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翼を得しは堕ちた理想郷

「ひどいニオイですことね。誰がやったか知りませんが、肉ごと消しておかないから二度手間になるのですわ」


 周囲を満たす死臭に不快そうに顔をしかめた後、魔王は「くさい、くさい」と呟きながら地上に手をかざした。


炎獄葬送(ウルフレア)


 そうして広げた手を向けたまま、魔王がポツリと溢すように言った途端、辺りに灼熱の炎が渦を巻いた。

 地獄の業火が、悪魔と、そして大地にうず高く山を築くモンスターの屍ごと焼き尽くす。


「……爽快ね」


 ミキサンの作る障壁・拒絶の壁の中で、白光の業火にさらされ灰になっていく悪魔達。それをクローリは少し眩しそうに目を細めながら眺め、そう感想を溢した。

 それと同時に背中がややゾクと粟立つ感覚。

 いくつもの修羅場を潜って来たクローリだが、これだけの悪魔を瞬きする間に焼き殺す存在など見た事もない。

 ミキサンへと視線を移し、下からその姿を眺める。


 ――それを為したのが、あんな小さな少女とは……。

 我が姫も、子供の頃より大概大人を感嘆させる奇傑であったが……。


 

 クローリが観察するかの様に目をやっていると、ミキサンは上空に構えたまま眼下をじろっとねめつけるように一瞥し、告げた。


「ボサッとしていないで、さっさとここを離れる準備をなさい。この悪魔共、殺しても殺してもいくらでも沸いて来ますわよ」


 眼下の者達から戸惑いが伝わってくる。特に、ろくに事情も知らないリナ親子からは強い動揺の色が浮かんだ。

 色んな事がいっぺんにありすぎて何をどう動くのが正解なのかわからない。

 悪魔の襲撃を受けたと思ったら、そこに魔王と呼ばれる者が現れて、しかもそれがどう見ても幼女で、でも偉そうな態度で自分達以外の――事もあろうにランドール家の当主にたいして命令口調で「屋敷を出ろ」と告げている。

 焼き払ったとはいえ、それが全てではない。

 空を覆う悪魔も、大地を埋め尽くす屍も、いまだ屋敷の外には数多く残る。

 そんな場所に行けと言われて二つ返事で返せるはずもない。


 リナやジルのそんな心中を察したわけでもないだろうが、二人に代わって青年が尋ねた。

 

「そうは言うが、離れて何処に行く?」


 クローリ同様、障壁の中に身を置くヒロの問い掛け。

 ミキサンはすぐには返事を返さず、地上に降りてからヒロへと顔を向けた。自信満々といった表情をしていた。


「決まっているではありませんか。ランドールに、ですわ」


「その肝心のランドールが無くなってるのが見えないのか?」


「すぐに来ますわ」


「来る?」


 その言葉にヒロとクローリが顔を見合せた。

 そんなやり取りの中、横から割って入る声があった。

 地の底から吐き出されたようなくぐもった低い声。


「悪魔の王、何故邪魔立てする?」


 それは一体の悪魔であった。

 悪魔は何色の表情も見せず、ただ無表情のまま赤い目をミキサンに向けていた。

 ミキサンは両腕を組み、うっすらと笑みを浮かべ、話し掛けて来た悪魔を横目に見やった。


「あなた方と同じですわ? ――それが主の望みだから」


「頂きに立ちながら人の傀儡と成り果てた哀れな王よ」


「ハッ! あなた方こそ、悪魔でありながら神兵の真似事など、悪魔の名が泣きましてよ?」


「神の手先になった覚えはない。利害が一致した。それだけ」


「似たようなものではなくて?」


「我らは新たな王を望んでいる。傀儡ではなく、我らを統べ、導く王を」


 ミキサンが少しの間を空けた。言葉の真意を探っている様子であった。


「あなた方が、シスネ・ランドールを狙っているのはそれと関係あるのかしら?」


「……答える義務はない」


「あらそう? じゃあもう散って結構ですわよ。わらわらと鬱陶しい」


 本当に鬱陶しそうな顔をして告げたミキサンが、組んだ両腕をほどくことなくそのまま再び手の平を悪魔に向けた。

 わざわざ話し掛けて来たのだから、悪魔の知っている事のひとつでも聞き出そうとなんとなく思ったミキサンだが、既に自身が把握している話しか出て来なさそうだと早々に見切りをつけた。


