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怪物と申し子

「生き残り……? いやだが、そんな気配は無かった。なんでまだこんなにいるんだ?」


 上空を見上げながら忌ま忌ましそうにヒロが溢す。


「悪魔というのは、瘴気と魔力と負の気配で自然に湧くモノでやんす」


「それってつまり……」


「そうでやんす。今のランドール地方は稀にみる悪魔の誕生スポットなんでやんす」


「これだけの数がたった今湧いたってのかよ!?」


 ヒロが舌打ちする。

 怪我こそ先ほどのハロの治療で完治したヒロであるが、魔力の回復は微々たるものでまだまだ本調子ではない。

 ヒロのイライラに呼応するように、三度屋敷が揺れる。


「まずいでやんすよ。あいつらの狙いはシスネさんでやんす。いままでは同じ悪魔であるあっしがいるこの屋敷には手を出して来なかったんでやんすが……。悪魔数匹ならいざ知らず、流石にこの数。屋敷の結界もいつまでもつか……」


 トテトテがそう話す間にも、地鳴りを伴い屋敷が二度揺れた。

 タイミングでも合わせているのか、悪魔達から屋敷に向けて同時に放たれるいくつもの攻撃魔法。

 それらは屋敷の周囲に張り巡らされた結界により、屋敷自体に届く事はない。

 しかし、悪魔の放った魔法が結界に直撃する度に、爆音と共に屋敷が大きく揺れていた。


「俺が出る」


「アタシも」


 いつの間にかクローリから解放されていたヒロが言い、間髪入れずクローリが続く。


「しかし……」


「しかしもかかしもあるか。このままじゃほんとに潰されるぞ」


 二人の応戦に難色を示すシスネに、ヒロが悪態でもつくように反論した。

 行くなと言いたい場面ではあるが、周囲に爆発音が響く度に、結界からも嫌な音が漏れ出ている。

 このまま一方的に砲撃の雨を受け続ければ、ほどなくして破壊されるだろう事は誰の目にも明らかだった。


 ヒロは険しい顔をしたまま踵を返すと、「おい、何か武器ないか? 俺のは全部壊れてるんだ」とトテトテに叫ぶように問うた。


 剣でも槍でもなんでもいい、と付け足したヒロに「避難して来た住民の忘れ物が物置きに」とトテトテが答え、足早に庭の奥へと消えた。

 その後ろを確認するように少しだけ眺めた後、ヒロは自身のすぐ隣でふよふよ浮いていたハロへと顔を向けた。


「ハロ、こいつら頼むぞ?」


「う、うん。怪我したらすぐに戻って来てね? 無茶したら駄目だからね?」


「努力する」


 それだけ言うとヒロは、剣や槍を何本も抱えて戻って来たトテトテへと顔を戻した。

 少しだけ、どれにしようかと悩んだヒロだったが、剣にせよ槍にせよ、銃以外はからっきし。どれでも一緒かと、結局一番上にあった剣をトテトテから受け取った。

 

