第19話 去る勇者、そして
「村人に挨拶をするつもりか、やめとけ、だぞ」
出発当日。正午にはまだ遠い、そんな時間だ。
舞台は村の教会。
エスティは、村を回るつもりであった誠二達に向かって、こう言った。彼女は教会にいるからか、小ざっぱりとした青紫の修道服を身にまとっている。
「迷惑かけたお詫びくらいした方がいいかなって思ったんだが……」
「ならばはっきり言うぞ。前振りなく踏み込んで荒らして、労働力をかすめ取っていった軍。セイジ達は、そんな奴らに付いていく。村人の中じゃかき乱したお邪魔虫くらいに思ってる奴らもいるんだぞ」
「はっきり言われると傷付くな!」
「セイジが悪いとは思わないぞ。迷ってソフィアに保護された、と説明をしても分かってもらえなかったぞ。村の一部の奴らにとっちゃセイジは得体の知れない存在で、正直どうでもいいんだぞ」
「うーん、そうか」
エスティはこういった忠告をオブラートに包まない。しかし、身分の説明に奔走してくれていたのも彼女だ。誠二は頭が下がる思いをした。
「公国軍は掠奪に対する考えが薄いし、どうしようもないぞ。だから、村人たちに謝りに行っても、結局軍に付いていく限りは無駄だと言うんだぞ」
「そうだな」
ドロイゼンが話に加わり、村への畑持ちこと耕作者への不満をぶつけた。
「何も理解していない奴らだ。ソフィアちゃんが居なけりゃ、森のやつらへの不満の捌け口が無いんだろう」
「え、ソフィアそんなことを」
「あっ、はい。皆さん、ちょっと熱くなることも多くて」
「ったく、俺ら職人や森のやつらを一括りに罪人みたいに扱っていい奴なんかいねぇってのによ」
「まだ良くなったほうだぞ。昔はよくあちこちに飛び火したんだぞ。この前みたく静かに終わるようになったのも、ソフィアが来てからだぞ」
「エスティやドロイゼンさんでも駄目なのか?」
「村長のいる所ではそもそも暴れないし、私たちはむしろ火入れをして一緒に燃えてた側だから、あまり関係ないんだぞ」
「おいおい」
「確かに私らでも火種は早く減るぞ。ただ、ソフィアは元を絶つ鎮火が上手かったんだぞ」
「違いねぇ」
「喧嘩にはこと欠かなさそうだぞ。あーあ、まったく世話のやける村なんだぞ」
出来の悪い子供を見るかのように、二人は落ち着いた目で教会を見回した。
これでいいんだろうなと誠二は思った。
「エスティ、ドロイゼンさん……笑ってないか?」
「荒くれ者を思う存分にブチのめせる機会だぞ。ソフィアが割ときつめに叱ってくるから暴れられなかったんだぞ……ふふっ」
「暴力はダメですよ。記憶に残るんですから」
「ま、嗜む程度にやるか。エスティ」
「分かったぞ」
「だからダメですってば!」
二人の微笑みは止まるところを知らない。
エスティはふぅ、と息を吐くと、脚を組み直した。誠二は色気を感じて少し顔を赤らめた。
「お、見ているか? 都には多分もっと凄いのがいるぞ。ソフィアを大切にだぞ」
「え、エスティさんっ」
「ほんとか」
「セイジさん!」
頰を赤らめ興奮した様子のソフィアと、わずかに悪い微笑みを湛えて身体を捻るエスティ。彼女たちをよそに、ドロイゼンが誠二の方向に向き直る。
「セイジ。勇者のお前に、話だ」
「はい」
「俺やエスティ、村長もできるだけのことはする。騎士をもう一人くらい要求する権利も、俺らにゃあるだろうさ。今までは、バティスタが善意でやってくれてたんだからな」
「そうですね」
俯く誠二をよそに、ドロイゼンはにやりと笑った。
「それでも、ウチの村長やバティスタが負ける訳がねぇ。そう信じてるし、俺だって鍛えてる。だから、行ってこい! 勇者!」
「はい!」
誠二は胸が熱くなっていくのを感じた。
これから、このアルフォリアで「勇者」としてやっていくのだと。
決意をよそに横を向くと、艶かしいポージングをとるエスティと、それを見て頰を赤らめるソフィアがいて。誠二はこういった雰囲気に、どこか落ち着きを感じていた。
「出発の式典をやるぞ。祝ってやるぞ」
「ありがとう」
舞台は教会。既に準備を終えている誠二達は、武具の点検をしたり、村を回って過ごした。
直接、話した人は少ない。
それでも勇者誕生というだけあって、多くの人たちが待っている。
「まだ見ぬ小径を踏みしめて、使命を負いし人は行く
神よ聖女よ知己の聖者よ、彼の行く路を守りたまえ
天は清朗極めたり、彼の前途は洋々と
いざ旅立ちに花あらん、聖女の加護やあらんこと」
エスティの澄んだ言葉が、小さな教会の隅々までに響いた。集まった皆が耳を傾けた。
「良かったです、暖かかったです。なんだか懐かしい気分になりますね」
「それは良かったぞ。セイジもソフィアも、本当に、気をつけるんだぞ」
「最後になりましたが、本当にありがとうございました」
こうして、俺たちは馬車へ向かった。
「あ、セイジ。もう一つ」
「ん?」
「この服、腰まで切れ目が入ったものもあるぞ。町で教会を見かけたら刮目してみるといいぞ。私は酒造りに邪魔だから穿いてないが……エロいぞ」
「腰? 脚? え、エスティさん、それは……っ」
「ほんとか」
「セイジさんっ!」
エスティは多分、こういったしんみりとした雰囲気が苦手なんだろうと誠二は思った。
馬車はゆっくり走り出し、まもなく森を抜ける。
こうして、誠二達が過ごした「始まりの村」クレーフェは、視界から消えていった。
今思い返しても、勇者大澤の船出は「険しい」ものであった。
これからの出来事を省みれば、兆候はあちこちに覗いていたのだろう。公国軍がとった対応も当時の辺境警備としては特別劣ったものでこそなかったが、秀でたものではなかった。
そして、そういった綻びを勇者はのちに許すことはなく、また隣国リンツが見逃すことはなかった。これらが、後の事態を引き起こす遠因となったことは、想像に容易い。
こうして、私、フィン・ヘリフォードは、勇者の旅立ちを見送ったのであった。
最後に、知己である上田氏の蔵書から言葉を付記し、筆を置くことにしよう。
人はいかに今の自分が幸せであるかを知らない。
希望を抱いて旅することのほうが、到着したときよりも幸せなのだ。




