それぞれの夢を追って
この小学校には先生がいない。生徒数はたったの五人。全員が学校に暮らしている。
「みんな、外で遊ぼうぜ」
五人の中で一番活発なミユキの声でタケル、カズマ、ユカ、ミサキが校庭に集まった。季節は夏から秋に変わり少し肌寒い。
「よーしっ、今日は負けないぞ」
いつも寝癖で髪の毛がボサボサなタケルはやる気満々だ。何して遊ぶかはジャンケンで勝った人が決められる。
「私、パー出すわ」小学生なのに化粧をしてるミサキが揺さぶりをかけてきた。
「じゃあ僕はチョキを出すよ」眼鏡をかけてるカズマが言った。
「そんなんで俺が動揺するもんか。いくぜ、せーのっ、ジャンケンポン」
勝ったのはタケルだ。
「やったー、久々に僕の勝ちだ」
「おいミサキ、パー出すって言ったじゃねーか」グーを出したミサキにミユキは言った。
「ほんとに出すわけないじゃない。作戦よ、さ・く・せ・ん。まあ負けちゃったけどね」
「タケル君、何して遊ぶの?」清楚な顔立ちのユカが言った。
「ん~、そういえば何するか決めてなかったな。何にしよう」
頭の中でいろんな遊びが思い浮かぶ。
「僕、何でもいいや、みんなで決めてよ」
「本当にいいの?」ユカが言った。
「うん、いっぱいあって決められないんだ」
「それじゃあ、またジャンケンで決めようぜ」
「ジャンケンポン」
ジャンケンにはカズマが勝った。
「缶けりがやりたいな」
「いいぜ、じゃあ俺が見つける役やるよ」
缶を置き、ミユキが目を瞑って一分数えてる間に隠れられそうな場所にそれぞれ隠れた。
「五十九、六十。よーしっ、缶は何があっても蹴らせねーぞ」
周りを見渡すと、まずは缶から一番近い隠れ場所である大きな的当て盤の裏をチラッと覗いた。
「流石にこんなところに隠れてないか」
サッと缶のほうに視線を移す。誰かが缶を蹴りに来る様子はない。次に的当て盤の近くにある清掃道具入れの中を急いで確認した。
「ここにもいないか」
突然、ザッザッと音が聞こえ、視線を向けるとカズマが缶に向かって走っていた。倉庫の裏側に隠れていたのだ。
「蹴らすかよっ」
一気にトップスピードに乗ったミユキは、あっという間にカズマを追い越し、缶を踏んだ。
「カズマみーっけ」
「あーあっ、いけると思ったのにな」
カズマは落胆していた。
缶に注意を向けながら、他に隠れてそうな場所を探していると、校内のフェンスの前にある大きな木の上に人影が見えた。近づいていくと、一瞬目が合った。
「あっ、タケル見っけ」
タケルは急いで木から降りて缶に向かおうとしたが、ミユキはすでに缶を踏んでいた。
「あんなとこに隠れてると思わなかったぜ」
「目があった時はドキッとしたよ」
「あとはユカとミサキか」
決着はあっという間だった。ユカは遊具入れの倉庫の中に、ミサキは缶から遠い距離にある昇降口の前の水飲み場に隠れていて、ミユキが缶から遠く離れているスキに全力で走ったけど、途中で見つかり、先に缶を踏まれた。
「あんな遠くに隠れてたんじゃ、俺がどんなに缶から離れててもすぐ追いついちゃうぜ」
ミユキは笑いながら言った。
「うるさいわねーっ、あんたが速すぎるのよっ」
「俺はまだまだ速くなるぜ」
「これ以上速くなってどーすんのよっ。陸上選手にでもなる気なの?」
「いや、俺はサッカー選手になる」
「そういえばミユキ、サッカー上手だもんね」話を聞いていたカズマが言った。
「ねえそろそろ個人学習の時間にしましょう」ユカの言葉に全員が賛成して校舎に入った。それぞれが自分のしたい学習をしに行った。
「僕はどうしようかな」そうつぶやいたのはタケルだ。
図書室で本を読もうと思い、中に入ると、カズマがいた。
「何書いてるの?」
「物語を書いてるんだよ」
「カズマは将来の夢ってあるの?」
「あるよ。僕はね、小説家になりたいんだ。自分で作った物語をたくさんの人に読んでもらいたい。
そのために毎日図書室にきて本を読んだり小説の書き方を勉強してるんだ」
「すごいね、完成したら僕にも見せてよ」
「うん、いいよ」
タケルは図書室をあとにして二階に行った。上がってすぐのところに音楽室がある。ピアノの音が聞こえてきて、窓を覗くと、ユカがピアノを弾いていた。素人の僕にでもわかるくらい上手だった。演奏が終わったようなので、扉を開けた。
「あら、タケル君。もしかして聴いてたの?」
「うん、つい聴き入っちゃった」
「聴いてくれてありがとう。私ね、ピアニストになるのが夢なの。自分だけの曲を作っていつかコンサートを開きたいと思ってるの」
