羊雲は駆ける
【羊雲は駆ける】
A:「ねえ、あの雲、羊に見えない?」
B:「はあ?羊?いや、ただの雲でしょ。」
A:「そういう意味じゃなくてさ。羊、でしょ?」
B:「見えないよ。っていうかアンタ、外ばっか見てて大丈夫なの?黒板、ちゃんと写してる?」
A:「黒板なんかより、雲見てる方が楽しい。」
B:「テスト前に困ってもノート貸さないからね。」
[A]
私がもっと小さかった頃。
この世界の全てが楽しくて、幸せで、精一杯で、愛しくて…。
夜が嫌いで、眠ることが嫌いで、自分の知らないことがこの世に存在するなんて耐えられなかった。
眠ってしまったら、その間に私の知らない所で何かとてつもなく楽しいことが起こる気がしてた。
でもそれは自分の世界がとてもとても小さかったから。
私は気付いてしまった。
この世界は広すぎる。
知らないことが多すぎる。
鮮やかな色をしていたはずの世界は、だんだんくすんで、色を無くして、薄っぺらいものになってしまった。
知らないことの方が多いはずの世界で、私は立ち止まってしまった。
だけど立ち止まってるのは私だけで、周りは確実に進んでく。
それはもう、目に見えないほどの速さで。
B:「ちょっとアンタ、最近どうしちゃったの?」
A:「どうしたって何が?」
B:「全然やる気、ないでしょ、色んなことに、さ。」
A:「やる気かぁ。」
B:「なんかあった?」
A:「ううん。別に。」
B:「そっか。」
[A]
私が止まっても周りは変わりなく進んでく。
まるで私なんてイラナイみたいに。
何だか苦しいって誰かに言えたら良かったのかな?
全てを見てる空なら、青い大空なら、きっと答えを知ってるんだろうな。
B:「ねぇ、何で頑張ってんだろって思うこともあるよ?」
A:「え?」
B:「きっとそんな風に悩んだりしてるのアンタだけじゃない。」
A:「どうして…。」
B:「何となくさ。同じ人間だし、なんとなく、さ。」
A:「………。」
B:「私はね、とにかく今目の前にあるモノを解決してこうって決めた。」
A:「…………。」
B:「いくら頑張っても追い付けないって思った時もあった。
だけど、そう思ってる今も進んでるって気付いたから。」
A:「進んでる。」
B:「うん。周りだけじゃなくて、自分もね。誰も止まってなんかない。
だから、悩みながらでも頑張って戦おうって、決めたんだ。」
A:「私も、進んでる?」
B:「大丈夫。ちゃんと前、向いてるよ。」
[A]
きっとあの羊雲も戦ってたんだろう。
遠くから見たら動いているのかも分からないほど、ゆっくりゆったりしてたけど、きっと全速力で走ってた。
辛くても、苦しくても、それは確実に前に進んでる証拠だから。
羊雲は、大空を駆けた。