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もう1人の悪魔

「さあ! チェリージャン! 私が見事通り抜けてみせるからこの道の動きを止めて!」


「屁理屈を通り越して理不尽すら覚えるな、この駄目一休さんには」


 屏風と虎の話しをした後、そんなコントみたいなやり取りをしたのが20分程前の事。

 そこから、状況は特に変わってない。

 変わったのは私のお腹がさっきよりも空いてきたよという事くらい。


 状況は変わってはいないけど、何もしなかったわけでもない。

 考えるのがめんどくさくなった私が、試しにと、恐る恐るグニョグニョ蠢く穴に歩みを進めてみたところ――なんと!

 蠢く壁にバシッと腕を殴られた。


 壁に殴られるのは初めての経験であった。未知との遭遇。

 たぶん私が人類で初めてなんじゃないかと、そんな気さえした。

 そんな私がチェリージャンに呆れた顔をされるのはいつもの事。



 前に進めず、時間だけが過ぎていく。

 ちなみに、来た道を戻るという選択肢はなかったりする。

 私達が落ちたところは、何もない洞窟に出来た小さな空間で、その空間にひとつだけ穴が――道があるだけだった。

 つまりはそこがスタート。

 来た道を戻っても、スタートに戻るだけで意味はない。


「ねえ、チェリージャン」


 頭を使う事を早々に諦め、体育座りをして膝を抱えて大人しくしていた私が、まだこの謎解きの答えを考えているらしい頑張り屋さんに話し掛けた。


「なんだ?」


 考えるのを一旦止めて、チェリージャンがこちらに顔を向けた。

 真剣な顔をしたイケメンが目の前に現れた。すぐに呆れ顔のイケメンになるのは仕様である。


「このままずっとず~~っと、ここに閉じ込められたらどうしよっか?」


「……さぁな」


 無愛想な返事が戻ってくる。

 言葉を返したチェリージャンは、興味がまるで無さそうにまたグニョグニョ動く穴へと顔を戻した。


「ずっとここに閉じ込められたら、死ぬまでここで暮らさなきゃだね」


 特に返事は無かったけど、聞いてはいるようだった。


「そうしたら、チェリージャンと二人で生きていかないとだね――ねぇ、チェリージャン。子供は何人欲しい?」


 悪戯っぽく笑って言ってはみたけれど、空気を読まない私のお腹がキュルルと嘶いた。

 クックッと、ほんとに珍しくチェリージャンが声を出して笑った。


「その前にお前は飢え死にしそうだな」


「確かに」


 そんな冗談を言って笑い合う。



 互いにひとしきり笑った後、「飢え死にするまでいるつもりはないが――」とチェリージャンが口を開いた。


「このまま解けなければ、ここで野宿する羽目にはなるな」


「……チェリージャンのエッチ」


 私の冗談に、チェリージャンが軽く両手を上げて、お手上げのポーズを作って見せる。


「馬鹿言う元気がある内は良いが、体調でも崩したらそうも言ってられん」


「ここ数ヶ月風邪も引いてないから平気だよ」


「毎朝顔色悪くして起きて来る奴の台詞とは思えんな」


 呆れたように小さく鼻を鳴らしたチェリージャンだったけど、そこで、ふと何かに気付いた様な顔をした。


「ふむ……なるほど。風か」


「風邪は引かないよ?」


「そっちの風邪じゃない。悪魔の穴に落ちた直後から吹いていた風の話だ」


 チェリージャンに指摘されて、周囲の空気を探るように感覚の手を広げる。

 しばらく、じっと様子を伺った後、


「いつの間にか風が止んでるね」


 チェリージャンが頷き、同じ意見だと示す。


「正解か分からんが、試してみるか」


