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困りました

「困りましたわねぇ」


 見た限り全然困ってなさそうではあるが、窓際でそう呟いたミキサンは、紅茶片手に物憂げな目をして外に視線を向けた。


「困ってるのは僕なんだけど!? どいてよね!」


 そんなミキサンに、怒った顔をした少年が叫んだ。

 その少年は現在、自らが四足の椅子になって、優雅に寛ぐミキサンをその背に乗せている真っ最中。

 まるで虐げられる奴隷と悪辣非道な主人の様である。


「お黙りなさい。動くと紅茶が溢れますわよ?」


「なら僕を椅子にしなきゃ良いじゃん! そもそもなんで――」


 反論した少年の体が僅かに揺れ、予見した通りに紅茶が溢れた。重力に一切抗う事なく落ちたそれは少量。しかし、確実にミキサンの服に赤茶けた染みを作った。


 服が紅茶を啜る一部始終を首を捻って見ていた少年が、ザマーミロとばかりにほくそ笑む。

 言葉を発する事なく、しかし非常に冷たい目をして少年を一瞥したミキサンが、ふんわりと椅子を模した少年の背中から降り、立ち上がった。

 立ち上がると同時、ミキサンは持っていた紅茶のカップを勢いよくひっくり返した。


「あっつッ!」


 中身の全てを頭頂部にぶちまけられた少年が、あまりの熱さに床を転げ回った。


 熱い熱いとのたうち回る少年になど目もくれず、ミキサンはゆっくりと歩を進めると、部屋の中央にあったソファーに体を投げ出す様にして腰掛けた。そのまま背もたれにふんぞり返る。

 そこでようやく少年へと目を向け、転げ回る様を観察する。

 一通りのたうち回っていた少年だったが、熱さが抜けたのか、数秒程で動くのを止め、床にぐったりと倒れ伏した。

 少年をじっと見ていたミキサンが小さくため息をつく。


「そのまま気絶のひとつでもすればいいのですわ」


 ミキサンは、ひどく残念そうな表情で吐き出した。




 こんにちは、パパです。

 異世界には子供の虐待ホットラインというものが無いので、言われなき暴力を受ける少年を大人な俺が助けてやりたいと思ったりもするのですが、所詮幽霊の俺に出来るのは頑張れと傍らで応援する事くらいである。

 問題は、虐げられる少年――名をプヨプヨ(俺命名)というのだが――誰がどう見てもプヨプヨよりミキサンの方が幼いという点である。

 虐待ホットラインよりも、育児相談所辺りに連絡した方がいいかもしれない。うちの子がグレて困ってます。


 非行に走る幼女の行く末も心配だし、今後の付き合い方をどうすべきかと困ってはいるのだが、それよりも困った事態が起きている。

 ミキサンの困り事と全く同じその困り事。俺が当事者ゆえ、度合いとしてこちらの方が上。上だが、特に対処法も思い浮かばず、だらだらとゴーストライフを満喫している。満喫と呼べるほど充実もしていないが……。



