大陸中を騙したぺてん師
忘れた頃にふいにやって来る秋の台風の如く、突如として中央に現れ、ハイヒッツに混乱の渦を巻き起こしたフォルテ達三人は、言いたい事を言うだけ言って、人々の混乱の渦が治まらぬ内に、また一過性の嵐の如く中央を去っていった。
このフォルテによる「炎の乱」は、仲違いし、一触即発であった王国とランドールが「共通の敵」を見出だす事で、一時的とはいえ協力関係を結ぶ結果となった。
これは見方を変えれば、大陸にとって悪魔という存在はそれだけ危険だとされている証左に他ならない。
同じ悪魔という扱いではあっても、領地を持ち、話が通じるランドールの方がまだマシだ――と中央政権に思わせる程。
悪魔とは、それ程に忌み嫌われる存在である。
中央を離れ、天空領へと戻ったフォルテ達。
ランドール地方に巣食う悪魔、そして王国。下手をすればその両方を同時に相手しなければならなかったランドールにとって、王国との停戦だけでなく、対悪魔の協力関係をもぎ取った今回のフォルテの働きかけは、大金星と称賛されるべきものである。
たとえそれを起こすきっかけが、「あまつさえ、王国はシスネ様の命を危険に晒したのです。ならば今度は、王国に責任を持って守っていただきましょう」というカナリアの一言から始まったものであったとしても。
それをニコニコと微笑みながら告げたカナリアであったが、その内心は業火のごとき怒りで爆発寸前であった。
きっかけはともかく。
大きな手土産持参でランドールへと帰還したフォルテであったが、しかし、その顔は浮かない。
「やってしまった――だがもう後には引けない」との心情を、その不安で泣きそうな表情が如実に物語っていた。
それもそのはず。
アルガンや有力貴族を前にして語ったカナリアの話は、真っ赤な嘘である。
どの部分が?
最初から最後まで全部。
全くのデタラメ。
ランドール家に、数百年続く重要な役目など無い。
ランドール地方の地下深くに、膨大な魔力溜りなど存在しない。
初代ランドールが魔力溜りを抑える魔法を編み出してもなければ、その術式に広大なランドール領を利用してもいない。
賢者すらも恐れおののく魔力を有するミキサンはランドール家の三女でもないし、そもそも人ですらない。
悪魔が沸いたランドール地方で、ランドール住民達は、血の汗流してそれはもう本気で一生懸命戦ってはいない。というかカラスやミキサンを除けば対峙すらしていない。
一から十まで全て作り話。
真実があるとすれば、それはランドール地方を悪魔に奪われた――という、たったひとつの真実。
そのたったひとつの真実を武器に、カナリアは、ランドールが秘密主義なのを良い事にありもしない話をでっち上げ、創作し、中央相手に取引を持ち掛けたのである。
当然、絶対にバレないという自信あっての嘘。
嘘というのは真実があって初めて嘘になる。
そういうスタンスのもと、カナリアは今回の大ボラを実行したのだ。
心臓に毛どころか針が生えている強心臓のカナリアやミキサンが、満足そうにランドールへと凱旋する中、フォルテは気が気ではなかった。
――バレたらどうしよう……。
――実は夢なんじゃないか? ――と道中で自分の頬をつねってみたりしたが、頬に広がる痛みが現実だと無情に告げて来る。
フォルテとて、嘘をついた事が無いわけではないが、それらはあくまで個人的な小さな嘘である。
今回の様な大陸中を騙す嘘など、フォルテは自分で自分が正気の沙汰とは思えなかった。
しかし、もう時間は戻せない。
やってしまったものは仕方がない。
――でも、不安で不安でしょうがない。
そんなフォルテの不安はもっともであるのだが、現実、このあと中央から王国中に対悪魔の厳戒態勢が敷かれる事となる。
これを中央政権に発令させた決め手は、ランドール地方に出兵したイデア将軍からの「ランドール地方におびただしい悪魔の姿在り」という報告であった。
1から十まで嘘で塗り固められたカナリアの話のたったひとつの真実。その裏が取れたのである。
