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本気で何にも巻き込まれたくない俺の日常ファンタジー

作者: 白髪教徒

 俺から言わせてみれば、世のラノベ主人公どもは悉く甘い。

 口では面倒事にやれやれと言いながら、内心では事件を格好良く解決する俺SUGEEEとか思っているに違いないのである。

 描かれている心情描写なんぞは全て表面上を攫っただけの偽物で、結局は起承転結とシナリオに縛られたマリオネットに他ならない。


 本当に面倒事が嫌なら。本当に目立ちたくないのなら。


 運命だなんだと受け入れる前に、出来る事があるはずだ。



 俺の朝は早い。

 自室のカーテンは締め切られ、太陽の輝きが全く届かないはずの室内。

 

 首筋にちり付くような不快感を覚え、目覚ましの代わりのように蒼色の燐光が立ち上る。おそらくベットに浮かび上がっているのは、転移用の魔法陣であろう。

 俺も此処数年で、すっかり危機探知能力が上がってしまった。

 

 欠伸を噛み殺しながら瞬時に床に転がって魔法陣を避ける。視線を寝床に戻すと、掛け布団がなくなっている。

 なんなら、枕もない。


「クソッ……また買ってこないとな」


 まあ、寝起きに寝具一式がなくなるくらいは必要経費と捉えるべきだろう。真に守るべきは己の安寧であり、掛け布団ではないからだ。

 俺は瞬時に意識を切り替えると、立ち上がって部屋の隅にあるクローゼットを開けた。

 

 何がしかの伝説らしき装飾過多の宝刀。

 

 禍々しい気配を放つ骸骨の杖。

 

 一般家庭の納戸の分際できらびやかだ。目も眩むほどの金銀財宝が詰め込まれている。


「またか……そろそろ床が抜けそうだな」


 この手のものは売り払っても粗大ごみに出しても目立つこと請け合いなので、俺としては手が出し辛い。

 宝物庫と化したクローゼットの中から、四苦八苦しながら衣類を取り出す。この作業に朝の時間をかなり取られるので、必然的に早起きを強いられることになる。


 そして鏡の前で身だしなみをチェックしながら学生服に着替えれば、準備完了だ。


「ユウシャサマ……ユウシャサマ……」

「いつの間にか俺の姿見が妙なのに変わってやがる……!」


 鏡面の向こうに異国情緒溢れる金髪の髪を揺らすお姫様の姿が見えるせいで、最早鏡としての役割を果たしていない。

 

 これでは身だしなみを整えることが出来そうにないので、自室を出て洗面所に向かうことにした。


「あっ、お兄ちゃん。おはよう」

「……………………」


 俺は廊下の突き当たりにある階段を降りると、早足気味に床を踏み鳴らす。


「お兄ちゃん。聞いてるの? ねえお兄ちゃん」


 誤解しないで欲しいのだが、俺に妹は居ない。

 生まれてから今まで、完全無欠の一人っ子だ。親父が浮気をしていれば別だが、少なくとも俺は関知していない。

 