「折角、我が君が中央よりお戻りになられたというのに、なぜ、ヘタレと同じ空間で過ごさねばいけませんの……。――本当に困った事ですわ」


「それはこっちの台詞だよ。僕だってもっとご主人様とお話ししたかったのに」


 二人がそう言って互いに悪態をつきあう。

 ランドール家から提供された小さな空き部屋に、馬鹿、アホ、と子供の言い合いの様な罵りあいが響いていた。




 中央を脱出した日。

 先行して隠し通路を進んだ俺は、抜けた先でちょーデカイ竜と遭遇した。ドラゴンいたナウ。

 かなりびっくりした。

 びっくりして、慌てふためき、反射的に水刃(ウォーターカット)を行使し、巨大なドラゴンを斬殺してしまった。

 正直、やってしまったとまた慌てた。

 敵意があるのかも分からない内に、びっくりしたという理由だけで殺してしまったのだ。バレたらどんなお叱りを受けるか分からない。

 飼い主とか、動物愛護団体とか、各方面から非難の声が上がる前に、俺は華麗にその場を逃げ出した。

 記憶にございませんとトボケ通す予定である。

 この世界にネットは無いので炎上して身バレする心配もなさそうだ。


 そのまま、ランドール地方まで突っ走り、途中で見掛けた悪魔に捕らわれた美人な人妻を助けたりして、ランドールへ。

 そこまでは良かった。

 いや、ドラゴン斬殺したりして良くは無いのだが、人妻助けたのでチャラにして欲しい。ムフフな展開は無かった。


 ランドールにたどり着いた――正確にはランドールがあったとおぼしき場所にたどり着いた俺は絶句した。

 だってランドールの街が無いんだもん。

 我が目を疑った。

 スライムボディから幽霊の頭を出して直接確認までしたが、無いものはやっぱり無いのである。

 テーブルの時といい、あると信じて疑わない物を突然消すのは止めて欲しい。

 いつまでも、あると思うな親と街――と、何故かそんな事を思って、まさにその通りだなぁ、言った人は賢いなぁ――などと感心した。


 ランドールの街は無くなっていたのだが、何故か自宅だけはポツンとそこに建っていた。

 ほんとにポツンと。

 あれは俺じゃなきゃ見逃してたね。自宅の屋敷は遠目でも分かるくらいにデカイけど……。


 とにかく、どういう状況で、どういう事が起きたら街が消えるのか、それを探るべく助けた人妻を屋敷の庭に置き去りにして、一番知ってそうなミキサンを探す事にした。

 屋敷の中にはトテトテしか居なかったし、ミキサンの居場所など見当もつかなかったが、意外とあっさりミキサンは見付かった。

 と言うより、向こうから迎えに来た。


 再会一番。

 ミキサンに土下座された。

 額が土にめり込む程の土下座と、「申し訳ありません!」という謝罪の言葉。


 どうやら娘が居なくなってしまったらしい。

 これでもかと頭を下げ、何度も謝るミキサンに、逆にこっちが申し訳なくなった。幼女に土下座させまくるとか、どこの駄目親だよ。

 あの奔放娘が居なくなったのはめちゃくちゃ心配ではあるが、それが別にミキサンのせいというわけでもないだろう。

 まして、ランドールがこんな状況である。ミキサンの判断を素直に尊重しておいた。


 居場所が分かるかと、久々にステータスをオープン(どやっ)してみたが、居場所の特定に繋がりそうなスキルや情報などは無かった。神眼(笑)。


 居場所は分からなかったが、俺と娘を繋ぐ亡霊の加護が機能しているらしかったので、それで無事である事は確認出来た。

 探そうにも居場所の見当がつかない。ランドールをほったらかしにも出来ない。かなり悩んだが、好奇心旺盛だか淋しがり屋の事である。満足したら戻って来るだろうと自分に言い聞かせて無理矢理に納得しておいた。


 それから、俺が居なかった間に起きたランドールの事、開拓の事、悪魔やモンスターの事、蛇の事、街が引っ越した事などをミキサンから聞いた。

 俺がランドールの地にたどり着いた時にも、悪魔やモンスターは我が物顔で闊歩していたので理解出来たが、蛇だけなんのこっちゃと思った。山より巨大だというわりに、その姿を見付ける事は出来なかったせいである。

 蛇も気になったが、そのすぐ後に説明されたランドールの引っ越しが摩訶不思議過ぎて、蛇の事など頭から飛んでいってしまった。

 まぁ、実際飛んだのはランドールの街だったというオチがつく。


 街が引っ越すというのもわけがわからんのに、更に飛んでいるのである。

 非常識と怒るべきか、流石異世界だぜと感心するべきか……。


 ともかく、ミキサンの腕に抱かれてそんな非常識極まりない新ランドールにやって来た俺は、そこで一人の少年を紹介された。


 聞けば、異世界に来て初めて遭遇したあのスライムだと言う。

 自己紹介の時、自分には名前が無い、付けて欲しいと懇願されたので、面倒だから自分で付けて欲しい気持ちをグッと堪えて、プヨプヨという落ちゲーみたいな名前をつけてあげた。

 4つ揃うと消えるのである。

 まぁ、実際は消えるどころか合体してデカくなったわけだが……。


 プヨプヨの名前を付けるまでは、俺も活動出来た。

 スライムボディとはいえ、物事に干渉出来ていた。


 ところがである。

 プヨプヨの名前を付けた途端、俺は弾かれる様にスライムボディから追い出された。

 自分の意思ではなく、本当に突然追い出されたのである。


 これ以降、俺はスライムに憑依する事が出来なくなってしまった。

 理由は良く分からないが、名前を付けた直後だと考えれば、その名付けが原因だろう。


 はっきりいって、憑依出来なくなった俺は居ても居なくても変わらない空気になった。呼吸として役に立つ分、空気の方がまだマシである。

 憑依を除けば、幽霊は如何なる物事にも干渉出来ない。当然といえば当然。


 困った事とはまさにこの憑依出来なくなった状況である。唯一のアイデンティティーを失った。これは由々しき事態である。

 意思の疎通が計れず、ミキサンもどうしたものかと困惑している様だが、出来ないものは出来ない。無理なものは無理。

 どうにか手段を見付けるまでは、ミキサンの采配を信じて事態を静観する他なさそうである。

 幼女は弱い者苛めの非行に走るし、娘は反抗期なのか家出して非行に走る。かと思えば、ランドールの街が飛行する。無事に新たな憑依先を見つけたとして、俺は何処から手を付けたら良いんだろう――そんな事を思う。


 連絡手段に――とランドール家からミキサンに渡された水晶玉が光ったのは、全然困ってなさそうなミキサンが本日二度目になる「困りましたわねぇ」とボヤいた時であった。



「何かご用ですの?」


 水晶玉に応じたミキサンが尋ねた。

 水晶の向こう――言葉を返して来たのはパッセルであった。


『シスネ様がすぐに屋敷に来るようにと』


「気分じゃありませんわ」


 ばっさりと切り捨てて、拒否を示す魔王。

 水晶の向こうから小さなため息が聞こえてきた。

 気分が乗らないから断るという傲慢なミキサンであったが、パッセルの放った次の一言で目の色を変え、その態度を一変させた。


『あなたの主人――シンジュ様の居所が分かりました』


「すぐ行きますわ」


 座っていたソファーからスックと立ち上がると、「僕も!」と続くプヨプヨを引き連れて、ミキサンは足早に部屋をあとにした。 

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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