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賢者の卵とキワモノ

 ランドール地方へと続く街道を馬車で進んでいたシスネ一行。

 御者台で手綱を握っていたクローリに、声を掛ける影があった。


「おい、クローリ」


 正面に顔を向けたままクローリが横目に声の方へと視線を動かした。

 その視線の先に、箒に跨がり、馬車と並行して飛ぶヒロの姿があった。


「どうかした?」


 シスネとの取引にて、ランドールまでの護衛としてシスネ達と共に中央からここまで同行する事になったヒロ。

 そんなヒロだが、一匹狼を好むのか、普段はもっぱら馬車の上空を飛んでいて、必要以上にシスネ達と関わろうとはしなかった。

 そんなヒロがわざわざ上空から降りて来て、声を掛けてくるのは、決まって何か用事がある時。


「馬車を追い掛けて来てる奴がいる」


 小さく顎で背後を示しつつ答えたヒロに、クローリはハッとした表情を見せた。

 逃亡者として追われるシスネ。そのシスネに向かって追っ手が放たれているだろうとは思っていたクローリ。

 それが追い付いて来たのかと、内心で少し慌てる。

 そんなクローリの動揺の理由を察したのか、ヒロは首を横に振って「違う」と応じた。


「追っ手じゃない。子供だ」


「……子供?」


 王国から放たれた追っ手ではないと知り、安堵したクローリであったが、しかし、追って来るのが子供と言われ怪訝な顔をした。


「姫様」


 ――もしかしたら例の……。と、子供の正体に思い当たったクローリが、馬車の中にいるシスネに声を掛けた。

 中で二人の会話を耳にしていたシスネは、小さな逡巡ののち、「確認しましょう。止めてください」とクローリに返した。


 馬車がゆっくり速度を落とし、やがて止まった。


 しばらく、追ってくる者の正体を確かめようと、馬車の後方に伸びた街道を眺めて過ごす。


 そうして、人が――しかも、子供が走る速度としてはやけに早い足でやって来た者の姿に、シスネが「違うようです」と口にした。


「出す?」


 クローリに、馬車を走らせるかと尋ねられたシスネが返事をするより先に、追い付いて来た者が馬車に向かって叫び声をあげた。


「そこの馬車! 待ちなさい!」


 人の足で馬車を追う、というやや非常識な真似をして息を乱した声の主――リナが、馬車と少し距離を置いて止まった。

 そんなリナと馬車の間に、いつの間にか箒から降りたヒロが割って入った。ややめんどくさげな顔をして。


「おい、チビッ子。何か用か?」


「何か用かですって!? 白々しい! ママは返してもらうわよ人拐い共!」


「はぁ?」


 身に覚えのない人拐い扱いに、ヒロが露骨に顔をしかめる。


「トボけようたってそうはいかないわ! 馬車の中に、拐った女の人達を閉じ込めてるのは分かってるんだから!」


 リナの言葉に、ヒロだけでなくクローリも表情を変えた。


 現在、シスネの乗る馬車には、ハロによる隠蔽系の魔法が施されている。

 そのため、ヒロやシスネ達を除く他の人の目には、馬車の中には荷台いっぱいの荷物が積まれているようにしか見えない。