 では先程から聞こえるこの声はなんなのかというと、簡単に言えば幽霊だ。つまり、俺には何の関係もないのである。


 俺がようやく寝癖を整えようとすると、妙に質量のある生暖かい風が独りでに俺の寝癖を整えてくれた。

 しかし、そこで感謝してしまう奴は二流だ。反応してしまえば奴らをつけあがらせる、掲示板にもそう書いてある。


 予定を少し変更し、踵を返してリビングに向かうことに。朝食はシリアルの予定だ。牛乳をかけて食べるだけという、実に俺好みの効率的な食事だった。


 しかして、テーブルの上からは既に香ばしい薫りが漂っていた。

 炊きたての白米が艶を帯び、具材豊富な味噌汁には湯気が、こんがりと焼かれた魚から醤油の芳醇な旨味が、それぞれ鼻腔を擽り俺の空腹を責め立てる。

 俺はそれらを無視してキッチンの棚からシリアルを取り出すと、器にフレークを盛ったのちに牛乳を注ぐ。

 まだ水気が浸透していない固めの穀物をガリガリと齧って腹を満たした。


 俺の両親は海外出張中だ。必然的に、あの料理たちは自称妹もどきが作ったということになる。


 ──おそらく、大抵の奴はこのトラップに引っかかる。言い分は「せっかく作ってあるんだからもったいない」とか「此処まで尽くされると良心が疼く」とかだ。

 それが善意で舗装された地獄への道だとも気づかずに、愚かにも足を踏み入れてしまうのだ。

 誰が好き好んで原材料不明、調理人不明の劇薬に手を出そうというのか。


「もうっ……せっかく作ったのに……お兄ちゃんがまた残した……」


 食べ終えた容器は流し台に置き、俺はそそくさと玄関まで足を運ぶ。

 通学用の靴を履こうとすると、踵の両側に羽根が生えていた。俺は何も見なかったことにして、予備を取り出す。

 

 そして、玄関の扉を開け──

 

 ようとした瞬間、金属製の扉は中世の城に存在するかのような重厚な木製のそれに変化したので、窓を開けてそこから家を出た。


「お兄ちゃん、いってらっしゃいっ」


 無論、返事などするわけがない。




 朝の支度もさる事ながら、通学中も油断できない。俺は緩急をつけてダッシュし、遅刻しそうな学生を装いながら行動を走っていた。

 俺の背後で無数の手のひらサイズの魔法陣が蠢いては消えていく。

 そうして一歩を踏みだそうとした瞬間、右足の着地点に魔法陣が出現したのを見て、すぐに立ち止まった。


「段々奴らも趣向を凝らしてきたな……」


 俺の歩調と足のサイズに合わせたごく小さな転移陣が、指し示したかのように移動に合わせ燐光を放って俺を異界へと連れ去ろうとする。

 それを回避していると間違いなく奇妙な動きになってしまうため、最近では遠回りになってでも人通りの少ない道を行くことを余儀なくされていた。

 しかも、足あとのように残るそれらは色とりどりで、下手をすれば七色の足跡を持っている男──などと噂されては堪らない。まあ、魔法陣は恐らく他のやつには見えないんだがな。


 視線を下に向けながら、細心の注意を払って登校する。っていうか、魔法陣の中心に世界の名前をつけてアピールするのをやめろ!


「リゼングル、シルピース、アンドオア……一色増えてないか? また新しい世界が参戦したのか」


 ステップを踏んで躱し、片足を上げて避ける。毎度のことでもう慣れてしまったが、誰かに見られたら、正直死ぬ。



 ようやく学校まで到着すると、いい加減魔法陣も姿を消していた。他人を巻き込まないことにかけては、奴らにも理解があるらしい。

 どうせなら、俺も巻き込まないでいて欲しいのだが。

 

 息を整えながら教室に入れば、喧騒の中から様々な話題が顔を覗かせた。昨日のテレビ、流行りのソシャゲ、あの店は不味かった、この服は可愛い──取り留めのないものばかりで、それが一番俺の心を落ち着かせる。


「よお鴉済、お前毎回毎回凄い汗掻きながら登校してくんのな。お前の家ってそんな遠かったか?」


 茶髪の男が俺に声をかけてくる。名前は一色要。

 まあ、一応友人と言っていい間柄ではあるが、親友というほどでもない。悪友といったところか。


「一身上の都合だ、俺の意志じゃない。一色こそ今日は早かったじゃないか」

「あーそれね……何か嫌な予感がしたんよな。虫の知らせってやつか」


 遅刻魔が何の風の吹き回しかと思えば……そんな曖昧な理由らしい。

 特段、一色は勘が鋭いわけでもなかったはずだが……。


「──あ? なんだこれ、やべーんじゃねえか」


 緊迫した声につられ、視線を上げて周囲を見渡す。

 先程よりクラスメイトの数が減っている? いや、今も、減り続けていた。

 ひとつ、またひとつと、人の話し声が消えていく。青白い燐光と共にクラスメイトたちが消滅──否、転送されている?


 常の如く、俺の足元にもそれは現れた。


「冗談じゃないぞ……!」


 ルール違反だろう。日常そのものに手を出すなんて。

 それじゃあ、いくら俺がトラブルを回避したって、関係ないじゃないか!


