航空要塞
シンジュ達が中央でやり取りをしている頃、フォルテを中心にランドールも慌ただしく動いていた。
「フォルテ様、前方から突っ込んで来ます」
「凄い数です」
二人のハトの言葉にフォルテが小さな頷きで返す。
そうしてフォルテは、正面にあるモニターに目を向け、映し出される映像を眺めながら指示を出した。
「悪魔の一匹たりとてランドールに近付けるな。全て撃ち落とすぞ」
フォルテの言葉を合図に、場が慌ただしさを増す。
そうして方々から届く声。
「目標群、射程距離圏内に入りました」
「いつでもいけます」
よしっ、とフォルテが頷き、告げる。
「撃てぇ!」
フォルテがそう口にした時、モニターの中にいくつもの爆発が起こった。
視界を白く染めあげる閃光が、モニター越しに見ていたフォルテ達の目を刺した。
☆
一言で言ってしまえば趣味である。
ランドール防衛計画を打診されたヒロの、完全な趣味。夢と形容しても良い。
姉であるシスネが甚く誉め、カラスの指南役であるクローリから太鼓判を捺されたヒロに、その話を持ち掛けたのはフォルテであった。
打診された当初こそ、「俺ん家」を乗っ取られるは、静かだから気に入っていたのに騒がしくなってしまったはで、ヒロは大層不満であった。仏頂面が更に仏頂面になって、終始機嫌が悪かった。
ただ、フォルテからの「好きにやって良い」という、会って日もないヒロに全幅の信頼を寄せて放った一言を受け、ヒロはその話を了承した。
好きにやって良い?
よろしい。ならばお望み通り好きにやらせて貰おう。
その結果、
ただ空に浮かぶだけの島に過ぎなかった天空領ランドールは、時代背景無視も甚だしい空飛ぶ航空戦艦と化した。
城のある場所を頭に、少し歪な長方三角形を描くその島の様々な所に無数に設置された魔力砲台。
砲台から撃ち出されるのは鉄の弾ではなく魔力。レーザーのような魔力の槍を放つそれが、直径数キロの島の先にズラリと並び、放たれたレーザーが近付く敵に容赦ない雨となって降り注ぐ。
それらを運良く掻い潜った敵は、魔力の弾を連射して放つ速射砲や機関銃の弾幕が蜂の巣にする。
対遠距離も想定し、有事には島を覆う魔力結界を生み出す魔具を始め、撹乱型の索敵妨害、射出系の欺瞞誘発物などが守りを固める。
ボード型の飛行魔具に乗ったカラス達を航空機に見立て、遊撃隊を組織し、全員に魔導ライフルを持たせた。自動応答信号付きで、位置情報や敵味方の識別だけでなく、所有者の怪我の有無や体調までも判別出来る特別製。
広いから、という理由でフォルテのいる指令部を城にある玉座の間に定め、そこに周囲の状況が分かる様にと、魔具によるモニター作りや通信設備の設置をするなど、指令部らしく仕上げた。
ど真ん中に大型のスクリーンがあり、その左右にいくつものスクリーンが展開され、色々な角度、場所を指令部に伝えている。
細かいところまで言えば「雰囲気も大事だ」と、ヒロ手ずからマニュアルまで作成し、フォルテを筆頭に指令部はさながら軍隊基地のごとき様相を呈している。勿論、ヒロは軍人ではなくただの高校生であったゆえ、「イメージの中の指令部」という注釈がつく。
まさにやりたい放題であった。
これら様々な大改造を、ヒロはたったの十日足らずで作り上げてしまった。
無論、ヒロ一人で作ったわけではない。
寝る間も惜しみ、総人口約一万のランドール総出で行われた大改造である。
ただそこに、ヒロの持つ魔法「物質生成」と、止めどなく溢れるインスピレーション、そしてなによりも激しく滾る情熱が加わって、ここ異世界に、夢の空飛ぶ航空戦艦が誕生したのである。
船体の大半は石で出来ているこの航空戦艦ではあるが、元が島という事もあって規模だけ見ればマク◯スよりもデカイ。
島は、戦艦の様にハリネズミのごとく砲台を設置しているわけではなく、島の頭である城を中心に敷かれた兵器群を見る限りは、戦艦というよりは要塞であろう。要塞が先にあり、その背後に街や森が広がる。
もっともヒロにとっては戦艦か要塞かは重要ではなく、ヒロはただそのスケールのデカさに大層ご満悦。
