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自己紹介

 ヨビの目覚めがランドール家へと伝わった頃、シンジュやミキサン達はランドールギルドの中にある小さな部屋の中に居た。

 ほんの少し前に目覚めたばかりのヨビは、小さな部屋では収まりきらない程の興奮を身体中から溢れさせ、幸せそうな顔でピョンピョンと部屋中を跳ね回っていた。


「ヨビ、とりあえず落ち着いて」


 ひとまず眠りから覚めたヨビが元気な事に安心し、ホッと胸を撫で下ろしたシンジュであったが、元気にはしゃぎまくるヨビの様子に、元気を通り越して逆に心配になって来た。

 その心配は、ヨビに向けたものと云うよりも、ヨビが飛び跳ねる度にギシギシと嫌な音を立てる部屋の床への心配。

 ただ大きいだけのオンボロギルドの建物の床は今にも抜けそうであった。


「だってね! だってねシンジュ! 見て! 僕ね! 僕ね! こんなに沢山の人に囲まれてるんだよ! ね!? これって素敵だよね!?」


 込み上げて来る嬉しさをこれでもかと爆発させた様なヨビの弾んだ声。

 沢山と表現したヨビだが、小さな部屋の小さな空間に居るのはヨビを含めて五人だけで、沢山というには少ない人数。

 しかし、檻から一度も出た事がなく、外というものを知らないヨビにとっては五人でも沢山であるらしい。


「うざいですわ、このチビ」


「うざいってな~に? ねえねえ、君はなんて名前~?」


 はしゃぐヨビの様子にミキサンが鬱陶しそうな顔をして溢した途端、恐れを知らないらしいヨビがズズズイとミキサンに付きまとい始めた。

 どうして目が赤いの?

 名前はなんていうの?

 シンジュのお友達?

