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炎と氷

「目を覚ましたと連絡を受けてね。入ってもいいか?」


 部屋の扉を開けるなり、フォルテがそう尋ねた。


「うん。ちょっと狭いけど」


 シンジュが許可を出し、フォルテが扉を抜けて部屋の中へと足を踏み入れる。


「失礼しますわぁ」


 フォルテに続いて部屋に入って来たのはカナリアであった。

 一度見たら忘れられないド派手なメイド服を着こなし、いつもの飄々とした笑顔を湛えて足を踏み入れる。


 部屋の空気が一変したのはその直後であった。


 突然、部屋にある全ての物をひっくり返す程の暴風が、小さな部屋の中に巻き起こった。


「え!? なに!?」


 後ろから吹いたその風に押され、倒れそうになったヨビの体を咄嗟に支えたシンジュが声を上げた。

 そうしてヨビを自身に引き寄せながら、シンジュが後ろに顔を向けた。


「お前が何故ここにいる!?」


 表情険しく、強い口調でそう言ったのはチェリージャンであった。

 その腕が真っ直ぐと正面に伸び、手の中で魔法によって生み出された風が勢いよく渦を巻いていた。


「ちょっと、チェリージャン!? どうしたの急に!?」


「シンジュ、そいつから離れろ」


「そいつ?」


 告げられ、シンジュがチェリージャンが視線を向ける先に自身も目を這わせた。


「あらあらあら、カナリアめが何か怒らせる様な事をしたでしょうかぁ?」


 のほほんとして気が抜ける様な口調でカナリアが言った。

 いつもの笑顔。

 しかし、目が笑っておらず、カナリアはまるで敵にでも向ける様な目をチェリージャンに向けていた。


「ふざけた奴だ。シラを切れるとでも思っているのか?」


「人違いではぁ?」


「とぼけるな! 貴様のその不気味な笑顔と派手な服を見間違えるものか!」


 チェリージャンの怒気に呼応する様に、渦が一層その勢いを増し、吹き荒れる風が強くなった。

 ただでさえ抜けそうな床が、風圧でギシギシと嫌な音をたてる。


「チェリージャン!」


 暴風の中、シンジュが諌める様に声をあげる。

 ゴゥと更に風が強くなり、あまりの風の強さに、ウッとフォルテが壁を背にして小さく唸った。


「落ち着きなさい。敵ではありませんわ」


 暴風の中、チェリージャンの隣で腕を組み、涼しい顔で立っていたミキサンが治めにかかる。


 チェリージャンは何も応えず、しばらく鋭い目をカナリアに向けていたが、数秒の間を置いてから溜め息を吐き出し、観念でもしたようにカナリアに向けていた腕を下ろした。

 チェリージャンを中心にして部屋に吹き荒れていた風がピタリと鳴りを潜める。


「チェリージャン、どうしたの!?」


「コイツだ」


「え?」


「前に話したたろ? コイツがルイロット地方で悪魔召還をしていた女だ!」


「カナリアさんが? 何かの間違いじゃ……」


「こんな目立つ格好の奴を見間違えるものか」


 チェリージャンが敵意を剥き出しにギロリとカナリアを睨みつける。


「もしそれが本当なら、チェリージャンを悪魔の穴に閉じ込めたのも、リナの村が悪魔に襲われたのも全部……」


「コイツが元凶だ。この女がどうして――」


 口を開いたチェリージャンの言葉を遮る様に、バタバタと誰かが駆けて来る音が廊下から響いた。

 チェリージャンに向けていた顔を、全員がそちらに向けた。

 そうしてみなが注視する中、部屋の中に少し慌てた様子で駆け込んで来たのは、下の階でレンフィールドと話し込んでいて合流の遅れたシスネであった。


「なにがあったのです」


 荒れ果てた部屋の様子を見渡しながら、シスネがそう言って部屋に一歩を踏み入れた。

 その直後の事であった。


 ミシミシと床が一際大きく鳴った。


「へっ?」と、シンジュが怪訝な声をあげた。


 ついでバキッと不快な音がした。


「嘘だろ……」


 フォルテが不吉な事でも口にする様に呟いた。


「落ちますわよ」


 涼しい顔をし、予言でもするかの様にミキサンが告げた直後、バキバキと爆音を奏でて、その場に居た全員を乗せたまま部屋の床が綺麗に落ちた。


 二階から一階へと落ちた床をドンッと強い衝撃が襲う。



 あまりの事に誰からもすぐに言葉が出て来なかった。

 まるで動いたらもう一度落ちるんじゃないかという感覚の中、誰も身動ぎひとつしなかった。


 埃をもうもうと立ち込めさせて、パラパラと木屑が降り注ぐ中、一番最初に口を開いたのは、いつの間にやら黒い服を着込んだカラス――イェジンの腕に抱かれていたシスネであった。