完成した時などには、いつも仏頂面のヒロらしからぬ表情と声色で「うひょおぉ~!」と興奮の声を上げ、それをたまたま目にしたシスネとハロに「寝不足と疲労から来るストレスでおかしくなった」と困惑させたくらいである。
そんな島の様子を目にし、ヒロと同じように「ヒャッホゥ~!」と感激している人物が一人だけ居たが、その姿と声は誰の目にも耳にも入らなかった。
そうして、ヒロの夢がいっぱい詰まった航空戦艦ランドールは、迫り来る悪魔に向けて一斉砲撃を開始。砲台から轟く大音響と共に、ハイヒッツ上空に絶大な破壊の膜を展開したのである。
このランドールからの攻撃に驚いたのは、砲塔を向けられる悪魔――ではなく、中央の――特に王国軍であった。兵達がポカンと馬鹿みたいに口を開けて、ひっきり無しに爆発の起こる空を見つめていた。
それはそうだ。
すぐ近くに鎮座する巨大飛行物体から凄まじい大火力の攻撃が行われているのである。
狙われているのは共通の敵である悪魔であるし、砲台から撃ち出される砲弾は魔力であるため、破片などが落ちて来る事もない。たまに瀕死の悪魔が、霧散せずに地面に墜落してくるくらい。
しかし、ゾッとする。
あんな大火力がこちらに向けられたら、中央は一溜りもない。
それほどの大火力。
磐石の中央軍が脆弱なランドールを守る――と、そういう話ではなかったのかと、思わず首を傾げずにはいられない。
それだけでなく、不可思議な板に乗った百名足らずのランドールの兵とおぼしき者達が、頭の上を縦横無尽に飛び回り、悪魔を次々と駆逐していく。
どれも同じ黒服を纏うそれらの動きは非常に早く、人よりも魔力で勝るはずの悪魔でさえ、黒服達の動きには全くついていけていなかった。
俊敏に動き回る『カラス』に、悪魔の爪は届かず、魔法さえも当たらない。
そのくせ、小回りが利き、ただ連射している戦艦の砲撃よりもライフルからの狙撃の方が命中率は拡大に高い。
とにかく、両者は共に――これがランドールか――と王国軍を驚愕させるだけのインパクトがあった。
この戦場、戦術の革命をも異世界にもたらしたランドールの戦闘は、イケイケ押せ押せの脳筋ヒロの趣味嗜好に基づくモノだが、ド派手で高火力であればあるほどの欠点、問題もある。
自由に飛び回るカラス達の様に、個人の魔力で扱うランドールの新兵器もあるが、戦艦に搭載される六割の物は、魔導の申し子との異名を持つヒロの膨大な魔力によって運用されている。
ようするに、魔力の消費を度外視された完全趣味に走った設計ゆえ、ヒロ以外にはまともに動かせないのである。
扱える者がいるとすれば、あとは精々魔王ミキサンかその主人くらいであろう。
それほどに魔力を必要とする。
正直、試運転時にヒロ自身「ヤベェ」と思った。初期起動に魔力の四割程度をごっそり持っていかれた。
一度動かしてしまえば、そこまで消費の激しいものでもなかったが、ヒロの読みでは、フルスロットルでの運用だと一時間持つかどうか――といったところだと予想していた。
一万人のランドール住民をこき使って夜通しで造り出させた戦艦を、「一時間しか動かせません」などとはまさか言えず、現在、ヒロは城の地下にある戦艦の心臓部にて、必死こいて魔力を注入している真っ最中である。
そんな必死に船を動かすヒロが、あはははと大笑いしながら遊び感覚で城のバルコニーに設置された機関砲を撃ちまくるミナを見たら、ふざけんなと叫び出すに違いなかった。
もっとも、フォルテが頼み、予想していた防衛はこういう事でもこういう物でもなかったし、なんでもありだと羽目を外して好き勝手やったヒロの自業自得なのだが……。
「射的圏内の敵の殲滅を確認しました」
「よしっ。こちらに損害は?」
「ありません。カラスも全騎問題ありません」
モニターを監視するハトからの返答に、ふぅとフォルテが小さく息をつく。
数百――いや千はくだらない悪魔がものの数分で一掃された。
