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第13話 ヘリフォード氏の手記〜【新連載】クレーフェ日和 開始にあたり〜


「国境の生活を書きたいです」

「おっ、いいねぇ!やろう!」


 ウィンタース王国内の特別市内に居を構える、日報『ベオバハター』のオフィス。

 私、フィン・ヘリフォードはそこで、当誌のジョン・ウッド・ミラバル編集長と、新連載の打ち合わせをしていた。


「魅力的な物語が書けそうだ!」

「舞台は普遍的な農村です。村長や教会も、中央政界と繋がっている噂は聞きません」


 今回調査場所に選んだのは、アルフォリア公国東部に位置する農村、クレーフェである。

 調べた限りでは、基本的に平和な村のようだ。しかしながら、リンツ共和国連邦との国境にあるため、情勢は変わりやすいといえる。


「うむ、ばっちりだ!人々は平和な日常を求めている! それは国境を越える!よし、これでやろう!」

「他分野との調整は」

「社会面は他を当たる。ベクスター氏が取材に行ってくれるそうだ。ヘリフォード君、キミも書くなら文化面の記事がいいだろう?」

「差しでがましいようですが、できれば」

「ならそれで行こう! 大丈夫だ、遠慮することはない!」


 そう会話を交わした。ミラバル編集長は眼鏡と白髭の似合う紳士な御仁である。『ベオバハター』紙が賑わっているからだろう、笑みを浮かべているのを見かけることが多い。その顔は、報道機関としての使命、そして楽しさに燃えていた。


「とはいえ国境だ……何も起こらないといいけどね」

「山賊などの懸念は付きまといます。対応可能なように、自分の槍を持参するとしましょう」

「君は強いねぇ。普通なら護衛の騎士を雇うところなんだが、君はいらないよねぇ」

「予算も潤沢にある訳ではありませんし、私の身は私で何とかします。他の方には、安価な用心棒を見つけたと言っておいてください」

「わかったよ」


 ある紛争地域の生活を取材した時、私は襲ってきた盗賊団を撃退した経験がある。そのことを高く買ってくれているのだろう。


「そこにあった角材で撃退とか……まったく、信じられないよ」

「殴打を目的とする武器ならば、振り回すだけである程度の効果が期待できます。たまたま良い樫の生産地で、攻撃用途に耐えうる強健な角材が存在した、ということです」

「武器って何なんだろうねぇ」


 そう言う編集長の顔には、しかし嫌味は何一つ浮かんでいない。

 純粋なお方である。




「あたしも行く? 足手まといにはならないと思うわよ」

「いや、大丈夫だ。君にも仕事があるだろう」

「なんとでもなるわよ?」

「そこまで重要ではない。むしろ、ウィンタース市内の情報が気になるから、帰ったら私に伝えて欲しい。覚えている範囲で構わない」

「はーいっ」


 一緒に暮らす少女・ロッテとは、そんな話をしてきた。彼女については、また話す機会もあろう。今宵語るには、やや紙面が足りない。



「ヘリフォード君、気をつけてねー」

「フィーン、楽しんできてねー!」


 こうして、二人に別れを告げた私は一路、クレーフェへと赴いた。馬車で南に二日の道のりである。

 公国の首都ベルリンまで北上したのち鉄道で南下し、クレーフェと山を挟んで向かいの街・クランベルクから山を越える、という道のりが、クレーフェにもっとも速く着ける経路だ。馬車と鉄道の差は大きく、アルフォリアとリンツの国力差に直結している、ともよく言われる。

 ただ、リンツを走る鉄道の料金はそれ相応に高額だ。加えて、クレーフェそばの国境では問題が起きる可能性もある。

 特に、私は取材に行く身であり、危険は普通の人たちよりも多い。特別市に近い国境のほうが人の出入りが多く、なにかと安全だった。

 調査期間は二ヶ月取っている。馬車でのんびりと赴こう。


 幸い、アルフォリア内の街道に問題はなかった。公国の都レイスウェイクはまだ遠く南にあり、そこの影響は及んでいないのだろう。



 山や森林がそばに位置している影響か、クレーフェは冷涼であった。イシュタルの仕事は、外気温に大きく左右される。彼女には残るよう提案して良かった。同行をしていたら、今年最後の書き入れ時を逃していただろう。彼女のあの格好では、ここも寒いに違いなかった。