 ずっと灯し続けている炎を持った右手を、頭の少し後ろにズラした後、チェリージャンが左腕を穴に向かって伸ばした。

 大人しく見ていると、唐突に炎が大きく揺れた。

 どうやらチェリージャンは、松明代わりの炎操(イグニ)とは別に、同時進行で風系魔法の風操(エアー)を使っているらしかった。


 炎が更に大きく揺れる。

 その直後、グニョグニョと動いていた筈のいくつもの穴がピタリと動きを止め、一本の道に姿を変えた。


「良かったな。飢え死には免れそうだ」


 現れた(正解)に、チェリージャンがちょっとだけ嬉しそうに微笑みを浮かべた。

 その顔に、――そんなに嫌かな……私との洞穴暮らし……。そんな事を思う。


「ほら、行くぞ」


 いつもの無愛想に戻ったチェリージャンがそう促して、出来た一本道に向けて足を進めた。

 立ちあがり、その背中を追い掛ける様に小走りで走り寄る。


「ねぇ、チェリージャン」


「……なんだ?」


 こちらに顔を向けるでもなく応じるチェリージャン。その背に向けて、


「いつデレるの?」


 私が問うと、心底鬱陶しそうな、馬鹿を見る目を向けられた。

 どうやら選択肢を間違えたらしい……。

 先程笑い合った時に上がった好感度が、ガクッと下がった気がした。






 チェリージャンの後ろについて一本道を進んだ。

 体感で5分くらい。謎解き時間に比べると随分短い時間を歩いて、一本道を抜けた。

 そこからは、ぐにゃぐにゃ道では無いけれど、同じような謎解きが続いた。

 それを私とチェリージャンで解いていく。

 私と、と言ったがほぼ全部チェリージャンが解いていた気もする。私は後ろで見守る応援係的な感じで、「グゥ~」「キュゥゥウ」と腹の底から声を出して、チェリージャンに声援を送ったりした。


 謎解きは、問題に一応の傾向があったらしく、最初のぐにゃぐにゃ道の答えは風魔法。

 次の迷彩道は水で、その次は土だった。

 4つ目の謎解きに至っては、松明代わりに炎操(イグニ)で暗い洞穴内を照らしていたチェリージャンが近付いただけで正しい道が現れた。たぶん「火」が正解だったのだろう。


 風、水、土、火。

 悪魔の謎解きと、チェリージャンがやや大袈裟に言うので身構えたけれど、分かってしまえば結構単純なモノの様に見えた。

 続いた答えの法則は、最初の風、水の時点で勘の鋭い人なら謎解きに頭をひねらなくとも気付いたんじゃないかとさえ思う。


 もっとも、分かったところで魔法の使えない私はチェリージャンがいなければ詰んでいたと思う。精霊様々。とりあえず拝んでおこう。


 そうやって、チェリージャンの背中に向けて「ありがたや~」と拝んでいたら、チェリージャンの姿がフッと消えた。

 炎操(イグニ)が作る炎の明りが無くなり、辺りが急に真っ暗になる。


 そうして、チェリージャンが目の前から消えた事に「え?」と疑問を思う間もなく、私は落ちた。

 また落ちた。


 正直、何処にと聞かれても私にも分からない。

 辺りは真っ暗だし、本当に突然足元にぽっかり穴が空いたみたいに落ちたのだ。

 ドッキリ?


 ただ、今までと違ってそんなに深いところまで落ちた様子では無かった。

 落ちたと思った時には、「痛っ」と地面に尻もちをついていた。


 ぶつけたお尻を擦りながら立ち上がり、周囲を見渡す。

 まぁ真っ暗闇なので、右を見ても左を見ても特に何が見えたというわけではなかった。

 なんにも見えないけれど、落ちたのだからとりあえず上かと思って上を見た。

 でもやっぱりなんにも見えなくて、暗闇だけが周囲には満ちていた。チェリージャンが探して覗き込んでやしないかと、頭上を見上げたまましばらく目を凝らしてみたが、目の前で消えたチェリージャンが穴から顔を見せる事は無かった。



