賢者クリミア
◇
三百年程前の事。
地方の小さな村にクリミアという男がいた。
クリミアは、布教のために村に派遣された聖職者であった。
しかし、聖職者とは名ばかり。クリミアは素行の悪い不良神父で、その素行の悪さゆえに地方の小さな村に飛ばされ、布教という名目で追い出された。聖職者でありながら神を信じぬ男。クリミアはそんな人物であった。
毎日の様に酒を呑む不良神父クリミアだが、彼は特に煙を好んで嗜んだ。
中毒者の様に、彼の右手には常に葉巻が握られていて、そのため、彼が神父を勤める小さな教会は、常に煙のニオイが充満していた。
甘ったるいそのニオイに、村人達は教会に寄り付かず、布教など夢のまた夢であった。
そうして不良神父の名札を貼られたクリミアが、村に来てから二年が過ぎた頃であった。
雪のちらつく冬の日。
その日、小さなその村に一組の若い夫婦がやって来た。
旅商人だと話す夫婦は、村から少し離れた林道を仲間達と共に馬車で駆けていたところを盗賊に襲われ、命からがら逃げて来たのだと語った。
難を逃れた夫婦であったが、妻は盗賊によって光を奪われてしまったらしく、顔全体を覆う様に包帯が捲れていた。
包帯に滲む赤黒い血が、怪我の大きさを代弁する様であった。
夫婦を不憫に思った村人は、村の中なら心配ないと快く夫婦を村へと招き入れた。
娯楽の少ない村。
その日の内に夫婦の話を耳にしたクリミアは、その晩、酒を手土産にして教会を出た。
旅商人である夫婦の旅の話を肴にでもしようと考えたのである。
そうして、夫婦が招かれた村長の家へと向かったクリミアだが、盗賊に襲われ、荷も、仲間の命さえも奪われ傷心の夫婦の前に酒の臭いを漂わせてへらへらと現れたため、そのクリミアの姿を見た村長に大層なお叱りを受け、その晩はそのまま追い返されてしまった。
しかし、これに懲りないのが不良神父と呼ばれる男、クリミアである。
彼はその晩から、毎日の様に夫婦の元へと訪れては村長に叱責されるという事を何度も繰り返した。
へらへらぷかぷか。
酔いの薄ら笑いを浮かべ、酒を片手に、ぷかぷかと煙をくゆらせ、村をふらふらと歩き回るクリミアを、流石の村人もだんだんと煩わしく思い初めていた。
クリミアの行動は、八日――九日――と続き、そして十日目。
何度注意しても夫婦の元を訪れようとするクリミアは、とうとう村を追い出されてしまった。
あんまりだと、自身の自業自得を棚に上げて反論したクリミアであったが、村長は頑として撤回しなかった。
もともと余所者であり、教会の意向を受けた聖職者という事で、働きもせずに村からの施しで生活していたクリミアを、体よく追い出す格好の材料であったのだ。
季節は冬。
足下には、ここ数日降り続いた雪が積もる。
とてもではないが、よその村や街になど行けるわけが無い。
仕方なくクリミアは、村の近くにあった洞穴へと身を潜めた。
そうして、クリミアが洞穴生活を初めて二日目の夜の事であった。
その晩はとても綺麗な満月であった。
満月のいつもより明るい光と、夜のトバリ、そして地面の真白い雪が冬の夜に良く栄える。
月を眺めながら、クリミアが葉巻をプカリとふかせる。
いくら綺麗な景色を見ても、煙をふかせてみても腹は膨れないものだと、クリミアはぐぅぐぅと鳴る腹に手を当てながら、ため息混じりにほぅと煙を吐いた。
煙がゆらゆらと立ち上ぼり、冷たい冬の空気に溶けていく。
三度の飯より煙が好きなクリミアは、村を追い出された際、呆れた事に食べ物など一切持ち出さず、代わりに鞄いっぱいに葉巻を詰め込んでいた。
この二日間、クリミアが口にしたのは雪と葉巻の煙だけであった。
