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第8話 ソフィアの追憶

 セイジさんが霧から現れた、その日。

 私、ソフィア・ミューレンは、山に薬草や茸を取りに出ていました。


「これは、大きいですね……」


 私はその森の中で、猪に出会っていました。人の丈ほどもある、それは大きな個体です。

 動物たちは場所を選んではくれません。こういう事態に備えて、小刀と弓矢は、森に行く時に常に持って行きます。

 弓はお守りも兼ねていますけどね。


 私はこういう時は、まず静かに後ずさることにしています。弓を使うのは、気づかれてからです。

 その時も、私は落ち葉を踏みながらゆっくりと後ずさり、徐々に距離をとっていました。


 その時です。私の周りが白い霧と、猛烈な勢いのつむじ風に包まれたのは。


「な……くっ⁉︎」


 私は声を抑えられませんでした。あたりがまったく見えません。風に巻き込まれてしまいそうになった私は、とっさに、近くの幹に身体を寄せました。


 やがて風が止み、視界が晴れて、──目の前に現れたのは、ひとりの男の人でした。落ち着いた端正な顔立ちをしています。

 私はちょっとの間、その人の顔に見とれていました。何かを抑え込んだような顔が、前の私と似ていたこともあります。


 ですが。

 どうも、彼の足は元から少し浮いていたらしくて。そのまま落ちてきて、私の身体に──


「……きゃあっ⁉︎」


 息が声とともに吐き出されます。こんな声を出したのは久しぶりです。

 息苦しさを感じた理由は、半分は男の人が触れていることにドキドキしたから。もう半分は、空気の通り道を圧迫したことへの影響でしょう。


 そして、彼の顔は私の鳩尾あたりで、左手が私の……胸の上に……。

 街中でしたら、あらぬ誤解を生んでいたことでしょうね。

 お、落ち着きましょう!


「けほっけほっ、う──くふっ」


 私は、ひととおり咳き込みました。息が苦しい。なので、起きてください、ということを伝えました。

 その人も私の声に応えて、体を起こそうとしてくれました。

 ……勢い余って、私の胸を撫でてしまったみたいでした。

 

「んっ……⁉︎」


 肌に触れた彼の手はとても暖かくて……また、叫んでしまいました。

 かつて盗賊に後ろを取られた時は、虫よりも気味の悪い何かが蠢いているような気がしたものですが……相性、悪意、それらの違いでしょうか? 何というか、どきどきしました。


 焦る彼には、大丈夫と伝えました。ここが森じゃなかったら、私も彼が落ち着きを取り戻すまで動かなかったでしょう。

 でも──。

 先程の大きな猪が、こちらをじっと見ているのを。


 このままでは襲われる。動かなきゃ。

 たとえ、彼が一人でなんとかする力を持ってるかもしれない、とは思いました。

 だけど、もし、そうじゃなかったら。


 そんな考えが頭を回るころ、彼は腰の剣を抜き、私を腕で遮っていました。

 そして、そのまま猪へと駆け出して行きます。

 彼は見ず知らずの私を、助けようとしてくれたんです。


「危な……くっ!」


 甲高い叫びを途中で切ったのは、彼の足を止めないためでした。

 そして、私は言葉のかわりに矢をつがえ、狙いを定めます。

 今なら──外しません!


 私は少し動いて、猪めがけて弓を引きました。


 矢は狙い通り頭部に命中し、猪はぐらり、と倒れました。

 彼が剣を振り下ろしたのは、それと同じくらいでした。

 剣から疾る白光が、眩しく輝いています。


 私は叫びました。


「あのっ、大丈夫ですか⁉︎」



 あの剣さばき、あの光。間違いありません。

 彼がここに現れたという事は、そういう事なのでしょう。

 私は覚悟を決め、彼に向かって歩き出します。



 ──勇者様。

 必ず、貴方を護ってみせますよ。

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