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理由が必要ならば・2

 リナから母親の名前を聞き捜索を再開させたヒロは、程なくしてその居場所の特定に成功した。

 だが、ヒロの暴視は居場所の特定だけに留まらず、暴視の効果範囲である半径50キロ内の異常をも映し出していた。


 リナの母親の無事を確認した後に見せていた、何処か安心する様な余裕がヒロの顔から消え、表情が険しくなる。

 得体の知れない不安に圧され、ヒロの背中にじわりと汗が滲む。


「ガキんちょの母親は見つけた。ひとまずは無事のようだ」


 険の取れぬままヒロが口にし、リナが大層安心した様に胸を深く撫で下ろした。

 ミナやパッセルもやや笑顔を見せている。

 しかし、吐き出された言葉とは裏腹に厳しい表情をしたヒロにシスネが違和感を覚えた。

 違和感を感じるシスネにが尋ねる。


「何か気になる事でも?」


 シスネの問い掛けに、ヒロはシスネの顔を真っ直ぐ向けたまま沈黙する。

 しばらく何事かを考えた後、ヒロは意を決した様に一度息を吐いた。


「ここにいろ」


 ヒロは頭の上のとんがり帽子を深く被り直し、その場に告げた。


「心配するな。こいつの母親は助ける」


 続いた言葉を言い終わるや、ヒロは箒に跨がった。

 言いたくない事があるから早くこの場を離れたい、という態度があからさまに出ていた。

 それをシスネの言葉が引き留める。


「私は何か気になる事があったのかと、尋ねました」


 ヒロは箒に跨ったまま、視線だけをシスネに向けて厄介そうに「確かめてからな」と曖昧に返した。


「今です」


 強い口調で言ったシスネに、ヒロが小さく舌を打つ。

 ピリピリとしたヒロの空気に、ハロが「ヒロ」と諌めるように名前を呼んだ。

 やや間を置き、ヒロがようやく重くなった口を開く。


「ランドールが無くなっている」


 ヒロの言葉に、シスネは一瞬眩暈を覚えた。

 しかし、倒れている場合ではない。

 まずはもっと状況の把握を――と、質問を続けようとしたシスネに、追い討ちをかける様にヒロの言葉が続く。


「街が……、いや、土地ごと消失していると言った方が正しい」


「ま、待って! 待ってくださいヒロ!」


 青い顔をしたパッセルが横から言葉を挟んだ。


「消失? ランドールの街が消失していると言ったんですか!?」


「……そうだ」


「たしかですか?」


「それを今から直接確かめに行く。だから……、ここにいろ」


 有無を言わさない強い口調。

 ヒロは、―――いま、自分はどんな顔をしているのか――と、今にも泣きそうな顔をしているパッセルを見て思う。

 頑なに一人で確かめようとするヒロだったが、それに待ったを掛けたのはやはりシスネであった。


「私も行きます」


「ダメだ」


「何故です? ランドールの事ならば私も行きます。当然です。自身の目で確かめます」


「ダメだ」


「その理由を聞いているのです」


「危険だからだ」


 意地でも張るよう互いに早い返答。

 ヒロの返答に、シスネが小さな間を置いた。


「あなたが私達を気遣ってくれる事には感謝します。ですが、子供ではないのです。ハッキリと、あなたが暴視で見た事を言ってください」


 答える気はなかったヒロだが、万の群衆に怒鳴られても、死を前にした状況下であっても、自身の信じた事に愚直に取り組むこの姫君。

 頭が良いんだか悪いんだか――どちらにしても、曖昧にやり過ごすのは少なくとも自分には無理だ。

 ヒロは観念した様にため息をついた。


「俺が見たのは、まずこいつの――リナの母親の無事な姿。リナの母親はランドールにいる」


 ヒロの言葉にシスネやパッセルが怪訝な顔をする。


「消失したという話では?」


「最後まで聞けって。――ランドールの街は根こそぎ消えてる。瓦礫のひとつも落ちてない。文字通り、消えている」


「どういう事? 破壊されたという事ではないの?」


 クローリの問いにヒロが首を振った。


「どういう形であれ、破壊された形跡は見当たらない。――いや、待て。そこも大事だが、それよりも悪魔やモンスターがランドール地方に溢れているのが問題だ。一体どうなってる?」


 何処から手をつけたら良いものか。それすらも悩む程に次々と状況が付与されていく。


「スタンピードよ」


「え?」


 成り行きを見守っていたリナが口を挟んできた。

 リナとしては一刻も早く母親を助けたいという気持ちではあったが、ヒロの口から、無事、との報告がなされたため、多少の余裕が生まれていた。


「知らないらしいから教えるけど、数日前、ランドール地方を中心に、モンスターのスタンピードが起きたのよ。だから、私達も村を捨ててルイロットに行こうとしてたの」


「スタンピードか……。いや、だが、モンスターに壊されたような跡じゃない。更地なんだ。今のランドールは」


「ねえ! 本当に母さんは無事なの!? ランドールにいる

って言うけど、そのランドールは更地だとも言うし。どうなってるか全然分かんないんだけど!?」


「ああ、無事だ。それは間違いなくな。ランドールの街は綺麗さっぱり――(ここでバシッとハロに頬を殴られた)――ランドール自体は見当たらなかったが、街があったところに屋敷が一軒だけポツンと建っていた。場違いな感じでな」