聖職者などという肩書きなど何処吹く風。
このままでは野垂れ死にだと考えたクリミアは、村人が寝静まったであろう頃合いを見計らい、事もあろうに盗みを働くために村へと向かったのである。
そうして、はらはらと雪が小降る中、こそこそと村へと足を踏み入れたクリミアは、そこで信じられぬ物を目にする事となった。
村を訪れたクリミアが真っ直ぐ向かったのは、歳老いた老人が一人で住む村長宅であった。
歳よりの就寝は早いだろうし、かなり耳が遠くなった村長宅ならば、楽に侵入出来ると考えたからである。
加えて、村長宅に厄介になっているいまだ顔すら拝んでいない夫婦の面でも拝んでやろう――そんな思惑もあった。
そうやって村長宅に近付いたクリミアは、まずは中の様子を確認しようと、古ぼけた家のこれまた古ぼけた窓から、ソッと中を覗き込んだ。
クリミアは絶句した。
小さな蝋燭だけがポツンと置かれた部屋の中が、桶でもひっくり返したかの様に血だまりで溢れていたのである。
絶句するクリミアの目が、血だまりの中に転がる塊を見付けた。
大量の髪の塊が、血だまりの中に転がっていた。
――違う!?
それがただの髪の束でないと気付いたクリミアは、咄嗟に、喉の奥から上がった悲鳴を口を押さえて殺した。
クリミアからは、後頭部しか見えない。
しかし、見間違おうはずもない白髪。二年もの時を同じ村で過ごしたクリミアは、それが村長の頭であるとすぐに理解したのだ。
それだけではなく、クリミアは村長の頭の直ぐ傍に、こちらに顔を向ける見知らぬ顔がある事にも気が付いた。
村長と同じように、頭だけとなったその見知らぬ顔にクリミアは――あれは旦那の方か――と、すぐさま思い当たった。
――まさか盗賊が二人を追って来たのか?
そんな事を考えた。
――もしそうならば、早く村の者達に報せなければ――
そう思い、クリミアが覗いていた窓を離れようとした時であった。
二つの頭が転がり、血だまりの広がるその部屋の扉が、キィキィと立て付けの悪そうな音を鳴らしながら開いたのである。
盗賊か――と、クリミアが咄嗟に身動ぎを止め、息を殺す。
そうして、盗賊にバレぬ様に慎重に中を覗き込んだ。
女が立っていた。
顔全体を覆う様に包帯を巻いた髪の長い女であった。
――たしか、妻の方は怪我で目の見えぬ体になったと聞いた。すると、あれは妻か。
目の見えぬ妻は、部屋の状況が分からないのか、しばらく扉の前で静かに佇んでいた。
――不憫な。
女を見るクリミアの顔に、哀れみの色が浮かぶ。
財産を奪われ、仲間を奪われ、光を奪われ、そして夫までも奪われた女。
女の正体を妻だと判断したクリミアは、ガラにもなく、これ以上この女が何も奪われぬ様にと、窓から大きく顔を出し、盗賊にバレない様、ひそめた声量で声を掛けようと動いた。
その時、クリミアの動きに合わせた様に女の方も動いた。
女は、手をゆっくりと自身の頭――後頭部へとやると、そのままシュルシュルと顔に巻かれた包帯を外し始めた。
その様子に、クリミアは最初、包帯の下からは目が見えなくなる程に大怪我をおったという傷ついた女の顔が現れるものだとばかり思っていた。
しかし、女の包帯の下にあったものは、クリミアの予想とは大きく異なるものであった。
女は確かに目の周囲に痛々しい大きな傷を持っていた。
それが、目が見えないというのは事実だと告げていた。
予想と違ったのは、包帯の下から現れた女の耳。
女の耳は、人よりも長く、尖っていた。
――なんっ……だ?
あれが人の耳なのか?
――あの容姿……。あれが、話しに聞く悪魔なのか?
