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強襲

「止まれ」


 森に無機質な声が響く。


 その声に従ったわけでもないが、そこでカジカは足を止め、片手をあげた。

 合わせて、カジカの背後に続いていた者達も止まった。


「そこから一歩でも踏み入れれば殺す」


 いまだ姿を木々に隠したまま、イェジンが警告を発した。


 ――女か?


 声色でそう判断したカジカ。

 だが、女だからどうこうという事ではない。

 戦場に立てば男も女も関係ない。

 ただ、なんとなく女なのかと思っただけである。


「さっきの奇襲といい、ランドールの連中は恥ずかしがり屋が多いのか? それともビビってるだけか?」


 薄く笑ったカジカが、どこに向けるでもなく、しいてあげるなら森に向けて吐き出した。


「安い挑発だな」


 森からの返答があった。

 姿は見えない。

 カジカは一度左右に視線を動かした後、不敵に笑った。

 そして、右足を大袈裟に上げて、見せつける様に一歩を踏み出した。


 途端に、カジカの左のこめかみ目掛け、カラスの放った矢が飛んで来た。

 カジカは身動ぎもしない。


 そうして放たれた矢は、カジカのこめかみを貫く――寸前でバチッと小さな音を立てて、弾けた。

 カジカの足元に勢いを完全に失った矢が転がった。

 よくよく目を凝らせば、カジカの体に沿う様にして、周囲に薄い水の膜の様な物が広がっていた。

 

