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とんち大明神

「だからごめんって言ってるじゃん」


 だんだん腹が立って来た。

 だから、ちょっとふてくされた口調と態度で何度目になるか分からない謝罪の言葉を口にした。


 向けた相手は、私の前を早足で歩くチェリージャン。

 時計なんて便利な物は持ってないので正確には分からないが、かれこれ30分程、チェリージャンの作る炎の灯りだけを頼りに、二人で真っ暗闇の中を歩いている。

 歩く道の先から時折風が吹いていて、風が通り抜ける度にチェリージャンの炎が揺らめいていた。


 私に怒っているチェリージャンは、私以上にふてくされて、不機嫌そうにしている。


 ふてくされるチェリージャンの背中を追いながら、自分達の身に起こった事を頭の中で整理する。


 チェリージャンが言うには、ここは中央の地下で、とっても深い場所であるらしい。

 そんな地下深くに来てしまったのは、二人仲良く落ちたから。穴に。


 勿論、ただの穴じゃない。

 悪魔が作る悪魔の穴。それに私とチェリージャンは落ちた。


 モヤに包まれ、穴に落ちる直前、私はさっきまで見ていた姿から変化を遂げたカラカラさんを見た。

 どう見ても人じゃないカラカラさんの姿。

 目は赤く、耳は長く、顔や腕など目につく皮膚に不思議な模様が浮かび上がっている。そんな姿をしていた。


 あれはどう考えても、悪魔の容姿をしていた。

 皮膚の模様はともかく、悪魔トテトテさんを毎日のように見ていたので、間違いではないと思った。


 それで、その事を不機嫌そうなチェリージャンに尋ねてみたところ、「あれは魔人(ハーフ)だ」という答えが返って来た。


 曰く、

 魔人(ハーフ)というのは、悪魔と人の間に生まれた者をそう呼ぶのだという。

 それを聞いた私の感想は、「そのまんまだなぁ」という軽いモノであった。その軽い感想を聞いたチェリージャンは、とてもめんどくさそうな顔をしていた。


 仕方ないのだ。

 他の人なら早々出会す事が無い悪魔だけど、私はそんな悪魔と数ヶ月も同居していたのだ。しかも二人も。なので、別に悪魔と言われても、たいして珍しくもなんともない。


 ただ魔人(ハーフ)という人には初めて会った。

 というか存在自体を初めて聞いた。

 物珍しさから来る多少の驚きこそあったけど、そこは異世界様。私の許容範囲である。

 チェリージャンは聞いた事が無いと言ったけど、知られていないだけで、この調子なら竜人だっているに違いない。夢が広がりんぐ。 

  そういう流れで、そういう事を思って、「あれ? そうなると精霊と人のハーフもいたりするの?」と口にして、「こんな暗闇で二人きりだなんて……。やだ、チェリージャンのスケベ!」と乙女の貞操危機みたいなノリで言ったら、チェリージャンが凄く不機嫌になった。「付き合ってられん」と、付き合ってもいないのにフラれたりした。

 そういう意味の付き合ってられんでは無いけれど。


 それで、何回も謝ってるのに、返事のひとつも返してくれない。「付き合ってられん」のだろう。

 悪魔の穴に落ちた事に関してはさほどに怒っていない様子だった。落としたのが私じゃないって事と、少し前までルイロット地方でも悪魔の穴に落ちていた経験ゆえ、「慣れたモノ」なんだと思う。あんまり慣れたくもない気はする。


「チェリージャン」


「……なんだ?」


 ちゃんと返事があった。

 ここでまたからかうと不機嫌になるので自重しておく。


「お腹が空いて参りました」


 不機嫌にならないよう、敬語で主張しておいた。

 のに、

 鬱陶しそうな顔を向けられた。

 解せぬ。


「俺の分と、宿で貰った物があるだろ? 歩きながら食え」


「それはとうの昔に食べてしまいました。初歩的な事だよ、チェリージャン君」


「何故、お前はそこでどや顔なんだ……」


「どんな状況でも人はお腹がすく生き物なのです。人間だもの」


「我慢しろ」


 しれっとした顔でそんな事を言いやがります。

 何も問題がないとばかりに澄まして歩き続けるその後ろ姿が腹立たしい。


 ケチ、無愛想、へちゃむくれ……と、ぶつぶつと文句を言いながら、歩くチェリージャンの後を歩く。グゥとお腹が鳴って、私の小言に加勢したが、その時に丁度、風が吹き抜けて、空腹音と一緒に後方に流れていった。タイミングが良いんだか悪いんだか。



