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自由の翼

 それはパッセルから、シンジュの居所が分かった、と連絡を受けたミキサンがランドール家の敷地内にある庭についた時に起こった。


「ん?」


 まずミキサンが感じたのは、感じたというのも大袈裟な、虫の知らせのようなごく小さな予感。

 その小さな予感に、庭に降り立ったミキサンがハイヒッツの方へと顔を向けた。

 向けた先に、特に何かがあったわけではない。

 ここ数日、天空領から何度も見下ろしたハイヒッツの姿があるだけであった。変わった様子など何処にもない。


 気のせいだろうとハイヒッツから視線を外し、丁度、屋敷の中から顔を見せたシスネの方へと体を向けた直後――


「んんっ!?」


 ハイヒッツから凄まじい魔力が吹き上がるのをミキサンは感じ取り、思わずついて出た驚きの言葉と共にハイヒッツへと体ごと向けた。


「なんですの!?」


 届くあまりの力の大きさに、ミキサンがやや呆然と庭に立ち尽くす。

 魔王である自身をも超えようかという魔力。しかも更にそれがどんどんと大きくなっていく。

 正確にどれだけ――とは分からないが、主人であるシンジュの憑依状態に匹敵するだけの魔力が、首都ハイヒッツの方から放たれていた。


「何事ですかこれは?」


 棒立ちのままハイヒッツを見ていたミキサンの隣に、早足で駆け寄って来たのはシスネである。

 シスネからの問い掛けに、ミキサンは「分かりませんわ」と呟くように返した。その表情は険しい。


 二人がハイヒッツを眺める短い間に、庭には屋敷仕えのハトやカラス達が慌てた様子で続々と集まり始めた。

 みな、ハイヒッツから発せられる魔力に気付き何事かと顔を出し始めたのであろう。

 街の方ではヒロやフォルテ達も建物から顔を出して、ハイヒッツの方へと顔を向けていた。


 距離があったためか、その強大な魔力の発生に少し遅れてビリビリと大気が唸り始める。


 火山の噴火にも似たその大気の唸りは、波紋の様に広がり、屋敷の者達だけに限らず魔力を感じ取れないランドールの街の人々、更には首都ハイヒッツの住民達、その全ての人々に存在を知らしめる引き金となった。


 誰もが建物から顔を出し、空を見上げていた。


「あなたの主人という可能性は?」


 おそらく横に並び立つこの魔王よりも大きいであろう魔力に、シスネがそう予測を立て、問い質した。


「魔力の質が違いますわね。その可能性は低いと思いますわ。なにより、我が主はいま――」


「あそこ!」


 ミキサンの言葉を上書きする様に、カラスの中でも目が利くトルチェがひとつの方向を指差した。

 その指の先を、庭にいた全員が注視する。


「人……か?」


「遠過ぎて良く見えませんね」


「誰か、望遠鏡持ってないか?」


 カラスやハト達からそんな声があがる。

 そうやって、誰もがその正体を探ろうと躍起になって目を細める中、空に浮かぶ人影が一際大きくなったのを、ランドール、そしてハイヒッツの全ての人々が目にした。

 それは、決して浮かぶその人物の体が大きくなったわけではない。

 人物から生え広がった翼がそう錯覚させたのだ。


「翼?」


「悪魔なのか?」


「にしては白いな」


「良く見えない~」


 距離があるため、誰もハッキリと確認する事は出来ないが、浮かぶそれには確かに、白く、大きな一対の翼が生えていた。


 使用人達がやり取りする中、「シスネ様」と、いくつもの望遠鏡を抱えたパッセルが、そのひとつをシスネへと差し出した。

 受け取り、シスネが望遠鏡を掲げようとした時。

 自身の隣で目を見開き、彼女らしからぬ驚愕の表情を浮かべる魔王の横顔が、シスネの視界に映り込んだ。


 それを視認したシスネの表情が険しくなる。

 あの魔王をここまで驚愕させる何かの正体に、胸の内側から不安が波となって押し寄せる。


「あれが何か分かったのですか?」


 手にした望遠鏡を覗く事もせず、シスネは驚愕するミキサンに出来るだけ冷静になるよう努めて問うた。


 すぐに返事は無かった。

 問われた魔王は険しかった表情を正し、何か吟味でもする様に頭の中で思考し、険しい表情で返答を待つシスネがもう一度尋ねようとしたところで、ようやく、ゆっくりとした動作でシスネに顔を向けた。


「ええ……分かりましたわ。あれがなんなのか……。ハッキリと」


 ゆっくりと吐き出した言葉を一旦そこで止めたミキサンは、シスネから顔を外すと、また空の翼に顔を向けた。

 翼は、一度大きくうねりを上げてからは特に動きを見せなかった。

 広げた翼を丸め、まるで卵の様に、翼はその誕生を待っていた。

 翼を見つめる人々も、上空の卵が孵化するのを見守り続けている。


 ミキサンが少しだけ目を細めて険しい表情を作り、翼を注視したまま不吉な事でも口にするかの様に一段声を低くして先のシスネの質問の答えを口にした。


「あれは――あの翼は魔法ですわ」


「それは薄々と。どういう魔法なのです?」


 ミキサンはまた少しだけ間を置き、「魔法名【自由の翼】」と、囁く様にそう返した。


「自由の……翼」


 ミキサンの言葉を反復するようにシスネが呟くと、ミキサンは横目でシスネを見、不敵に微笑んだ。

 そうして不敵に微笑んだまま、まるで呪詛でも唱えるように、ミキサンがゆっくりと紡ぎ始める。


「そう……。――かつて、暗い闇の底で、非道ともいえる謂れなき暴力と、心を引き裂く罵りの言葉、濁りきった冷たい眼を、その小さな体の一身に浴び続けた一人の少女がいましたの……。口にするのもおぞましき日々。いくつもの同胞の死を眺め、明日は我が身と震えるその少女は、それでも、未来を信じ、明日を夢見、決して諦めぬ事を止めなかった」


 静かに聞いていたシスネの表情が、ゆっくりと、しかし確実に驚愕に彩られ始めた。鉄仮面らしからぬ表情を浮かべる。

 ミキサンの口から語られるのは、遥か昔の1人の少女の物語。


「そんな少女に、ある日突然、何の前触れもなく奇跡が降って沸いた。奇跡を纏った少女には、縛る鎖も、檻も、誰も、何も――少女を邪魔する事これ叶わず……。奇跡を得た少女は、暗い闇の底から飛び立ち、そうして、夢にまで見た自由を得た」


「まさか……あれが……」


「ええ。まさにアレが少女の得た奇跡――歴史上、最古にして最初の魔法――【自由の翼】。それがあの魔法の正体ですわ」


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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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