困りましたⅡ
「困ったなぁ」
周囲に視線を這わせつつ、将軍イデアはそう溢した。
困ったと口にしたわりに何処か楽しそうにも見えるのは何故だろう――と、傍にいた副官ルシオが苦笑いを浮かべた。
「完全に囲まれましたよ」
「そうだなぁ」
ルシオが告げると、やはり何処か楽しそうな表情でイデアは返した。
イデア率いるランドール地方遠征部隊。
情報収集が急務という事で、早駆けを意識し、少数精鋭で出立したイデア並びにイデアに指名された10名の部下達。
散々許可を求めてようやくにして降った任。
イデアは待ってましたとばかりに早馬を走らせ、短期間でランドール地方に到着し、無数の悪魔がひしめくランドールの現状を報告した。
そこまでは良かった。
森の一部や湖を含めた街の消失。
ランドール地方の更なる情報収集にあたっていたイデア達は、荒れ地となったその場所にポツンと建つ一軒の屋敷の存在に気が付いた。
周囲は無数の悪魔。そんな中に場違いのように建つ屋敷。
怪しさ満点。
ただ、調べようにも周囲では悪魔の目が光っており、近付く事もままならない。
どうにか調べられないかと、身を潜めて策を練ること数日。
バレた。
最初にイデア達に気付いたのは鼻の利く一頭のウッドウルフであった。
自身の気付いたニオイを確認する様にイデア達の前に現れたウッドウルフを目にし、これはマズイと素早く仕留めた彼女らであったが、姿を視認された時点で既に手遅れであった。
数十の悪魔とモンスターによって、あっという間に囲まれてしまう。
囲まれ、絶体絶命のピンチだというのに何故か楽しそうな将軍に、ルシオだけでなく他の者達も苦笑いを浮かべていた。
この将軍はいつもそうである。
統一された大陸の中で、人と人との争いというのはほとんど無い。精々が盗賊団であったり、打倒現政権を掲げる反乱分子であったり、その程度。
しかしながら海岸部では時折、他大陸との小競合いが起こる。それが規模の大きな争いに発展する事もある。カジカがいた蛮族の地もそのひとつ。
侵略からの防衛と、蔓延るモンスターの討伐。王国軍に求められるのは大きく分けてその2つ。
そういう理由もあって、大陸の中で王国軍というのは幅を利かせている。
そうした争いの中で、将軍でありながら前線に出たがるイデアは、敵に良く囲まれる。
敵の頭がわざわざ突っ込んで来たのだ、狙わぬ道理はない。
幾度となく囲まれる女将軍に、愚か者だと陰口をいう輩も軍の中には少なくないが、他の評価など本人は何処吹く風。
前へ、更に前へ。
この自暴自棄にも見えるイデアの突貫戦術だが、それをしていまだイデアは五体満足で健在。それこそが、この将軍の実力の高さを物語っていた。
イデアは逆境を楽しんでいる節がある。
ついていく部下達からすれば堪ったものではないが、戦場を我が物顔で駆け抜け、我を押し通すだけのその実力が、絶大なカリスマを生み、この将軍がいれば勝つという部隊の士気の高さに直結する。
イデアと長く苦楽を共にして来たルシオ達ゆえ、悪魔とモンスターに周囲を囲まれる状況下で、――また悪癖が――と嘆息する他なかった。
そんな部下達の胸中など知らず、不敵に笑ったイデアが叫んだ。
「喜べ貴様ら!! 我々鳳凰小隊は、悪魔の軍隊を相手取るという類なき活躍の場を得た!! ――嬉しいだろう? 感動のあまり声も出ないか!?」
「「オオォォオォ!!」」
イデアの激励に半ばヤケっぱちのルシオ達が叫ぶ。
「大変よろしい!! 中央への帰還が主目的ではあるが、作戦は特に無い!! 貴様らの持つ技量! 度量! 魔力! 鉄の刃! 出し惜しみする事なく間抜け共に叩き込んでやれ!! 敵は選り取りみどりだ!! 好きに暴れ、思う存分武勲を上げよ!!」
叫び、イデアは持っていた聖剣イプシロンを正面に掲げた。
「自らの道は自らで切り開け!! 突撃!!!」
将軍の号令と共に十名の精鋭達が武器を振り上げ、囲む敵に向け一斉に斬りかかった。
今、この場にいる部下は、ルシオを含めイデア直轄の鳳凰兵団の古参達である。
イデアの無茶に最も多く付き合わされ、その都度生還を果たした実力者揃い。
斬りかかった精鋭達の剣が敵を切り裂いていく。蹴散らしていく。
首に、腕に、胴に――面白いように当たる部下達の剣にイデアは満足気に頷く。
「貴様ら。分かっていると思うが、私から離れ過ぎるなよ!」
暴れ回る部下に向け、念を押すようにイデアが告げる。
聞いているのかいないのか、一心不乱に剣を振る部下達は何の反応も示さなかったが、それでもイデアから付かず離れずの位置で戦う彼らは、返事は返さずとも理解しているようであった。
自分達より遥かに数で勝る敵を相手に、一歩も引かず立ち回る鳳凰小隊。
「上空! 高い魔力反応!」
誰かが叫んだ。
その声に何人かが上を見た。
