第4話 肉屋・ウエイトレス・弓兵・ただの人
「先ほど、大きな猪に出会いまして」
「ほう」
お前は誰だ。誠二にそう言ってきたエスティという少女に向かって、ソフィアは間に入った。
エスティは怪訝な表情を崩していない。
「それで助けていただいたんです」
「命の恩人という事か?」
「はい。こちらの事は何も分からないんだそうです。私もセイジさんが空から降ってくるように現れたのを見ました」
「ほうほう」
疑いを浮かべるエスティに、ソフィアは誠二と出会った経緯を説明する。
(むしろ、守ってもらったのはこちらの方なんだが……)
誠二がそう言葉を溜めて、視線を投げかけると。
「──」
「……☆」
「……」
ソフィアから、ふわっとした微笑みとかすかなウインクが返された。
(こりゃ言わない方がいいな)
これで話は通る、それがソフィアが言いたいことだろう。真相はもう少し混み入った事情があるのだが、誠二は説明しなかった。
「違う世界……か。とにかくここには慣れていないということか。それなら仕方ないぞ。非礼を詫びるぞ」
おおよその疑いが晴れたところで、誠二は再度の自己紹介に移る。
「こちらこそ、セイジ・オーサワだ。よろしくな」
「……変わった名前なんだぞ」
やはり、誠二の名前は目立つようだ。
「気をつけろドロイゼン氏、やっぱそいつ得体が知れないぞ」
「エスティ、話を進めていいか?」
ドロイゼンは本来の話を進めるように促した。エスティのこのような口調に慣れているようだった。
「エスティ、今回は」
「ただの散歩とかじゃないと見たぞ。ずばり……何かの獲物なんだぞ」
「その通りだエスティ。大きな猪が出た。お前、大きな獲物とか好きだろ?」
「ドロイゼン氏が強い敵に会いに行く顔をしてるぞ! これは大規模な狩りしかないんだぞ!」
表情を崩さないまま、エスティは興奮した口ぶりで話した。
「獲物自体は、もうソフィアちゃんが始末しているんだがな。さすがに二人じゃ持てんから回収に行くんだ」
「……さすがソフィアだぞ……」
彼女は自分で狩りたかったようだ。
「私はエスティ、18だぞ」
「ああ、よろしくな」
ドロイゼンはエスティを連れ、即席パーティの出発となった。
「森の中に入るぜ兄ちゃん、なるべく静かにな」
「さっきと同じです」
ドロイゼンとソフィアはそう念を押した。
「ああ。ところで俺、さっきの場所を覚えてねぇんだが?」
「大丈夫です、私が覚えてますので」
「落ち葉が積もってて、ソフィアちゃんが立ち回れて隠れられる所だろ? 大方、目処はついてる。あの大樹のそばだな」
「ええ」
「覚えてるのか! すげえな!」
「村で過ごしてれば頭に入っちゃいますよ」
ソフィアたちにとってこの森は庭のようなものだろうが、誠二には全部が同じ景色にしか見えなかった。
森の中に入り、一行は口をつぐむ。物音を控えるのは共通認識らしい。
一番前のドロイゼンが脅かし役、エスティと誠二が護衛対象兼仕込み刀、ソフィアが後衛で進む。
「ここらへんだな」
「ええ」
ドロイゼンとソフィアが、先ほどの答え合わせをした。当然のように当たっている。猪の死体らしき物がそこに転がってはいた……のだが。
「あそこで……あっ」
ソフィアが悲しそうな顔をする。
「あー、カラスに喰われてるぞ」
「ああ……」
一行が見たのは、カラス達がたむろして、猪肉を食らう光景だった。
誠二は速攻で目を背ける。こういった事にはまだ慣れていない。
「これは持って帰れないぞ」
「しょうがねえや。元々儲けもんだったんだ」
「すみません……」
ソフィアも声を抑えるのを忘れないあたりは慣れているが、その分渋い顔をしていた。
皆に手間を取らせたことを詫びて、である。
「今回は、カラスどもの勝ちだな。また明日にでも埋めに行くか」
「あの勢いだと骨も残らないぞ」
「それもそうか、ガハハッ」
ドロイゼンの一声で、猪の死骸はそのまま置いていくことになった。
荷車は空のままである。そのため。
「このままでは帰れません……」
そうソフィアは呟き、矢筒に手を掛けた。
狙うは上空を飛び回る鳥。弓矢の本領発揮である。
「あの、俺は別に」
「このまま帰ったら、わざわざ来て下さった皆さんに申し訳が立ちませんっ」
相変わらずのささやき声を保って、ここまでの表情を出せることに、誠二は驚いた。悔しさに顔を滲ませたソフィアは、瞬時に真剣な顔に戻っていた。
「ソフィアちゃん、別にいいぜ。俺の──」
ドロイゼンの声は、シュンッ、という矢の音でかき消される。
矢に貫かれ、落ちるスズメが見えた。
誠二は素早く右へ回り、ぽつりと呟く。
「……やっぱり、慣れねぇな」