もうひとつの秘宝・Ⅱ
眠っていた城を起こしたフォルテの魔法。
それは、城の地下に隠されていたクリスタルを呼応させるものであった。
天空領が天空領であるための動力源。
広大な範囲に漂う空気中の魔力を吸い寄せ、島を浮かせるためのエネルギーを生み出す機関部。
淡い青色の光を放つクリスタル。
そのクリスタルのある部屋に、ランドールの秘宝と呼ばれる鳳凰石は置かれていたと、ヒロは言った。
シスネの手からヒロへと渡った鳳凰石と、寸分違わず同じ物。
手に持った二つの鳳凰石を見詰めながら、無表情に思考に耽るシスネにヒロが声を掛けた。
「見た目は同じだが、その二つには決定的な違いがある」
「同じに見えますが?」
「見た目はな。魔石ランドールには、身に付けた者の魔力を少しづつ吸い取り蓄える性質がある――だったよな?」
その言葉にシスネは少し間を空けたあと、おもむろに尋ねた。
「違うのですか? 蓄えてある魔力が」
「全くな」
応え、ヒロがシスネから二つの鳳凰石を再び自身の手元へと戻した。
それから、傍目にはどちらともつかない鳳凰石のペンダント、そのひとつをジャラリと垂れ下げる。
「こっちがあんたから譲られた物だが、こいつには魔力が殆ど入っちゃいない。あんたから譲られた後、俺がずっと身に付けていたから全くのゼロってわけじゃないが、無いに等しい」
「私の貯めた二年分は使ってしまいましたしね」
シスネが言うと、ヒロは小さく肩を竦めた。
ジャラリと掲げていたペンダントを下げ、今度は反対の手の鳳凰石を左右対称にして先ほどと同じ様に掲げてみせた。
「こっちが、俺がこの部屋で見付けた物だが――こいつは異常だ」
「異常?」
シスネが問う。
あいにくと魔法の才に恵まれなかったシスネには、そういった事は分からない。
彼女は自分に必要の無い物は全て切り捨てて生きて来た。
努力しても伸びない自身の魔力を鍛える暇があるなら、使用人の誰かをそれが出来る様に育成した方がよほど効率が良い。自分の手で足であり、そして魔力であるのが使用人達である。
信頼や忠誠を越えた自身の一部。
異常と問うたシスネにヒロがやや眉をひそめて答える。
「溜め込まれている魔力が大き過ぎてハッキリとどれくらいというのは俺にも分からないが……、たとえば、この魔石に込められた魔力をアテナ――俺の武器に込めて放ったとする。間違いなくこの大陸ごと吹き飛ぶぞ」
「大陸が――ですか?」
「ああ。比喩でも大袈裟でもなく、確実にそうなると断言してもいい。それだけの力が、このちっぽけな石コロの中に詰まってる」
掲げ、手からぶら下げていたペンダントを握り直しヒロが険しい表情をした。
それからヒロは更に自身の考えを口にした。
「おそらくコイツは、長い間ずっとこのクリスタルの傍に置かれていたんだろう。俺が見付けた時はもっと埃まみれだったしな。広範囲から魔力を引き寄せるクリスタル。そのクリスタルが集める魔力を、コイツは少しづつ吸い取り、溜め込んだ。10年――いや、もっとかもしれない。とにかく、長い時間を掛けて溜め込まれた魔力がコイツには入っている」
そう言い、ヒロはかぶるとんがり帽子の鍔を少し上げ、淡い青色の光を放つクリスタルへと顔を向けた。
「俺やハロでさえ見付けられなかったこの部屋に、どうやって、一体誰が、何のために、鳳凰石を置いたんだろうな。第一、この部屋はフォルテ・ランドールの許可無しには扉を見付ける事さえ出来ない。そんな部屋に、あんたから譲り受けた物と全く同じ物を……。なんでひとつしかない物がふたつあるのかも分からない」
クリスタルを眺めながらそう口にしたヒロが、クリスタルに顔を向けながら目だけを横のシスネにやった。
問い詰める様な視線であった。
しばらく、目が合ったまま沈黙が逃れる。
居心地の悪い空気が部屋に広がる。
先に折れ、観念した様に小さな溜め息をついたのはシスネであった。
「置いた人物に心辺りが無いわけではないのです」
ヒロから視線を外し、シスネはヒロと同じ様にクリスタルへと顔を向けた。
「ただ、確証はありません。その人物の名前も、私は知りません。――そしてなにより、その人物の事をこれ以上話せません。誤解しないでください。あなただから話せないというわけではなく、おそらく、その者について誰にも話してはいけないのです」
「なんだそりゃ? そんな得体の知れない奴のやる事を黙って見てるつもりか?」
「得体の知れない奴――というのは否定しません。ですが、悪意ある者ではありません。少なくとも、大陸を吹き飛ばす様な真似はしないと思います」
「何故そう言える?」
「答えられません」
そう告げて、シスネは口を閉じた。
クリスタルを眺めたまま、語るのを止めた。
また沈黙を流したあと、今度はヒロが溜め息を溢す番だった。
「コイツはどうする?」
さっきまでの真面目な口調を崩し、何か小用でも尋ねる様な空気でヒロは言った。
「元の場所に戻しておいてください。いずれ取りに来るでしょう。それと、この事は私とあなただけの胸に仕舞っておいてください」
淡々としたシスネの口調。
またヒロが溜め息をつく。
「りょーかい。全て姫君の仰せの通りに」
ヒロは悪戯そうに笑い、脱いだ帽子を仰々しく胸に当てて頭を下げた。
そのおどけりに、珍しくシスネがクスと声を出して笑う。
ああ、やっぱりアンタは笑っている時が一番綺麗だ――
――などとは口が裂けても言えないヒロは、満足そうに自身も笑うと、何やら急に二人きりというシチュエーションが恥ずかしくなって来て、それを誤魔化す様に帽子を深く被り直し、それから一度コホンとわざとらしく咳をした。
そうして外の様子を投影する壁の映像へと顔を向ける。
「向こうはボチボチ落ち着いて来る頃だろう」
「はい。あなたの力添えには感謝の念しかありません」
「まぁ……別に……。暇だったしな」
壁の方へと顔を向けたまま、見られたくないのか指で摘まんだ帽子の鍔で横顔を隠して、何でもない事の様にヒロは答えた。
「本当に感謝しているのです。あなたには助けられてばかりですね。このお礼は事が落ち着いたら必ず」
「別にあんたからの礼は必要ない。フォルテ・ランドールにアイテムを貰う約束だしな」
「それはフォルテからの分で、それとは別です。私が用意出来るモノであれば、遠慮なく言ってください」
「別にいいって」
「遠慮なく言ってください」
一度目よりも少しだけ強い口調で吐き出された言葉にヒロが呆れ顔で息を吐いた。
「相変わらず強情だな」
「お互い様です」
ヒロは無表情に告げたシスネを横目に見て、やや間を置いてから「そうだな」と、愉快そうにクックッと笑った。




