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カルメン組曲・前奏

 時間にして五分程の攻防。

 何度目かになる鍔迫り合いを二人が行っていた時であった。


「わっはははは!」


 剣を挟んでイデアと押し合っていたクローリの背後からそんな笑い声が聞こえた。

 剣を交えたままクローリが振り返ると、そこには二人の兵士に囲まれるシスネの姿。


「姫様!」


「余所見か?」


 声を上げ、隙を見せたクローリの顔をイデアが蹴りつける。

 流石のクローリの巨体も、不意打ち気味の顔面直撃に体勢を崩した。


 久方ぶりに師と打ち合い、気分が昂っていたせいか思った以上に力の乗った蹴りがクローリの顔を捉えた事に、思わずイデアが「あ! すいま……ッ」と謝りかけて、慌てて口をつぐむ。


 幸い、傍観していた者の耳には届かなかったようで、イデアがホッと胸を撫で下ろす。

 それもそのはず。

 傍観者達はイデアを見ていなかった。

 彼らが見ていたのは、いつの間にかシスネに近付き、捕らえ、シスネの上半身と下半身をそれぞれ肩に担ぎ上げる兵士の姿だった。


「オマエノヒメハ、イタダイター!」


 ひどく棒読み気味に言った兵士は、そうしてシスネを担いだまま広場からスタコラと逃げ出した。

 もう1人の兵士が「下手くそか!?」と、逃げながら何故か同僚を罵倒していた。


「待ちなさい!」


 クローリが慌ててその後を追う。


「待て!」


 そんなクローリをイデアが追う。


「将軍に続けー!」


「「オオォ!」」


 最後に大勢の兵士達がイデアを追い、こうして追い掛け追い掛けられのムカデレースが始まった。





「重くないですか?」


 同じ担がれるでも、クローリのそれとは比べものにならない位に上下に激しく揺れる体の振動を感じながら、シスネが無表情――よりはちょっと酔い気味に尋ねた。


「大丈夫です! シスネ様はお軽いので!」


 頭側を担いでいた兵士――の恰好をしたミナがゼェゼェと息を切らしながら答える。


「私も走りましょうか?」


「だ、大丈夫です!」


 ミナよりも更に苦しそうにしたパッセルがもはや意地だけで返す。こちらもミナ同様、王国兵の鎧を身に纏い、顔を兜で隠していた。


 怪物クローリが暴れた事が口々で伝わっているのか、走る通りには人っ子一人居ない。

 しかし、時折、筋道にちらほらと兵士の姿が走りながらも見てとれる。

 担いで走るならば「拐って逃げている」で押し通せもするが、流石にシスネが一緒に走って逃げているのを目撃されては怪しさ満点。二人のなりすましが簡単にバレてしまう。

 そんな訳で、二人はシスネを担いだまま、ひたすら通りを走る。

 息も絶え絶えのミナとパッセルだが、予定されている逃走経路まで辿り着くまではこのまま――シスネを肩に担いだまま走らねばならない。

 根性である。


 と、そうやって気力だけで目標地点に向けて死物狂いで走る二人であったが、途中で五人からなる王国の小隊とかち合った。

 既に向こうに気付かれてしまっている様で、進路変更も出来ず、二人は緊張しながらも小隊へと突き進んだ。


「悪魔の奪還ご苦労! あとはこっちで――」


 やや遠くからそう言って来た小隊長らしき人物に、「どいて! どいて!」とミナが叫ぶ。


 スピードを緩めず真っ直ぐ突っ込んで来る二人に、小隊が思わず体を避けて道を譲る。

 あまりの猪突猛進ぶりに、呆気に取られて二人が走って行くのを眺め、

 ハッとした小隊長が、離れていく二人の兵士の背中に向けて叫んだ。


「いや――止まれ! 何をそんなに慌てて」


「後ろ後ろ!」


 小隊長が引き留めようとすると、下半身側を担いでいた兵士がそう叫び返した。


「後ろ?」


 小隊長だけでなく、その場に居た小隊の全員が怪訝な顔をして後ろを振り返る。

 直後、


「ぐわぁ!」

「ぎゃあ!」

「うごぉ!」


 小隊は1人残らずぶっ飛んだ。

 シスネ達を追い掛けて来たクローリに跳ねられた。


 のちに、兵士の1人は語る。

 ――人にぶつかったとは思えない衝撃だった。

 馬車か、或いは闘牛にでもぶち当たったのかと――。