「だ~れ?」


 突然声がしてビックリする。

 慌てて声がした辺りに顔を向けるが、真っ暗で何も見えない。


「ねぇ、君はだれ?」


 目を細め、少し身構えたまま正面を注視していると、暗闇の中からまた声がした。

 若い声だった。ただ、男の子とも女の子とも取れるどっち付かずの声であった。


「僕の声聞こえてない?」


 少し残念そうな声色。

 若い声で、残念そうな声で、そのせいか暗闇の中の謎の声に不安を抱いていた気持ちが少し軽くなった。

 なもんで、


「……シンジュです」


 姿も見えない相手に向けて、馬鹿正直に名前を答えた。

 

「わっ、聞こえたよ。シンジュは何処から来たの?」


 少し弾んだ声。

 返答があったのが嬉しかったみたいだった。

 問い掛けに、どう答えようかとちょっとだけ悩んで、


「何処って言うか……。――上?」


 自分でも良く分からない。

 ただ、二回ほど落ちたのだから上だろうと結論付けて、疑問符付きでそれを答えとした。


「そうなんだ。上ってたぶん外の事かな? ならここは暗いよね」


「うん、真っ暗」


 また馬鹿正直に見えてないと告げた。

 言ってから反省する。

 私は見えてないけど、口振りから向こうは私が見えているみたいだった。

 こちらは見えてないのに、向こうは見えてる。この状況でそんな事を言えば、不意打ちで襲われても仕方ない気がする。

 こういう危機感の無さが、チェリージャンに小言を言われる原因なんだと思う。

 ただ、声の主は私に害を類いのものではない気もする。


「ねぇ、シンジュ」


「ほ、ほい!」


「良かったらこっちに来ない? こっちは少し明るいよ」


「……こっちにと言われましても、右も左も真っ暗で……」


「僕の声の方に来て。――ゆっくり。慌てないで」


 言われた通りにゆっくりと、暗闇の中、足の裏をズリズリと地面に這わせながら進む。また穴があったら嫌なのです。


 しばらくそうやって進んでいると、靴先が何かに触れた。触れたというより柔らかなモノに突っ込んだ様な、そんな感触であった。

 そこで一旦進むのを止め、恐る恐る手を伸ばす。

 手を伸ばした先、やはりそこに不思議な感触のモノがあった。


「何か……変な感触のモノがあるんだけど……」


 正体不明の何かを無造作に触って確めつつ、そういう感想を口にした。


「変なモノ? ――あ、手が出たよ!」


 手が出たと告げられたのは、突き出した腕をグイグイと不思議なモノの中に押し込んでいた時だった。

 その言葉とほぼ同時に、私の手が柔らかい感触を突き抜けたらしく、手の平から先程まであった柔らかな感触が消えた。

 手首から肘にかけては、まだ何かが触れる感触が残っている。


「そのままズズズイーっと最後まで出て来て」


 何だか愉快そうな声が届いた。

 少しだけどうしようかと躊躇した後、目を瞑り、意を決して全身を柔らかなモノの中に、ズズズィーと押し込んだ。


 全身で不思議な感触を味わい、通り抜ける。

 そうして次に目を開けた時、そこは無機質な檻のある薄暗い部屋であった。

 そして、その檻の中で、


「はじめまして、シンジュ」


 汚れたボロ切れ一枚を身に付けただけの少年が、私に向かって優しい微笑みを浮かべて立っていた。

 天井付近にある小さな穴から射し込む光が、少年を照らしている。


 歳は12歳くらいだろうか……。私より頭ひとつ程背が低い。

 痩せこけた体。

 真っ赤な瞳。

 擦り切れ、所々に穴の空く汚れた衣服

 薄暗い檻の中にどのくらいいるのだろう……。少年の金髪であろう髪色は、汚れがひどく目立っている。


 しかし、それ以上に目立つのは、肩まで伸びた少年の髪からのぞく、人よりも長い耳。





 今にして思えば、これがきっと運命の出逢いだったんだと、そんな風に思う。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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