「どうせまた沸いて来るのでしょうが、しばらくはさようなら」


 囁くように別れの言葉を述べた魔王。そしてその手から放たれた二発目の炎獄葬送(ウルフレア)が、会話していた悪魔、そしてその後方にいた悪魔達を焼き捨てた。雑用でもこなすかの様に処理を終わらせた。

  

 丁度その時になって、シスネの判断に促され屋敷の中に居た者達が続々と門から出て来た。

 門から一歩踏み出した途端、周囲に満ちる不快なニオイが戻って来る。ミナが酷く顔を歪めて鼻をつまみ、そうしたままシスネの背中にピッタリ張り付いた。

 つまんでいた鼻を解放して、クンクンと小さく鼻を鳴らす。

 途端に春花にも似た柔らかく心地よい香りが、死臭に混じってミナの鼻に届く。

 幼少の頃よりそれはもう大事に大事に育てられたシスネの風呂上がりの日課「アロママッサージ」の効果か、彼女の体臭はコロンでもつけたような香りがする。滲み出る。

 それは長年の下積みあっての事なのだが、「シスネは人ではなく、実は花の妖精なんじゃないか?」とミナは常々思っていたりする。

 ゆえに、鼻の利くミナにとって不快なニオイしかないこの場においては、唯一安堵出来るところがシスネのすぐ近くなのである。


 ただ、同僚パッセルの勘に触ったらしく、力任せにあっさりと引き剥がされた。

 


「それで、何処に向かえば良いのです?」


 体にこびりつきそうな死臭や、それに伴うハト二人の攻防など無いように、無表情のシスネが問うた。

 

「そこで結構ですわ。屋敷の中は外からの魔法が干渉しずらいゆえ――絶対魔王主義(邪魔スルナ)


 シスネが屋敷から出て来た途端、赤い目を更にギラギラとさせた悪魔達が、シスネに向かって一斉に飛び掛かって来た。

 それをミキサンが言葉ひとつで制圧する。

 魔王が言葉を発した途端、群がって来た全ての悪魔が大地に体を擦りつけた。

 まるで平伏したように額を地面につける悪魔の群れ。

 それは平伏だけには留まらず、ミシミシと鈍い音を立てていた。

 そうして一同が注視する中、ビシャとひとつ弾けた音が何処からか聞こえて来たと思った時には、四方八方、次々と悪魔の体がひしゃげ、頭は潰れ、上から押し潰されたかの様に平になった。

 ビシャビシャと音を奏でて広がるそれらは、空から赤い雨滴でも落ちたようであった。


「もう少しスマートに出来ないのか……。どこのホラー映画だ」


 眼前で行われた目を覆いたくなる魔王の非道に、険しい顔をしたヒロが文句をつけた。


「役立たずは黙ってらっしゃい。こんな時でもなければ、その見るだけで羽虫よりも鬱陶しいあなたの顔を、原形が分からなくなるまでボコボコにして差し上げたいところですわ」


「よーし、やってみろチビッ子」


 青筋を立てたヒロが言い返し、ミキサンを睨み付ける。

 睨み合う二人。

 不穏な空気に距離を取る一同。

 そんな中、一触即発な空気などモノともしないシスネが淡々とした口調で「私的な喧嘩は後でお願いします」と諌めて、その場を治めた。


「まあいいですわ。丁度迎えも来た事ですし」


 ため息混じりに吐き出したミキサンが、遠くを見る様に顔を上へと上げた。

 シスネやヒロ達もそちらに顔を向ける。

 そして、視界に映った物に驚く。


 それはひとえに岩の塊であった。

 どれだけの大きさがあるのか、遠目では判断しずらいが、その塊が大地に作る影の広大さが、それの巨大さを表しているようであった。


「なにあれ……?」


 リナが言った。

 次々と繰り広げられる先の混乱が治まらぬ内に、また沸いて出る混乱。

 もはや何から驚けば良いのかよく分からない。大きな疑問符をくっつけた呟きに返って来る答えもない。

 肝心の唯一あれが何かを知っていそうな小さな幼女(は? 魔王? 意味わかんない)は、リナをチラリと横目に見て「誰だコイツ?」みたいな顔をしただけだった。


「行きますわよ。――浮遊(フロート)