女の容姿に驚くクリミア。
そんなクリミアの目に、女が鼻を啜る様な仕草をするのが映り込んだ。
ついで、クリミアの耳に声が届いた。
「におう……。におうぞ。煙のにおいじゃ」
女がニヤリと笑う。
その言葉を聞いたクリミアは、ビクリと体を震わせ、思わず手に持っていた火のついた葉巻を落としてしまった。
葉巻が地面に落ちる小さな音が、やけに大きく響いた。
音がした途端、女がクリミアの方へと素早く顔を向けた。
その顔を見たクリミアの背筋がゾクリと震えた。
女――悪魔は笑っていた。
とうとう耐えきれなくなったクリミアが村中に響く大きな叫び声を上げた。
叫ぶと同時に半歩下がったクリミアが、積もった雪に足を取られ尻餅をつく。
そんな彼の頭のすぐ上を、窓枠ごと突き破った手が通り過ぎた。
「んん? 何処じゃ何処じゃ? 不良神父は何処におる」
窓から顔を覗かせた女の姿をした悪魔が、手応えの無さに小さく首を傾げた。
――見えていないのか?
小刻みに鼻を鳴らす悪魔の様子に、クリミアはこの化け物が目
の見えぬ者だと気付き、身動ぎひとつせずその場に座り込み続けた。
座った雪が、緊張で高くなったクリミアの体温でゆっくりと溶けていくのが布越しに伝わって来る。
ともすれば、鼓動で気付かれてしまいそうな緊張の中、クリミアはひたすら自分が化け物のすぐ傍にいるとバレない様に祈った。
「逃げたか……」
化け物はポツンとそう溢すと、窓から顔を引っ込めていった。
化け物が消えた後も、クリミアはすぐ傍で聞き耳を立てているのではないかと疑い、その場から動けずにいた。
雪の深々と降る夜。
外気の冷たさなど無いかの様に、クリミアは全身から汗を噴き出させてその場に留まり続けた。
どれくらいそうしていたのか。
触れた雪が完全に溶けきった頃になって、クリミアの耳に何処からともなく甲高い悲鳴が届いた。
その声を聞くや、クリミアは自身の傍で煙を燻らせていた葉巻を素早く掴み、ようやく立ち上がった。
寒さか、はたまた怯えか。クリミアの体が一度ブルリと震えた。
気を落ち着かせようと、クリミアは拾った葉巻を口に咥え、深く吸った。
ほのかに甘い煙が口内に広がる。
口に含んだ煙をゆっくりと吐き出す。
その時また、村の何処からか悲鳴が聞こえて来た。
正体を現した悪魔が、村人を襲っている声であった。
その声を聞いた時、クリミアの体がまたブルリと震えた。
その震えは、恐怖ではなく怒りから来るものであった。
クリミアは怒っていた。
たとえ不良神父と笑われようと、厄介者と追い出されようと、二年も過ごした村である。
百人にも満たない小さな村。全員の顔と名前を知っている。
クリミアは怒った。
怒りのままに雄叫びを上げ、俺はここだと叫んだ。
自分の居場所を知らせる様に声を上げながら、クリミアは村中を駈け回った。
何度も雪で転びそうになりながらも走り、そうしながらクリミアは懐にあった葉巻に次々と火を付け、雪で湿気らぬ様に、柵や木々、家の軒先など様々なところに刺していった。
村中に甘いニオイが漂い始めていた。
そんな中、声を上げながら村を駆け回るクリミアの声を聞き、村人達が彼の元に、ひとり、またひとりと集まり始めた。
彼は集まった人々に、避難する様に声を掛けた。
彼は、自身の居た洞穴へと村人達を促すと、村人達は素直にそれを受け入れた。
余程の恐怖を見たのか、村人の中の何人かは恐怖に怯えた顔の者もいた。
村中を駆け、村人達に避難を呼び掛けて回ったクリミアが、最後の一本となる葉巻を握って辿り着いたのは、最初の場所――村長の家に程近い広場であった。
村の催事などを行うための広場は、いつもの見慣れた広場とは様相が大きく異なっていた。