それが全てというわけではなく、遠方にはいまだ無数の黒がひしめいているが、それでも一時の波は押し返す事が出来た。いとも簡単に。
「凄まじいな」
大型モニターに映る兵器群を眺めながら、フォルテが1人言のように呟く。
「ヒロ様様々ですね」
「本当にな。――これだけの武器を作り、動かせる彼がランドールを理解してくれる者だったのは、本当に奇跡のようだ」
よかった、と心底思う。
ヒロが居なければ、ここまでの戦果は期待出来なかっただろう。しかも無傷ときてる。
「今回だけでなく、ヒロにはずっとランドールに居て貰いたいものだな」
「この城の事もありますし、しばらくは居てくださるのですよね?」
「尋ねてはいない。居て欲しいのは本心だが、あまり無理強いさせるのも悪いだろう。何やら、やる事もあるようだし」
「そうなんですか……。それならば仕方ないですね。残念です。折角ヒロ様のファンクラブも出来たのに」
「…………は?」
「ご存知ありませんか? ヒロ様のファンクラブ」
「そんなものがあるのか?」
「はい。クローリ様が会員No.1番で、会長です。かくいう私も3番ですけど」
言って、懐から会員Noと名前の書かれたカードを、ほらっと取り出すハト。
フォルテがやや複雑そうにカードを眺める。
「ルールー。クローリは……アレか? いつものやつか?」
「はい。いつものやつです」
ルールーと呼ばれた会員番号3番のハトが、小さく笑って答える。
「別に誰に惚れるのも勝手なのだが……。あの惚れっぽさは問題だな」
「その分、冷めるのも早いですから」と、ルールーが笑う。
「また、男を追い掛けて遠方に行ったりしないだろうな?」
「ん~、どうでしょう? 私にはなんとも……。ただ副会長が副会長なので、今回は大丈夫だと思いますよ」
「なら良いが……。副会長は誰なんだ?」
「カナリア様です」
返って来た意外な人物の名前に、フォルテが少し戸惑うような驚き顔を見せた。
「カナリアが? 意外だな。いまだに私の部屋に記録玉を仕掛けようとするし、隙あらばスキンシップと称したセクハラに走るしで、男にはこれっぽっちも興味が無いのだとばかり思っていた」
フォルテが言うと、ルールーは一度フォルテから視線を外し、何かを考え始めた。
少しそうしてから、カナリアがなぁ、と小さく笑うフォルテにまた視線を戻すとフォルテに尋ねた。
「フォルテ様は、ヒロ様をどう思います?」
「どう、とは?」
「素敵な殿方だと思います?」
「素敵な? あ~、どうかな~? まぁ顔は悪く無いんじゃないか? 無愛想だけど」
「無愛想ですね」
「だよな」
「でも良い人ですよね?」
「え? ああ……まぁ、そうだな……」
「なら可能性はありますよね?」
「可能性? なんのだ?」
「いえ、こっちの話です」
素知らぬ顔でそう返したルールーに、フォルテが首を傾げる。
なにやら含みを持たせたモヤモヤする話の切り方に、どういう事かとフォルテが再度尋ねようかとした時、モニターを見ていたもう1人のハトが声を上げた。
「こちらに向かって来る集団を確認」
「映してくれ」
大型モニターが切り替わり、少し倍率を上げた画面の中にこちらに顔を向けて迫って来る悪魔の姿が映り込んだ。
「先のモノより大規模と推定」
「射的圏内まで三十秒……二十五……」
「射的に入り次第、各自攻撃を開始しろ」
カウントを聞きながら、フォルテが告げる。
そうして、カウントがゼロを告げたと同時に再び始まった獰猛な一斉砲撃。
第一射から休む事なく連続して叩き込まれる砲撃に、ランドールに向け突貫を慣行した悪魔の第一陣は完全に勢いを失い、続く第二波もほぼ同様の結果であった。
第二波以降、不規則的に断続して、されど執拗に向かって来る悪魔の波。
それらを迎え撃つランドールの苛烈な攻撃。
轟く破裂音と、ビリビリと空気を震わせる衝撃波、そして赤々と燃え上がる爆炎。
忌避すべき戦火の中にあって、なお目を奪われる鮮烈の赤。
それは、鷹と強さの象徴の2つを名に持つ、赤髪の当主の決意を代弁する様に、ハイヒッツ上空に華を咲かせ続けた。