「そうなんだ。もしコンサートを開くことになったら教えてね」
「ええ、もちろん。そのために今はたくさん練習しなきゃ」
「頑張ってね」
音楽室を出て、廊下を歩きながら窓の外を見ていると、ミユキが校庭でサッカーの練習をしていた。タケルは校庭に向かった。
「おおタケルか。もし暇なら練習に付き合ってくれるか」
右足と左足を交互に使ってリフティングをしてる。
「うん、いいよ」
「じゃあ俺がシュートを打つからキーパーやってくれ」
キーパー用のグローブをつけてゴールの前に立った。
ミユキのシュートは強烈で、ボールに触れることすらできなかった。一対一の勝負でも素早いフェイントであっさり抜かれてしまった。
「やっぱりミユキにはかなわないや」
タケルは疲れて座り込んでしまった。
「毎日練習してるからな。俺はサッカー選手になって世界の強い選手たちと闘うのが夢なんだ」
「ミユキならきっとなれるよ」
「そのために、もっと頑張らねーとな」
ミユキとの練習を終えて、体育館に行ってみると、壇上でミサキが一人しゃべっていた。どうやら演技の練習をしているようだ。情熱的な演技に思わず見惚れてしまった。
「もしかして、ミサキは女優さんになるのが夢なの?」
「そうよ。私の演技で多くの人達を魅了する女優になりたいの」
「なら僕は一番最初に魅了されたことになるね」
「ありがとうタケル。でも私なんてまだまだよ。たくさん努力しないと理想の女優にはなれないわ」
体育館を出て、五人が使っている教室に入る。図書室から借りてきた本を読んでいると四人が教室に戻ってきた。
「ミサキ、台本出来上がったよ」
「ありがとう、カズマ」
カズマから渡された台本を読む。
「うん、完璧ね。じゃあ突然だけど、みんなにも演劇に参加してもらうから」
四人にも台本が配られた。
「俺らもやるのかよ」
「そうよ、たまには手伝ってくれてもいいじゃない」
「面白そうね。やってみましょうよ」
台本を読んでいたユカが言った。
「しゃーねーなー、やってやるか」
五人は丸一日かけてセリフを覚えた。
次の日、体育館のステージで演劇をやった。物語は生きる意味を失った少女が、知らない町でとある夫婦の家に住むことになる。そこで少女は、たくさんの愛をもらい、生きる意味を見つけて旅立っていく話だ。みんな一生懸命演技をした。演劇の様子をビデオにとっていたので視聴覚室に行って見ることにした。
ミサキの演技に全員が釘付けになっていた。
ビデオを見終わり、みんながミサキの演技を褒めていた。
「私もやりたいことがあるんだけど、協力してくれるかしら」
教室に戻る途中でユカが言った。
「ユカのしたいことって何?」
カズマが言った。
「私の作った曲をみんなで歌ってほしいの」
音楽室のピアノでユカが演奏してみんなで歌った。
その夜、全員が教室に集まった。
楽しく話をしていると、ミサキが立ち上がった。
「あたし、もう行くね」
「えっ、どこに行くの?」タケルが聞いた。
「言ったでしょ?、私は女優になるの。だからその夢をかなえるために、もういかなくちゃ」
さっきまでの楽しい雰囲気が急に変わった。
「みんな今までありがとう。一緒にいれて楽しかったよ」
ミサキの体が透明になっていく。
「僕もそろそろ行かなくちゃ」
「私も行くわ」
ユカとカズマも同じように透明になっていく。
「みんな、僕の小説がでたら読んでみてね」
「私のコンサート絶対見に来てね」
タケルには何がおきてるのか分からなかった。
「みんなどうして透明になっているの?」
「俺たちはそれぞれの夢をかなえに行くんだ」
ミユキの言葉で、タケルは理解した。
「なら、この学校にいるのは僕だけになっちゃうね」
なんだか寂しくなるな、と心の中でつぶやく。
「離れていても、私たちはいつでもタケル君のそばにいるわ」
「そうだよ。タケルやみんなの心には、いつも僕らがいるんだから」
「タケル、あんたは自分のペースで見つければいいんだからね」
「おっ、たまにはミサキもいいこと言うんだな」
「たまに言うから良いんじゃない」
「確かにそうだな。あっ、そろそろ時間だな」
四人の体が、もうほとんど見えない。
「じゃあな、タケル、ミサキ、ユカ、カズマ。また会おうぜ」
五人は頷き、四人は消えていってしまった。
一人きりは寂しい。僕は胸に手を当てて、心の中に四人がいることを確かめる。
「うん。大丈夫だ」
僕は微笑みながら教室を後にした。