 そう証言される程、悲惨な()()だった。

 クローリはただ走っていただけである。

 立場として、敵には違いないが、怪我を負わせる気など全く無かった。

 あえて何か悪かった点を挙げるなら、前を良く見ていなかった事。考え事をしながら走っていた事。

 ゆえに、クローリは小隊に気付かず、道の真ん中に陣取る小隊に一切スピードを緩める事なく突っ込んでしまった。

 五人もれなく全員10メートルは飛び、骨は何本か折れ、頭から血を流し、小隊長は白目を向いていた。


 そして、そんな不幸な事故を、パッセルは道の先を走りながら横目に見ていた。

 五人もの人間が飛んだところを。

 それでもなお、轢いた事にすら気付かず、無心で走るクローリを。

 考え事でもしているのか、何処か上の空でこちらとの距離をグングン詰めてくる怪物を。


 気付くとクローリはパッセルの後ろ3メートル程にまで迫っていた。

 クローリが合流を果たした事に安堵しつつも、パッセルは何処か様子のおかしなクローリに小さく眉をひそめる。

 生まれた小さな疑問符に、パッセルがクローリに声を掛ける。


「クローリ様?」


 返事がない。ただの走る塊のようだ。

 クローリとの距離が迫る。


「ク、クローリ様?」


 返事がない。ただの迫る怪物のようだ。

 どんどん迫る。


「クローリさまぁぁぁ!?」


 返事がない。ただの――


「クローリ」


 パッセルの頭上から小さな声でクローリを呼ぶ声があった。

 そのシスネの呟く様な声に、ようやく我に返ったクローリがハッとする。


「あら? いつの間にか追いついちゃったのね」


 手を伸ばせば届く距離にまで迫っていたクローリが、不思議そうな顔でそう溢した。


「こ、怖かったぁ……」


 何故か泣きそうになっているパッセル。

 クローリが小さく首を傾げた。

 それからクローリは、泣きそうなパッセルを僅かに追い抜き横に並ぶと、片手でヒョイっとシスネを拾い上げた。

 そうして、シスネを自身の腕の中に収める。


「もう少しよ。頑張って」


 軽くなった体にフゥとひと息ついたミナに向け、クローリが励ましの言葉を述べた。





 シスネ達とクローリが合流を果たした頃。

 イデア率いる兵士達は、シスネ達の姿を完全に見失っていた。

 イデアは特に何かしたというわけでは無いのだが、何故か今日は不運らしく、追い掛ける兵士達に事故が相次いだせいである。


 突然、走る兵士達の頭上に屋根の瓦が降り注いだり、何処からか飛んで来た洗濯物が視界の邪魔をしたり、不自然に酒樽(しかも中身入り)が転がって来たりといった事が兵士達の身を襲い、それに四苦八苦している内に、とうとう見失ってしまったのである。


「くそ! 何処に消えた!?」


 イデアが不機嫌そうに叫び、転がっていた酒樽をおもいっきり蹴りつける。樽が割れ、途端に周囲をアルコールの匂いが覆う。

 そんな将軍の様子を見た兵士達の体がビクリと震える。


「か、閣下」


「んん?」


 イライラを顔に張り付けた将軍に、中隊長とおぼしき男がやや気圧されながらも声を掛ける。


「まとまって探すより、何隊かに分けて探した方が……」


 おそるおそるといった様子で具申してきた中隊長の顔を、イデアがじっと眺める。

 その強い眼力に晒され、中隊長の喉がゴクリと鳴る。

 少し中隊長の顔を眺めた後、イデア将軍が小さく息を吐く。


「そうだな。――じゃあ、お前は全員を率いて向こうを探せ。私はこっちに行く」


 指で通りの右方向を指し示し、そう指示を飛ばすイデア将軍。


「か、閣下おひとりで!?」


「……おかしいか?」


 威圧的なイデア将軍の言葉に圧され、冷や汗を流しつつも中隊長が応える。


「い、いえ……。ただ、危険では無いかと……」


「はっ! 貴様は広場で何を見ていた。私の心配をする暇があったら、さっさと向こうを探してこい!」


 イデアが荒い口調で告げると、慌てた様子で中隊長は兵を率いて離れて行った。

 シスネ達のいる場所とはてんで違う明後日へと向かう兵士達の背中を見送り小さく息をつくと、イデアは通りを駆け出した。





 ――ぶははっ! 楽しい! 楽しいなぁ!