「姐さんがもうすぐ来るはずでやんす。それまでなんとか持ちこたえてくだせぇ」


 トテトテの言葉に頷くと、剣を手にしたヒロは屋敷の門で待つクローリの元へと向かっていった。


「ヒロちゃん、剣も使えるの?」


 重さを確かめる様に軽く剣を素振りしながらやって来たヒロにクローリが尋ねた。


「いーや、全く」


 鼻ででも笑いそうな顔をしてヒロが返す。

 銃の鍛練こそ毎日欠かさず行うヒロだが、銃の扱い以外はずぶの素人。そもそも魔法が主体であって近接職ですらない。

 それでもまぁリーチも長いし素手よりマシだろう――くらいの気持ちで武器を手にした。

 普段の有り余る魔力に期待出来ない以上、この剣一本でどうにかするしかない。


 剣を肩にもたげたヒロがクローリの隣に並び立つ。

 正面には屋敷の門。

 そしてその先には、今か今かと悪魔達が赤い目をギラつかせて、二人が出て来るのを待ち構えていた。


「あんたがいると心強いな」


 正面を見据えたままヒロが言った。

 それを横目で見たクローリ。

 ヒロの横顔は少し笑っているようだった。


「誰かに背中を預けて戦うなんてのは初めてだが……、あんたに預けるぞ?」


「……ええ。任せて頂戴」


 胸の昂りを感じながら、しかしそれを表に出さず、クローリは静かに腰を落とすと、手に持つ人丈ほどもある大剣を構えた。

 そうしてクローリは構えたままの剣に魔力を充実させていく。


「いくわよヒロちゃん」


「……ちゃんはやめろ」


 ヒロが文句を言った直後、クローリは一足飛びに門を潜り抜けた。

 クローリが飛び出すと同時に、クローリ目掛け悪魔からの一斉砲撃。


黒凰(こくおう)!」


 自身に向けて放たれた魔法への怯えなど一切見せず、クローリが剣を振るう。

 空気を剛断したような風音と共に放たれたのは、剣に纏わせたクローリの魔力と気力との混合力、闘気。

 黒色の鳥を模した闘気は、燃え猛るオレンジ色の光に包まれながら大きな翼を広げると、正面で待ち構えていた悪魔達を引き裂きながら真っ直ぐ飛翔した。


 クローリが動きを止める事なく、悪魔の前に躍り出る。


「枷も手加減も無い怪物は強いわよ」


 怪物はそう告げるや否や、眼前にいた悪魔に巨大な剣を振り下ろした。

 頭から真っ二つに両断された悪魔が悲鳴ともつかない声をあげながら黒霧となって霧散する。

 普段よりも膨張した筋肉を纏い、一体、また一体と次々にクローリが悪魔を一刀のもとに斬り伏せていく。

 悪魔の巣窟に暴風となって舞い降りた怪物は、気の向くままに暴れ、悪魔を蹂躙した。


「人間業じゃないな」


 一足遅れて門を出たヒロが、下級の悪魔相手に無双するクローリをやや遠目に眺めながら溢した。

 悪魔は、一体だけでもその脅威はSランク。

 それを容易く討ち取っていくクローリは、既に人間の限界を越えたSSランクに達しているのだろう――


「うしっ!」


 ヒロは一度気合いを入れると、使い慣れない剣を手にしながら適当な悪魔に向けて駆ける足を更に速めた。

 と、そんなヒロに悪魔数体からの放たれた氷柱が襲う。

 前方から飛来した氷柱。

 いつものヒロならそんな攻撃の十や二十、わけもなく撃ち砕けるのだが、魔力が底をつき、魔力による身体能力の強化もままならない。いわば生身のヒロ。

 ヒロの純粋な身体能力は常人よりもやや優れてはいるが、Sランクの悪魔と戦うには足りない。

 避けきれず、氷乱槍(ブリアランス)の直撃を受けた。

 ヒロの体に何本もの槍が突き刺さる。


 ヒロが直撃を受けた瞬間、悪魔がニヤニヤと薄ら笑いを浮かべた。

 しかし、笑った悪魔のすぐ傍から声があった。


「残像だ」


 割とお気に入りの台詞を吐いて、剣を一閃。

 そうやって悪魔の首をはねたのは、氷乱槍(ブリアランス)の直撃を受け、体を貫かれたはずのヒロだった。


欺瞞(デコイ)か……。ヒヤリとしたわね」


 ヒロが体を貫かれたのを目撃したクローリが、剣を振りながら安堵の表情を見せた。

 屋敷内のハロからヒロに向けて行われたのは、本体とそっくり同じ容姿の分身体を作り出し、敵の目を欺く視覚系魔法欺瞞(デコイ)による撹乱戦術のサポート。

 特に打ち合わせをしたわけでもないが、魔力の枯渇するヒロに必要だろうとハロが判断し、魔法を掛けられたヒロも瞬時にその意図を理解し、付与されたそれを最大限利用出来る様に動いた。