 ミキサンが告げ、魔法を行使した途端、シスネ達の足が地面から離れ、体がフヨフヨと宙に浮かび始めた。

 その初めて経験する感覚に、何人かが「わっ、わっ」と驚きとほんの少しのワクワクを混ぜた声を上げた。


「トテトテ。あなたは留守番ですわよ」


 ミキサンは当たり前の様な顔をしてトテトテに言った。


「承知してやす。もし家主さんが戻ったらすぐに連絡を入れやすが、そっちが先に見つけたら忘れずに迎えに来て欲しいでやんす」


 ここはおっかないでやんすから――そう付け加えたトテトテがケヒケヒと笑う。

 ミキサンは小さく肩をすくませて返した後、名残惜しむでもなくシスネ達を伴い巨大な塊に向かって上昇し始めた。

 追って来る悪魔を言葉ひとつで墜落させながら進み、そうしてミキサンは岩の上部が見える高さにまで辿り着く。


「……綺麗」


 下からでは見たのでは分からない岩の上部を目にした時、リナがポツリと溢した。

 口にはしなかったが、他の者達も同様の感想を持った。

 

 彼女らの目に映ったのは、雲の作る大海に浮かぶ大きな島。そしてその島に生え広がる陽光に照らされる緑の木々であった。

 どこか現実感のない幻想的な光景。


「これは……。シスネ様――」


 驚いた表情でその光景を見たパッセルが、少し慌てた様子でシスネへと顔を向けた。

 しかしパッセルは、向けた先でまた違った驚きをみせ、続く言葉をゴクリと静かに飲み込んだ。


 シスネが泣いていた。

 声も出さず、無表情。

 しかし、目の端から溢れた涙を、上空の少し強い風に吹かせて後方へと流しながら眼下の森を眺めて泣いていた。

 ランドールが無くなり、それでもシスネが気丈に振る舞っていたのは周囲に人がいたからで。

 それは、人前で泣いて取り乱す事に、ランドール当主として恥である、という意識が強くそうさせただけ。


 そんなシスネだったが、目の前の光景に緊張の糸が切れたのか、喜びと安堵の涙を流していた。

 

