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人間だから

 ブナハ将軍率いる白狼部隊が、空を駆け回っている頃。


 人目を避ける様に裏通りを歩いている者達がいた。

 ミキサンとチェリージャンである。チェリージャンの腕には、目を瞑ってぐったりと横たわるシンジュが抱えられている。


「どこまで行くつもりだ?」


 チェリージャンは、少し苛立った様子で、自身の少し前を歩く小さな背中に声を掛けた。金色の糸が小さく跳ねる。


「中央の外までですわ。飛んでも良いのですが、あまり魔力を放ち過ぎると隠密魔法(ミラージュ)を使っていても位置が露呈しかねませんから」


「外に出て、その後はどうする?」


「天空領に――ランドールに向かいますわ。だからわざわざこうして歩いているのです」


 羽虫を引き連れていったら文句を言われますでしょ? ――と、付け加えるように言い、ミキサンが小さく肩を竦めた。


 やり取りをしながらも、二人の歩みは止まらない。

 ただひたすら、首都ハイヒッツの外を目指して裏通りを進む。

 足を動かしながらも、ミキサンの言葉に不満気な表情を作るチェリージャン。

 少し悩んだ素振りを見せたチェリージャンは、おもむろに自身の考えを口にした。


「シンジュと約束した。あれを助けると」


 チェリージャンの言う「あれ」とは、ハイヒッツ上空に浮かぶ翼――ヨビの事である。

 助ける。だから時間をくれ。

 ヨビが暴走した直後に、チェリージャンはそうシンジュと約束した。口にした以上、反古にはしたくない。


「却下」


 後ろを歩くチェリージャンの方を見ようともせず、進む道の先を真っ直ぐ見据えたままミキサンが吐き捨てた。


「あなたとシンジュがどんな約束をしたかは知りませんが、あれを助けるなど、論外、ですわ」


「確かに、あれだけの魔力を持つ存在に対峙するなど、正気とは思えん。だが、貴様のその魔力とシンジュの力があれば――」


「無理ですわ。ぜぇーたいに無理ですわ。あれは、力が強いとか、魔力が高いとか、そういう次元でどうこう出来る代物では無いのです」


「しかし、」


「お黙りなさい!」


 足を止め、勢いよく後ろを振り返ったミキサンが叫んだ。

 怒りを露にチェリージャンを睨み付ける。


「いいですこと? 今! わたくしが一番に優先すべき事は、シンジュの安全であり、あれの救出ではありませんわ。もしも! あなたが! それを邪魔するというのならば、ここで消し炭にして差し上げますわ」


 見た目にすぐわぬ迫力と尊大な物言い。十かそこらの子供のものとは思えない台詞。だが、真に迫る言葉でもあった。

 睨み合う両者。


 チェリージャンはミキサンとは初対面である。まさかこの小さな幼女が魔王などとチェリージャンは露ほどにも思っていない。

 ただ、ミキサンの姿を初めて目にした時、チェリージャンはこの小さな少女が隠し持つ大きな力に気がついていた。

 どれほどの物か、はっきりとは分からない。

 されど、大精霊である自分を遥かに凌駕する途方もない力を持っていると、チェリージャンは確信していた。


 その少女がその気になれば、言葉通りチェリージャンを消し炭にするのは容易いだろう。

 それに、少女に言われずともチェリージャンにも分かっている。

 ヨビを助けるのが危険な事であると。

 この自身を凌駕する少女が、無理だと断言するほどである。相当な危険と覚悟がいるのだろう。


 しかし、それでシンジュが納得するとは思えない。

 説得に応じるとも思えない。


 だから、チェリージャンはあの場で心を決めた。

 決めた――というほどの事でもない。

 そうあるのが、自然だと思ったのだ。

 シンジュとの時間はそう長いわけではない。出逢ってまだ一月も経ってはいない。

 それでも、ルイロット地方で長く平穏を生きて来たチェリージャンにしてみれば、短いながらも濃密な時間であった。

 モンスターに襲われるは、悪魔と不意遭遇するは、虫に追い掛け回されるは、と散々無茶に付き合わされたが、平和な暮らし、されど退屈な毎日から一転して、息つく暇も無いほどの非日常。