 他者の目にシスネ達の姿は見えないし、魔法やスキルによる感知すらも出来ない。

 だが、確かにリナはハッキリと「馬車の中」に人がいると口にした。関所すら問題とせず、モルガンでも更に優秀なハロの魔法を見破った。


 どう見ても12歳前後の少女にしか見えないが、それを為せるだけの人物であると、ヒロやクローリが警戒心を強める。


 めんどくさげだった顔を止め、真面目な顔つきになったヒロが少女に注視する。

 ヒロは少女に目を向けながら、御者台から降りようとするクローリを軽く手で制した。


 子供には違いないが、逃げられる様にはしておけ――と暗に示したヒロに、クローリは降りるのを止め、手綱を握り直した。

 それを認めるヒロが赴ろに握り拳を作る。

 そして、言った。


「さいしょはグー」


「はっ?」


「じゃんけん、ほい」


 ヒロからの突然のじゃんけん。

 唐突に挑まれたリナが、呆け、半ば条件反射の様に手を出した。

 やや後出し気味のリナのパーが、ヒロのチョキに切り裂かれる。


「俺の勝ちだな」


「はぁ? あんた突然何を――」


「あっち()()、ほい」


 疑問の声をあげるリナには構わず、ヒロが向かって右側を指差した。


「え?」


 リナの怪訝な声。

 それと同時、リナの体がヒロの指し示した方向にクルリと向き直る。

 そうしての突然の駆け足。


「何!? どうなってんのよ!? ――ちょっとおぉぉ……」


 叫び声を上げながら、リナはそのまま明後日の方向に走り去ってしまった。


「よし。排除」


 一仕事終えたとばかりに、ヒロが手でクイッと鍔を動かして、帽子の位置を正した。


三択勝負(じゃんけん)なんてキワモノを会得してる人、カナリア様以外に初めて見ました」


 馬車の後方から顔だけを出していたミナが愉快そうな表情で、今見た魔法についての感想を述べた。

 それを聞いたヒロが、腕を組み、ふっと不敵に鼻を鳴らす。


「【じゃんけん王ヒロ】と呼んでくれてもいいぞ?」


 自慢気に言ったヒロに、ハロが呆れた顔をして、ミナが笑った。


「たしか、じゃんけんで100人に100連勝するんでしたっけ?」馬車の中からパッセルの問い掛け。

 魔法名・三択勝負(じゃんけん)

 取得のための儀式の条件は、じゃんけんで100人の者に100回連続で勝つ事。

 この魔法は、じゃんけんに負けた者を強制的に追い払う、という少し変わった効果がある。

 100人に連勝する事で得られるこの魔法は、取得するだけなら実はそう難しくはない。

 条件となるじゃんけん勝負自体に制限が無いため、たとえ八百長だろうと100人の協力者がいれば獲得出来てしまう。

 しかし、八百長してまで覚える者はおらず、そこにミナがキワモノと言った理由がある。


 繰り返すが、この魔法は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それは使用者も例外ではなく、じゃんけんで負けると使用者本人が追い払われるという事態に陥る。

 覚えるのは簡単、しかし、腕っぷしではなく三択という運の要素で左右されるというリスキーさがあって、自分から進んで覚えようとする者はいない。八百長で覚えてもあまり意味の無い魔法なのである。