上空に居たのは翼を広げて、眼下の小隊を見据える数体の悪魔。
その手は一様に開かれ、小隊に向けられていた。
上空のそれを一瞥した部下達であったが、関係ないとばかりに顔を正面に戻し、眼前の敵を屠る作業へと戻った。
そんな彼らに向かって放たれるいくつもの魔法。
上空から放たれた魔法の雨は、地上で戦う小隊に容赦なく降り注いだ。
大地にぶつかった魔法が激しい音と共に砂埃を巻き上げる。
それを見下ろしていた悪魔がニヤニヤと薄ら笑いを浮かべていたが、舞い上がった砂塵が薄くなった頃になって、薄ら笑いだった表情を怪訝な表情へと変えた。
砂塵の中では、特に変わった様子も見せずに剣を振り続ける人間達の姿。
不思議なものでも見るように、赤い目を向けてその様子を見ていた悪魔達にイデアの声が届けられた。
「間抜けめ。たかが下級ごときにイプシロンの守りは破れん――ブレイブハート!」
言うが早いか、イデアは握っていた聖剣を後ろ手に構え、地上から上空の悪魔に向けて振り払った。
切っ先から生まれた軌跡が、紅い渦を巻き、それはすぐに形を変え、翼を広げた一羽の鳥を形作る。
嘶きにも似た風切り音と共に羽ばたいた不死鳥は、そのまま真っ直ぐ進み、悪魔達を穿ち、引き裂いた。
散っていく悪魔を一瞥すると、すぐに興味を無くしたのか、イデアはまた地上の敵へと視線を戻した。
イデア率いる鳳凰兵団が無敵と揶揄されるのには理由がある。
聖剣イプシロンから半径百メートル以内と限定される空間内において、使い手であるイデアが指定した者にはイプシロンによる強固な結界が付与される。
怪力自慢のトロールの一撃はもとより、上級の攻撃魔法すらも防ぎきる結界。
その力の庇護下にある間は、敵の如何なる攻撃とて鳳凰兵団には届かない。
防御など考えず、ただ前へ。前進あるのみ。
目の前の敵を切り裂く事だけを考える攻めの歯車と化す。
結界だけではない。
イプシロンには癒しの力も備わっている。
欠損すらも修復するその強い癒しの力は、不死の冠を戴く鳳凰そのもの。
鳳凰兵団。
王国最強の部隊はこうしてその快進撃を王国に知らしめた。
猪突猛進で敵陣を突き進むイデア。
それに追随する猛者達。
なんだかんだと愚痴を溢しながらも、部下達がイデアに続いて敵陣に突貫をかけるのは、何の事はない聖剣イプシロンを持つイデアの傍こそが、死と隣り合わせの戦場において実は最も安全だからである。
強固な結界に守られ、仮にそれを突破され負傷しても、次の瞬間には全快する。
守りも硬く、個々の技量も高い。
そんな集団が我先にと突撃して来るのである。
対峙する者にしてみれば冗談じゃないという気持ちであろう。
とはいえである――
――――
――
☆
「将軍! 戦闘継続時間が四時間を越えました!」
「うるさい! 泣き事など聞きたくないわ!」
「将軍! 敵影、いまだ多数!」
「聞きたくない!」
「将軍!」
「うるさーーい!」
ぎゃあぎゃあと喚きながらイデアとルシオ達がそれでも剣を振り続ける。
四時間ずっと戦いっぱなし。
怪我人こそ聖剣の力でいまだ皆無であるが、イプシロンの癒しの力は怪我を治すのみで体力を回復させるものではない。
休む暇なく繰り返される応酬に、部下達はもとより、流石のイデアにも疲労の色が濃くなってきていた。
「将軍! また新たな敵増援!」
「結構な事ではないか! 我らの人気は今や右肩上がりだなぁ、おい!」
「しかし、我らの腹はもういっぱいです! はち切れそうです!」
「これ以上の過剰なカロリー摂取は軍医に何を言われるか!」
「やかましい! 好き嫌いせずに全部食らい尽くせ! 貴様は親に食事を残すなと教育されなかったのか!?」
「フォークが折れましたぁぁ!!」
「素手で食えぇぇ!!!」
当初は数十体の敵であったが、ド派手にやり合っている内に百――二百――と、どんどん数を増していった。
方々から挙がる部下の嘆きに強気で返すイデアだったが、流石にマズイと思い始めていた。
途中から一点突破を狙っての戦術に切り替えてはいるが、如何せん数が多すぎるのと、翼を持つ相手方の方が機動力が高いという事もあって、戦線の離脱が上手くいかない。
イプシロンとて万能ではない。
使い手であるイデアの魔力が底をつけば、その効果は失われてしまう。
このままではジリ貧だと、イデアが焦り始めた時。
状況に変化が訪れた。
鳳凰小隊を逃がさんと取り囲んでいた敵が、その動きを止めたのである。
止めたと思った数秒後には、囲う陣を崩し、鳳凰小隊など眼中に無いとばかりにその場を離れ始めた。
「なんだ? 何処に行くつもりだ?」
イデアが誰に向けるでもなく疑問を口にしたが、部下の誰からも答えは返って来ない。
突然こちらに襲いかかるのを止めた悪魔達の動向など、この場にいる誰一人として知るよしもなかった。




