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ヘカト

「次!」


 ミキサンの合図に合せ、小屋程はあろうかというスライムが次々と打ち上がる。

 ヨビに向かって飛んで行くそれらは、ヨビに辿り着く直前にその体を幾つものスライムに分離し、ヨビの周囲を囲う様に纏わりつく。

 しかしそれは一瞬で、展開したと思った時には翼によって跡形もなく消し飛ばされていく。

 ただし、ヨビの正面――角度にして三十度ほどのスライムのみ。

 残る330度方向のスライム達は、消し飛ばされる事なくペタペタとヨビの体、翼にと貼り付く。

 そんなスライム達を鬱陶しがる様にヨビが翼を大きく広げ、弾き飛ばす。



「クヒヒッ」


 幾度かそれを繰り返し、ミキサンが愉快そうに笑う。


 ――まさか本当に()()()()()()()()()()()()()だけの力とは。

 正面に立ち、対峙すれば如何なるモノとて敵では無い自由の翼に、こんな馬鹿みたいな抜け穴があっただけで笑えて来ますわ。


 ――とはいえ、体に直接触れるとその限りでは無いらしい。

 試しにと、スライムに紛れて下位の水魔法を頭から被らせてみたが、見えない結界でもあるかの様に、魔法は当たると同時に欠き消えてしまった。

 攻撃は正面の直線のみ。

 されど防御は全方向。


「まさに邪魔をするな――ですわね」


 誰に言うでもなく呟き、また笑う。


「あれじゃ触れないよ? どうするのさ?」


 隣でスライム達を指揮していたプヨプヨが上空を見上げていた。


「ええ、あれじゃ触れませんわね」


 分かっている様な分かっていない様などっち付かずの口調で返して来たミキサンに、プヨプヨが訝しげな顔をした。


 シンジュは先程、ヨビを正気に戻すには「触れる必要がある」と口にした。

 しかし、触れればそれまで。いくら常人離れした肉体を持つシンジュであっても、刹那も堪える事なく殺される。


 その件のシンジュは、ヨビからは少し離れた上空にて、チェリージャンと共に無数に群がる悪魔相手に大立ち回りを繰り広げている。

 といっても、基本的に彼女は殴るか蹴るしか出来ない。

 悪魔の猛攻を避けて、或いは真正面から拳ひとつで粉砕して、殴る。

 悪魔が邪魔になるから――と、悪魔の相手を買って出たシンジュだが、悪魔の側もシンジュを邪魔だと思っているらしく、ヨビの周囲に群がっていた先程とは違い、今はシンジュの方に狙いを定めている様子であった。

 群がり過ぎて、彼女の姿は黒い悪魔の陰に埋めれ下からでは全く見えない。

 それでも時折、悪魔の塊を割る様に塊の中から衝撃が突き抜けている事から、シンジュが健在なのは確認出来た。


 まぁ、相手が翼で無ければ問題も無いだろう――と、ミキサンは上空から視線を外す。

 それからスライムを新たに一体、上空へと追加した。


 それを見送った後、ミキサンは懐に手を入れ、通信用の水晶を取り出した。

 空いた左手の指で上空のスライムをちょいちょいと小刻みに操作しながら、水晶に魔力を込める。


『何かな~?』


 繋ぎ、直ぐに水晶から聞こえて来た声は、カラスの隊長メアリーの物であった。間延びし、眠そうな声。


「どうですの?」


 主語もなくそう尋ねたミキサンに、『ん~』とメアリーの眠たそう声。


『『怠け者はあと(プリーズ・)5分と呟いた(スリーピング)』は、【ヨビ】って名前で適用されたよ~。でも効果は無いみたい。何回か試したんだけど~、効果自体はちゃんと発動してるんだけど、魔法の効果が適用された瞬間に排除されてるっぽいね』


