


「ヨビを救ったのはシンジュだ。シンジュの意見を尊重するし、ヨビ本人が嫌だと言うなら無理にとも言わない。今すぐじゃ無くても良い。――どうだろうか?」


 フォルテが問うと、シンジュはヨビの顔を見詰めたまま悩んでいる様子であった。

 ややそうして、不意にシンジュは視線をヨビからその背後にいたミキサンへと移した。


「どう思う?」


 ミキサンは、シンジュをチラと横目で見た後、フォルテへと視線を向けた。


「わたくしから意見を述べておくならば、わたくしもその方が良いと思いますわ」


「どうして?」


「健康面だったり、教育面だったり、まぁランドール家の方が行き届いているというのもありますが、なにより、このガキがオスだというのが一番の理由ですわね」


 ミキサンの言葉にシンジュは一瞬だけ意味が分からないとい言いたげな顔をして、しかしすぐにミキサンの言わんとしている事に気付き、ヨビを見た。

 見詰められ、ヨビがシンジュとミキサン、自身の両隣に座る二人の顔をキョロキョロと何度か見比べた。


「別に二人っきりってわけでもないし、なによりヨビはまだ子供だよ?」


「子供なのは見れば分かりますが、それは今現在の話ですわ。数年もすれば――ところであなた、いくつですの?」


 問われたヨビが、んーと顎に指を当てて考える。


「わかんない!」


「だとは思いましたわ」


 そう応じたミキサンの視線がヨビの顔を飛び越え、背後のシンジュに向けられた。

 ああ――と、視線の意図に気付いたシンジュが返す。

 そのやり取りの直後、シンジュの瞳が虹色を描く。瞳の奥から様々な色が溢れ出し、波紋の様に瞳を明滅させる。


 スキル神眼を使い、シンジュがヨビを見る。

 そうやってヨビを覗き見、知ろうとした。

 中央で何度もそうしたはずだが、助ける事にばかり気が入って、シンジュはヨビの年齢まで気にしていなかった。

 自分よりも頭ひとつ分小さいヨビを、リナと同じくらいだろうと勝手に決め付けていた。


 だからか、ヨビの歳を見た途端、シンジュがギョッとした。


「いくつですの?」


「……同い年」


 茫然とした様に呟き、シンジュがヨビの年齢を自分と同じ歳だと答えた。


「決まりですわね」


 ミキサンが当たり前の様な顔をして言った。

 えぇ……、と困惑気味にシンジュが唸る。


「同級生? 嘘でしょ?」


「まぁ、地下牢にずっと閉じ込められていたのです。成長に必要な物が全然足りていなかったのでしょう。むしろ、よくもまぁ生きていたものだと感心しますわ」


 言いつつ、確認して正解だったと、ミキサンが内心でホッと胸を撫で下ろした。

 いつかギルドで見た主君のあの怒りを、ミキサンは決して忘れてはいない。

 いま思い出してもゾクリと寒気が襲う。

 それだけ、圧倒的な恐怖であった。


「話はまとまったか?」


「うん……。でも本人の意見も聞いてみないと」


 フォルテの問いにそう返し、シンジュは体ごとヨビへと向けた。


「ヨビ、フォルテちゃんが一緒に住もうって言ってくれてるけど、ヨビはどうしたい?」


「シンジュも一緒に住む?」


「ううん。私は自分の家があるから」


「やだ!」


 拒否の言葉と共にヨビが真正面からシンジュに抱き付いた。


「ちょ!? ちょっと、ヨビ!」


「僕、シンジュと一緒が良い!」


 ヨビがシンジュにしがみついたままブンブンと大きく首を振る。

 ひぃと小さな悲鳴を上げて、シンジュの顔が真っ赤に染まる。

 そんなシンジュなどお構い無しに、ヨビはシンジュの胸に顔を密着させたままグリグリとなおも顔を振った。

 小学生くらいだと思っていた時は、密着されようが全然気にならなかったのに、同い年だと知ってからはやたらと恥ずかしくなってきた。

 ヨビにそういった他意が無いとは理解しつつも、どうしたって意識してしまう。


 恥ずかしいさでシンジュがアワアワと激しく狼狽していると、不意にヨビの顔が後ろにガクンと仰け反った。



「調子に乗るんじゃありませんことよ」


 ヨビの首もとを力任せに引っ張り、シンジュから引き剥がしたミキサンが眉間にシワを寄せて吐き出した。


「わ~ん! ミキサンがイジメる~!」


「黙らっしゃい!」


 耳元で発せられた大声に、ヨビがビクリと震えて暴れるのを止める。

 ヨビが静かになった後、ミキサンはヨビの体を捻る様に自分へと向けさせ、素早く胸ぐらを掴み、引き寄せた。


「いいですこと? シンジュと一緒に居たいと言うならば、それ相応の常識を身に付けなさい。あなたには、教養が圧倒的に不足していますわ。今のままでシンジュにチョロチョロと付きまとうなど、たとえシンジュが許してもわたくしが許しませんわ」


 迫力負けしたヨビが呆けた様にミキサンを見つめる。


「返事は?」


「……わかった」


「よろしい」


 微笑みを浮かべ、軽く押す様にヨビを解放する。


「別に会えなくなるわけじゃないから。お仕事が休みの日は遊びに行くからね」


 目に見えてテンションの下がったヨビに、シンジュがフォローを入れる。

 途端に、振り向いたヨビの顔がパァと明るくなる。

 シンジュが太陽みたいだと評した笑顔を作る。


「約束だよ! 絶対遊びに来てね!」


「うん。約束」


 シンジュが微笑んで返すと、感極まったのかヨビがまたシンジュに飛び掛かった。

 ひゃあ、とシンジュがノドの奥から悲鳴を上げて、コノッ、とミキサンがヨビの首根っこを掴み、阻止する。

 バタバタと腕を暴れさせるヨビを掴んだまま、ミキサンはフォルテへと顔を向け、尋ねた。


「この非常識を教育するのは良いのですが、それを一体誰がするのかしら?」


 言って、ミキサンは横目をチラとカナリアに向けた。


「ああ、それについても姉さんと相談してある。今回の件以前に、カナリアの教育にはちょっと問題があるからな。ヨビの教育係から外れてもらう」


「では誰に?」


「うん。私は会った事が無いんだが、姉さんにアテがあるらしい。ヨビの教育係には、姉さん推薦のその人を宛がおうと考えている」


 そう言い、フォルテはうんと力強く頷いた。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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