「なんかよくわかんねーけど、止まってると連れてかれるっぽいぜ!」

「分かってる! まずは廊下に!」


 こうなっては目立つも目立たないも関係がない。むしろ逃げ惑うことこそが正常で、普通になった。

 日常がすり替えられて行く感覚に、怖気が止まらない。

 

 俺達は廊下をひた走り、階段を飛び抜けて魔法陣の群れを躱していく。

 一歩早ければ、或いは遅ければ転送される恐怖は、本物の戦場にも似ていた。


「あれ……魔法陣なくなったな。助かったか?」

「油断するな。ひとまず建物から出よう」


 荒い息を整えながら、昇降口へと向かい、靴を履き替える。

 他に逃げ切れた奴はいないのか、俺と一色の立てる音だけが周囲に響き渡っていて不気味だ。


 俺達は校庭に出て、生き残りを探すように視線を彷徨わせる。やはり、誰もいない。


 首筋に、ちりつくような不快感。


「クソッ! 一色、走れェ!」

「なん、なんなん、どうしたんだよ!」




「デカいのが来る!」


 俺達が走りだした瞬間、学校中が青い燐光に包まれた。

 グラウンドも、校舎も、全てだ。


「これ間に合わねーって鴉済! 100m何秒だよ!」

「呑まれてもいいなら勝手にしろ!」


 とはいえ、無理なのは俺にもわかっていた。短距離走の世界記録保持者だってこの死地ををくぐり抜けることはできないだろう。

 陣の巨大さ故に転送に時間がかかっているようだが、それでも俺達が捕まるほうが早いはずだ。


「ここまで、なのか」


 我武者羅に踏み出した一歩。

 その一歩が、己を真に異常に誘うものだと、この時の俺は気づいていなかった。


「鴉済……お前なんか、浮いてねーか? なんだその靴」


 今朝と同じように、靴に羽根が生えている。


「こんな時に変化するとは……だが助かった。一色、捕まれ」


「いやあ、二人分の体重支えられんのかなあ……」


 一色の腕を引っ張ると、虚しく俺の足は地を着いた。

 浮いていられるのは、どうやら一人だけらしい。


「んー、しゃーねーな。じゃあ俺はいいわ。多分、死ぬわけじゃないだろ。案外異世界召喚ってやつかもしれんし」

「一色……」

「おいおい、そんな顔すんなよ。チートでTUEEEできるかもしれないじゃん? お前はどうする。鴉済」


 俺は……。


「俺は、巻き込まれたくない。こんな異常に」

「くはっ……ま、それも選択だな。じゃ、行けよ。変に地面に近いと巻き込まれるかもしれねーぞ。巻き込まれたくないんだろ?」

「ああ……」


 階段を登るように、一歩一歩空へと駆けて行く。


「またな。鴉済」


 十分な高度を得て、振り返った時にはもう、一色の姿はなかった。

 学校も、初めから何もなかったかのように、更地になっていた。


「……」


 日常が、壊れた。





「やれやれ、本当に困った子だ。困った個だ。最後の救済すら拒絶するとは」


 男とも女ともつかぬ、奇妙な声が耳朶を打つ。驚いて振り返ると、黒の塊……としか表現できないものが宙空で浮いている。


「なんだ、お前」

「僕かい? そうだな……君たちにわかりやすい言い方をすれば、神かな。もうすぐその役目も解かれるけれど」


 馬鹿馬鹿しいと一蹴することが出来ないほどには、異常なモノを見すぎていた。


「可哀想な最後の人類に、説明をしてあげようか──もうすぐこの世界は壊れる。だから僕は、可愛い我が子たちを別の世界に避難させて回っていたってわけ」


 なんだ、こいつは。何を言っているんだ?

 世界が、壊れるって、嘘だろ。


「嘘じゃないよ。君は異常を拒絶した結果、最悪の選択肢を選んでしまった」

「馬鹿なっ! 普通と平凡に固執することの、いったい何が悪いっていうんだ!」

「それならさ──」


「──どうして君は、その靴を使ったんだい。今までずっと、無視を決め込んできたっていうのに。どうして最後に異常それに身を委ねてしまったんだい。理解るだろ、君は、間違えたんだ」


 ……ああ、そうか。

 俺は、間違えたのか。


 そうしていつしか、神の声すら聞こえなくなり、世界から色が失われ。

 硝子が砕けるような音を最後にして、俺の意識は暗転した。

ランビリンスの番外編のようになってしまいました。

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