 だがそれは、裏を返せば(じゃんけんの)真の強者だけが使いこなせるという事を意味する。



 その強さが人生に必要かはさておいて、


「そそ。ヒロってば、この魔法を覚えるために、色んな街に行く度に、そこらの人に片っ端からじゃんけん勝負挑んだのよ? 呆れちゃうわよ」


 やれやれ、と首を振るハロの様子に、ミナがまた笑う。

 と、笑っていたミナが何かに気付いた様に笑うのを止め、それと同時にヒロが少し意外そうな顔をして、リナが走り去った方向へと顔を向けた。


「意外だな」


「またこっちに戻って来てますよ?」


 ヒロが言い、ミナが補足でもする様に、ヒロと同じく木々の広がる森を見やりながら口にした。



「ふっ……ざけんじゃないわよ!」


 憤怒の表情で叫んだのは、消えたはずの森の中から舞い戻って来たリナであった。

 ゼェゼェと肩で息をしつつも、当初からの強気な態度はそのまま。むしろ怒気がやや強まっている。


「チビッ子。どうやって俺の三択勝負(じゃんけん)から抜け出したんだ?」


「教えるわけないでしょ!?」


「だよなぁ……。――最初はグー」


「二度も引っ掛かるわけ――」


「じゃんけん、ほい」


 リナが言い終わるのを待たず、ヒロが合図するや手を同時につき出す二人。今度はグーとチョキ。またヒロの勝ちであった。


「なんで!?」


「挑まれた時点で強制だからな。――あっちいけ、ほい」


 先程と同じく、ヒロがまた指で右を指し示した。

 クルリと方向転換したリナは、強制的に示された方向へと足を動か始めたが、数歩走ったところで、「エ、逃げの極意(エスケープ)!」と慌てて叫んだ。

 途端にピタリとリナの足が止まる。


「なるほど、逃げの極意(エスケープ)にそんな使い方があったのか」


「『逃げる』って解釈は、何もその場から逃げ出すだけって事じゃないわけね。勉強になったわ」


 ヒロとハロが顔を見合せ、悟った様にウンウンと頷き合った。


「ふ、ふふん。何度やっても同じなんだから!」


 慌てて解除してしまい、手の内を早々に晒す羽目になったリナがやや強がりを混ぜて返した。

 そうして、「さあ、人拐い共!」と腰に左手を当てたリナがヒロを指差し――ポカンと呆けた表情になった。


「ん?」


 そんなリナの様子に、ヒロが怪訝な顔をする。

 リナの視線はヒロでもハロでもなく、その背後。ヒロを通り越して馬車の方へと向けられていた。


「ヒロ、追い返すのは少し待ってください」


 自分を呼ぶ声の方へとヒロが振り返ると、二人がやり取りをしている間に馬車から降りていたシスネの姿があった。

 相変わらずの無表情。

 それでいて凛とした佇まい。

 透き通るような白い肌と、白に映える赤目。

 薄青の髪と、そこからのぞく長い耳。


 言葉を失い、ただシスネを凝視するリナ。

 そうするリナに、シスネは無表情のまま声を掛けた。 


「人拐いと言いましたね? あなたの――」


嵐突(エアスラッシュ)!」


 突然、呆けていたはずの顔を一転させ、リナが眉間に大きくシワを寄せた険しい表情で魔法を発動させた。

 風系の中級魔法。

 高速で放たれた空気が渦を巻きながら、槍の様に敵を穿つ。

 リナはそれをシスネに向けて放った。


 少し前のリナならば使えない魔法であった。

 シンジュと別れて以降のリナが自力で獲得したのは、お預けにしていた逃げの極意(エスケープ)のみで、それ以外の儀式をこなしてはいない。


 ただ、同じくシンジュと共に出会った精霊チェリージャン。その精霊に、友であるシンジュの旅への同行をお願いをした際、彼女は精霊より祝福を得た。

 精霊の祝福。つまり、加護である。


 人技、魔法。いわゆるスキルと呼ばれる物は、創意工夫や努力といった自らの力で手にする物。対して、加護というのは、それらと違い、他者によって与えられる物。認められた者だけが得られる力。


 そうして、リナは認められた。

 精霊という超常の存在に。

 しかも、意思の無い精霊よりも高位の精霊、チェリージャンというこの周辺の土地を庇護下に置く大精霊にである。


 精霊の加護持ちは力のある魔法使いならば珍しい事でもないのだが、一般的に、大精霊の寵愛を受ける者は賢者と呼ばれる魔法使いである。

 この賢者という存在は、広い大陸でも僅か三人。かくいうヒロも火の大精霊の加護を持つ賢者の一人である。


 意思を持つ大精霊には、加護を与えるのにそれぞれ「好み」の様な基準があるらしく、例えば、ヒロを守護する火の大精霊は、勝負事を好み、「勝てたら加護をやる」というスタンスで、ヒロは見事それに勝利し、加護を得た。

 そんな中でもチェリージャンは特に気難しいとされる風の大精霊として一部のコアな魔法使い界隈で知られている。

 チェリージャンの基準は単純ながら難解。

 ただ、チェリージャンが気にいるかどうか――である。

 言葉にすればそれだけの事だが、愛想の無さ、取っ付き難さに特化した様なチェリージャンに気にいられるのはかなり難しい。

 その気難しい大精霊の加護をリナは得た。


 これはつまりは、ヒロが持つ「最年少の大精霊の加護持ち」という記録を、リナは知らず知らずの内に乗り換えた天運の持ち主であり、大陸に新たな賢者が生まれたという事を意味するのである。