広場を包む込む真白な雪のカーペット。
その白いキャンパスにぶち撒けられた赤い鮮血。
見知った顔の幾つもの亡骸が、雪を赤く染めながら転がっている。
その村人達の亡骸の中心に、それは居た。
村一番の器量良しと言われた娘の肉を一心不乱に貪るそれは、クリミアが広場に入ると、食べるのを止め、クンクンと鼻を鳴らした。
「ああ、臭い。鼻が曲がりそうじゃ。折角の旨い肉が不味くなるニオイじゃ」
血で口の周りを汚しながら、悪魔がニタニタと嗤う。
クリミアは再び体の奥底から沸き上がって来る怒りを、下唇を強く噛み、手を堅く握って堪えた。
「醜い化け物めっ」
クリミアはそう悪魔を挑発し――
――逃げた。
彼は逃げたのである。
葉巻を握ったまま、脇目も振らずにクリミアは村を駈けた。
予め逃げると決めていたクリミアの進む道は、ここに来るまでの間にクリミアによって雪がこなされ、真新しく積もったままの状態よりは俄然に走りやすい。
「浅はかな神父じゃ。逃げられると思うか」
逃げるクリミアの背後から、悪魔の声が飛んで来る。
構わず、クリミアは必死に走り続けた。
そうして、悪魔を引き連れたまま、クリミアは洞穴を目指した。
どうにか洞穴の近くまで逃げたクリミアは、一度後ろを振り返り、悪魔の姿を確認する。勝手知ったる雑木林。逃げた直後よりも、悪魔との距離が大きく開いていた。
相手が目が見えぬ事も幸いした。
乱雑に生える木々の隙間を縫う様に走るクリミアにたいし、目の見えぬ化け物は、木々に走る勢いのままぶつかり、怪我こそしてはいない様だったがその度に走る速度が落ちた。
悪魔の位置を確認したクリミアは、不意に立ち止まり、手に持っていた葉巻を力いっぱい放り投げた。
クリミアが投げた葉巻は、煙を吐き出しながら放物線を描いて飛んでいく。
崖の下へと。
急な斜面をコロコロと転がる葉巻。
「阿呆じゃ、阿呆じゃ、崖の下ならば追い付かれぬとでも思うたか」
ニタニタと笑った悪魔が、クリミアの五メートル程手前で急に右側に進路を変えて、葉巻を追って崖へと飛び出していった。
ドサドサと崖を何かが転がっていく音が林に響く。
崖から届く音が小さくなっていくまで待った後、ようやくクリミアは動き始めた。
洞穴へと向かう。
小さな洞穴は、先に避難していた村人達でギュウギュウであった。
荒い息を吐き出しながら、クリミアは怯える村人達を掻き分けて奥へと進んだ。
そうして、洞穴に置いてあった自身の鞄をひったくる様に掴む、中を確認する。
ぺちゃりと潰れた鞄を開く前から分かっていたが、鞄の中に葉巻はひとつも残っていなかった。
目でなく、耳と鼻で獲物を探す悪魔から村人を助けるために、葉巻は全て村で使ってしまった。
最後の一本は崖の下。
深い崖ではあるが、葉巻を追っていった悪魔が崖から落ちたくらいで死ぬとは思えなかった。
生きているならば、葉巻だけだと気付いた悪魔はニオイを頼りに必ずここにやって来るだろう。
必死に頭を巡らせる。
どうやってそれを切り抜けるかを思考する。
しかし、あの化け物をただのいち神父に過ぎない自分がどうこう出来るとはとても思えなかった。
――男衆全員で……。
――無理だ。勝てるわけがない。
どう足掻いてもこの状況を切り抜ける算段が立たず、クリミアの表情が無意識に険しくなっていく。
ふと、不安そうに赤子を抱く女の顔がクリミアの視界に収まった。
クリミアが、覚悟を決めた様に頷き――祈った。
目を閉じ、両手を組み、両膝をついてクリミアは祈りを捧げた。
聖職者でありながら神を信じぬ男が、自身ではどうする事も出来ぬ状況下に置かれた事で、生まれて初めて、心の底から神に救いを求めた。