 首都ハイヒッツの通りを走る集団に向けて、馬糞の雨を降らしているスライムがいた。

 まあ俺なんだけど。


 イデアの率いていた兵士とは別のルートでシスネ達を追っていた集団をたまたま目にした俺は、軽い気持ちで彼らの妨害を始めたのだが、これが思った以上に楽しかった。

 大の大人、それも屈強な男共が子供の悪戯の様な俺の嫌がらせに慌てふためきのたうち回る姿が実に清清しい。

 溜まっていたストレスが見事に解消されていくのを感じる。


 彼らは怒っていた。

 彼らはとにかく怒っていたのだ。


 最初こそ、レンガの落下だったり、材木の転倒だったりといった偶然を装うような妨害だったのだが、流石にそれが何度も続くと人為的なものだと気付いたらしく、「出て来い!」と怒りをあらわに俺を呼んでいるが、怒っている人相手に出て来いと言われて、はいここです、と馬鹿正直に出るわけがない。

 大口開けて憤る隊長格らしき兵士の口に、生ゴミをプレゼントしておいた。


 俺の嫌がらせは大怪我をする様なものではない。

 まあレンガや樽は当たれば痛いだろうが、死にはしないだろう。

 実際、妨害を始めて結構経つが、いまだ戦線を離脱した者はいない。

 だって妨害という皮を被った嫌がらせでしかないから。

 大怪我をしない代わりに、彼らは烈火の如く怒り狂っている。

 他者の強すぎる怒りは、他人から見れば滑稽でしかなくて、それは得てして見ている者の爆笑を誘う。


 とにかく俺は、俺の嫌がらせやトラップにことごとく嵌まる彼らが面白くて面白くて仕方がなかった。

 後で見返して爆笑出来る様に、記録玉もバッチリだ。

 次回作はコメディも悪くない。


 で、今は途中で見掛けた馬屋から拝借した馬糞を建物の屋根から、列をなして進む兵士達に向けて投擲している。

 投擲と言っても俺はゲラゲラ笑っているだけで、物自体は茶色い蛙さんが口からゲロみたいに吐き出してくれていた。

 流石に触りたくはないので実に有り難い。良く出来た蛙である。


 首都ハイヒッツの綺麗な綺麗な石畳が茶色く変化して酷い事になっている。

 スライムなのでニオイは分からないが、きっと凄まじいだろう。


 おっと、蛙さんの爆撃が止んだ。

 どうやら弾切れらしい。

 このままでは衛生上良くないし、病気が流行っては大変だ。


 頭の中で水操(ウォータ)を念じる。

 水操(ウォータ)水操(ウォータ)水操(ウォータ)。乱発。

 やたらに高い魔力をもて余す俺の水操(ウォータ)は、一度だけでもそこらの魔法使いなどとは比べ物にならないくらい凄まじい量の水が出る。それを乱発した。


 途端に、スライムボディから滝の様に大量の水が溢れ出し、建物の屋根を流れて汚物まみれの兵士達を呑み込む。

 ちょっとした荒川が出来あがった。


 それで兵士も地面もすっかり綺麗になりました。


 兵士達がヨレヨレと立ち上がる。

 それを上官があんまり元気の無さそうな声でまとめ、シスネ追跡の指示を出した。

 嫌そうにした兵士達の顔が上からも見える。

 しかし、やはり軍隊。

 命令は絶対の様で、嫌々ながらもまた追跡を開始した。


 兵士が諦めないなら俺も諦めるわけにはいくまい。

 次いってみよー。


 スライムの体を数回程スイッチして500メートルほど進む。

 先回り。

 俺はスライムのまま通りの真ん中に立つと、クローリの武器を取り返すついでに城の武器庫からがめておいた全身甲冑を急いで組み立てる。

 倒れないように分裂体創造で増やしたスライムに指示を出し、関節を固定させる。


 そうして準備が整ったところに、兵士の集団がガチャガチャと規則正しく小走りにやって来た。


 スライムさん達を筋肉代りに、組み立てた全身甲冑の手を挙げさせ、振る。


 突然道に現れた全身甲冑の兵士に、集団の動きが止まる。

 まあ、あからさまに怪しいからな。当然の反応だと思う。


「おい! そこのお前! そんなところで何をしている!?」


 先頭にいた上官が距離を保ったまま全身甲冑に問い質す。