 心踊る冒険――


 そこで、ふっとチェリージャンは心の中だけで小さく笑った。

 好奇心の塊と過ごす内に、だいぶ毒されている自分に気付き、自嘲気味に笑ったのだ。


 今は気を失って状況など知る由もないが、自分の信じた道を愚直に貫くこの優しい少女は、目を覚ませば必ずヨビを助けようとする。

 たとえ一人ででも、この子はそうするだろう。


 それならば、この目の前の小さな少女の手を借りて、自分を含めた三人で事を為した方がまだいくらかマシだ。チェリージャンはそう考える。


 如何にしてこちらを射殺さんとする視線を向けて来る少女を説得しようかと、睨み合いながらチェリージャンは思考する。


 そうして睨み合っていた両者の耳に、ピリリと小さな音が届いた。

 それはミキサンの懐に入れていた通信用の水晶が鳴った音であった。

 睨むのを止め、やや不満そうながらもチェリージャンから視線を外したミキサンが懐から水晶を取り出す。


「なんですの?」


 不満気な顔のまま、ミキサンは手の平に乗せた水晶に向けて口を開いた。

 水晶はそれほどの大きさでも無い代物であるのだが、乗せる少女の手が見た目相応に小さいためか、やけに大きくチェリージャンには見えた。


『どういう状況だ?』


 水晶から響く声。フォルテのものであった。


「家出娘は捕まえましたわ」


『ほんとか!? シンジュは無事なのか!?』


 嬉しそうに弾む声が水晶から届く。


「ええ。まぁ、今は気絶していますが、無事には違い――」


 そう口にしたミキサンの言葉が止まる。

 止めて、ミキサンは小さく怪訝な表情を作り、チェリージャンの腕に抱えられるシンジュへと目を向けた。


『ミキサン?』


 水晶からの訝しがるような声。

 その声に、ミキサンはシンジュに向けていた視線を外し、また水晶に目を向けた。


「なんでもありませんわ。とにかく、シンジュを連れてランドールに向かいますわ。そこで今後の――」

『その事なんだが、』


 ミキサンの言葉を遮って、フォルテが含みのある口調で告げた。


『ミキサンが天空領を出た後、姉さんと話し合ったんだ』


 フォルテがそう口にした途端、舌打ちでもしそうな顔をしてミキサンが眉間な小さなシワを作った。


『予定を変更して、いま私達は中央に引き返しているところだ』


 その言葉にミキサンが息を吐き出した。

 深い深~いため息であった。


「どいつもこいつも、人の忠告を素直に聞く耳を持っていないようで、ウンザリしますわ」


 今更と、話に水でも差すような台詞であった。

 咎めるようでいて、仕方ないと諦めている様な言葉。


『すまない』


「謝るくらいならば、最初からそれを選ばぬ努力をなさい」


 ミキサンが、心底ウンザリした様子で水晶に語りかけた時にそれは起きた。


 ミキサンとチェリージャンの居た裏通り、そのすぐ傍の家々が突然の衝撃で吹き飛んだのだ。

 ガラガラと崩れ落ちる家々と、周囲に立ち込める土煙。


「喧しい連中ですわね」


 虚をついたような突然の騒ぎでも、ミキサンは微塵も動じなかった。

 そちらに顔を向けながら、ミキサンは心の底から吐露した台詞のまんまの表情で悪態をついた。


『なんだ今の爆発音は?』


「なんでもありませんわ。ただちょっと――」


 そこで一旦言葉を止め、ミキサンが土煙がもうもうと立ち込める通りの向こう側へと視線を向けた。

 視線の先には、おそらく有事の際の避難先にでもなっていたのだろう教会があった。

 悪魔からの何らかの攻撃を受けたらしい教会は、屋根や壁が崩れ、中で身を寄せ合う人々の姿が外からでも確認出来る。


「中央の蛆虫共が踏み潰されそうになっているだけですわ」


 どうでもいい、なんでもない事の様に、ミキサンは告げた。

 無関心。その赤い瞳にはどんな色の感情も浮かんではいない。


「話の途中でしたわね。あなた方がこちらに――」

『ミキサン』


 また言葉を遮られ、不満そうにミキサンが顔をしかめる。

 この水晶による通信というのは、便利ではあるが相手の顔が見えなくていけませんわ――などとミキサンが思っていると、間を置いた水晶からフォルテの声が響いた。


『彼らも助けてやってくれないか?』


 その言葉を聞いた途端、いままでの表情が可愛く見える程に、冷たい目をしたミキサンの視線が水晶に突き刺さる。

 小さな少女が浮かべるにはあまりに似つかわしくないその暗くくすんだ表情に、静かにやり取りを見守っていたチェリージャンの背中がゾクリと震える。

 殺意でも含んでいるのかと思う程、低く冷たい声色でミキサンが尋ねた。


「わたくしに、あれを助けろと……本気でそう言っていますの?」


『本気だ。私達が行くまででいい。それまで、彼らを守って欲しい』


「分かっていますの? ――外の人間ですわよ」


『分かっている。――()()()()()


 ミキサンは何も言わず、ただ冷たい目をして水晶を見つめていた。

 ややして、水晶から視線を外したミキサンは、今にも崩壊しそうな教会に横目を向けて、言った。


「まぁ、我が君が()()()()()()()()、そうせよと仰有るでしょうし……」


 そう言い、ミキサンは空気でも切り替えるように表情を不敵な笑みに変化させた。

 おつかいを頼まれて、嫌だと顔に出しながらも、内心は頼られて嬉しい。それを為し遂げた先のご褒美を期待する様な、そんな表情をしていた。


「よござんす。ただし、あなた方が到着するまでですわ。良いですわね?」


『ああ……。――ありがとう』


 そうして、消えていく光と共に通信は途切れた。

 水晶の輝きが完全に無くなった後、ミキサンは一度ウンザリそうに息を吐いた。水晶を懐にしまい、静かにこちらのやり取りを眺めていたチェリージャンへと顔を向けた。


「あなたはしばらくここいらにお隠れなさい。その子は任せましてよ?」


「ああ、分かった」


 チェリージャンの返事を認めたミキサンは、肩に下がるその絹のように柔らかな髪を手でかきあげると、一切躊躇する事なく、自信満々といった足取りで、人々が身を寄せ合う教会へと静かに歩いていった。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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