「屋敷? 良く分かんないけど、母さんはその屋敷にいるって事?」


「ああ」


 ヒロの力強い頷きに、リナは安心したのかそれ以上の追及をして来なかった。


「ねぇ、ヒロちゃん」


「ちゃんはよせ」


 クローリからちゃん付けで呼ばれたヒロがすぐさま反論する。


「屋敷というのは姫様の屋敷よね?」


「いや、違うな。ランドール家の屋敷は前に見たから知っている。別の屋敷だった」


 ヒロがそう答えると、シスネとクローリが顔を見合わせた。

 シスネは小さく頷いた後、ヒロへと向き直った。


「その屋敷に塔のような尖った屋根の建物はありましたか?」


「ああ、あった」


 ヒロが頷く。

 肯定と同時に、浮かんだ疑問を口にする。


「あの屋敷はどういう屋敷なんだ? なんであの屋敷だけ無事なんだ?」


 一拍置いてからシスネは答えた。


「魔王の屋敷です。正確にはその主人の屋敷でしょうか」


 シスネの言葉を聞き、何かを思い出すかの様に「ああ」と納得した様にヒロが呟く。

 この場で『魔王』という不吉な単語にギョッとしたのはリナだけであった。


「とにかく、あの屋敷が残っているならば、その屋敷に向かいましょう。リナの母親の事も含め、ランドールに何があったのかを知るには、その屋敷の住人に問い質すのが一番早い」


「最初に戻るが、ダメだ」


「あなたが連れて行かずとも、私達は勝手に行きます」


「ダメだ。危険だと言っただろ? どうしてそう行きたがる?」


「ランドールの事だからです。それでは理由になりませんか?」


「ならないな。俺は『無事に』お前らをランドールに届ける、そういう取引だ。最終的には連れていく。それは守る。だが、いまはダメだ」


 黙ってヒロの言葉を聞いていたシスネだったが、何かを言い返す前に横目にリナを見た。

 それは一瞬で、魔王という単語で頭がいっぱいだったリナは気付かなかった。


「負い目もあります」


 囁く様に紡いだ言葉。

 負い目? とヒロが疑問に思うが、間髪入れずにシスネの言葉が続いた。


「とにかく、私は行かねばなりません」


 ヒロがいくらダメだと言おうが、結局のところ、ヒロが離れた後ではシスネ達をこの場に引き留めて置く事など出来はしない。

 言葉通り、勝手に行って、勝手に危険な目に会う。

 着地点もろくに見えないこの不毛なやり取りに、だんだん面倒になってきたヒロが悪態をついた。


「ああもう! 勝手にしろよ!」


「勝手にします」


 涼しい顔で言い、そそくさと馬車に乗り込むシスネ。

 ミナが「勝手にしまーす」と愉快そうにシスネのあとに続き、青筋立てるヒロに軽く会釈したパッセルもそれに続く。

 「わ、私も!」と最後にリナが強引に乗り込んだところで、いつの間にか御者台に戻って手綱を握っていたクローリが馬に号令を掛けた。


 ワナワナとヒロの肩が震えるのが、肩に乗るハロに伝わってきた。


「勝手にしろ!」


 ランドールに向かって進み始めた馬車に向かい、木々の葉が揺れる程の大声でヒロは叫んだ。

 その場にはヒロとハロだけが残された。


 馬車が見えなくなるのを無言で見送った後、やけに静かになった周囲の沈黙の中で、ハロが言葉を発した。


「ねぇ、ヒロちゃん」


「や、め、ろ! ――なんだよ」


「一人で平気?」


 肩に乗ったまま、不安げにハロが尋ねた。

 ヒロは目だけを横にやり、ハロを見た。


「……ああ。任せて良いか?」


「うん。――気を付けてね」


 二人の会話に主語はない。

 けれど、それで十分だった。


 短いやり取りを終えると、ハロはヒロの肩から離れ、シスネ達の乗った馬車を追い掛け始めた。

 すぐに見えなくなったハロを見送った後、ヒロは手にした箒に跨がる。

 跨がると同時。

 箒は爆発でも起こした様に急発信し、森の上空へと上り、そのままの速度でランドールに向け猛スピードで進んでいった。


 先行した馬車をあっという間に抜き去ったヒロが無数の悪魔やモンスターがひしめくランドールの地にたどり着いたのは、それから一時間後の事であった。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
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