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予定調和

116話より先に117話を公開してしまうヘマをやらかしましたが、私は元気です(白目

修正済み。現在は正しく順番通りにお読みいただけます

 スライムの少年がブラッディ・メアリーと二戦目を繰り広げている最中。

 魔王ミキサンは、ランドール森林北側の上空にて眼下を眺めていた。

 ミキサンの視線の先には幾多の王国軍の姿があった。

 

 本来ならば、それら全てが森林を突き進み、ランドールの街に押し寄せていたはずであるが、上空から見下ろす今の王国軍にそんな余裕など無かった。


 彼らが今相手しているのは、ミキサンでも、ましてカラスでもない。

 突如としてランドール領地の至るところから湧いて出たモンスターの大群を前に、彼らの足はその場に縫い付けられていた。

 おそらく自軍の中間地点、或いは指令部の陣にでもしようとしていたのであろうそこは、元の森の面影など見えない整地された広場のようになっていた。


 上空から見る限り、後続は無い。

 先駆けは居たようだが、王国軍の半分程の兵力がそこに集中している。

 広場から街の方へと目を這わせれば、伸びきった歩兵の線が続く。

 しかし、それも今や点々と途切れ、取り残された幾つかの集団がモンスターに囲まれ、進む事も退く事も出来ずに立ち往生していた。


 ――何が起こっているのです?


 あちらこちらから上がる喧騒に耳を傾けながら、ランドールと王国の衝突が起こるものとばかり思っていたミキサンが、この不可解な状況に眉をひそめた。


 モンスターの突然のスタンピードも不可解ではあるが、加えて、トロールやコカトリスなど、その個体の多くがランドール周辺には生息しないモノばかりであった事が、不可解さに拍車を掛ける。


「一体、何処から湧いて来たのかしら?」


 王国軍と交戦するモンスターに視線を向けながら、ひとり言のように尋ねた。

 その唐突な呟き返す声は無い。


 別に答えが返って来るなど微塵も思っていなかったミキサンは、眼下に広がる殺し合いを眺めながら、自身の知りうる知識と、今起きている事を重ね、答えを導き出そうと思考した。

 この繰り返される物語についてを考える。


 ――始まりは、おそらくシスネ・ランドールが中央に行ったところから……。

 細部こそ違いますが、おそらくそこから。



 かつて、ランドールに連なる一族の若者が、好奇心にかられ、土地を離れ、人の住む街へと赴いた。


 そこで若者は、自身の期待とは裏腹に、人々から嫌悪と侮蔑を向けられた。――悪魔だと。

 そうして、人とは違う容姿を持った若者は追い立てられ、捕まり、処刑された。



 ――ここまでは同じ。

 ですが、ここからが違う。


 シスネ・ランドールは中央の人々から嫌悪と侮蔑を向けられ、処刑台に上りこそしたが、処刑されなかった。死ななかった。

 この時点で史実からは逸れた。


 そこまで考えたところで、ミキサンは誇らしげに微笑んだ。


 ――流石は我が君。

 神の予定調和をモノともしない至高にして超常の存在。

 まさにイレギュラー。


 ミキサンの微笑みが不敵な笑顔に変わる。


 ――この不具合を修正する為に、どの様に駒を動かすのかは分かりませんが……。

 ――我が君がシスネ・ランドールの傍にいる以上、そう上手くはいきません事よ。


 口元を大層歪め、クックッと愉快そうに声を漏らす。


 ――問題はやはりこちら。

 ランドールを討ち滅ぼさんと攻めて来るのは想定内。史実通り。

 同じ流れが繰り返されるのであれば、今回の戦いでランドールは負ける。

 史実ならば、そこからランドールの長きに渡る地獄が始まるはず……ですが――。

 

 そこで考えるのを一旦やめて、ミキサンは眼下に意識を移した。

 一向に治まる気配の無い王国軍とモンスター共の衝突を一瞥し、また考える。


 ――何故、このタイミングで王国軍にモンスターをぶつける必要がありましたの?

 どうにか戦いにはなっているとはいえ、獣共の数が多すぎる。

 加えて、悪魔共まで介入してきた。


 ――いいえ、もともと同じ目的であったとみるべきかしら?

 このままでは、十中八九王国軍は負けますわね。

 そうなれば、中央はランドールどころではなくなるはず……。

 そうなると、繰り返されるはずの歴史が破綻をきたしますわ。

 シスネ・ランドールが生きている時点で既に不具合が生じているのにも関わらず、そこに更に不具合を重ねるこの事態に、何の意味がありますの?


 考える。

 長い思考。


 ――かつてのランドールにはなく、今のランドールにあるもの……。


 我が君の存在。

 しかし、今は我が君も、そしてシンジュも不在。

 道を正すならば、この二人が居ない今こそが絶好の好機のはずではないかしら?

 

 ――今のランドールにあって、かつてのランドールにはなかったもの――


 そこではたとミキサンは、何かに気付いた顔をした。


 ――わたくし?

 わたくしを邪魔だと感じている?


 …………可能性はありますわね。

 本来、我が君が居なければわたくしは生まれなかった。

 我が君の力があってこそ、わたくしという魔王が存在し、イレギュラーの一端を担っている。

 ――と、なると、湧き出たあれらの目的はわたくしの排除といったところかしら?