そのクリミアの祈りに、神が応えた。
祈るクリミアの体が淡く輝き始めた。
優しく、温かな光がクリミアの体を包む込む。
彼はこの時、この窮地を乗り越える力として魔法を与えられた。
力は与えた。あとはその力と知恵で、見事この試練を乗り越えてみせよ。
クリミアは、そう言われた様な気がした。
祈りを終えたクリミアがゆっくりと立ち上がる。
そうして不安そうに人々が見守る中、クリミアは自身が授かった魔法を行使した。
途端、洞穴内部にほのかに甘いニオイが充満する。
クリミアが愛飲する葉巻と同じニオイ。
甘いニオイを放ちながら、クリミアは洞穴を出た。
洞穴の外は、いつからか雪の勢いが強くなっており、数メートル先も見えない程に吹雪いていた。
甘いニオイが立ち込める吹雪という奇妙な状況が生まれた。
――天気もこちらの味方をしてくれている。
――いや、これも神の神業か……。
ゴウゴウと啼く吹雪で音は聞こえぬ。
モウモウと立ち込めるニオイで鼻は利かぬ。
甘いニオイを周囲に漂わせながら、クリミアは静かにその時を待った。
「におうぞ、におうぞ。くさいくさい煙の匂いじゃ」
吹雪の中でそんな声が聞こえた。
雪が世界を白く染める中にあって、場違いの様に浮かび上がった黒い影。
影がゆっくりと村人達のいる洞穴へと歩みを寄せる。
サクサクと積もった雪を踏み締める悪魔の足音。
サクサクと真新しい雪の擦れる音を奏でながら、悪魔が歩む。
サクサク。
サクサク。
サクッ。
突然、悪魔の胸に激痛が走った。
「なんじゃ!?」
自身の身に突然湧いた痛みに、悪魔が苦痛に顔を歪めながら叫んだ。
激痛の理由を探ろうと、胸に手をやる。
そうして、悪魔の指が何かに触れた。
「ナイフ!? ナイフじゃと!? 一体どうやって刺した!? しかも、この抜けぬ!? 銀か!? 銀のナイフで刺しおったか!?」
悪魔が苦悶の表情で、自身の胸に突き立つナイフを引き抜こうとするが、魔を払う銀のナイフは決して抜ける事は無かった。
「再生も出来ぬ……。何故じゃ……。何故……っ」
その言葉を残し、悪魔は雪の中にドサリと背中から倒れ、そのまま黒い煙となり、吹雪に混ざってあっという間に流れていった。
その様子を、クリミアはすぐ傍で見ていた。
悪魔の胸に銀のナイフを突き刺したのはクリミアであった。
彼は、その場から一歩も動く事なく悪魔にナイフを突き刺した。
クリミアは動けなかったわけではない。
動かなかったのだ。
吹雪の中。
彼は身動ぎひとつせず、ひたすら悪魔が来るのを待った。
吹雪で音を無くし、周囲に満ちるほのかに甘いニオイで鼻も利かぬ悪魔は、洞穴へと歩みを進める自身のその道の先に、クリミアが立っているなど気付かなかった。
クリミアはナイフを握ったまま動かず、冬の冷たい外気に曝され、震えながら、たった一度のチャンスをモノにする為、吹雪の中で耐え続けた。
そうやって、自分からは決して近付かず、悪魔が自分からクリミアに近付いて来るのを待ったのである。
この夜を境に、クリミアは賢者と呼ばれる様になった。
クリミアは、決して魔力が高いわけではない。どこにでもいる凡人。
そんな凡人であるはずの彼が、村人を救いたいという気持ちと、人の知恵で、災厄とまで怖れられ、抗う事が困難とされる悪魔に立ち向かい、そうして見事に打ち勝った。
その功績を称えられ、凡人程の魔力しか持たないクリミアであったが、彼は大陸で初めての賢者となったのである。
クリミアの起こした奇跡――神からの授かり物。
まだ名も無かったクリミアの奇跡は、いつからか【クリミアの葉巻】と人々に呼ばれる様になった。