「役に立たない魔法ですわね」


『あぅ』


 水晶から聞こえたメアリーの嘆きなど興味も無いらしく、ミキサンは用件を終わらせるとさっさと通信を切った。

 水晶を懐に仕舞い、少し考え込む素振りをみせる。

 それからチラリとプヨプヨに横目を向け、告げた。


「そこで眺めていないで、あなたも仕事をなさい」


 ミキサンは、言うが早いかプヨプヨの体を浮遊(フロート)で浮かせた。


「ちょ、ちょっと!?」


「何もしなくて良いですわ。心静かに、突っ立っていなさい」


「勝手に決めないでよね! 僕、行くとも何とも言ってないじゃんか!」


「心静かに――と、言いましたわ。不死身のくせに、そんなに死ぬのが嫌なら黙って従っていなさい」


 そう言って、ミキサンはプヨプヨをヨビに向けて飛ばし始めた。

 プヨプヨはやや不満そうにしていたが、ミキサンの口振りから何かあるのだろうと察し、飛ばされながらも一度深呼吸し、言われた通り平静に努める。


 そうして、ミキサンの手によってヨビの前に立たされたプヨプヨであったが、彼はヨビをすぐ前にしても平静であった。心ここに在らず――と、いった様子でぼんやりとしていた。考えていたのは「なんでプヨプヨなんだろう?」という、主から貰った自身の名前について。この場に全く関係ない事。

 

