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第10話 不気味よさらば


「獣だろうが人だろうが、村の財産を奪う奴は俺たちの敵だ。捌いて、喰っちまえばいい」


 誠二は昨日の酒の席で、ドロイゼンがそんな話をしていた事を思い出した。そして、今までと違う世界に来た、という実感を強めていた。

 ドロイゼンは肉屋だ。取り扱いの範疇には柘榴味の名状し難い何かも含まれているのではないか、という考えが誠二の頭をかすめた。


「あの、例え話ですからね? セイジさん」

「……本当か?」


 誠二たちは、そんな昨夜の話を思い出さざるを得ない事態に遭遇する。

 ことは昨日のように森に入り、5羽ほどの成果を挙げた後のことだ。

 

「セイジさん、少し注意してください。何か音がします」

「えっ」


 ソフィアはまもなく、警戒モードに入っていた。

  誠二は少しの間その精悍な表情に見とれていたが、表情を変え直した。


「ほら、あそこに」

「本当だ」


 声はますます小さくなる。

 指した方向には、粗末な革鎧を身につけた男たちがたむろしていた。その数4人ほど。ソフィアよりは重装備といえなくもない。

 皆、腰にはナイフを差している。男たちの台車には、材木が積まれているのが見える。

 実のところ、彼らは山賊であった。都の事情があまりよろしくないらしく、賊に身を落とす輩が増えていた。まだ誠二には伝わっていない事であった。


「一度退きましょう。村の人に伝えます」

「わかった」


 ソフィアが後ろを指し、誠二が黙って頷く。間も無く、ソフィアがすぐ後ろに回り、左手には矢が握られている。


 そして回れ右をし、静かに村へと歩き出した、その瞬間。


「キヒヒヒヒ!」


 そんな声が聞こえ、目の前に山賊らしき男が降りてくるのが見えた。こちらに刃物を向けており、今にも誠二に向かって突きつけられていた。

 間もなく、後ろから風の音が聞こえた。

 降りてきた男が空中で仰け反る。


「ヒャッ、ア、ギャアアッ‼︎」


 まもなく男は肩を矢に貫かれ、地面を背に落下した。


「セイジさん、大丈夫ですか⁉︎」

「ああ!」


「なっ……!」


 俺らの後ろに居た山賊たちから声が漏れる。挟み撃ちで襲う計画が崩れたようだ。

 誠二は声の方を向く。


「死ねぇええ‼︎」


 山賊は刃の切っ先を向け、誠二に向かって走り出し──


「セイジさん!」


 目の前には牛刀で空を薙ぐ山賊。前に立ち塞がったソフィアの身体。

 そして刀が、ソフィアの左肩をかすめる。


「っ……!」


 彼女の肩からひとすじの血が流れ、その瞬間。

 誠二は躊躇いもなく剣を抜き、賊たちに飛びかかった。


「セイジさんっ! ダメですっ!」


 相手も無力ではなかったからか、あるいはソフィアの声に引き戻されてか。誠二の剣は賊の目の前で振り上げられ、そばの樹の幹に打ち付けられるに留まった。樹は内から爆発したように割れ、大きな木屑と刺々しい切り株が出来た。

 剣は白銀に光っていたが、樹を拠り所とするかのように霧消した。


 誠二はしばらく男達を睨んでいたが、その後息を切らしたかのように固まる誠二を前に、賊たちは次の行動に移るかのように見えた。


「な、何だお前、脅かしやがって……」


 直後、彼らの両肩を矢がかすめ、手元のナイフは次々と弾き飛ばされていく。

 出処は勿論、後ろにいたソフィアだ。


「ひいっ……⁉︎」

「セイジさんに手を出せば、容赦はしません。獲物は差し上げます。どうか、お引き取り下さい……貴方達を、殺してしまう前に」


 背後のソフィアは静かに、賊たちにそう告げた。誠二がその方を見れば彼女の息は荒く、顔は痛みで少し歪んでいる。左肩は血に濡れていた。


「あっ……あぁああ……!」

「おい早く逃げろ! 殺されるぞ!」


 賊たちは腰を抜かしたまま、誠二たちから離れるように逃げていった。最初に奇襲してきた男など、肩に矢が刺さったまま側を追い抜いていく。

「これ以上は容赦しない」という誠二とソフィアの気迫は、彼らにも伝わったようだ。

 それこそ、十分すぎるほどに。


「傷は大丈夫か、ソフィア!」

「ええ。ちょっとの傷なので大丈夫です。それよりも、音を立てすぎましたね。急いで離れましょう。帰りに少しだけ、治療に寄らせてください」

「ああ。ごめんな」

「セイジさんのせいじゃありませんよ。村に、報告を」

「そうだな」


 結局、山賊は獲物に手を出さず、獲物は無事に持ち帰った。誠二が台車を引く手には、少し力がこもっていた。

 こうして、二人は村へ帰ってきた。



「昔から、そんな奴らはいたさ。三年、いや五年に一度くらいか」


 村の現状を話してくれたのはドロイゼンだ。


「ソフィアに申し訳ないです。俺は、あいつらを死んでもいいと思って、それで……」

「それでおかしくねぇよ、兄ちゃん。盗人はまず首を刎ねてた」

「……」

「それだけここらの森は、俺たちの財産そのものだったんだ。そうした交易の商人が来る前は、とくにな。だから、こうしたおっそろしい決まりが必要だったんだ」


 日本でも江戸時代などでは、ある程度の金額を盗むだけで死罪となった。それと同じようなものである。自分たちの命綱を切ろうとする奴を生かして逃すのに、良い事は何もない。そして死をもって償うと定めなければ抑止力にはならない。そういうことだろう。


 その後、ソフィアとはこのような話をした。


「セイジさん、大丈夫ですか」

「ああ……俺があいつらを呼んだように見えるかもな、と思ってな」


 自らが騒動の火種になるのなら、あまりこの場所に留まらない方がいいのではないか。誠二はそう考えた。

 ソフィアの答えは、誠二の予想以上に力のこもったものだった。


「この村は、そんな事にはなりませんよ。いえ、私がさせません」


 ソフィアはそうはっきり言った。


「あ……すみません、つい想像したら、力が入ってしまって」

「いや、持ち出した俺も悪かった。傷は、もう大丈夫か?」

「はい、ああいう事も、こういう怪我も、いくらか覚えがありますから。もし何か不安だったら、遠慮なく話してください」


 こうして誠二達は、ソフィアの治療をしに向かった。

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