 その防御魔法に、矢を射ったカラスが舌打ちをする。


「遠距離から俺を討ち取りたきゃ、大砲でも持ってくるんだなランドール」


 口元を歪めて告げたカジカ。

 そんなカジカに向けて、今度は四方八方から矢が放たれた。

 しかし、結果は同じ。

 地面に転がる矢の数が増えただけであった。


「おいおい、聞こえなかったのか――」


 そこまで口にしたカジカが、一足飛びに距離を詰めた。

 そうして、正面にあった一本の木に狙いを定めると、「な?」と続く単語を口にして、肩に掲げていた槍で木を貫いた。

 太い幹が朽ち木の様に、いとも簡単に弾けた。


「クッ!?」


 その木の陰に身を潜めていたイェジンが、横っ飛びで転がり出て来た。

 それは全身を黒で覆い、顔にも黒面をつけた、肌の露出が皆無な人物であった。


「ようやく会えたなランドール」


 転がるイェジンの耳に、カジカの冷たい声が届いた。

 咄嗟にイェジンは剣を構えた。

 そこに、カジカが横薙ぎに振るった重たい槍の一撃が当たる。

 無理な体勢と、あまりに重いその一撃に、イェジンの体が大きく飛んだ。

 しかし――


「へぇ」


 上手く勢いを殺したのか、飛ばされこそすれ、大きなダメージもなく地面に着地したイェジンの様子に、カジカが感心したように溢した。


「副長!」


「構うな! ――問題ない」


 慌てた様子で隠していた姿を見せた何人かのカラスが、イェジンの傍に集まった。

 イェジンを含め、姿を見せた全員が統一された黒服を身に纏い、素顔を黒い面で覆い隠していた。


「かぁ~、マジで恥ずかしがり屋? それとも、そんなに容姿に自信が無いのか?」


 黒い鳥――カラスを模した様な面を着けた目の前の黒服達に、ひどく残念そうな口調でカジカが言った。


「気にするな。これが我らの正装だ」


 返したイェジンの黒面の下で、嫌な汗がひとつ頬を流れた。


 ――速い。そして重い。


 イェジンは黒い面にポッカリ空いた目でカジカを観察した。

 浅黒い肌を持つ目の前の人物は若い。

 自分と同じか、やや年上といったところだろう。

 短髪で銀に輝く髪が、浅黒い肌とのコントラストでやけに浮いて見える。


 容姿もさることながら、更に浮いて見えるのが、カジカの持つ武器だ。

 槍は槍だが、やたらにデカイ。

 棒の先に刃を付けた様な物ではなく、鉄の塊を摘まんで伸ばし、そのまま槍にした様な円錐状の重槍。


 ――こんな重たげな得物でこの身のこなし……。厄介だな……。

 ――しかし……。


 ここでカジカを討ち取れれば、その功は大きい。

 数の上で大きく負けているランドールにとって、大軍を撃破するよりも、指揮官一人を討つことこそが大局を変化させる近道であった。

 消耗戦では圧倒的にランドール側の分が悪い。いくら一騎当千のカラスがいたとて優位にはほど遠い。

 優位に立つには頭を潰すべき。

 まして、それがカジカともなればなおのこと。

 ランドールへと進軍するハイドラ率いる大隊の快進撃の裏には、蛮族の英雄カジカによる怒涛の突貫戦術が大きく貢献していた。


 異国の民として見下される彼らが常に前線へと駆り出されるのは、「潰れても構わない」という意識が王国軍上層の頭にある為である。

 誰もがその実力を認める蛮族の()()()。それが琉星騎兵団である。


 捨て駒ではあるが、すぐに代えがきくというものでもない。

 今回の衝突さえ凌げば、ランドールには時間的猶予が出来る。

 その時間をどう使うかはカラスの考える事ではない。

 為すべき事を為すだけ。

 ただそれだけ。


 ――ならば、狙うはカジカの首。


 そう決め、カジカを見据えるイェジンの目に力がこもる。

 構えた剣の握りも僅かに堅くなった。


 そんなイェジンを、カジカもまた冷静に見ていた。

 ――否。

 むしろ彼は歓喜した。


 どの戦場でもそうであった。

 琉星騎兵団を目にした敵は、カジカを前にすると2つの行動を取る。

 退くか、カジカを討ち取ろうとするか。


 英雄と目されるカジカを討つことは、値千金に等しい出世への、或いは勝利への近道だと誰もが思い描く。

 もしくは、死神だと恐れおののき、命あっての物種だと逃げ出す。


 不意打ちにゲリラ戦。

 この卑怯な手を搦め手とするランドールの子飼いは、自分を前に逃げ出すと、カジカは考えていた。

 しかし、カジカの予想に反し、目の前の女は敵意を剥き出しに自分と戦う事を選んだ。

 ゆえに、カジカは歓喜したのだ。

 カジカの首を狙うのが敵ならば、それを返り討ちにする事こそがカジカの望みである。


 不敵に笑ったカジカが告げた。


「琉星騎兵団カジカである。――名は?」


「……黒服組『鴉』副長イェジンだ」


「そうか……。では、イェジン。一騎討ちだ」


 そう言ってカジカが重槍の先端をイェジンの顔をへと向けた。

 それとほぼ同時に、カジカの背後にいた騎兵団が距離を取り始めた。


 ――罠か?


