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無限残機



「ミキサンのアホーー! 死んだら呪ってやるか――ぐふぁ!」


「死んだな」


「死にましたわね」


「ミキサン呪われちゃうね」


「返り討ちですわ」


 上空を見上げていたシンジュ達三人が、他人事の様にそんな和やかな雰囲気の会話を繰り広げる。

 飛び回るヨビの目の前に、ミキサンによって一本背負いの要領で投げ飛ばされたプヨプヨが、翼からの一撃で塵と化した――三人が視たのはそんな場面であった。


「もっと心配とかしてよね!」


 上空を見上げていた三人の背後から、突然プヨプヨの声が飛んで来た。

 そちらに振り返ると、プンプンと頬を上気させるプヨプヨの姿があった。


「すごーい。ホントに不死身なんだ」


 プヨプヨの膨らんだ頬をツンツンと指で軽くつつき、関心した様子でシンジュが口を開く。

 お褒めの言葉ではあるが、プヨプヨにはなんの慰めにもならない言葉であった。


「不死身じゃないよ。死にました。さっき死にました。即死しました」


「でも生きてるよ?」


 ちょっとおかしそうに小さな微笑みを浮かべ、シンジュがまたツンツンと頬をつつく。


「残機がいっぱいあるだけなの」


「残機て……」


 ふてくされた様に言ったプヨプヨの様子に、シンジュが頬から指を外す。



 何やら試すのに丁度良いと口にしたミキサンが、裏通りにある建物の陰から引きずり出して来たのが、全にして個、個にして全な特殊個体のスライム、プヨプヨであった。


 嫌だぁ! 恥ずかしいぃ! ――そんな事を叫びながら、シンジュの前に連れて来られたプヨプヨだったが、シンジュの顔を見た途端、急に大人くなった。

 何やら照れた様子でもじもじと体を揺すり、チラチラと何度もシンジュの顔に視線を向けた。かと思えばプヨンと人型からスライムに変化して、こそこそとミキサンの足元――後ろに隠れてしまった。


「えっ、なに? 男の子がスライムになったよ? ミキサンの呪い?」


「あなた、わたくしをなんだと思っていますの?」


「魔王」


 少しの沈黙が流れた。


 それから、空気を入れ換えるように、ミキサンがコホンと小さく咳をし、「挨拶なさい」と催促した。それで再び人型となったプヨプヨ。そうして、シンジュにとっては初対面であるプヨプヨの紹介がなされた。

 プヨプヨの正体がスライムと聞いて、シンジュはやや驚いた様子ではあったが、特に嫌な顔はせず、むしろ「ショタきたこれ」と何故か興奮気味に喜び、自分の方からプヨプヨに握手を求めた。

 これに気を良くしたのが、プヨプヨである。


 プヨプヨは過去に、シンジュを殴りつけ、あまつさえ食おうとまでした過去がある。

 そのせいで、シンジュはスライムという存在がトラウマになり、スライムを大変苦手としている。

 だからこそ、こそこそと建物の陰に隠れて三人の様子を伺っていたのを、ミキサンに無理矢理に引き摺り出されたのである。


 ただ、無理矢理ではあったが、プヨプヨにとっては意外な展開が待っていた。

 嫌われていると思っていたプヨプヨだったが、自分の正体がスライムと知りなおも笑顔を見せるシンジュに、思っていたより自分は嫌われてはいなかったのだと、シンジュから差し出された手を握りながら喜んだ。


