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家につくまでが遠足だよな

「向こうで一体何が起こってる!?」


 不機嫌を隠そうともしない表情のシュナイティス。

 主塔のバルコニー。周囲を囲む腰上程の高さがある石柵。

 その石柵に両手を付いていたシュナイディスが、八つ当たりの様に叩いた。

 シュナイティスの苛立ちに、後ろに控える部下達の背中にじわりと汗が滲む。

 ここにいる誰も、シュナイティスの求める答えなど持ち合せてはいない。


 何処からも返って来ない答えに、シュナイティスが自問自答する。


 ――シスネ・ランドールに付けられたマーキングは消えていない。

 つまりは、まだ生きているという事。

 如何なる物とて貫く聖槍を、幾度となく放ち、それでもなお、悪魔は生きている。

 一度くらいならば、まぐれで避けられる事もあるかも知れない。

 だが、5度、6度と放とうとも、マーキングが消える事は無かった。

 どころか、四度目からは聖槍地獄を貫く物(ピアス・オブ・ヘル)が砕かれた。


 ――あり得ない!?


 その事にシュナイティスが驚愕の色を顔に浮かべる。

 頬を汗が流れる。


 ――神が地上にもたらした槍だぞ!?

 それを三度も破壊するなど……。


 しかし、現実としてそれが起こっていると、バラバラになってシュナイティスの手元に戻って来る槍自身が証明していた。


 砕け、大小さまざまな無数の破片となって転がる槍に、シュナイティスが自身の魔力を注ぎ込む。

 淡い光がそれらを包み、まばたきした後には、元通りの形へと復元された槍だけが残る。


 聖槍地獄を貫く物(ピアス・オブ・ヘル)は、使用者であり所有者であるシュナイティスの魔力が枯渇でもしない限りは、何度でも甦る。

 しかし、復元出来るから良いという事ではない。

 シュナイティスの魔力とて無尽蔵というわけでもない。

 だが、そんな事らはそこまで気に留めるべき事ではない。


 捨て置けないのは、神の力が悪魔に破れているという事実。


 ――その様な事、到底認められない!


 神を心から敬愛するシュナイティスにとって、その事はとても許容出来る事では無かった。

 シュナイティスは敬虔な信徒である。

 物心ついた時から、毎日の祈りを欠かさないし、首元には常に神を模した印を吊るしたロザリオを付けている。


 兄アルガンは、そんなシュナイティスを何処か小馬鹿にする様な目で見ていたが、シュナイティスもまた、王権神託によって王の位に就く王家にも関わらず神を蔑ろにするアルガンを愚者であるかの様に見ていた。

