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ぺてん師

「え? 身分証無いと入れないんですか?」


 私に代わって虫を退治してくれた兵隊さん達に連れられやって来た首都ハイヒッツ。その大門。

 ハイヒッツの中に入ろうとやって来たのは良かったけれど、身分証が無いと入れないと告げられてしまう。


「当たり前だろうが。仮にも首都だぞ。身元も分からん奴を入れる訳にはいかん」


 ちょっと怒ったように言う門番さん。髭を生やした少し強面の人。

 ここまで来て入れないのは困る。


「どうにか入れないですか?」


「一応、金を払えば身分証を発行出来ん事もないが……」


 強面の門番さんはそう言って、金額の書かれた紙を私に提示した。


「高……」


 凄く高かった。

 首都とはいえ、街に入るだけにこんなに取られるものなのかとびっくりする。

 数ヶ月のギルド職員生活で貯めた使い道もなかったお給金を半分持って来ているのでギリギリ払えない事もなかった。

 ただ、これを払ってしまうと中で使えるお金が無くなってしまう。

 初めて来る土地で、それは非常に困る。


「オマケ出来ませんか?」


「……出来るわけないだろ」


 少し呆れた感じで返されてしまう。

 分かっていたけど聞くのはタダだと思ったのだ。

 ただ、分かってはいてもこれは払えない。なんとかならないかとしばらくゴネる。

 この強面の門番さん相手に、数ヶ月前の私なら大人しく払うか、すごすご引き返していたところだけど、ランドールギルドの職員として冒険者さんを相手にしていたせいか、大人の男の人に対する免疫というか度胸がついている。