 この阿吽の呼吸こそが、二人を最高の相棒たらしめる。


 もっとも、状況判断こそ早いヒロだが、どこか抜けているのもヒロである。

 悪魔の首をはねたヒロにたいし、ハロは「ああ、もう……」とがっかりした様子で顔に渋い表情を浮かべた。


 屋敷の中にいるハロの表情など見えず、余裕綽々な態度で二体目の悪魔に狙いを向けたヒロ。

 そんなヒロにハロが叫び声をあげた。


「ヒロ! 倒せてないわよ!」


 ハロの声がしたのと同時、剣で頭を切り落とされたはずの悪魔がヒロを背後から襲った。

 慌てて振り下ろされた爪をヒロが体を無理矢理に捻って回避する。

 直撃こそ免れたヒロだが腕を僅かにかすめ、切り裂かれたローブの隙間から血が滲む。


「そういや物理攻撃は効かないんだっけか……」


 体勢を立て直しつつ、再生した悪魔を見て苦々しく吐き出した。

 最高峰の力を持つ魔法使いも魔力が無くてはただの人。

 自分達が有利と見るや、ヒロの周囲に群がっていた悪魔達がニタニタと下卑た微笑みを浮かべ、まるで小動物でも甚振るようにヒロに攻撃を仕掛け始めた。

 魔法に爪にと、悪魔達の非常に緩慢な動き。


 ヒロは完全に遊ばれていた。

 少し前までとは立場が真逆になってしまっている。


「くそっ! ムカつく連中だな!」


 逃げ回りながらヒロが悪態をつく。

 見かねたハロが屋敷の敷地内を飛び出す素振りをみせた。

 しかし、それをシスネが引き留めた。

 相棒のピンチ。その手助けに行こうとする事に水をさされた気分にさせられたハロが、小さく眉を上げてシスネへと振り返った。


「行くならついでにこれを持っていってください」


 そう告げたシスネが差し出した手にあったのはひとつのペンダントであった。ペンダントには赤く輝く親指ほどの宝石。


「これって……」


「鳳凰石ランドールです。この石は、持ち主の魔力を少しずつ溜め込む性質があります。石の純度が高いほど、その力も大きい。もっとも、二年間貯めておいたものは3ヶ月ほど前に使ってしまいましたし、私は魔法の才に恵まれませんでしたから、いま中に蓄積されている魔力は微々たるものでしょうが……。無いよりはマシでしょう」


 シスネはひとしきり話をしたのち、一旦閉じると、もう一度ハロに向けて受け取れと小さく手の平のペンダントを揺らした。


「……いいの?」


「近々彼の物になる石です。好きに使ってください。彼ならば、私なんかより余程有効活用してくれるでしょう」


 暴れ回る怪物と、逃げ回る英雄。

 屋敷を守るための時間稼ぎとしてはどちらも有効ではあったが、逃げてばかりではただ疲弊するだけ。

 流石のクローリも、斬れども斬れどもいまだ多く残る悪魔の群れを一人で相手し続けるのは厳しい。


「……ありがと」


 礼を述べ、ハロが鳳凰石を受け取ろうとした直後の事であった。


「妖精さんが出張る必要は無いみたいでやんすよ」


 上空を見上げたままのトテトテが横からそんな言葉を投げて来た。

 どういう事かと疑問を抱いたシスネとハロが、トテトテの視線の先へと顔を向けた。

 そうして、向けたその視線の先。

 二人の視界の中に、上空で偉そうに腕を組む人物の姿が飛び込んできたのである。



「前座、ご苦労様。あとはわたくしに任せて引っ込んでいなさいな」


「相変わらず偉そうだな」


 傲慢不遜な態度にヒロが反発するように言葉を紡いだ。


「偉そうではなく偉いのですわ。少なくとも、羽虫相手に逃げ回るしか能のない小童よりは」


 いつかの続きでも始めるようにそう言って、魔王ミキサンは不敵に笑った。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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