イデア将軍の持つ水晶を通して、ランドール地方を映し出す映像と共になされたその報に、場にいた支配者達は震え上がった。
それほどに、水晶から投影されるランドール地方に蔓延る悪魔の数は夥しく、絶望的に見えた。
このイデアからの報告で、王国はカナリアの嘘八百を完全に信じた。水晶越しとはいえ、自身の目で見た物を信じぬ者はそういない。
これにより、カナリアとミキサンの高笑いが聞こえそうな状況へと、大陸は確実に流れ始めたのである。
しかし、それだけに満足しないのが悪魔と詐欺師の二人である。
中央政権から世間に通達されたのは、「悪魔による大規模攻勢の兆し」という部分のみで、カナリアが語ったその他の部分については中央政権によって隠され、公表されなかった。
隠すという行為は、物事の善し悪しにかかわらず公になると都合が悪いから隠すのである。
だからこそ、悪魔と詐欺師の二人は囁いた。
何故そんな事態になっているのかと不安に陥り、ああでもないこうでもないと、その答えを導き出そうとする王国人民に対し、「実は……」と、ランドール家の役目から始まり、開拓による王国の不手際、悪魔の攻勢を食い止めようと奮闘するランドール――そういう噂話を流布し、世論をランドールの味方につけたのである。
ランドールに対する悪い風評は根強い。
それで、ランドールが完全に「良い者」とされたわけではないが、少なくとも、この問題が解決されるまではランドールと、そしてランドール家の力を借りねばならない、という流れを作り出した。
目には目を。歯には歯を。悪魔には悪魔を。
その流れの中で、二人の意図しない流れも起きた。
悪い方にではなく、良い方に。
それが、万を超すハイヒッツ住民達の前で行われた、姫君シスネ・ランドールの処刑台の上の大演説である。
あのシスネの演説を聞いていた全員というわけではないが、それでもあの場に居た人々の中に、シスネ・ランドールは本当にそういう想いを抱いて、語っていたのではないか? と考える者達がぽつぽつと現れ始めた。
シスネのあの魂の叫びが、先の噂話と併せて人々の口から囁かれ、耳に届き、そうして心に響き始めたのだ。
また、それに伴い今まで禁句視されていた部分にもスポットが当たるようになってきた。
それが、ランドール家に関する事柄である。
それまでの王国では、ランドール家の話をするのは縁起が悪いと敬遠されてきた。
おそらく、ランドール家の呪いという噂が、「悪口を言うと不幸に見舞われる」という風に伝わっていたせいであろう。
しかし、今の王国ではランドール家について様々な噂や憶測が民衆達の間で頻繁に取り沙汰されている。
秘密主義で、謎めいていたランドール家というものが、表に出てきた事も理由としてある。良くも悪くも「オープンになった」という事である。
それは例えば、ランドール家姉妹の容姿。
幾つもの代を重ね、ランドール家の長年の努力によって作られた美貌。
少し前ならば、姉妹を美人だと言おうものなら「容姿に騙されている愚か者」と後ろ指をさされたものだが、今は人々の――特に若い男連中の格好の話のネタであった。
加えて、処刑台の大演説で見せた凛としたシスネの様子と、王国に威風堂々と現れたフォルテの様子。これらも話題に挙がる事が多かった。
特に、たった二人の伴だけを引き連れて、悠然と首都ハイヒッツの大通りを練り歩き、王に直談判したフォルテによる「炎の乱」は、16という若さであの佇まい、自信に溢れた態度、まさにランドール家の領主である、という感嘆と驚きを目にした人々に与えた。
酒場の議題は、凛とした姉か、堂とした妹か、といった具合である。
ごく少数派で、可愛い三女を推す者もいたが、そちらは逆に白い目を向けられ肩身の狭い思いをしたりした。
とにもかくにも、流れはランドールに傾きつつあった。
緩やかながら、数百年間停滞していた世界の認識が変わり始めたのである。
その変わり始めた世界の在り方を決定付けた出来事が起きたのは、「炎の乱」から1週間が過ぎた頃であった。