 残念ながら発生器官は無いので返事は返せない。

 言葉を返せない代わりに、全身甲冑の両手を挙げさせ、小馬鹿にする踊りで上官に返した。

 カカシが強風に揺れる様な滑稽な踊り。やっている方は楽しいが、向けられる者からしたら実に腹が立つ。


 みるみる顔が真っ赤になる上官。

 効いてる効いてる。


「あの甲冑野郎をぶち殺せぇぇ!」


 腰の剣を引き抜き、全身甲冑に切っ先を向け、憤怒の表情をした上官が叫んだ。


「「「オオオォォォ!」」」


 他の兵士も、どうやら先の妨害が全身甲冑の仕業だと判断したらしく、剣を抜き、大層お怒りの様子で闘牛の様に突っ込んで来た。


 ちょっとだけ小躍りしながら待つ。

 そうして、十分に引き寄せたところで、風操(エアー)という魔法を発動。


 風操(エアー)を発動させた途端、通りに強風が吹き荒れた。

 この魔法は風を生み出す魔法で、普通だと扇風機の強くらいの風が出る。

 ただし、水操(ウォータ)炎操(イグニ)同様、俺の下級魔法は下級の(てい)をなしていない。


 突然の強風に煽られ、次々と兵士が後ろにすっ飛んで行く。

 坂でもないのに、コロコロ地面を転がっていく。

 バラエティーで見る大型扇風機と戯れる芸人のよう。


 その滑稽極まりない姿に、俺はゲラゲラ笑う。

 踏ん張れば何とかじわじわと進める程度の風速なのがポイントである。

 なおかつ、左右を建物に囲まれる一本道で、回り込むには遠回りしなければならない。そういう場所なのもポイントだ。

 そんな条件下もあって、兵士達は遠回りを選択せず、強風の中を進む事を選ぶ。

 何故なら頭に血が昇っているから。

 すぐそこに見えている目の前の奴をぶち殺したくて仕方がないから。


 そうして、ゆっくりながらも着実に近付き、あと少し、というところで、蛙が吐き出したゴミを風に乗せてお届けする。

 ゴミとはいえ、強風に乗ったそれが当たると結構痛いはずである。

 飛んで来たゴミが命中した兵士が、バランスを崩し、また後ろに転がっていく。

 真後ろの何人かも巻き込んで。


 またゲラゲラ笑う。

 煽る為に、全身甲冑にも「腹を抱えて大笑い」のジェスチャーをさせておく。

 それを見て、兵士達がますます顔を赤くする。

 

 性格が悪くなっていっている気がするが、楽しいので止めない。

 お前らが泣くまで、煽るのを止めない!


 しばらく笑い転げた後、飽きて来たので風を止めた。

 流石にずっと見ていると笑いが薄くなってくる。


 風が止んだ途端、好機と見定めたのかギラギラと鋭い、それでいて何処かやさぐれた感じの眼光をした兵士達が一気に距離を詰めて来た。

 その姿にラグビー部のタックルを思い出す。

 俺の高校にラグビー部は無かったけど。


 先頭にいたラグビー部が全身甲冑に体当たり、押し倒す。

 ガシャンと甲高い音がして――甲冑の頭が取れた。


 それを馬鹿みたいにあんぐりと口を開けてラグビー部全員が見ていた。

 そりゃあ必死の思いで捕まえたら中身が無いんだもの。誰だってポカンとするよね。


 そうして、全員がポカンとしているところで、風操(エアー)と別に発動しておいた魔法を解除する。

 解除と同時に、頭の取れた全身甲冑を中心にして、地面に幅20メートル、深さ2メートルくらいの穴が出来た。


 全身甲冑ごと仲良く全員落とし穴に落ちた。


 またゲラゲラ笑った後、

 蛙さんにお願いして、順に這い出して来る兵士の頭上に手持ちのゴミを全部降り注ぎ、シスネ達と合流する為、俺はその場を後にした。

 

サブタイトルのカルメン組曲・前奏ってどんな曲だっけ?

って方用に、作者マイページ→Twitter、より動画リンクを置いておきます

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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