 チェリージャンはリナからのお願いを聞いた際、当初は、加護をリナではなくシンジュに与えようとした。

 自身はこの土地を離れる気など全くなかったチェリージャンは、加護だけ与えて、それでお願いに応える形にしようと思っていた。

 が、よくよく考えれば、シンジュには魔力が無い。

 少ないとかではなく、無いのである。

 精霊の加護というのは、それぞれの特性である魔力属性の強化をするというモノであるため、与えた加護も、魔力が無ければ意味が無い。

 迷った挙げ句(というか引き受けてしまったので)、仕方なく加護と眷属の下位精霊をリナに与え、自分が離れても周辺の土地が力を失わぬように便宜を図った。

 そして自身は、シンジュと共に中央へ。


 これが、いずれ賢者と世界に知れ渡る少女の物語の始まりであった。


 しかしながら、現在の若過ぎるリナはまだ魔力の発展途上段階である。まだまだヒヨッコ。それでも、中級魔法を行使出来たのだから末恐ろしいというもの。


 そして、その若さゆえの早計さは、悪魔の容姿を持ったシスネを目にした時に露呈した。

 父親の仇が悪魔という事も大きく影響したそれは、シスネの姿を目にした途端に、問答無用で放たれた魔法となって現れた。


 シスネはこの魔法を放たれた時点で、一人ではどうする事も出来ない。彼女は悪魔ではないのだ。直撃すれば体を貫かれ死んでいただろう。


 直撃すれば――

 一人だったならば――


「オオォォ!」


 雄叫びと共にシスネの前に飛び出したクローリが、片腕を突き出し、嵐突(エアスラッシュ)を受け止めた。

 クローリの鋼の肉体の前に、手のひらに僅かな擦り傷だけを残して高速の風は霧散し消えた。

 

 悪魔の次は怪物。

 自身が今使える魔法で最も強力な魔法が素手で受け止められた事に動揺しつつも、リナは更にもう一発と腕を前面に構え直す。


「キャッ!?」


 そんなリナを素早く背後に回ったヒロが地面に組伏せた。


「おい、冗談じゃ済まないぞ?」


 僅かに殺気の込められたヒロの声が、地面に押さえ付けられるリナの耳に届けられた。


「悪魔の手先だったなんて!?」


 悔しそうに顔を歪めたリナが吐き捨てた。


「は? 誰が悪魔の手先だ?」


「あんたらに決まってんじゃない! 拐った人達をどうする気!?」


「お前なぁ――」


「ヒロ」

 

 反論しようとしたヒロの言葉を、どんな気色も伴わない淡々としたシスネの言葉が遮る。

 そうして、自身が殺されかけた事など無かったような、無表情で淡々としたシスネの言葉が続く。


「少し誤解があっただけです。離してあげてください」


「……お人好しにも程がある」


 やや呆れにも似た難しい顔をしたヒロが、リナを拘束したままシスネを見た。


「あなた程ではありません」


 無表情――よりも、少し悪戯そうな顔をしている様にヒロには見えた。

 ヒロは少し迷った様子を見せたあと、渋々気味にリナの拘束を解いた。解いただけで、リナの傍からは離れない。


 怪物や英雄に監視される中、リナがゆっくりと立ちあがり、纏う薄い布地についた土を手で払った。

 それから、憮然とした表情でシスネに目をやる。

 それを認めてから、シスネはゆっくりと口を開いた。


「まずは……、そうですね。私は悪魔ではない、というところから始めましょうか……。シスネ・ランドールといいます。れっきとした人間です」


 表情を変えず言ったシスネに対し、リナは少し驚いた顔をした。


 ――この人が……。


 友人シンジュが知り合いだと言ったランドールの当主。

 その人物がいま目の前にいるという驚きと共に、「リナよ……です」と少女は申し訳なさそうに小さく会釈を返した。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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