 あからさまにイライラする門番さん。

 それでも私はなんとかまけて貰おうと食い下がる。


 そうやってしばらくゴネていると、後ろから声がかかった。


「入れてやれ」


「し、将軍閣下!?」


 振り返ると、先程私を虫の魔の手から助けてくれた将軍さんがすぐ近くにいた。

 私同様、虫嫌いの将軍さん。兵隊さんなのに。でもまあ、若い女の人だし、気持ちは良く分かる。

 私の傍まで来ると、将軍さんは私と門番さんが囲む机に片手をついた。


「子供1人が入ったからどうと云う事もあるまい。このまま引き返して万が一があったら、私が助けた意味も無いしな」


 淡々とした表情で告げる将軍さん。良い人さん。


「しかし……」


「堅い奴だ。まあ職務に忠実なのは模範的ではあるのだがな」


 言って将軍さんが小さく笑う。


「金は私が立て替えて置く。身分証を作ってやれ」


「はぁ……将軍がそう言うのであれば……」


 納得したのか門番さんは、身分証作成の為の用紙を一枚、私に差し出して来た。


 悪いな、と門番さんに言った後、将軍さんは「観光も良いが、貴族街には入るなよ。あそこはいまピリピリしてるからな」と、私に向けて微笑んだ。

 そうして、将軍さんは踵を返すと、大勢の兵隊さんを引き連れて、門の先へと進んでいった。


「あ、あの! ありがとうございます!」


 離れて行く将軍さんの背中に向けてお礼を言うと、将軍さんは振り返りもせず、手を軽くあげて返してきた。

 そうして、そのままハイヒッツの中に消えていった将軍さん。男前さん。女の人だけど。


「運が良かったな。優しいだろ? 我らの将軍閣下は?」


 何処か誇らしそうに門番さん。


「はい。とっても」


 笑顔で返す。

 それから、私は渡された書類を記入ののち、無事、中央――首都ハイヒッツに入る事が出来た。





「ほえ~……」


 中央に入った私は、建ち並ぶ家々や通りを行き交う人々を眺めながら間抜けな声を出した。

 正直言えば、街の風景はランドールとさほどに大差なかった。

 ただ規模が違った。

 人の多さが全然違った。


 お上りさん全開で、辺りをキョロキョロ見渡しながら通りを歩く。

 まるでお祭りでもあるのかのように、街は大変な賑わいを見せていた。実際、祭りがあるのかは分からない。ランドールより人が凄く多いからそう感じるだけかも知れない。


「これだけ人が多いと、どうやって探せば良いのかな?」


 ひとり言みたいに私が言う。

 そんな私の言葉に返す声があった。

 ただし、頭の中に。テレパシー的な何か。


「(中央は広い。そう簡単に見つかるものでもないだろうな。まずは――そうだな。情報が集まやすそうな酒場――は未成年か。ギルドにでも行ってみたらどうだ?)」


 頭の中に直接響いたチェリージャンの言葉に、コクコクと小さな頷きで返した。

 チェリージャンは相変わらず、魔具【流れ星1号】の中に身を潜めていて、そこから周囲の様子を伺っているらしかった。

 

 私が探しているのは優秀な魔法使いさん。もしくは、呪いを解ける人。まあそこにこだわりなんて無い。私の持つスキル「狂」をどうにか出来る人なら誰でも良かった。

 




 チェリージャンのアドバイスに従い、私は道行く人に尋ね、ハイヒッツの冒険者ギルドに足を伸ばしていた。


「広ーい」


 ギルドの建物に入った途端、そんな感想を口にする。

 ハイヒッツギルドはとても大きくて綺麗な外観をした建物で、中もそれに見合うだけの立派な内装をしていた。

 他の家々の様相は、ランドールも中央もさほどに違いはないのに、ギルドだけは雲泥の差だった。

 流石、嫌われモノのランドールギルドである。待遇がさぞかし違うのであろう。


 冒険者でごった返す建物の中を進み、受付に向かう。

 受付が3つもあった。

 ランドールギルドなんて――比べるのは止めよう。大企業と個人経営店を見ているようで、ランドールギルド職員としてはなんだか悲しくなる。


 3つある受付カウンターの内、唯一空いていた右側の受付へと向かう。

 受付の前に立ち、中にいた黒髪のお姉さんに声を掛けた。見た感じだとフォルテちゃんと同じ歳くらいか、少し上。


「あの~、すいません……」


「……なに?」


 凄く無愛想な顔で、凄く無愛想な言葉が帰ってきた。

 そのやり取りだけで、他の受付と違いこの右側の受付だけ人が並んでいない理由を理解した。

 声を掛けておいて今更別の受付に並べる程、私の神経は太くない。

 ギルド職員として過ごした数ヶ月で、私の人見知りは若干マシにはなったけど、もともと私は人見知りが凄いのだ。なんの自慢にもならない。


「え、えっと……人を、探してて……」


「あ?」


 小さな声でなんとかそう絞り出し、おどおどする私の態度が勘に触ったのか露骨に顔をしかめられた。

 ますます萎縮する。

 私の人見知りもどうかと思うけど、受付嬢としてこのお姉さんの態度もどうかと思う。正直何故こんな人が受付嬢をしているのか不思議だけど、何処にでもこういう人はいるものだ。


 萎縮する私に向けて、お姉さんは酷く面倒臭そうな態度で手を差し出してきた。


「金」


「へ?」


「情報料だよ。人探しなんだろ?」


 え?

 情報料?


 目当ての人の情報を聞くのに、まさかお金がかかるとは思っていなくて、目が点になった。


「ほら、早く。こっちは忙しいんだよ」


 お姉さんが急かしてくる。

 忙しいわりにお姉さんの受付だけはがらがら。とても忙しいようには見えない。

 ただ、人見知りな性格とお姉さんの態度、そして情報にお金がかかるという事実にテンパっていた私は、急かされるままに慌てて懐の財布を取り出して、お姉さんが手で提示する金額を財布から取り出した。


