第3話 即戦力外様
「着きました!」
ソフィアと打ち解けたところで、誠二たちは近くの村に到着した。
村には畑や木造家屋が点在し、野良仕事をする人間があちこちにいた。いくつかの家のそばには材木が高く積まれている。
「ここが私の村、クレーフェです!」
ソフィアは少し誇らしげに、そう言った。
遠くに見える山は所々雪を被っていて、太陽に照らされた山肌を覗かせていた。
「荷車と人手をお願いしに、あそこの肉屋さんに行きましょう。私の行きつけです」
「ソフィアもよく来るのか?」
「射った鳥とかを捌いてもらうので、よく。やっぱり手際と、見た目が違うんです」
「すげぇな……」
ソフィアは獲物を持ち込む側らしい。貨幣にすれば持ち運びに便利。現物交換をしても畑の耕作者たちに人気。
互いに利益があるというわけだ。
「今回は四つ足の獣なので、一人で捌くのは難しいですね」
「そうなのか?」
「はい。下処理が悪いと、味が落ちます。私もある程度は自分でやりますけど、猪は技がいるらしくて……」
「自分でも捌くんだな」
「えっ、ええ……怖い、ですか?」
「いや凄えよ。俺は出来ねえもん」
「そんな、凄いなんて……」
簡単な屠畜をやると言ったソフィアに、誠二は逞しさを覚えた。現代日本ではそうは居ないし、誠二自身も出来ない。
ソフィアはといえば、思いもがけないことを褒められた、という表情を浮かべて喜んでいた。この村の人々にとっては、自分で獲物を処理する事は日常なのである。
「ここです!」
まもなく、一軒の家屋に着いた。周りの建物と同じく木造で、広い庭がある。
「うおー……」
誠二は軽く衝撃を覚えた。原因は目の前に広がる獲物の解体現場である。彼にとっては初めての風景だ。
なんせ、皮を剥がれた動物がそのまま、天井から釣ってある。見た目は人体模型だ。血が滴っていないのが救いといえよう。
先程こそそれどころではない事情があったので何も感じなかったが、平時には堪える。
「……見るのも初めてですか?」
「あ、ああ」
事情を察知したのか、ソフィアが話しかけた。やはり解るようだ。
「きついですよね。私も、はじめは驚きました。外に出てますか?」
山と森に囲まれた農村なだけあって、空気は澄んでいた。離れるにはうってつけの環境である。
「いや、ここでいい。どの道、慣れなきゃいけねえしな」
「わかりました、気分が悪くなったらすぐに言ってくださいね」
ソフィアは店主を呼びに行った。
「お、ソフィアちゃん、久しぶりだな」
「ドロイゼンさん、こんにちは」
肉屋の店主が現れ、挨拶をしてきた。名はドロイゼンと言うらしい。剃髪の頭と筋肉、口髭が特徴の男だった。どちらかといえば鍛冶屋として槌を振るっていそうな、そんな見た目である。
「今回は何の獲物だ?」
「猪を仕留めまして」
「おぅ。どのくらいだ?」
ソフィアは手足を一杯に伸ばして、桁外れな大きさを示していた。顔からは「すごいんですよ!」という興奮が見て取れる。
(すげぇ喜んでるな。あと、ちょっとドヤ顔も混じってる)
誠二の考えをよそに、ドロイゼンとソフィアの話は続く。
「そりゃすげぇな……しかし、よく大丈夫だったな。ソフィアちゃん」
「そこの方が助けてくれたんです」
その流れで、誠二の紹介が入った。
さて、どういう反応をされるか? 誠二は、その所が気になってもいた。
「セイジ・オーサワです。よろしくお願いします」
「珍しい名前だな……他所から来たのか?」
余所者なのを警戒したか。誠二は一瞬身構えたが、直後にドロイゼンは相好を崩した。
「いい面構えしてるじゃねえか! ソフィアちゃんを助けてくれたんだってな! いっそ婿にでもどうだ、ソフィアちゃん」
「ドロイゼンさん、そ、そういう話は後で……」
ソフィアは顔色をふたたび紅く染めながら言う。
(彼女はこういった話に弱いんだな……)
そう思う自身の顔から熱気が湧いていることに、誠二もまた気がついていなかった。
本題の猪をどうするか、という話になんとか戻り、ドロイゼンは提案をする。
「荷車を出そう。ヒマな奴を呼ぶか」
「俺は一緒に行ったほうがいいですか?」
「あっと、えー……」
「危ないもんでもねぇよ。人は多いほうがいい。兄ちゃん、力に自信あるか?」
「鍛えてましたんで、多少は!」
「セイジさんは脚も速くて、剣も得意なんですよ!」
「そうか! そりゃ頼もしいな!」
あれほど大きな猪が出没する森である。誠二は、ドロイゼンに尋ねることにした。
「森って危ないんすか?」
「死人はここ何年か出てねえな。多分大丈夫だ、いつもの仕事だからよ」
ドロイゼンはそう言うと外に移動し、誠二達もそれに同行した。荷車は車輪まで木製だ。
深呼吸をして気分を落ち着けながら、村を歩く。
「あー、凄かった……」
血の匂いから抜け出た誠二にとって、外の空気はいっそう澄んで感じられた。
なにぶん、こういった事には耐性がない。
「大丈夫でしたか?」
「ああ、なんとか」
ソフィアが誠二を気遣う声をかける。
諸々の風景を上書きするかのように、誠二は森を目に焼き付けていた。
「私も、あの光景は夢に出てきました」
「俺も夢に出るな……」
「その時は言ってください。相談に乗りますよ!」
「おう、助かる」
格好つけてはみたものの、誠二は参っていた。
「兄ちゃんだけじゃ不安だな……よし、彼女に頼もう。ソフィアちゃん、酒場まで行くぞ」
「忙しくないといいですね」
しばらく歩くと、看板が下がった家屋が見えた。ジョッキから泡を吹くビールらしき絵が描かれている。
「ここが酒場です!」
酒場は少し暗く見えた。
店内に入ると、昼間から突っ伏している輩が誠二の目に入った。ゆったりとした時間が流れていることを感じさせる。
ドロイゼンが声をかけたのは、村の酒場の給仕の女性だった。
「エスティ、行くか?」
エスティと呼ばれた女性は長いスカートを翻らせ、こちらを振り返った。メイド服のようなものを着ていて、純白のフリルが目を惹く。
もの静かな雰囲気の美人である。こちらを見つめている目は眠たげで、スタイルも良く、どことなく深窓の令嬢のようだった。どこかの屋敷に仕えていると言われても信じるだろう。
「……今日は天気がいいぞ」
エスティは、静かに口を開く。
「酒場の主人にことを話して、行くぞ。ただその前に聞くんだが」
彼女の語気がだんだん強まる。
「そいつは誰なんだぞ?」
それが、彼女が誠二を指して口にした言葉だった。
「えっ?」
格好との落差が酷い。そしてそれを隠そうともしない彼女の態度は、それはそれは堂々たる物であった。
「その雰囲気が雰囲気で終わりそうな雰囲気がした、ってね」
後の誠二はそう語り、ハハ、と笑ったそうである。