 一体何処から現れたのか、シスネの窮地を敏感に察し、助けに来たようである。

 もはや神業にも似たイェジンの腕に収まったまま、周囲の顔色でも伺うようにおそるおそるシスネが告げる。


「私が……重かったわけでは、ないですよ?」


 シスネが部屋へと足を踏み入れたタイミングだっただけに、言い訳でもする様にシスネは告げた。

 特に誰からも反応は無かったが、それで空気が少し戻った。


 周囲の剣呑さが鳴りを潜めた一方で、誰も何も言わない事にシスネは妙な居心地の悪さを覚えた。

 氷の姫君は落ちる時も落ちた後も無表情を貫き通したが、心では意外とショックだったりした。

 ――いや、私は決して重くない。食は細い方だ――と、自身に言い聞かせる様にシスネは心の中で自問自答し、無理矢理にショックを飲み込んだ。


「びっくりした。死ぬかと思った」


 ヨビを抱き止めたまま、シンジュがやや放心した様に溢す。

 二階の床ごと落ちたのだ。それが普通の感覚ではある。

 あるが、シンジュはもとより、他の面々にも怪我のひとつだってみられない。


「お前はこれくらいじゃ死なないだろ。――ああ。ありがとう、シュエット」


 シスネと同じように、一体いつ現れたのか、疾風の様に現れて自身を抱き抱えたシュエットにフォルテが礼を述べ、その腕から離れた。

 シスネもそれに続き、イェジンの手を離れる。


 そうして、シスネとフォルテに怪我が無い事を確認したのち、二人のカラスは何事も無かったかの様にギルドの正面扉から堂々と去っていった。


 ――どうせ見守るならそのまま近くに居ればいいのに――そんな事を思いつつもシンジュは口には出さず、去っていく二人の背中を見送った。


「いや~、古いとは思ってたが、まさか床が抜けるなんてな~」


 フォルテが意図せず吹き抜けになった天井を眺めてそう口にした。


「そうですね。怪我人がいなくて何よりです。王国管轄という事で長く放置していた私の責任です。――レンフィールド」


 フォルテの言葉にシスネが応じ、自身の非を告げ、ランドールギルドの長であるレンフィールドの名を呼んだ。

 そのレンフィールドは、突然崩落してきた天井に驚愕し、口をあんぐりと開けたまま階段の手前で呆然としていた。


「修理の方はランドール家で手配しておきます」


「姉さん。いっそ全部建て替えてしまっても良いですか?」


「当主のあなたが良いのであれば構わないと思います。――そうですね。建物ごと潰れては、それこそ怪我では済みませんし、そうした方が良いかもしれませんね。レンフィールド、それで良いですか?」


「あ、ああ……。それは全然……。有り難い話ですが……。本当に良いのですか?」


 やや不安感を抱くレンフィールドからシスネに向けられた問いに、シスネは返事を返さず、フォルテへと顔を向けた。

 ランドール家の現当主はフォルテである。

 フォルテの判断に任せると、視線が告げていた。


「勿論。売れるだけの恩を売っておくさ」


 カラカラと笑いフォルテが軽い調子で応じた。

 続けて、早速だが――と口にする。


「レンフィールド、ちょっと奥の部屋借りても良いかな? まだ話の途中だったんだ」


「ええ、どうぞ。好きに使ってください」


 レンフィールドの許可を取り、フォルテが奥の部屋へと一同を促す。


「ではぁ、カナリアめはギルド建て替えの方を進めて参りますぅ」


 いつもの笑顔でそう告げて、そそくさとギルドを出ようとするカナリアにフォルテがすぐさま待ったをかけた。


「カナリア、私に隠している事があるな? 奥できちんと説明してもらうぞ」


 レンフォールドとのやり取りから一転し、怒っているとも取れる様な有無も言わさぬ強い口調でフォルテは言い、返事も待たずに奥へと足を進め始めた。


「……はぁい~」


 そんなフォルテの様子にカナリアはいつもの笑顔で浮かべて了承したが、その笑顔の中に僅かなに動揺が混じっていた。

 カナリアがフォルテの後に続いて奥へと入っていき、シスネが無言でその後ろに続いた。


「あなた、次に暴れたらわたくしが止めますわよ」


 チェリージャンに釘を刺し、ミキサンが続く。


「ヨビはここにいて」


「僕もいく」


「じゃあ、静かにしててね。大事な話みたいだから」


 チラリとチェリージャンを横目に見、シンジュがヨビの手を引いて奥へと進んだ。

 チェリージャンは険しい表情のまま、一同を見送った。

 全員が奥へと消えた後、チェリージャンは目を瞑りしばらく静止画の様に微動だにせず何事かを考えていたが、ふと、一際大きな溜め息をつくと、険しい顔のまま自身も奥へと消えていった。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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