 ねえねえ。


 なぜなにどうして。ヨビからの疾風怒濤の質問攻めにミキサンの顔が小さくひきつった。

 そんなミキサンなどお構い無しにヨビは「わぁ~、綺麗な目。赤くてとっても素敵」と、更に顔を近付けた。


「ヒッ!? 近い近いッ!? なんなんですのこのガキ!?」


 グイグイ来るヨビに、流石の魔王も堪らず腕でヨビを体を押し戻した。

 しかし、悲しいかなその小さな体から伸びる腕ではヨビの体を離しきれず、ヨビは首を目一杯に伸ばしてミキサンの真っ赤な瞳を覗き込む様に至近距離からまじまじと見つめた。


「ほら、ヨビ。座って」


 そんなヨビの両肩に手を当て、シンジュが座る様に促す。

 ヨビは一瞬キョトンとした様にシンジュへと顔を向け、それから「うん、分かった!」と元気な返事と共にその場にちょこんと腰を落とした。

 ようやく解放されたミキサンが素早く数歩――小さな部屋の壁ギリギリのところにまで下がってヨビとの距離を取った。


「恐ろしいガキですわ。節操というものがまるでありませんわ」


 汗を一滴頬に流してミキサンが告げる。

 途端、ヨビが背後にいたミキサンへとパッと振り返る。


「ねえねえ、節操って」

「ヒィ!?」

「はいはい、ヨビく~ん。ミキサンをイジメるのは止めようね~」


 ミキサンにも苦手な人種はいたのかと、ちょっと愉快そうにしたシンジュが、手でグイとヨビの顔を自分へと向けさせた。


「まずはお互い自己紹介から始めようか」


 柔らかな口調でシンジュが言うと、一秒たりともジッとしていたくないとばかりにヨビがスックと立ち上がる。


「あー、あー。どうもみなさん初めまして! ヨビです! どうぞよろしく!」


 大仰に身振り手振りを交えて言ったヨビが、最後にペコリと頭を下げた。

 シンジュがパチパチと手を叩く。


「はい、よくできました。次はミキサン」


 笑顔でシンジュに振られ、ミキサンは露骨に嫌そうな表情をしつつも、一度コホンと小さく咳をして、自己紹介の体勢を整えた。


「ミキサンですわ。よろしく」


 ややゴスロリチックな服のスカートを指で摘まみ、小さな会釈と共に告げられた。

 真似してヨビもスカートを摘まむ様な仕草を作って、会釈で返した。


「はい。じゃあ、次」


 それを見届け、シンジュがプヨプヨへと顔を向けた。


「え? あ、えっと、プヨプヨです。よろしくです」


 やや緊張した面持ちでプヨプヨは頭を小さく下げた。

 真似をして、笑顔のヨビが頭を下げる。


「はい、じゃあ次」


「俺もするのか?」


 最後に残ったチェリージャンが無愛想気味に尋ねた。


「もちろん」


 当たり前だと頷いたシンジュに、チェリージャンが諦めた様に小さな嘆息をつく。


「チェリージャンだ」


 無愛想な顔から無愛想な声が吐き出されたが、ヨビは気にしていないのか、楽しそうに笑顔で頷いた。

 シンジュを除いた四人の自己紹介が終わったところで、はたと何かに気付いたシンジュが一度周囲を伺った。


「そういえばトテトテさんは?」


「ああ、忘れてましたわ」


 凄くどうでもいい事を思い出したらしいミキサンが、投げやり気味に呟いた。


「あなたがいつ帰って来てもいいように、アレにはランドールの地で留守番をさせてますの。自宅も今はそちらにありますわ」


「そうなんだ。なんかゴメンね」


「今更ですわ。あなたなりに理由があるのでしょう」


 大雑把ではあるが女神ランドールからその辺りの事を聞いていて知っていたミキサンは、それ以上の事は口にしなかった。


「うん……。でもゴメン。みんなに心配かけて……。あとで他の人にもちゃんと謝らなきゃ」


「シンジュ、何か悪い事をしたの?」


 申し訳なさそうにしたシンジュをどう捉えたのか、何故かちょっと悲しそうにしたヨビが問い掛けてきた。


「あはっ。なんでヨビが泣きそうなの?」


 その様子がおかしくて、シンジュが声を出して笑う。


「僕、シンジュ好きだよ?」


「ありがと、ヨビ」


 慰めようとしているらしいヨビにそう応じ、シンジュは笑顔を浮かべるとヨビの柔らかい髪の広がる頭を優しく撫でた。


「ズルイっ! 僕だってシンジュ好きだもん!」


 頭を撫でられるヨビを見て、対抗心を燃やしたプヨプヨが唐突に宣言する。


「はいはい。私もプヨプヨ好きだよ~」


 小さく笑ってシンジュがおいでおいでとプヨプヨを促す。

 パッと明るい表情になったプヨプヨが、ポヨンと人型からスライムに戻りポヨンポヨンとシンジュの傍に近付く。

 一歩手前でポヨヨンと一際大きく跳ね、そのままシンジュの柔らかい手の中へ――と、思っていたプヨプヨの体が突然割って入った手にムギュっと掴まえられて、捕まえられた。


「これはなに!? プヨプヨが変なのになったよ!」


 プヨプヨをグニャリと変形する程強く握ったヨビが、目を爛々と輝かせて尋ねた。


「なにすんのさっ!? 邪魔しないでよ!」


「ねえねえ! この変なのはなに!?」


「変なのって言うなっ!」


 プヨプヨの抗議をまるっと無視して、ヨビがシンジュに回答を求めた。

 グニョっと更に変形し、掴むヨビの指の隙間から飛び出すプヨプヨのボディが、ヨビの興奮度合いを表している様だった。


「あ~、えっとね。実はプヨプヨは人間じゃなくてスライムなの」


 シンジュが笑顔で応じる。


「スライム!? スライムってなに!?」


「へ? え~っと、スライムはモンスターだよ。あっ、モンスターと言っても、ランドールの街にいるスライムは悪いスライムじゃないけど」


「モンスター!? モンスターってなに!?」


「え? あ~、ん~、――なんだろう?」


 モンスターとはなんぞや?

 という簡単そうで難しいヨビの問いに、シンジュが困ったように苦笑いを浮かべる。

 それでも、なに? なに? と次から次に続けられるヨビの質問攻めにシンジュがたじろぐ。


 そんな様子を眺めながら、ミキサンが小さな嘆息を溢した。


「これは仕込むのが大変そうですわね」


 他人事の様に呟いたミキサンに、一番近くに居たチェリージャンが「たしかにな」と小さく応じた。


「まあ、わたくしは付き合うつもりは毛頭ありませんわ」


 横目でチェリージャンを見たミキサンが不敵に笑みを作る。


「言っとくが、俺もないぞ」


「承知してますわ。こういうのは、家政婦にでもやらせれば良いのですわ」


「家政婦?」


 問うたチェリージャンのその質問には答えず、ミキサンはシンジュ達に目を向け直すと、シンジュを質問攻めで困らせるヨビ、その手に持つスライムに目をやった。


「ちょっとそこの変なの。いますぐこっちにいらっしゃい」


「変なのって言うなぁ!」


「いいからさっさと来なさい」


 ミキサンが急かすと、プヨプヨはぶつぶつと文句を溢しながらヨビの手をヌルっと抜け出し、ポヨンと人型になってミキサンの前まで歩みを寄せた。


「なに?」


 不機嫌を隠そうともしない表情と口調でプヨプヨが尋ねる。


「あなたどうせ暇でしょ? ちょっとランドールまで行って、トテトテを連れてらっしゃいな。無論、屋敷も忘れずに。あなたの蛙ならあの屋敷くらい入るでしょ」


「なんで僕が」


「あなた、シンジュをいつまでもこんな小さな部屋に閉じ込めて置くつもりですの?」


「答えになってないよ。ミキサンが行けばいいじゃんか」


「戯言を。出来るならあなたに頼みませんわ。それとも御褒美が欲しいのかしら? 構いませんわよ?」


 言うや、ミキサンは「ほ~ら」と小馬鹿にする様な笑みを浮かべて、プヨプヨの頭を数度撫でた。


「むっかぁ。絶対行かないから」


 ぺしっと頭の上に置かれたミキサンの腕を払いのけ、プヨプヨが拒否を示す。

 しかしそんなプヨプヨに、ヨビに質問攻めにされながらも聞いていたらしいシンジュが声をかけた。


「プヨプヨ、私からもお願い。流石にこの人数でこの部屋は狭いよ」


「ほら、シンジュもああ言ってますわ」


「むぅ。分かったよ……。でもミキサンに言われて行くんじゃないから」


「はいはい」


 そうして、プヨプヨは渋々といった態度でスライム体のスイッチを行った。

 プヨプヨの意識が別のスライムに移った途端、ミキサンの目の前にいた人型がポヨンとスライムへと姿を変えた。


 シスネとフォルテ、二人の姉妹がシンジュ達のいるギルドに訪れたのは、それとほぼ入れ違いの事であった。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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