 そうやって、喜んだのも束の間。


「このヘタレ、不死身ですのよ」


 悪辣な笑顔を浮かべたミキサンは、言うが早いか繋いでいたプヨプヨの手をシンジュから奪い取るように乱暴に引き剥がし、そのまま一切躊躇する事なくプヨプヨをぶん投げた。


 そうして、呪ってやると恨み節を吐きながらプヨプヨは死んだ。正気を失い暴走するヨビによって殺された。


 もっとも、死んだのは全にして個であり、世界に無数にいるスライムのほんの一匹が死んだのであって、スライムが滅びたわけではない。

 スライムという種が滅びぬ限り、プヨプヨの体はいくらでも代えが利く。

 言ってしまえば不死身。

 不死身ゆえに、対自由の翼における「前に立たなければ良い」という、屁理屈染みたシンジュの推測の実験台にされたのである。実に安直な、嫌がらせの様な発想であった。


 そして、件のプヨプヨ殺害を幇助したミキサンは、なんの成果も挙げる事なく死んだプヨプヨの顔を見ながら、失望の色濃く混じった溜息を吐いて落胆した。


「この、ヘタレ! 即死しては実験にならないではありませんこと! 検証こそがあなたの役目。今こそ役に立つべき時ですわ。さっさとやり直しなさい!」


「なんで僕なのさ!? ミキサンがやれば良いじゃん!」


「戯言を。わたくしがやったら死んでしまうではありませんか」


「僕がやっても死ぬよ!」


「死んでもどうせすぐに生き返りますでしょ。何処にでも湧く蛆虫のように。気持ち悪い」


「気持ち悪いって言ったな!」


「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い」


「キェェェェ!」


「まあまあまあまあ!」


 頭の先から金切声を上げて今にも飛び掛からんとするプヨプヨと、プヨプヨが怒り狂うほど嬉しそうに笑顔を見せるミキサン。その間にシンジュが割って入る。


「本人が嫌だって言ってるし、別の方法を考えよう。ね?」


 苦笑いを浮かべながら、シンジュはミキサンを諭す様に口早に言った。

 不満そうにフンと鼻を鳴らすミキサン。

 そんなミキサンに向け、プヨプヨがシンジュの後ろからヒョコっと顔を出しふふんと誇らしげでいて一癖ありそうな微笑みを見せる。


「ほ~ら、シンジュお嬢様は僕の味方だ。やっさしー」


「シンジュお嬢様?」


「え? お嬢様でしょ? だってご主人様のむブベッ!」


 話の途中、突然プヨプヨの顔に強い衝撃が走り、そのまま後ろに吹き飛んだ。

 数メートルぶっ飛んだプヨプヨが地面への激突と同時に、プヨンとスライム体に変化し、ボールの様に地面を数度跳ねて転がる。


「ちょ、ちょっとミキサン! やり過ぎだよ!?」


 ミキサンから放たれた魔法によって殴られたプヨプヨの元に、心配顔をしたシンジュが慌てて駆け寄った。

 そのシンジュの背中越しに、ミキサンは地面に転がるプヨプヨに冷たい目を向ける。


「その先を口にしたら本当に殺しますわよ」


 先程のからかい半分の悪態とは違う本気の殺意を僅かに滲ませた口調でプヨプヨに告げた。

 雰囲気をガラリと変えたミキサンの様子に、シンジュが圧倒され、閉口する。おふざけとは違う、本気で怒る何かが今の会話の中にあったのだと。


 プヨンと三度人型になったプヨプヨが、座ったまま一度チラリと、ミキサンの迫力に気圧されながらも自身の傍で心配そうに屈むシンジュの横顔に視線を向け、「分かってるよ」と申し訳なそうに呟いた。