 触れれば死ぬ――と銘打たれた翼の眼前に立った時、ここまで平静を保てる者はそうはいない。

 如何に平静であろうとすれども、無防備な状態で命の危機に瀕しているのだ。多少なりとも緊張や恐怖心を持つモノである。

 ただ、プヨプヨには無い。

 元が感情の無いスライムであった事に加え、不死身ゆえ「死んだら死んだで、まあいいか」という考え方をしていて、死ぬ事への恐怖が微塵も無い。


 そうやって、ボケ~っと目の前に立ち尽くすプヨプヨの周囲に、いくつものスライムが散らばった。

 プヨプヨのすぐ後ろを追い掛ける様にミキサンが放ったスライムの塊がバラけたのだ。


 周囲にスライムが広がった途端、ヨビの翼が中心のプヨプヨごとスライムを穿った。


「キヒヒッ」


 下からその様子を見ていたミキサンが笑う。

 実に愉しそうに笑う。


 果たして翼に穿たれたプヨプヨであったが、彼は消えず、死なず、その場で鳩が豆鉄砲でも食らった様な顔で佇んでいた。

 プヨプヨの周囲に散見していたスライムは一匹残らず消え失せた。

 しかし、プヨプヨだけが何事も無かった様に無事であった。


「何で!? 僕死んでないよ!? 良く分かんないけど、それならこのガキンチョを拘束して――あべしっ」


 言い終わるより先に放たれた翼の二撃目でプヨプヨは綺麗さっぱり無くなった。

 跡形もなく消え失せた。


「なんなのさ!?」


 消えてから一拍置き、ミキサンの隣から苛立つ様なプヨプヨの声が聞こえた。


「心静かにと言ったはずですわ。調子に乗り過ぎなのです」


 鼻で小馬鹿にして笑いプヨプヨを一瞥した後、ミキサンは再び上空へと視線を戻した。

 少しの間ミキサンはジッとヨビを見つめて立ち尽くし、訝しがるプヨプヨの目の前から突然消えた。

 驚くプヨプヨを残し、ミキサンは瞬間転移魔法を行使しその場を離れた。


 そうやって転移した先で、直後にミキサンの顔を暴風が襲った。

 顔が持っていかれそうになる程の突風。「うっ」と突風に眼を細めたミキサンの絹の様に細い髪がブワリと背後に流れた。

 ミキサンの顔のすぐ目と鼻の先にあったのは、真っ直ぐに突き出されたシンジュの拳。


「危ないよミキサン! 急に現れたら!」


「失礼。ちょっと考えが無さすぎましたわ」


 それだけ言うと、ミキサンは突き出されたままであったシンジュの腕を素早く掴み、再び転移した。

 二人の居なくなったその場所を、悪魔の放った魔法が空しく通り過ぎた。


 シンジュを伴い行き着いた場所は、ミキサンの転移で飛べる範囲ギリギリいっぱいの場所。周囲に家々が建ち並ぶ庶民街の一角であった。

 貴族街上空からの転移と同時にミラージュも行使し、それで悪魔を振り切った。


「アレを止める算段がつきましたわ」


「ホントに!? 流石ミキサン!」


 無邪気に喜び笑顔を見せるシンジュに、ミキサンがクスッと笑う。

 それから自身の考えをシンジュに説明する。

 やや早口で紡ぎ出されるミキサンの言葉を、一字一句覚えようとする様に、シンジュが真剣な表情で聞き入っていた。 

 普段はあまり見せないその真摯な顔に、――何があったか知らないけれど、どれだけ入れ込んでいるのやら――と、ミキサンが口を動かしながら心の中で苦笑する。


 一通りの説明をしたのち、


「まぁもっとも、わたくしが全力を出してアレを止められるのは一回限り。そのたった一度のチャンス。それで何とかなさい」


 それで駄目なら諦めなさい――と付け加えて、ミキサンが説明を終えた。

 シンジュが一度大きく頷く。


「分かった。大丈夫」


「よござんす。では、早速始めますわよ」


 そう言うと、ミキサンは静かに目を瞑った。

 瞑ったまま、ゆっくりと深呼吸しながら、身体に魔力を充実させていく。

 産声をあげた魔力がミキサンから洩れだし、やがてそれは急速に成長し、周囲に広がり始める。

 魔力がミキサンの周囲に満ち拡がり、空気を震わせ始めた頃、ようやく閉じていた目を開け、ミキサンが囁く様に唱えた。


魔王化(ヘカト)


 告げると、途端にミキサンの周囲に広がり、その身体を覆っていた黒い魔力が渦を巻き、寄り集まり、凝縮。ミキサンの身体を分厚い霧に包み込んだ。

 目に見える魔力のオーラは人ひとり分と、今までの露骨に見せびらかす様に垂れ流していたミキサンの魔力からして小さく、狭い。

 しかし、内包する力はとてつもなく大きく、禍々しい。


「ふぅ」


 黒霧の中から一息つく様な声がして、中から腕が突き出て来た。

 そのスラリと伸びた腕は、霧を取り払う様に数度パタパタ左右に動き、霧がゆっくり晴れていく。


 そうして霧の中から現れたのは、真白な肌を持つ女性であった。黄金色に輝く髪を腰まで流し、黒色に黒色を塗り重ねた様な漆黒の衣からスラリと伸びた手足は頑ななまでに白い。

 金色の瞳と長い耳、禍々しくうねったヤギの様な角を持った大人の女性がそこにいた。


「誰!?」


 見知らぬ女性の登場に、傍にいたシンジュが驚きの表情を浮かべて叫んだ。


「あ?」


 シンジュの叫びに、怪訝そうに眉を僅かにひそめる女性。

 その人を見下す様な、小馬鹿にする様な顔をシンジュは良く知っていた。


「ミキサンが大きくなった!?」


「ん? ――ああ。まぁこれは魔王化(ヘカト)のオマケみたいな物ですわ。特に意味はありませんことよ」


 【魔王化(ヘカト)

 一定以上に魔力を高める事で、破壊の権化たる魔王をその身に宿すスキル。

 その溢れる力は肉体を活性化し成人の体へと成長させる程、強大。

 600秒限定。

 しかし、破壊出来ぬ物など存在しない。


「時間は有限ですわよ。この身体が戻る前に――何ですの?」


 視線をやや下に落としたミキサンが訝しげに尋ねた。

 視線の先では、今のミキサンよりも頭1つ分は背の低いシンジュが、何故かミキサンの豊満になった胸を両腕で下から持ち上げる様にして揉んでいた。


「ミキサンのが大きくなった!? ズルい!」


 何度かその弾力を確かめる様に揉んだ後、シンジュが少し怒った顔で叫んだ。


「大きくなったらミキサンが美人さんになるのは分かっていたけど、これは反則だよ。なにこれ? もう凶器じゃんかこんなの」


 シンジュはミキサンの胸をそのまま谷間に顔を埋めるんじゃないかという至近距離でまじまじと見詰めながら、頼まれてもいない胸のマッサージを継続し、そうしたままミキサンの顔を見上げ、なにやら自虐的に、はっと鼻で笑った。

 そんなシンジュにミキサンは心底呆れた顔をし、その鼻を指で摘まむ。


「うぅ~っ。だにずんの!?」


「時間がありませんの。やるべき事をさっさと致しますわよ」


 小さく溜息をつき、シンジュの鼻から指を外すと、ミキサンは真剣な表情で上空へと顔を向けた。


「行きますわよ」


 告げ、ミキサンはヨビ目掛けて真っ直ぐ飛行し始めた。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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