「良かったですね、シスネ様」


 微笑みを浮かべたパッセルがそう語り掛けると、シスネは少し気恥ずかしそうに手の甲で涙を拭った。


「ええ……。本当に」


 言うと、また涙が溢れそうになって、シスネはそれをグッと堪えた。

 雲海に浮かぶ島。

 その上に広がる森。

 そしてその森の奥に見えるのは、丘の上、庭先で幾度となく眺め、目を瞑らずとも頭に浮かべる事の出来る見馴れた街並。

 ランドールの街が確かにそこにあった。




「降りますわよ」


 ミキサンの言葉を合図に、一同は降下し始める。

 緑と、そして僅かに黄色が混じり始めた木々の広がる森。その森と街の境である門の前にミキサン達は降りた。


 降り立ち、すぐに門の向こう側からこちらに顔を向ける沢山の目がある事に気が付いた。

 急き立てる心を意識的に押さえつけ、先頭に立ったシスネが門を潜る。街の中へ。


 知らない顔などひとつもないランドールの住民達が、みな笑顔でシスネの前に立っていた。

 シスネは、また押し堪えたはずの涙が出そうになる。


 ふとすれば溢れそうになる涙をどうにか抑える事に必死で、言葉のひとつも発する余裕の無いシスネが四苦八苦していると、ゆっくりと人波が割れた。

 そうして現れた赤髪の女性。

 その赤毛が揺れるのを見た時、シスネの努力は虚しい徒労に終わった。

 堪えきれなくなった。


「おかえりなさい、姉さん」


 その言葉と笑顔に、シスネは一度言葉を詰まらせて、それでも何とか言葉を絞り出した。


「……ただいま、フォルテ」


 それを合図にシスネに届けられたのは、ランドール住民から紡がれた万雷の「おかえりなさい」。

 それをしばらく全身で浴びた後、シスネはゆっくりと頭を下げた。

 シスネが頭を下げた事に驚いた住民達の声が止む。

 静かになった場に、頭を下げたままのシスネが声を広げた。


「心配させてすみません。迷惑をかけてすみません。わがままを言ってごめんなさい」


 そう謝罪した後、シスネは下げた時と同じだけの時間を掛けてゆっくりと頭を上げた。

 そして微笑んだ。

 いつかの夜のように意図的な笑顔ではなく、自然と笑顔になれた。


「恥ずかしながら、出戻ってしまいました」


 そう、ランドールの姫君は気恥ずかしそうに笑った。

 そんなシスネの、おそらく住民達は初めて聞くであろう氷の姫君のおどけりに声を出して笑った。

 涙を流して、彼女の無事な姿を見れた事を喜び合ったのである。

 


 そうして再会の喜びが繰り広げられる中、その輪から距離を取るように少し離れた一番後方にいたのがヒロとハロであった。

 めでたい事柄が行われているはずのその場で、ヒロとハロは口を半開きにした場違いな顔をしていた。

 驚きの表情。

 別にシスネのおどけりが珍しかったとか、住民達の反応がどうだったといった事ではない。


 そもそも二人はシスネ達を見ていなかった。

 二人の視線の向かう先はシスネ達の後方。丘の上にあるランドールの姫君の住まう屋敷――それの更に後方。

 僅かに霞がかって見える大きな城。

 それが二人の視線を釘付けにしていた。


 見覚えのあるその城に、――疲れてるのかな? と、二人ほぼ同時に目頭を軽く揉んでみたりした。それでもう一度確認したが、やっぱり知ってる城だった。


 再会の喧騒を近くにいながら遠くに聞いていたヒロが叫んだ。


「俺ん家じゃねぇーか!?」


 しかし、そんなヒロの叫びは喧騒に呑まれて誰の耳にも届かない。ただ隣で同じ様な顔をして城を見つめるハロだけが、コクコクと何度も首を縦に振った。


 俺ん家と言ったヒロだが、実は俺ん家でもなかったりする。

 たまたま空を移動していたら見つけて、誰も居なくて静かだし、広くて部屋も多いしで、それで気に入ってヒロが勝手に住み着き始めただけである。


 遠い昔。

 かつて世界を震撼させた魔王がいた。

 まるで神に対抗するように天空に居を構えたその魔王は、やがて居なくなり、そうして雲に浮かぶ城だけが残された。


 ヒロとハロが見ていたのは、まさにその魔王の城――を勝手に自分の根城にした「俺ん家」であった。


 ちょっと留守にしていた間に、ヒロの家はいつの間にかランドール住民に乗っ取られていた。しかも、森や街という拡張をされた上で。

 泥棒と叫びたい衝動に駆られる。

 ただ、もともとヒロの物でも無いので、文句は誰につけようかと悩むところ。


 

 ヒロの声など無かったかのように、フォルテがシスネのすぐ隣に並んだ。

 以前ならば、最愛の姉が帰ってきた事に抱き締めて体中で喜びを表現したであろうフォルテであったが、住民達の手前、それを我慢した。


 ――今の自分はランドールの代表。領主なのだ。

 姉にそう託された。

 託されたからにはやり遂げねばならない。


 今のフォルテにはそういう自覚がある。

 甘やかされてばかりだった頃とは違う。


 だから、フォルテは再会もそこそこに(ほんとは街を挙げて喜びたいくらい嬉しいのだが)並び立ったシスネの隣で腕を広げ、さぁ刮目せよとばかりに街を大仰に示した。


 ここはランドールであってランドールではない。

 同じ形をした全く異なる新しい場所。


「ようこそ姉さん。改めて紹介します。ここが――こここそが新たな私達の街ランドール。――天空領ランドールです」

6章完結です

7章は書き溜まり次第公開予定

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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