「分かっているならば、さっさと役に立ちなさい。可能ならば、そのままアレの動きを止めて御覧なさい。わたくしも出来るだけのサポートは致しますわ」


「分かったよぅ」


 少し唇を尖らせ、渋々といった様子でプヨプヨが立ち上がる。


「プヨプヨ君? 別に無理しなくて良いよ?」


「プヨプヨで良いよ。僕もシンジュって呼ぶ。良いよね?」


「う、うん」コクコクとシンジュが頷く。

 プヨプヨはへへっと気恥ずかしそうに笑った後、「ちょっと離れててシンジュ」と口にした。


 了承し、素直に離れて行くシンジュを認めた後、プヨプヨは「集合!」とやや声を大きく張り上げた。

 離れてと言ってまた集合? とシンジュが小首を傾げ――すぐにギョッと目を見開いた。


 プヨプヨの声を合図に、一体何処に潜んでいたのか大量のスライムが姿を現したのである。

 大して広くもない裏通りが、あっという間にスライムで埋め尽くされる。

 裏通りの石畳をベルトコンベアにでも見立てたかの様に大量生産されたスライムを目にし、トラウマに顔を引き吊らせるシンジュ。

 そんなシンジュを他所に、ぞろぞろと集まるスライムに向け、今度は「整列!」と、両手を腰に当てたプヨプヨが指示を飛ばす。

 適当にバラけて鎮座していたスライム達が、またぞろぞろと動き始め、規則正しく列を為した。

 その様子に、何故かシンジュは小学校時代の社会見学で行った「水羊羮の生産ライン工場」を思い出した。

 裏通りの奥までズラリと並ぶ水色の玉。

 一体どれだけの数なのか見当もつかない。


「分かってると思うけど、僕達の仕事はアレの使う魔法の検証と、注意を引く事。――名付けて! 当たって砕けろ大作戦だ!」


 片手を高々と掲げ、大仰に宣言したプヨプヨであるが、手足も無ければ発声器官も無いスライムは、沈黙を守ったまま静かに佇んでいた。

 冷ややかな場の空気など構わず、プヨプヨは続ける。


「じゃあ行こう! ――ミキサン!」


「……なんですの?」


浮遊(フロート)をお願い。僕達飛べないから」


「出来るだけのサポートはすると言いましたが、流石にこれだけの数全てとなると簡単ではありませんわ」


「役に立たないなぁ」


「よござんす。全て焼き殺して差し上げますことよ」


「その余力があるなら飛ばしてよね。――しょうがない。ミキサンが文句言うから、百匹づつ合体! あんーど整列!」


 またプヨプヨが号令を掛けると、スライムがプヨンと動き出し、寄り集まり、そうして一つの大きなスライムに変化した。

 百匹単位で合体したそれが、また規則正しく裏通りに整列する。

 図体こそ巨大化したものの、数を大きく減らしたスライムをミキサンが一瞥する。


「始めからそうしなさいな」


「嫌がらせだよ」


 プヨプヨの口から吐き出された、あらかじめ用意していたかの様な早い返答。

 耳にした途端、ミキサンがニッコリと、天真爛漫な子供の様に微笑む。


「よござんす。焼き殺して差し上げますことよ」


「良いから早く飛ばしてよね。テキパキ出来ないの?」


 微笑んだままギリと歯軋りを鳴らした後、ミキサンは沸いた怒りを一緒に吐き出すようにフーと大きく息をついた。

 右手を巨大なスライムにかざす。


浮遊(フロート)


 広げた手の平を巨大なスライムに向けつつ、ミキサンが魔法を行使する。

 途端、巨大なスライムがふよふよと宙に浮き上がった。

 不規則的に体を流動させ宙に浮かぶスライム。


「よーし! それじゃあ始めよう。さぁ行け!」


 告げ、上空のヨビに向けてプヨプヨが大仰に指を差す。

 それを合図に浮き上がったスライムがグンと揺れ、空へと向けて飛んで行き――途中にあった建物の壁にぶつかり、弾け、ベチョっと張り付いた。

 水だかスライムだか良く分からないモノが、ボタタタと裏通りに零れ落ちる。


「あら? ごめんあそばせ。ちょっと手元が狂いましたわ」


 手元が狂ったと言うわりに、実に鮮やかな手際であった。

 悪びれた様子など微塵も見せず、不自然なくらい柔らかい笑みを浮かべてミキサンが小馬鹿にでもする様に詫びた。


「手元が狂ったんだ。なら仕方ないね。ミキサン不器用だもんね」


「恥ずかしい限りですわ」


 ふふふはははと互いに柔和な表情を向け合い、笑い合うミキサンとプヨプヨ。

 笑っているが空気が重い。


 そんな二人を遠巻きに眺めながら、シンジュとチェリージャンが揃ってうんざりしたように溜息をついたのであった。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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