 そしてまもなく、ウィンタース市にも冬が来る。今年もイシュタルは、私と同じ路をたどって、暖かいレイスウェイクへ向かうのだろう。



 クレーフェの見どころは、教会の酒造を中心とした運営だ。怪我の応急処置や貧困層への援助などの業務も普通に行っているものの、独自の産業を打ち出した教会としては珍しいあり方であった。

 識字率向上については、あまり話題に上らない。そもそも村には文字がなく、都市滞在歴のある一部の村民が読めるのみだそうだ。

 また、森林が近くに位置しているためか、耕作民よりも狩猟民や林業従事者のほうが生活が豊かなようであった。狩猟民は不安定さがつきまとうが、耕作民の心象が良ければ何かしらの援助をしてもらえることも多い。

 この村でも、そうした関係の構築に成功している狩猟民が何人か居るようだ。交渉が上手かったり、代わりの奉仕労働に精を出していたり、獲物を積極的に交換したり、といった具合である。


「お初にお目にかかります。フィン・ヘリフォードです」

「こちらこそ、初めまして。村長のフィリップ・ベタンコートですじゃ」


 村長のベタンコート氏は恰幅の良い好々爺であり、ミラバル氏と似たような表情を浮かべていた。すなわち、使命感と幸福感が同居した顔だ。村長としての職務に、生きがいを感じているのだろう。


 そう思ったのも束の間。ベタンコート氏は表情を曇らせ、私にこう告げた。


「申し訳ないのですが、先日、近くの山に賊が出まして、安全とは言えない状況になっているのです」

「被害の状況は?」

「ひとり怪我をしましたが、さほど大きな傷ではないようです。私どもも、国に対応を要請したところでございます」

「賊、ですか」

「大事件、とまでは言えませんが、安全とも言い切れません。来ていただいてなんですが、調査を打ち切って頂いても構いません。急な事態で私どもも混乱しています」

「そうですか」

「その場合、路銀は私どもから負担いたしますが」

「いえ。私はこういったことも込みで、この村に来ました。ぜひとも、この村を取材させてください」


 村は荒廃の様相を微塵も漂わせていなかったが、この村長の働きによるものが多いのではないか? と邪推してしまうほど、丁寧な対応であった。

 しかし、私は帰るつもりはなかった。身の上を考慮しても、こういった「戦火の中の日常」こそ、他でもない私が記録に残すべきものだと考えるからである。


 歓迎の宴が行われ、教会仕込みの酒類をさっそく堪能した。数日前にも来客があり、宴が続いて忙しいここ何日かであったようだ。

 村の人々は陽気に酔っていた。私が酔える身体であれば、宴はもっと楽しくなっただろう。


 ベタンコート氏の屋敷に誘われ、初日の夜は過ぎた。護衛の意味も多分に含んでいたに違いない。


「ベタンコート氏。村に侵入者が居ます。行って参ります」

「本当ですか⁉︎ わかりました、私も行きます!」


 そして、賊たちは襲来した。

 今回の取材には、この山賊はただただ無関係であり、村の日常描写を曇らせる不確定要素に他ならない。都で兆しをみせている、反乱との関連性も気になる。

 取材の為にも、掃討に加わらせてもらおう。


「バレたか……まぁいい! 貴様ら、よくもやってくれたなぁ! 今回は村を喰いに来たぜ!」


 熊のような風貌をした男が叫ぶ。

 私と同じく、気配で目覚めた村人は他にも居たようで、戦闘は始まっていた。額を矢で射抜かれて死んだ賊が、早くも足下に転がっている。声を上げた男も、焦っているのであろう。

 村人の武装は様々であった。着の身着のまま鍋を被って出てきたような村人から、鎧を輝かせた騎士までいた。農村にしては、装備は豪華なほうだろう。

 山賊を陰から射抜いている弓使いが、目についた。どうやら少女のようだ。公国軍の弓兵と似た装備をしており、何とも珍しい光景である。

 肩には布が巻かれ、血が滲んでいる。ベタンコート氏の話にあった怪我人とは彼女の事だろうか。

 私はその場を俯瞰すると、山賊の殲滅に向かった。



 私が公国領内のこの村を取材箇所に選ぶにあたり、編集長やロッテにも言わなかった目的が、もう一つあった。日常生活とは真逆の話だが、その要素を汲み取れれば、今回の取材はより大きな成果を得ることができるだろう。

 私は槍を手元に持ち、心に秘めた狙いを確かめる。


 滅びゆく国の暮らしとは、どのようなものなのだろうか。

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