 そんな兄であるから、嫡男であるにも関わらず聖槍地獄を貫く物(ピアス・オブ・ヘル)の所有権を得られず、弟シュナイティスに譲る羽目になったのだと。


 ――王になるのは、神に認められし自分こそが相応しい。


 シュナイティスはそう確信している。

 だからこそ、アルガンに反発し、今回の強行手段に出た。

 もう一歩だった。

 アルガンが死ぬのは時間の問題。一思いにに殺さなかったのは、悪魔の呪いと周囲を信じ込ませる為であり、悪魔を追い込む為。

 そして、教会が長年の悲願として掲げていた悪魔領ランドール、その領主を消し去るまで、あと一歩のところまで迫っていた。

 ――だと言うのに……。


「何故殺せない!?」


 また石柵を叩いた。

 それからシュナイティスは、気を鎮める為に大きく深呼吸した。


 ――まあいい。

 マーキングは消えてはいない。

 消える事はない。

 たとえ悪魔が何処に逃げようと、何度でも、何度でも槍を打ち込んでくれる。

 悪魔が滅びるその時まで。


 不敵に笑ったシュナイティスが地獄を貫く物(ピアス・オブ・ヘル)を手に取る。


「眠れる夜が来ると思うな、シスネ・ランドール」


 そう言ったシュナイティスが槍を振りかぶった時であった。


 王国の外。

 林の辺りが一瞬、星の様に瞬いたのが、シュナイティスの目に映った。





「しつけーよ」


 肉眼では到底視認出来ない遥か遠くに居たシュナイティスの眉間を撃ち抜いた後、ヒロはそう言って、煙を燻るアテナの前に展開していた狙撃用の魔法陣から顔を外した。


「まっ、自業自得よね」


 苦笑いを浮かべてハロが言うと、ヒロはどうでも良さげな顔をして、大沼蛙の口の中にアテナを押し込んだ。


「とりあえずの心配はもう―――」


 と、ヒロがシスネ達に近付こうと一歩を踏み出した時、大怪我を負って気を失い、今までハロの治療を受けていたはずのクローリが勢い良く立ち上がった。


「わっ!」


 クローリの背中に乗っていたハロが、急に放り出されて驚きの声を上げて飛ばされ、放物線を描く様に5メートル程飛んだ。

 そうしてヒロの顔を目掛けて進んだ。

 ゴツンと小さな音がして、ヒロの左目辺りにハロが当たる。


「もう、ヒロったら」


 ヒロの左目辺りに張り付いたまま、額を押さえたハロが不機嫌そうに告げる。


「……今のは俺が悪いのか?」


 そう溢したヒロの目が、突然大きく見開かれた。

 すぐ傍、左目の至近距離に居たハロがギョッとして、体をすぐに剥がした。


「な、なに!?」


 驚きでドキドキした胸を押えながらハロが問う。

 ヒロは、ハロの声など聞こえていない様子で、変わらず目を見開いたままであった。

 そんなヒロの口から「ラ」と単語がひとつだけ溢れた。


「ラ?」


「ラオウが……」


 ヒロの言葉に首を傾げ、それからハロはヒロの視線の先へと自分も顔を向けた。

 そこには、険しい顔をしたまま周囲の状況が飲み込めずに身構える大男の姿があった。


「王国で見た時も思ったけど、近くで見ると本当に大きい人よね~。ほんとはオーガなんじゃないかしら?」


「オーガ……鬼か――まさに」


 ウンウンとヒロが「納得がいった!」とばかりに何度も大きく首を縦に振った。


「なにさ、自分だけ納得しちゃってさ」


 眉を僅かに上げたハロが、小さく頬を膨らませた。



「姫様……、これは一体……」


 困惑した様子でクローリが尋ねる。

 状況の理解が追い付いていない様であった。


 そんなクローリに、一瞬だけ泣きそうな顔をしたシスネがひしとしがみつく。

 クローリの大きな体の丁度脇腹辺りにシスネの顔があり、冷えた体に人肌の温もりが広がった。

 それでクローリはますます混乱した。

 しかしクローリは、状況の把握を一旦放棄し、自身にしがみつくシスネを片腕で優しく包み込んだ。


「大丈夫? 怪我はない?」


 クローリの問い掛けに、顔をうずめたままシスネがコクコクと頷く。

 シスネの柔らかな髪の感触と、少しのくすぐったさを感じながら、クローリはシスネの頭をぽんぽんと撫でた。


 少しだけ間を空け、シスネが両腕をクイと伸ばし、クローリとの距離を取った。


「子供ではありません」


 無表情に、しかし生まれながらの赤い瞳の目を、泣きべその残滓で更に赤くしたシスネが告げた。

 クローリは一瞬だけ不思議そうな顔をして、それから「そうね」と小さく笑い、またシスネの頭をぽんぽん撫で「無事で良かったわ」と言った。


 そんなシスネに萌えたのか、傍に居たミナが辛抱堪らんといった様子で横からシスネに抱き着いた。

 ぎゃあぁぁ!

 と、パッセルが叫び、すぐさまミナを引き剥がしにかかる。

 

 剥がれまいとするミナと、剥がそうとするパッセル。それで揉みくちゃにされるシスネ。されど無表情。だけど何処か楽しそうに。

 そんな楽しそうな光景を見て、クローリが小さく笑う。



「違う……。俺の知ってるアレはそうじゃねぇ。そんな顔はしねぇ」


「なんの話?」


「世紀末覇王の話」


 ヒロの言葉の意味が分からず、またハロが首をひねる。

 と、そこに大きな影が射した。


 いつの間にかヒロとハロの二人に歩み寄ったクローリが居た。


「ありがとう。姫様を助けてくれて」


 そう礼を述べ、手を差し出すクローリ。

 ヒロは素直にその手を取り、握手を交わした。

 しかし、顔はそっぽを向いてムスッとした表情をしていた。


「別に礼を言われる覚えはない。取引だからな」


「取引?」


 クローリが尋ねる。

 ヒロは交わした手を離すと、チラリと自分達から少し離れた位置にいたシスネに目をやった。


 その視線に気付いたシスネがおもむろに首元へと手をやる。

 首から提げた鳳凰石を外そうとしたシスネだが、それをヒロが止める。


「まだいい。家に帰るまでが取引だからな」


 とんがり帽子の鍔を手でグイッと下に引っ張ったヒロが言った。


「家に? ランドールまでという事ですか?」


「当たり前だろ」


 当然だといった態度でヒロが答える。

 その言葉にシスネが少し困惑する。


 ――確かに、助ける代わりに鳳凰石を渡す、という取引には違いない。

 違いないが、何処までと明確に取り決めたわけではない。

 自分やクローリだけでなく、ミナとパッセルまで救って貰った。

 ――鳳凰石の見返りとして、それで十分過ぎる。


 そう思っていたシスネだが、どうやらヒロは違うらしい。

 勿論、この魔導の申し子との異名をとるヒロが、ランドールまでの護衛として付いてくれるなら、これほど心強い事はない。

 ないが、このままランドールに来るのはマズイ。

 別にランドールにヒロが来る事自体は問題ない。

 それこそ、取引など関係なく、恩人として最高のもてなしをもって迎え入れよう。


 問題なのは、ランドールが王国と戦争になるという事。

 既にそうなっているかも知れない。

 流石にその争いに無関係のヒロは巻き込めない。


 シスネが鳳凰石を握ったままどうしようかと思っていると、ヒロの隣でふよふよ浮いているハロと目が合った。

 互いに見つめ合う。

 ハロはそうしてしばらくシスネと目を合わせた後、ニコッと微笑んだ。


「大丈夫よ。ヒロは全部分かって言ってるから。照れ屋なだけよ。 ――ね? ヒロ?」


 ハロが言うと、ヒロは一層強く帽子の鍔を引き、広い鍔でその表情を隠す。


「うるせーな。余計な事は言わなくて良いんだよ」と、鬱陶しそうに口にし、「大変なんだろ? さっさと行くぞ?」と、ランドール方面に向けて歩き出した。


 後ろを気にする事もなく、付いて来るのが当たり前みたいな態度で進んでいくヒロの背中を眺めながら、シスネは、


 おかしな――いえ、お人好しな人です……。


 と、心の中で苦笑する。

 それからシスネは、どんどん先に進んで行くヒロの背中に向けて言った。


「馬がありますよ」


 口を押さえて肩を小刻みに震わせるハロが、必死に笑いを堪えていた。


これで五章は終わりです。

6章は書き溜まり次第、投稿開始します。


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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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