「(おい! 払うなよ)」


 そこに、チェリージャンの声が割って入った。


「え? でも……」


 お金を握りしめたまま、背中に担ぐ箒に向けて私が呟くように返すと、お姉さんが僅かに眉をひそめるのが視界の端に映り込んだ。

 チェリージャンの姿は勿論、声も私にしか届いていない。ひとり言を言う私を変な奴とでも思ったのだろう。


「このペテン師!」


 テンパる私の耳にそんな声と、バシッという音がほぼ同時に届いた。

 反射的に箒から視線を剥がし、お姉さんへと顔を向け直す。

 

「いってぇな!」


 頭を抑えながら悪態をつくお姉さんのすぐ隣。怒った顔をした女の人が立っていた。


「あんたねぇ、私が外してる時に受付嬢のフリして小銭儲けしてんじゃないわよ」


 女の人がそう言ってお姉さんを睨みつけた。


「――え?」


「んだよ、もうちょっとだったのにさ」


 痛む頭を撫でながら、お姉さんが残念そうに呟いた。

 そんなお姉さんを、女の人がしっしっと手で追い払い、受付から追い出した。


「ごめんね~。この子ギルドの関係者でもなんでもないの」


「……ふぇ!?」


 関係者じゃないという言葉に驚く。

 つまり私はいま詐欺に遭いかけたという事のようだった。大きな金額では無かったが、中央ギルドのシステムを知らない私は危うくまんまと騙されるところだった。


「こいつ街中でキョロキョロしてたからな。絶対他の街から来たばっかの奴だぜ」


 面白いモノでも見る様に、私を指さしたお姉さん――もといペテン師が歯を見せて得意げに笑う。

 騙されかけた事と図星なのが癪に触って、私はちょっと不機嫌になった。

 そうして、不機嫌になった私を小馬鹿にするように笑いながら、ペテン師はギルドを出ていった。

 そんなペテン師の背中を不機嫌そうな顔で見送ると、コホンとわざとらしい咳が聞こえた。


「あの子は後でしっかり叱っておくから」


 受付の人がそう言って苦笑いを浮かべた。

 この人が悪いわけではないし、叱っておくならまぁいいかと納得して、不機嫌さを放り投げる。


「それで、今日はどんなご用かしら? 見たところ他所のギルドから来た冒険者ってわけでもなさそうだけど……」


 営業スマイルを作って尋ねるお姉さん。


「実は探している人がいて」


 そう言って話を切り出す。

 具体的に誰を探しているというわけではなかったので、解呪に詳しい人を知らないか、という事を尋ねてみた。

 呪いが解けそうな人なら誰でも良かった。

 ここに来るまで、冒険者ギルドの受付にこういう事を聞くのは業務外かなとも思っていたけど、お姉さんは特に嫌など見せずに真剣に聞いてくれていた。



「う~ん、解呪かぁ……」


 私が説明し終えると、お姉さんがちょっと困った顔をした。


「はい。良く分からないんですが、強力な物だと思います」


「ってなると、上級者よね。曲りなりにも中央だから、優秀な魔法使いが居ないわけではないんだけど……」


 お姉さんはそこで一旦言葉を止めて、私の背後、賑わう冒険者達へと視線を向けて一瞥した。


「いまはちょっと時期が時期だから、街を空けてる人ばかりなのよね」


 時期が時期、と言われてもピンとは来なかったけれど、何かの理由で私の探し人さん達は中央を離れているらしいと理解出来た。


 私のピンと来ていない心内が分かったのか、お姉さんが答えらしきモノを口にした。


「ほら、例の開拓よ。あれで街を離れてる人が多いのよ」


「あー、なるほど」


 お姉さんから紡がれた答えに大きく頷いておく。

 例の開拓が何を指すのか全然分からないけど、これ以上世間知らずを露呈させるのは嫌だったので、知ったかぶりで物知り顔を浮かべておいた。


 とにかく今は呪いに詳しい人は居ないという事だったので、お姉さんにお礼をいって、その日はギルドを後にした。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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