 ミキサンの顔に笑みが浮かんだ。


「たしかに、わたくしが居てはどのみち王国軍ではランドールを破壊する事は不可解。ならばこそ、わたくしに狙いを絞って来た。――と言ったところかしら?」


 ならばやる事は変わらない。

 我が君の言い付け通り、ランドールの絶対死守。

 わたくしを排除した先に、ランドールの破壊がある以上、わたくしを素通りは出来ず、わたくしもランドールを棄てて逃げるわけにはいかない。

 背水の陣で挑まねばならない。


「受けてたちますわ」


 誰に向けるでもなく、強いて言えば今のこの流れに向けて、ミキサンは言い捨てた。

 そうして、ランドールへと戻ろうと踵を返し――そこで動きを止めた。

 怪訝な顔を作って振り返り、眼下の喧騒に目を向けた。


 ――何故、王国軍を相手取る必要がありますの?

 目的がランドールの破壊ならば、むしろ王国軍は放置する方が都合が良いのでは?

 ランドールに、そしてそれを守るわたくしに王国軍をぶつけ、疲弊させてから叩いた方が成功率は上がるはず。

 何故、わたくしにぶつける前に獣共を疲弊させる?

 それではむしろわたくしに有利なはず……。


 ――つまり、これは王国軍を潰す事自体も目的に含まれているという事……か?


 ミキサンが眼下に向けていた目を細めた。


 ――ああ。

 だから、わざわざ悪魔まで引っ張り出して来ましたのね。

 ランドールに事の罪を擦り付ける為に――悪魔領ランドールを悪者に仕立て上げる為に。


 ――王国軍を皆殺しにしたのがランドールだと風潮する。

 そうすれば、ランドールと王国軍が矛を構えずとも、必然的にランドールは悪魔に仕立て上げられる。


 わたくしに王国軍をぶつけても王国軍は潰せるが、そうした場合、生き残りが出る可能性がある。


 ――戦争である以上、我が君も人殺し云々についてわたくしを咎め立てる事はしないでしょうが、降伏して来た者まで殺すとなると、我が君は良い顔をしない。

 ゆえに、必ず生き残りが出る。


 ――おそらくそれが、向こうにとって望ましくない。

 徹底的に殲滅する為には、わたくしではなくモンスターと悪魔を王国軍にぶつける必要がある。


 そうして、全滅させ、口を封じる。

 悪魔の仕業だと弁明しても、ランドールの反論など王国が聞くわけがない。

 結果として、ランドールは兵を皆殺しにした悪役に成り果てる。王国自らが進んで起こした戦争であるにも関わらず、悪役なのはランドール。


 引っ張り出して来た悪魔がこの土地に存在する限り、ランドールはこの戦に勝っても負けてもそういう流れに呑まれる。


 悪魔の末裔だとか、悪魔の支配する土地だとか、そんな曖昧なモノでは治まらず、正真正銘の悪魔として、憎しみの全てがランドールに向く。


 史実通りに――


 クックッと魔王がまた笑う。

 ひどく愉快そうに顔を歪めて。

 

「いいですわ。不本意ですが、この魔王が王国人民を救う英雄になって差し上げますことよ」


 そう吐き出し、ミキサンは王国軍が集中する森林の中の広場へと体を向けた。


 そうして、降下しようとするミキサンの顔にフッと影が移り込んだ。 

 特段気になったわけでもないが、雲が陽光を遮ったのかと、ミキサンはなんとなく上空を見上げた。


 そうして、そこにある物を見た。

 巨大な顔を見た。


「……………は?」


 自分が何を見ているのか直ぐには認識出来ず、ミキサンは巨大な顔に目を向けながら呆けた様な顔をして、喉の奥から呟きを溢した。 

 しばらく、ミキサンは宙で硬直したままその巨大な顔を眺めた。


 ミキサンの視線の先にあったのは、ギアナ山脈の間から顔を覗かせるとてつもなく巨大な蛇であった。

 雲に届こうかという蛇の顔は、見える山脈よりも大きく、視界に収まりきらない蛇の巨体は、陸からはみ出して、海の遥か向こう側まで続いていた。


 爬虫類特有のギョロリとした目玉と、薄いエメラルド色をした鱗に覆われた体表。

 しかし、そんなありきたりな特色などどうでもいい程に、その蛇はとにかく巨大であった。

 その体のところどころに苔の様に生えた木々が、その巨大さを雄弁に物語っているようであった。


 半開きにしたままの口を閉じる事も忘れて蛇に見入っていたミキサンと蛇の目が合った。


 実際、合ったのかどうかは分からない。

 巨大過ぎるその瞳は、どこを見ているのかもミキサンには良く分からなかった。

 自身の垢より小さいであろうミキサンが、向こうに見えているのかも疑わしかった。


「これを……、わたくしにどうしろと……」


 突如として現れた巨大な蛇を見据えたまま、ミキサンはただ立ち尽くした。

 圧倒的破壊者を冠する魔王でさえ、もはや何をどうしたらこの蛇を壊せるのか、その明確なビジョンが思い描けなかった。


 ――意味が分かりませんわ……。


 呆然と蛇を眺めたまま、ミキサンが諦めにも似た感想を抱く。

 わけが分からない、と――




 世界を飲み込まんとする程の巨大な蛇の出現。

 そのおよそ一時間後、

 大陸の地図から、辺境ランドールという街が消えた。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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