 そう訝しげたイェジンだったが、一騎討ちでカジカの首を取れるなら騎兵全員を相手にしながら狙うより楽である――と、手で合図してカラス達を下がらせた。


 そうして、二人の周囲から人が履けた後、少しの間があった。

 互いに相手を見定めたまま、武器を構え、動かない。


「どうした!? 来い!」


 先に猛ったのカジカであった。

 しかし、一騎討ちの口火を切ったのはイェジンの方。


 一瞬、カジカにはイェジンの姿がブレて見えた。


「チッ!」


 なにやら忌ま忌ましそうにカジカが舌打ちした時には、十メートル程の距離を取って対峙していたはずのイェジンは、カジカのすぐ目の前にまで迫っていた。


 イェジンはカジカの前でやや大きく一歩を踏み出すと、身を低くし、二の足を狙った一撃を放った。

 低い姿勢からの斬撃と、黒服に身を包むイェジン、加えてその手に持つ黒い刃の軌跡は、影の多い森の中では非常に見えづらい一撃だった。

 反撃を諦め、カジカが槍を地面に突き立て、黒刃を受け止めた。鋼がぶつかり合う甲高い音が響いた。

 女が打ったとは思えないビリビリとカジカの腕に伝わる衝撃。

 その衝撃が抜けるよりも早く、今とは真逆から迫る刃がカジカの首に迫る。

 カジカは慌てず、柄でそれを受け止め、弾く。

 甲高い音と共に、カジカの目の前で火花が散った。


 小さな火花だが、目の前で起こると一瞬の目眩ましとなる。

 その隙を逃さず、首筋目掛けイェジンが更に一撃。

 しかし、後方に顔を逸らし、調子に乗るなとばかりにそれを紙一重で避けたカジカが、イェジンの腹を蹴飛ばした。

 カジカの不遜な態度と、インパクトのある重槍に気を取られ、打撃が来るとは予想していなかったイェジンが直撃を受ける。

 顔を歪めて後方に飛ぶイェジン。

 すぐに膝立ちでイェジンが体勢を立て直した時には、槍の矛先がイェジンの眼前に迫っていた。


 顔を逸らしてそるを回避したイェジンは、そのまま地面を転がり、転がりついでに、御返しだと言わんばかりの蹴りを槍の横っ腹目掛けて叩き込んだ。


 突きを繰り出し、それを真横から弾かれたカジカの体勢が崩れた。その隙にイェジンは数度地面を転がり、カジカとの距離を取った。


 ふーっと互いに、ほぼ同時に息をついた。


「騎士らしくないな」


 手に持つ鴉刃の剣の刃こぼれを確めながら、イェジンが呟いた。


「はっ! 蛮族相手に騎士道を求められても困る。そっちこそ女らしくない」


「はっ! 戦場に紳士風でも吹かせる気か? 女だと甘く見ていると、あっという間に首が胴からおさらばするぞ?」


 悪態に悪態を返しながら、ジリジリと距離を詰めるイェジン。

 カジカが薄く笑う。


「甘く見ていたつもりはない――が、正直驚いた。女でここまでやる奴は初めてだ」


「買いかぶりだ。上には上がいる」


 ジリジリとイェジンが間合いを詰める。

 薄ら笑いを浮かべたまま、カジカはそれを待ち受けた。


 そうして、イェジンの刃の間合いにまで迫った時、イェジンの首元に付けられた小さな通信玉が僅かに瞬いた。

 観測班からの合図。

 しかし、再びの打ち合いの合図でもあった。


 今度はカジカの方から動いた。

 カジカが真正面に構えた重槍を突き出す。

 このサイズの穂先は何処に当たっても致命傷になりかねない程、凶悪なモノ。

 かといって受け止められるものでもない。


 イェジンは冷静に槍の軌道を読むと、腰を落とし、槍に刃を滑らせる。

 そこから槍を潜る様にしてカジカへと迫った。

 カリカリと短い摩擦音。

 そうして、イェジンがカジカの脇腹に向け一撃を加え――ようとして、突然重くなった槍に潰されかけ、体をひねって槍に押し潰され前に槍下から抜け出した。


 支えを無くした槍の半分が大地に叩きつけられ、土煙を上げた。


 カジカから距離を取りつつ、その光景をイェジンが眺める。

 その間も、首元の玉は小さな点滅を繰り返していた。


 ――クローリ様ならばともかく、あの腕からは想像出来ない腕力だな。

 真正面から一撃でも受けたら剣が折れる――だけならばまだしも、そのまま体ごと貫かれかねない。


 刃先をカジカに向けながら、再びジリジリと迂回するように距離を詰める黒服。

 一方、変わらず構えなど無いかの様に、カジカは槍をだらりと下げたままその場を微動だにしなかった。


 イェジンの武器はどちらかといえば平均よりも短く細い剣。

 カジカは鈍重そうな、しかしリーチだけはイェジンの持つ得物より二倍は長い。

 懐に入ろうとする黒服と、その前に仕留めてやろうと牽制する黒肌。

 


 互いの得物が僅かに動く前触れを覗かせた時、タイミングが良いのか悪いのか、イェジンの首元で点滅を繰り返していた珠が一際大きく瞬いた。


 それに反応したのはイェジン――ではなく、カジカの方だった。

 面白くなさそうに、カジカはチッと舌打ちをした。


「出ろ。気になって折角の興が削がれる」


 その声に、やや遅れてイェジンが動かしていた足を止めた。

 しばらくその場でピタリと制止し、しかし視線はカジカから離さぬまま、仮面の下で訝しげな顔をした。


「不意打ちなど汚い真似はせん。さっさと出ろ」


 ぞんざいに言い放ち、動かなかったはずのカジカがイェジンから一歩距離を取った。

 一瞬ピクリと反応したイェジンだったが、カジカは更に一歩離れ、それからつまらなさそうにイェジンから目を離した。


 ――誘っているのか?

 ――それとも……。


 短い逡巡のあと、結局イェジンは視線と剣を構える利き手はそのままに、片方の手で首元に触れた。


「どうしたシュエ――」


『逃げてイェジン!』


 繋がった途端、酷く焦った様子のシュエットの声が聞こえた。


「なんだ!? どうした!?」


『逃げて! 森にア――』


 そこでプツリと通信が途絶えた。


「おい!? シュエット!? お――」


「うわあぁぁ!」


 慌ててシュエットとの通信を試みようとするイェジンの言葉を遮って届いた悲鳴。

 通信中もカジカを注視していたイェジンは、その叫び声に振り返ったカジカの横顔を見た。


「なんだ!? どうし――」


 今度はカジカが尋ね返す番であった。

 しかし、イェジンの見ていたカジカの横顔が、口を動かすのを止めた。

 その様子に、イェジンも顔を僅かに動かし、カジカと同じ方へ向けた。


 イェジンの目が見開かれた。

 彼女の視線の先。森の木々から顔を覗かせる大きな顔があった。

 一体や二体でない。

 琉星騎兵の半周を囲む様に、いくつもの巨大なモンスターの姿。


「防御陣形! トロールだ!」


 慌てた様子でカジカが叫び、その声とほぼ同時。

 5メートルの背丈を持つトロールの数体が、その手に持つ巨大な棍棒を、囲む琉星騎兵に振り下ろした。


 ドンと激しく地面を叩く音と、木々の枝をへし折るバキバキという音、それに混ざった何かが潰れる音。

 何種類もの音が、ランドールの森に木霊した。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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