「あいたっ」


 パウンドケーキが食べたいなぁと、まだ見ぬお腹の恋人に想いを馳せながらぼんやり歩いていたら、急に立ち止まったチェリージャンの背中に体ごとぶつかった。

 鼻ドン。全然ロマンチックじゃない。


「どうしたの?」


 チェリージャンの背後からヒョイと顔をのぞかせて、チェリージャンが立ち止まった理由を知るべく前を見る。

 いくつかに枝分かれする道があった。

 あったのだが、その様子が少し変。


「これ、なんでグニョグニョ動いてるの?」


「……さぁな」


 前にいる背高さんの脇腹辺りから顔を出して正面を見つめて尋ねた私に、素っ気ないチェリージャンの返事が降って来た。


 視線の先にはいくつかの道がある。

 それは間違いない。

 間違いはないけれど、普通じゃなくて、枝分かれしたその道――というか穴は、なんだかグニョグニョと動いていて、くっついたり離れたり、増えたり減ったりしていた。横一列に隙間なく並んだ鯉のぼりが、風に吹かれてぶつかりあっているような、そんな風。

 ちょっと不思議な光景。


「これどうやって進むの?」


「さぁな」


 正面を見据えたまま、変わらぬ姿勢と、変わらぬ表情で、おんなじ台詞が返って来る。


 こんなグニョグニョしていたら、進めるものも進めない気がする。

 グニョグニョ動いて柔らかそうではあるけれど、その壁は、現在位置の壁と同様の岩で出来ている様に見える。下手に入ったら挟まれて、潰されそう。


 しばらく眺めていたが、治まる様な気配もない。

 どうしようかと上を見上げてみれば、何かを考え込んでいるようなチェリージャンの顔が目についた。

 ややして、


「ふむ……」


 と、何かを分かった様な呟きが耳に届く。


「進み方分かった?」


 尋ねてみれば、「いや」と否定する声。

 しかし間を置かず続く。


「進み方は分からんが、これが話に聞く謎解きなのだろう事は理解した」


「謎解き?」


「そうだ」と頷いてから、珍しくチェリージャンが小さく笑って、「聞いた事ないか? 悪魔は知恵比べをしたがる」


 問われて、少し考えて、私は「ある」と小さく頷いた。


 いつだかにミキサンとトテトテさんが自宅でそんな話を聞かせてくれた覚えがある。


 悪魔というのは、生まれながらに人よりも強い存在として世界に現れるらしい。下級の悪魔だった時のミキサンでさえSランクの危険度に分類される程なので、きっとそうなんだろう。

 そうして、人より優れた存在として生まれた悪魔は、人に害を為す災厄として人々に災いをもたらすのだけど、悪魔は時折、人に勝負を持ち掛ける事があるそうだ。

 その勝負というのは、単純に力比べだったり、魔法で戦ったりといった事じゃなくて、知恵比べの勝負。

 その時の私は、スフィンクスのなぞなぞみたいなものかなと、漠然とそんな風に思った。


 たぶんそれは、半分正解で半分不正解。

 少なくとも、いま私の目の前で動いている穴を見るに、これはスフィンクスのなぞなぞよりも、一休さんの「このはしわたるべからず」に、似ている気がする。

 おそらく悪魔の知恵比べとはそういう事。


「とんちを利かせれば良いのかな?」


 尋ねると、「とんち?」と不思議そうな顔をされた。

 チェリージャンは知らないらしかった。まあ一休さんを異世界の精霊さんが知っているはずはないのだけど、知らないならば教えましょう、と得意になって説明する。



 私が一休さんの「このはしわたるべからず」を説明し終えると、「ようは屁理屈か」となんだか残念な気分にさせられる答えが返って来た。

 別に間違いでは無い気はするけど、得意になって説明した身としては、もう少し感嘆する様な感想を期待していたりする。


 それはともかく、

 このグニョグニョして先に進めない道を通るには、一休さん的とんちを駆使して進まないといけない、とそう仮定して、チェリージャンと二人で答えを考える。


「このあなとおるべからず? ――この穴と、おるべからず? ――穴と一緒に居たら駄目とか?」


「……それだと通る以前に近付くのも駄目じゃないのか?」


「……ですよね」


 また考え直す。


「この穴……この穴……。――この道? ――この道とおるべからず?」


 う~ん、と頭をひねって考える。

 しばらく頭の中で文章を切ったりくっつけたりしていると、ふとした様にチェリージャンが話し掛けて来た。


「……とりあえず、そのはしとやらの考えは一旦置いておけ。そもそも、この穴だが道だかを通るなと書かれているわけではないからな」


「……ですよね」


 一休さんで得意になっていたせいか、私の頭は「このはしわたるべからず」一色に染まっていたらしい。

 そんな立て看板もないのに、何故に私はそう思ったんだろうか? 自分の頭ながら摩訶不思議。

 1人でそんな反省をしていると、


「とは言え、ノーヒントではなぁ」


 動く穴へと顔を向け、嘆息混じりにチェリージャンが溢した。


「じゃあ、屏風の虎の話を教えてあげよう、チェリージャン君」


 そう言ってまた、私は得意になって一休さんを語って聞かせるのだった。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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